生業 1

このところインドのメディアの人身売買にまつわるニュースにて、バーンチラーというコミュニティのことが取り上げられているのをしばしば目にしている。マディヤ・プラデーシュ北西部からラージャスターン南東部あたりに分布しているコミュティである。

インドにあまたあるコミュニティには、それぞれ特有の習慣を守り、固有の生業で生計を立ててきた人たちが多い。もちろんそうした古い社会の枠組みは現代においてもそのまま存続しているというわけではないし、あるコミュニティの特徴的な部分にて、それを構成する人々すべてを一般化してしまうのも誤りだ。

ただし特定のコミュニティがある業種において特殊な技術、知識、既得権を握っていたり、部外者が新規参入するのが困難であったりということがないとは言えないし、何かとそうした縁がものを言う分野もあることだろう。

それとは逆にいわゆる賤業とみなされる分野においては、その職域を外部から敢えて侵すことにより、新規参入者にとって何か経済的に大きな利益が上がるということでもなければ、社会から賤しまれて収入も少ない生業が世代を越えて連綿と受け継がれていくということもあり得る。

現代インドでは、そうした出自によるハンディキャップによる格差を是正するために指定カースト、指定部族に対する留保制度が用意されている。­そうした措置のおかげで特に出自の低い人たちの生活や教育の水準が上昇し、次第により公平な社会が実現されるのが理想だろう。

留保制度によって一流大学に入学できたり、さらにはその後IAS(インド高等文官)その他ステイタスの高い職業に就くことができたりといった具合に、底辺で苦学してきた人たちがインドという大きな国を動かす側に回る例は決して珍しいことではない。能力とやる気がありながらも生活苦で野に埋もれようとしている人々を数多く救済している。

しかしながら、留保制度という逆差別は、憲法に謳われている万民の平等と矛盾する部分もある。留保の対象となる指定カースト(SC)、指定部族(ST)、加えてその他後進諸階級(OBCs)以外の人々の機会を奪うことにもなる。

所属するコミュニティによって秩序だった教育、所得、生活水準があるわけではなく、『留保対象以外の人々』が必ずしも『留保対象の人々』よりも恵まれた境遇にあるとは限らないことに留意が必要だ。

留保制度は長らく政争の具ともなっており、年月の経過とともに新たに留保対象として指定されるコミュニティが増えるとともに、留保の割合もことあるごとにいじくられてきた。

果たして留保制度が現行のままで良いのかどうかについて、誰もがいろいろ意見のあるところではないだろうか。それでもインドにおいて、政策のツケは広く民意を問う選挙という公平な手段により、国民自身が審判を下す民主的なシステムが徹底している国であるだけに、難しい匙加減のもとでそれなりにバランスが取れていると見ることはできる。

かつてと違い、今のインドのとりわけ中央政界においては、大政党が過半数を得られることなく、大小含めた主義主張の異なる様々な政党の寄合所帯となっている。それがゆえに右派勢力が政権を取ろうとも、中道左派の国民会議派が支配しようとも、連立政党や閣外協力政党にも配慮した運営が求められる。結果として極端な方向に舵を切ることなく、穏健でバランス感覚に富んだ政治が続いているように見受けられる。

<続く>

美しすぎる大臣?

この人が来日することがあれば『美しすぎる大臣』と日本のメディアに書かれるのだろうか。2月11日にパーキスターンの外務副大臣(に相当する役職)に就任したヒナー・ラッバーニー・カル氏である。

パーキスターンのパンジャーブ州ムルターン生まれ、有力な政治家ファミリー出身の34歳。ラーホール経営大学卒業後、渡米してマサチューセッツ大学にて修士号取得。

パーキスターン・ムスリム連盟のカーイデー・アーザム派(PML–Q)にて政治家としてのキャリアのスタートを切った。経済・統計副大臣(に相当する役職の経験もある彼女は、現在パーキスターン人民党(PPP)に所属。

不安定なパーキスターン政局の中で、この人物をこうしたポストに起用するということは、ちょっとサプライズな人事であったため、彼女自身の美貌と合わせていろいろと取り上げられる機会が多いようだ。

パーキスターン人民党所属の女性政治家で、早くから要職に就いていることから、暗殺されたベーナズィール・ブットー氏の再来を期待する声もごくごく一部にはあるようだが、パーキスターン国内ではともかく、隣国インドのメディアでの扱いはパッとしない。まだ若くて政治家としての経験も浅いことから、現在の同党執行部にとって扱いやすい人物であるという評価に尽きるようだ。

だが彼女は外交のカギを握る要職にあるがゆえに、インドのメディアにもしばしば取り上げられる機会があるだろう。またパーキスターンの国政レベルの若手政治家の注目株のひとりであることも確かである。

Youtubeに昨年11月頃のニュースのインタビューの映像がある。

Talk about taxing agriculturists is nonsense and politically motivated: Hina Rabbani Khar (Youtube)

キャリアはまだまだこれからなので、未知数の部分が多い人物だが、今後とりわけ西欧諸国に対するパーキスターンの顔として起用される機会も多くあるのではないかと思われる。

ヒナー・ラッバーニー・カル氏関係ニュース一覧 (dailylife.com)

※コーラープト2は後日掲載します。

ヒマラヤのドン・キホーテ

 ネパールに帰化し、自らNNDP (Nepal National Development Party)という政党を率いてネパール政界への挑戦を続けている宮原巍氏について書かれた本である。 

氏がヒマラヤ観光開発株式会社の創業者であること、ネパールのシャンボチェにホテル・エベレスト・ビューを建設した人物であることは以前から知っていたが、どういう経緯でネパールに根付くことになったのかについては、ほとんど知識がなかったこともあり、この本を見かけた途端とても興味が引かれた。 

もともと登山を通じて、このヒマラヤの国との縁が出来たそうだが、その後再びネパールに渡り、当初は工業の振興を志したが、この国の現状を踏まえたうえで観光業振興に力を注ぐことになったということらしい。 

2008年の選挙の結果は残念なものであったが、70歳を越えても決して立ち止まることなく、長らく暮らして来たネパールの国政に打って出るというダイナミック行動力には脱帽である。 この本によると、ネパールで政党がマニフェストを作成するのは、彼のNNDPが初めてのことであるとのこと。同党のウェブサイト上で、2006年の結党時に示したマニフェストが公開されている。 

マニフェスト Part 1

マニフェスト Part 2 

ところで、ヒマラヤ観光開発株式会社のウェブサイトからは氏のブログにリンクされている。同じくこのサイト上にある≪世界最高峰・エベレストの見えるホテルへ!≫というタイトルの下の山岳の画像をクリックすると、ホテル・エベレスト・ビューの紹介ページに飛ぶ。 

海抜3,880mに位置する日系ホテル。掲載されている写真も魅力的だが、サンプルビデオを再生してみても、そこが絶景の地であることがうかがえる。高いところは苦手なのだが、いつか宿泊してみたいと思っている。 

書名:ヒマラヤのドン・キホーテ

著書:根深 誠

出版社:中央公論新社

ISBN-10: 4120041719

ISBN-13: 978-4120041716

リビア インド人たちの脱出準備

 カダフィ大佐による長期政権が最大の危機を迎えているリビアでは、18,000人のインド人たちが住んでいることから、インド政府は自国民の脱出のための準備を進めているとのことだ。 

India sends ship to Libya to evacuate 1,200 Indians (Sulekha.com)

上記リンク先記事にあるとおり、エジプトでチャーターした1,200人乗りのフェリーを日曜日までに東部の街ベンガーズィーに到着させ、エジプト北部の港町アレクサンドリアへ脱出させる予定。同時に首都トリポリやその他の内陸部の地域への救援機の乗り入れも予定しているとのことだ。 

チュニジアで発生した民衆蜂起デモによる政変は、エジプトのムバラク大統領退陣、そしてリビアでも同様の危機を迎えており、バーレーンでも大規模なデモに発展するとともに、その他の湾岸諸国でも不穏な動きが見られるようになっている。

少し前まで政治的に盤石であると思われていた地域でこうしたドミノ現象が起きていることについて驚くばかりであるが、同時に大産油国が名を連ねる地域でもあることから、早くも原油価格の高騰が伝えられているのはご存知のとおり。 

各地で今後も民衆蜂起の連鎖が続くかどうかという懸念とともに、長きに渡り独裁を続けてきた支配者が去った後の真空状態を埋めるにはいったいどういう体制なのか、安定は望めるのか等といったことも心配されている。この地域の人々にとって民主化を求める代償は決して安くはない。 

同時に、その地域外に住んでいる私たちにとっても、世界のエネルギー供給の大半を占めるこの地域を誰が治めるか、どういう体制が敷かれるのかということは大変気になるところだ。 

産油国であるリビア、バーレーンでの動きを考え合わせれば、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタールといった更に豊かな国々でさえも、この流れと無縁とは必ずしも言い切れない。 

日本からの視点よりも、インドから眺めたほうが事はもっと深刻かもしれない。地理的な近さもさることながら、自国の膨大な労働力の吸収先である湾岸諸国に騒ぎの火の手が迫りつつあるからだ。原油価格高騰と合わせて、今後が非常に懸念されるところである。今後の推移を見守りたい。

サッカーと軍政

 インドの東隣のミャンマーでは2009年からMNL (Myanmar National League)というプロサッカーリーグが発足した。同年5月から2か月間ほどに渡るカップ戦が展開され、今年3月からは10のクラブチームによる正式なリーグ戦が開始され、記念すべきMNLリーグ初代優勝チームはYadanarbon F.C.である。 

言うまでもなく旧英領であったこの国では、サッカーという競技の歴史は古い。かつてはアジアを代表する勢力であったこともあり、観るスポーツとしての人気も高かった。社会主義計画党時代のビルマでは、実業団チーム(といっても省庁や自治体が構成するチーム)のリーグがあり、私自身も『税関vsヤンゴン市役所』(であったと記憶しているが・・・)の試合をアウンサン・スタジアムで観戦したことがある。 

その後90年代に入ると、いわゆるクラブチームがいくつも結成されるようになり、ヤンゴン市にはプロチームさえ存在していたものの、全国的なプロリーグというものはなかった。 

いまや地域の他の国々の多くにプロサッカーリーグがある昨今、経済的に非常に厳しい状況にあるミャンマーにもそうしたものができるのは時代の流れなのだろうと思っていたが、その裏には軍政による大きな後押しがあったことを示唆するニュースがあった。

昨日、ジュリアン・アサンジュ氏がイギリスで逮捕されたことが各メディアで伝えられていたが、彼が創設したウィキリークスから流された在ヤンゴンのアメリカ大使館発の公電に関するBBCの報道がそれである。

मैन यू ख़रीदने पर हुआ था बर्मा में विचार (BBC Hindi) 

上記記事によれば、2009年1月以前に当時の軍政の議長タン・シュエ氏が10億ドルを投じて、イングランドのプレミア・リーグのマンチェスター・ユナイテッドを買収としようと画策していたということだ。 

サッカーによって政治・経済に対する国民の不満のガス抜きをしようという目的、タン・シュエ氏自身が同チームのファンであり、彼の孫もチームの買収を強く希望していたという個人的な動機があったとのことだが、近年有望視されている領海内のガス田からの収入等を背景に、それほどの金額を出資することが可能であったという点はちょっと驚きである。 

しかしその前年2008年5月にミャンマーを襲ったサイクロン『ナルギス』の被害からの復興の遅れ、加えて外国からの援助を断り、被災地の人々に対する痛手をさらに大きなものにしていると国際的に非難を浴びていた時期でもあったことから、これを断念したということ。そのため自国内にプロリーグをスタートさせることを決心したということが書かれていたそうだ。 

だからといって2009年初頭にマンチェスター・ユナイテッドの買収を諦める代わりに4か月ほどでプロリーグを始動させるというのは無理があるため、もともとそういう方向で動いていたものを前倒しさせることになった、という具合なのではないかと思う。

確かにMNLがリーグとして正式に開幕したのは2010年だが、それに先立って2009年に2カ月間のカップ戦を行なうというのは中途半端で解せないものがあった。このあたりについて、やはり当時の軍政の意向が働いたのかもしれない。 

そもそもミャンマーにおいては、90年代以降は経済の様々な分野における民営化の進展著しいが、その中で軍関係者による関与はとても大きいようだ。 

当然MNLを構成するクラブチームについても、純粋に民間人による運営がなされているとは想像しにくいものがある。後に機会を設けてそれらの背景について調べてみようと思う。 

11月に実施された総選挙により『民主化された』という建前となっている同国の政治同様に、一皮剥けば経営陣に軍関係者たちがゾロゾロ・・・という具合であるかどうかはさておき、なかなか興味深いものがあるのではないかと想像している。