AAJTAKの本気度と大国の論理

「AAJTAK」の中継映像から

このところウクライナからの現地リポートで出てくる女性がいる。寒い気候の中で帽子をすっぽり被って厚着なので、「若い女性リポーターが修行に出されているのかな?」と、しばらく気が付かなかったが、同ニュース番組のエース級のアンカーのひとり、シウェター・スィンであったので、これはびっくり。アナウンサー歴26年のベテランである。ときどき選挙リポートなどで現地から伝える姿は見かけるが、シウェター・スィンともあろう人が、戦地でのリポートとは。ニュース番組AAJTAKの本気度が伝わってくるようだ。

開戦以来、同チャンネルのウクライナ報道を見ていて気が付いたのだが、戦争という嗜眠に対する非人道的な行為に対して、プーチンの横暴に対して、厳しく糾弾しているのは言うまでもないが、ゼレンスキー大統領やウクライナ政府については、必ずしも両手を挙げて同情的というわけでもないらしい。戦火を招いた当事者の一角として捉えている。

スタジオに呼ばれたり、リモートでコメントするインドの国際政治評論家、軍事評論家たちともなると、NATOの東方拡大により西欧とロシアのバランスが崩れているとか、西欧による一点張りの批判には必ずしも同意できないとかいう発言も少なくない。インドは中国と違って、こうしたメディアは政府のコントロール下にあるわけではないのだが、国情が違えばこういう見立ても出てくるものなのか。ロシアはソヴィエト連邦時代から続く長年の友好国であり、「ロシアアレルギー」とは無縁で、かつて「同志」であった旧東ブロックへの警戒感もまったく無いという、インドならではの事情もあるが、それよりも大きな要因がひとつあるように私は思う。

それは、大国ロシアの立ち位置と南アジアにおける域内大国インドのそれは、イコールではないものの、似通った部分が多いことだ。たとえばカシミールの係争問題。国際的な問題として提起したいパキスタンに対して、インドはあくまでも二国間問題であるという態度を崩さない。パキスタンやバングラデシュとの間の水利問題も同様。

そして何年か前のパキスタン領内への空爆、そこにある越境テロ組織の拠点を叩いたとのことで、国際的には強い批判を招いてもおかしくない隣国への空爆であったが、ここでも他国による口出しを許さなかった。このときはちょうどインドの総選挙戦の始まる直前。これでBJPは大いに株を上げた。パキスタン側では「空爆の事実はない」と応じたが、やはり政権による子飼いのテロ組織があること、その基地があることを認めることになるので、「空爆された」とは、なかなか言えない。

また、もうひとつの隣国ネパールへの、ときに横暴とも言えるほどの扱いについても、やはり二国間問題なのだ。こうした域内秩序について、同域内で圧倒的な存在感と力量を示すインドは他者による介入を是としないが、これと同様の理解が今回のウクライナ危機に対してもあるのかもしれない。オセアニア大陸北部におけるロシアの存在感を南アジアにおけるインドのそれと重ねてみると、大国の論理という共通点があるように思われる。

インディア・トゥデイ(ヒンディー語版3月16日号)の社説記事にインドの元駐露大使のコメントが引用されていた。「もしネパールが中国と軍事同盟を結び、インドに向けたミサイルを配備するというような動きを見せたら、我々はこれを看過できるだろうか?」というもの。やはりこの点で、インドがロシアに一定の理解を示しているのは、我が身に置き換えてよく似た危機感(歴史的・文化的繋がりが深い隣国で友邦ネパールだが、近年中国にどんどん接近している)を共有しているという認識があるからという側面が大きいだろう。

もちろんインドが自らの域内で、ロシアのような挙に出ることは、未来永劫に渡って決してありえないと思うのだが。

India Today系列のニュース番組で知るウクライナ情勢

AAJTAK (ヒンディー語放送)の中継映像から

ウクライナ危機に関するインドのニュース雑誌「INDIA TODAY」系のニュース専門チャンネルAAJTAKは情報量もあるし速報は迅速だし分析も深い。

ご存知のとおりインド政府は友好国ロシアへの遠慮から国連の非難決議等は棄権するなど、自国民救出に奔走する一方で、ロシア・ウクライナの二国間の問題であるとして距離を置いているが、それとは裏腹に、民間のニュース番組はロシアへ厳しい批判を展開している。

同時にウクライナを率いるゼレンスキーへも多少の疑問を呈するとともに、NATOの東方拡大へのロシアの懸念にも、これまたいくばくかの理解を示す部分もあるというスタンスのようだ。置かれている立場も旧ソ連時代からの深い仲でもあることから、ロシアに対する眼差しに異なる部分があるのは、まあ当然かもしれない。

ロシアへの態度は、もしかしたら世代によっても大きく異なるのかもしれない。ニュースキャスターが原発施設への攻撃を厳しい非難を含めて伝え、原子力関係の識者が「原子炉が無傷であったとしても安心できはしない。電源喪失という事態になれば冷却できない状態で炉が加熱して爆発という事態になる。欧州最大級の原発がそんなことになったら、どうなるのか、想像することすら恐ろしい。なぜこんな愚かなことをするのか」と批判する一方で、年配の軍事評論家はこんなことを口にする。「ソ連時代に建築された発電所なので、ロシアは施設の配置や構造をすべて判っているので問題はない。発電所を占拠すること、原発でさえ躊躇せず襲うということで心理的な圧力をかけているのだ。情報戦の一環でもある」といった具合。

インドのある程度以上の年代の人たちの間では、今もどこかに旧ソ連やロシアへの信頼感、憧憬のようなものがまだあるとしても不思議ではない。80年代以前、旧ソ連は社会主義の同志で、ポーランドやチェコのように旧ソ連に圧迫された経験もないため、ネガティブな感情を抱きにくいということもある。おまけに国境を接していないので領土問題もなく、旧ソ連時代には様々なレベル・分野での交流も盛ん、インド各地の大きな街にはモスクワに本部があるソビエト専門の書店があった。英語やヒンディー語をはじめとするインドの言語に翻訳された書籍が並んでいた。私もときどきそういう店で「インド人用のソ連書籍」を買ったことがある。同じ時期の日本から見たソ連への感情とは180度異なるものがあったように思う。その頃のインドはいわゆる「消費主義」へ批判的な風潮もあり、当時のソ連と心理的にも親和性は高かったのかもしれないし、彼らの進んだ科学技術への憧れもあったことだろう。

AAJTAKで特異なのは、複数の特派員を送り、「グラウンド・リポート」として、キエフや郊外の各地から映像とともに情報を伝えていることだ。私たちの世の中の非常時であるとして、日々の放送内容の大半をウクライナ情勢に費やす心意気には打たれるものがある。印パ関係が緊張したときでも、「日々まるまる印パ関係」ということはなかったのに、ウクライナ侵略開始以来ずっと「ほぼまるごとウクライナ危機専門ニュースチャンネル」になっている背景には、この局がこの戦争について大変な危機感と問題意識を持っているからに他ならないだろう。国営放送及び民間放送の他局は通常通りに大半が国内ニュースで、ときどきウクライナ関係の映像が挟まる程度、あるいは脱出先の東欧からインド軍機で帰国したインド人留学生たちを取材する程度であるため、その特異性は際立っている。

INDIA TODAY (英語放送)

前述のとおり、AAJTAKはニュースメディアの「India Today」グループの放送局だが、この「India Today」名の英語放送も運営しており、ほぼ同じ内容のニュースを英語で見ることもできる。インドの多くのニュースチャンネルは、国営放送から民放まで、インターネットでもライブ放送をしている。インドでオンエアしている内容をそのままネットで見ることができるわけだ。日本放送局も同様のサービスをしてくれれば良いのにと思う。日本からの現地レポートが手薄ないっぽうで、国際報道の分野でも台頭するインドからのニュースで、よりわかるウクライナ情勢。ウクライナ情勢に関して、今ぜひ視聴をお勧めしたい。

特集「ヒジャーブ」

 

インディア・トゥデイ3月2日号の特集は「ヒジャーブ」。この下敷きとなっているのは、今月カルナータカ州のある学校で起きた出来事とそれに対する学校の反応がインド国内はおろか、海外でも大きく取り上げられるトピックになっていることがある。

「私はムスリムなのでムスリムらしい格好で学校に通う」と、ヒジャーブ姿で登校した女子生徒。これを学校側が見咎め注意するも改めないためクラスへの出席を禁止、女子生徒は裁判所に訴え出るという顛末に。校内ではこの生徒に反発する生徒たちがアンチ・ムスリムの行動に出たり、外野の大人たちまで学校近くやSNSなどで騒ぎ立てるという具合になっている。

これがインド国内でテレビなどでも大きく取り上げられると、BBC、アルジャジーラその他、海外の有力メディアでもカバーされるようになり、かなりホットなトピックになっている。これが目下の「ヒジャーブ論争」であり、これに対応して組まれた特集が今回のものという次第。

こちらに張ったリンクは「インディアン・エクスプレス」の記事だが、同じインドメディアでも立ち位置が異なるものだと切り口や意見が異なるのはもちろんのことだが、イギリス、フランスなど欧州の報道陣による記事、隣国パキスタンや湾岸諸国の記事などと読みくらべてみると、さらに興味深い。視点や問題とする部分が大きく異なり、カルナータカ州の両者が折り会える着地点はないように思えてくるからだ。

Amid hijab row, a refrain from a Kerala school: ‘Idea is to be inclusive, that’s what India stands for’(The Indian EXPRESS)

学校に通う以上、そこの制服を着用することは進学を決めた時点で了解済みのはず。インドにおいても大多数の人たちがそう考えるはずだが、こうして社会問題化する側にはそれなりの意図と目的がある。行動を起こしたのは女子生徒個人であっても、そうさせることを仕向けた大人たちの存在があったのかもしれない。

さて、カルナータカ州の学校においてムスリムの女子生徒が問題提起した「ヒジャーブ問題」だが、さらに波紋を広げ、ついに死人が出るまでの衝突にまでなっている。学びの場で発生した問題とはいえ、広くコミュナルな緊張を招きかねないトピックなので、1日でも早く収束してもらいたいと願うしかない。

Security tightened in Karnataka’s Shivamogga after ‘murder’ of Bajrang Dal worker (Hindustan Times)

サント・ラヴィダース・ジャヤンティ

先日、2月16日はサント・ラヴィダース(聖者ラヴィダース)またはグルー・ラヴィダースの記念日。この日がラヴィダースの誕生日であったとされる。ラヴィダースに因みのある施設等で人々が集って祝う。

ラヴィダースは宗教家としてバクティ運動の中心のひとりとして知られているとともに、社会改革家としての側面もあった。万民の平等を唱えた人であったことから、ダリット層での人気も高い。選挙戦最中のUP州、ウッタラーカンド州、パンジャーブ州で右から左まで、政治家たちがこぞって「ラヴィダース参り」をしている。そんな中でモーディー首相もこのとおり。インドのリーダーたちにとって、こうした参拝はその支持層に対する「あなたたちをいつも気にかけていますよ」という姿勢を示すための大切な行為だ。

近年のBJPの支持の安定した拡大の背景には、こうしたダリット層や部族層への着実な浸透がある。つまり以前は国民会議派、左派政党、各種地域政党の支持基盤であったところに大きく切り込んでいるからだ。そうした中でそうした旧被差別層の福利拡大にも取り組んでいる。BJPのスローガン「サブ・カー・ヴィカース、サブ・カー・ヴィシュワース、サブ・カー・プラヤース」(みんなの発展、みんなの信頼、みんなの取り組み)はただのお題目ではなく、BJPの本質として支持されるのは当然だろう。これでマイノリティー(ムスリム及びときどきクリスチャンへも)への冷淡な姿勢さえなければ、本当に良いのだが、

RAVIDAS JAYANTI ‘Very special moments’: PM Modi takes part in ‘Shabad Kirtan’ at Ravidas Mandir in Delhi – Watch (ZEE NEWS)

しかしながら常々感心するのはパールスィーの人たちの位置取り。外国起源(血筋だけでなく信仰も含めた)のコミュニティー、ムスリムやクリスチャンは冷遇されるいっぽうで、同じく外来というか、信仰だけではなく血筋すら外来の(先祖がイランから移住してきたパールスィーだがパールスィー以外と結婚するとパールスィーではなくなってしまう)パールスィーはBJP政権とも大変相性が良く、インドでいつの時代もインドのどこでも「愛国的コミュニティー」として認識されている。このあたりの世渡りの上手さはさすがである。あたかも10世紀に今のグジャラートのサンジャーンで現地の支配者に定住の希望を申し出たときの誓いが今の時代にも生きているかのようだ。

(その誓いとは、定住に難色を示す支配者の目の前でミルクいっぱいにミルクを注ぎ、そこにスプーン1杯の砂糖を加えるが、コップからは一滴のミルクもこぼれることはなかった。「かように私たちはこの大地に溶け込み、世の中をを甘くすることを誓います」と述べたという故事のことである。)

ダバル・インジャン・サルカール

現在、UP州とウッタラーカンド州にて、それぞれの州議会選挙戦展開中。こうしたシーンで、近年のBJPがよく口にするのは「ダバル・インジャン・サルカール (Double Engine Government)」。インドの英語ではDoubleは「ダバル」、Engineは「インジャン」と発音される。

つまり中央政府の「インジャン」と地方政府の「インジャン」がともに連結し、どんどん前進していくというイメージだ。急勾配を上る列車が2連結の機関車に力強く牽引、あるいは先頭で1台の機関車が牽引するとともに、最後尾でもう1両の強力な機関車が押し上げていくイメージだ。

日本の県よりもインドの州のほうが権限が大きく、場合によっては「違う国」みたいな様相を呈することすらある。たとえば州政権が変わると、いきなり「禁酒法」が施行されて、「ドライ・ステート」になってしまうこともある。

しかしながら、州政権はあくまでもインド共和国内での地域政権に過ぎず、やはり中央政府の威光は強大。中央政権と関係の良い政党が運営する州政府には、有利な開発プログラムが導入されるいっぽう、折り合いの悪い政党の州政権には、あからさまな嫌がらせがなされることだってないことではない。そんな中で、特にBJP政権だと困るという層の人でなければ、UP州政権を率いるヨーギー・アーディテャナートには好感を持たなくても、中央政権のモーディーと関係が良いし、同じBJPだから「ダバル・インジャン」で経済発展をどしどし進めてくれそうと期待して票を投じる人も多いはず。

それもこれも、やはり中央でも地方でも、BJPが少なくとも経済発展と民生の向上においては、いい結果を出していることがある。これがBJPよりもマイノリティ(ムスリム)に対してもフェアな態度で臨み、貧困層に属する割合が高いとされるコミュニティには気前よく留保枠を与える国民会議派や社会党だったらどうだろうか。たとえばUP州の人で、マジョリティのヒンドゥーで、とりわけヤーダヴではなく、OBCs(その他後進初階級)でもなく、少数民族や部族ではない人たちにしてみると、中央政府が国民会議派あるいは社会党(社会党は主にUPの地域政党なのだが中央政府に連立ではいるということはあり得る)で、自分の州の政権も社会党という「ダバル・インジャン」が成立したら、とんでもない悪夢だろう。

形勢からして、どうやらウッタラーカンド州はBJPがそのまま再選されそうだし、UP州においても社会党はある程度の伸びは期待できても、BJPを政権から「引っこ抜いて捨てる」と豪語する社会党の若党首アキレーシュ・ヤーダヴの主張するような結果にはならないように思われる。

PM Narendra Modi lauds infra projects in Ghaziabad by ‘double-engine’ govt (HINDUSTAN TIMES)