ズィンチェンからチリンへ2

ユルツェの村でのホームステイ先

ラダック人ガイドのS君は24歳で、現在ナーグプルの大学で体育学を専攻しているとのこと。学部の最終学年に在籍しているそうだが、年齢からして途中で少々遠回りしたのだろう。毎月、ラダックの両親から仕送りをしてもらっているとのことだが、生活していくために必要な金額に届かないこと、親の負担を軽減するという目的もあり、大学が休みの夏の時期にはガイドをしている。

ラダックでトレッキングガイドといえば、このように地元出身の大学生が休みの時期に稼ぐために従事しているというケースはよくあるようだ。ちょうど学校が休みである時期とトレッカーが多い時期が重なることもあって非常に具合が良いらしい。

また、S君は陸路でスリナガル経由でラダックに帰省する際に、レーその他でレンタル用に供されるバイクの陸送の手伝いもしたそうだ。「ツーリング気分も楽しめるし、小遣い稼ぎにもなるので良かった」とのこと。

ナーグプルでは大学の寮に暮らしているそうだが、同郷ラダックの学生たちが数人いるので、順番に料理をしているとのこと。「インド料理は脂っこいし、僕らにはあまり合わない」ので、主に故郷の料理を食べているということだ。

大学卒業後の夢は、レーで旅行代理店を開くことだという。ラダックではこれといった産業がないため、それなりに安定した生活を営むためには、概ね公務員、軍関係、そして観光業ということになるのだろう。

<続く>

 

ズィンチェンからチリンへ 1

ズィンチェンからチリンへの2泊3日の短いトレッキングに行くことにした。旅行代理店の店頭の貼り紙にあったものに参加することにしたもので、この募集を出しているのはポーランド人であるとのことだ。同行する人によって、旅行の印象が異なってくることもあるので、いい人だったらいいなと思いつつ、集合時間となっている朝8時にこの代理店のところに出向いた。

だが着いてみると、代理店の人が渋い顔をしていて、「ポーランド人はキャンセルした」とのこと。担当者のデスクの上には、代理店が準備した箱入りの朝食とミネラルウォーターがガイドと私を含めた参加者2名を合わせた3名分用意されているので、本当の話らしい。

こんなこともあるので、先日「ラダック たかがSIM、されどSIM」で書いたように、携帯電話が普及していながらも、他州で購入したプリペイドSIMが利用できない状態では、お客の要請を受けてオーガナイズする代理店のほうに、こうしたリスクがあることは否めない。貼り紙を依頼する本人に対して、旅行代理店側のほうから連絡を取ることができず、その人自身が代理店に再び現れない限り、どうなるかわからないというのは、旅行代理店にとってはもちろんのこと、それに参加する側としても不便な話である。

さて、気を取り直して出発。クルマでインダス河の対岸のへミス・ナショナルパークに入域してズィンチェンまで走る。ここが今回のトレッキングのスタート地点である。ここの海抜が3,400mくらいだが、このコースで通過する最も高い地点がおよそ4,900mとのことであるため、高所に弱い私は少し気になったりもする。

川の流れ沿いに上り、次第に高度が上がってくる。幾度か川を渡るが、水に浸って渡渉する必要はなく、川の中に置かれている石伝いに歩けばいいので楽なものである。歩いていると暑くてTシャツ1枚になったりする(かといって暑くてたまらないというほどではない)のだが、途中幾度か日陰で休憩のために立ち止まったり、曇り空の下で写真を撮影していたりすると、肌寒くなってくる。やはりそれなりの高度があるため、決して気温は高くない。

やがてルムバクの村に到着して昼食のためしばし休憩。大きな白いテントを張った簡易食堂は、観光シーズンの期間だけ、村の人が出しているものである。ここチャーイのみ注文して、さきほどのレーのエージェントが用意した昼食を食べる。冬季には、ルムバクの村周辺ではユキヒョウがよく出没するため、それを目当てに訪れる人たちもかなりあるとのことである。夏季にはもっと標高が高くて気温の低いところに移動しているとのことだ。付近ではオオカミも出没するとのことで、エサとなる小動物がいろいろと生息していることが窺える。

確かに、このあたりではウズラの種類と思われる鳥をしばしば見かける。平らなところでは自力で飛び立つことができず、斜面から滑走しないと飛行することができないので、肉食動物たちにとって格好の餌食ということになりそうだ。

ルムバクからしばらく歩いた先、ズィンチェンからは途中の休憩や昼食の時間も含めて3時間半ほどでユルツェの村に到着。ここは村といっても、一家族しか暮らしていないとのことで、ホームステイの選択肢は一軒しかない。登ってきて谷川の右側に見えるその家屋は壮大で、遠目にはゴンパかと思ったほどだ。

<続く>

 

レーにて 3

宿泊している宿のすぐ隣にあるPadma Guest Houseの屋上のレストランが私のお気に入りである。

Padma Guest House屋上のレストランからの眺望

レーの町にありながらも、周囲の眺めが開けているため、畑の向こうに広がる山あいのパノラマ風景を楽しむことができる。

ここで出される食事はおいしいが、さりとてそれらが特別に・・・というわけではないし、メニューがとりわけ多いわけではないのだが、やはりこのロケーションの良さと、利用者がほぼこのPadma Guest Hose宿泊客だけという静かで落ち着いた雰囲気もいい。

朝早くにこのレストランがあるテラスから眺める風景、夕方陽が落ちてから次第に暗くなっていく山並みの眺望、スカッと晴れた日の昼間、曇りでどこかからか雷鳴が聞こえてくる午後など、いずれの時間帯や天気でもそれぞれの味わいのある心地よいロケーションだ。

シーズンオフの厳冬期も営業しているのかどうかは知らないが、ピリピリと冷たい空気の中で、白い雪を被るエリアがすっかり広くなった山々を望むのも大変いい感じなのではないかと想像してみたりする。

〈続く〉

空路デリーからレーへ

デリーからレーに向かう飛行機に乗る。

昔々、インドで民間航空会社が出現する以前、インディアン・エアラインス(現在はエアインディアと統合)の専売であった時代から、この路線のフライトは早朝の時間帯に出発することになっている。

気象の関係もあるのかな?と思っていたが、もとより降雨量が極端に少ない地域であり、モンスーン期にも雨雲の影響を受けにくいエリアでもあるため、むしろ「希少なフライトであるがゆえに変な時間帯でも需要は高い。思い切り早い時間帯に飛ばしておけば、機材を他の地域への便に有効活用できる」といった、経済的な要因が大きいのではなかろうか。

2012年にキングフィッシャー・エアラインスの撤退(その後、同社は経営破綻)により、一時期はレーに乗り入れる空の便が減ったようだが、既存の航空会社のフライトが増えたことにより、現在ではそれをカバーしているどころか、かえって増加したようにも思う。

それでもシーズンにおける需要そのものが年々高くなっているため、かなり早めに予約する必要があるのはもちろんのこと、LCCを利用したつもりであっても、レーに乗り入れるフライトのチケットは他の地域の同程度の距離のものに比較するとずいぶん高価なものとなっている。訪問客が激減するオフシーズンはどうかといえば、レーに乗り入れるフライト自体が著しく減ってしまうため、「直前でも安く」というわけにはいかないのが現実のようだ。また、12月から1月にかけては、出発地のデリーの濃霧により、各地へのフライトのキャンセルが多発するので注意が必要だ。

デリーを出てしばらくしてヒマラヤの上空に差し掛かると雲が眼下にたまっているのが見える。南の海のほうから運ばれてくる湿気を含んだ空気が山に当たり、そこに雲が溜まる様子が手に取るようにわかる。

ヒマラヤ山脈のところで雲が溜まっている様子が見える

しばらくすると雲の切れ目はかなり高度がある地域となり、そこには山の上のほうから形成される氷河が見える。そこからしばらく進むと雲がほとんどなくなってきて、ラダック地方に入ったことがわかる。その手前までは雲があんなにたくさんあるのに、それを越えると乾燥した大地となる。自然というのは不思議なものだ。もちろん高度が作用しているとはいえ、高い山並みが雨をもたらす雲を遮っているのである。

眼下に氷河

北上していくと、雲の切れ目から氷河の姿を目にすることができる。今はそうした壮大な地形をGoogle Earthで簡単に見ることができるようになっているとはいえ、空の上からとはいえ実物を眺めることができるのは、まさにこの路線ならではのありがたみである。

乾燥した大地に流れる川
「勇壮な」というコトバがぴったりくるラダックの眺め
大地にも様々な色合い
水のあるところに緑があり、人々の営みもある。

さて、いよいよラダック地方に入ってくると、カラカラに乾いた大地が出現する。まさに宇宙船で違う惑星にやってきたかのような気さえしてくる。機内アナウンスによると、右側にはツォモリリが見えるらしい。私が座っているのは左側なので、それを見ることはできなかった。早朝という時間帯の関係で、レーに向かう便に搭乗する際、機体の左側の窓際席を取るのがベターだ。順光でヒマラヤ山脈の景色を楽しむことができる。更には、翼で視界を遮られることがないように、最前部近くあるいは最後尾近くの座席を指定すると、写真撮影も楽しむことができて、なかなかいいものだ。

ストックの村だろうか
軍事施設の上を旋回してレーの空港にランディング

 

紅茶レジェンド

慌ただしい朝に少々時間を気にしながらも楽しむ一杯の紅茶、昼下がりに読書をしながら楽しむ紅茶、午後に友と語らいながら楽しむ一杯の紅茶、夕方になって傾く陽を眺めながら楽しむ一杯の紅茶。どれもとっても素敵な時間を与えてくれるものだ。

紅茶というものが世の中になかったとしても、同じように時間が経過していき、同じように日々が過ぎていくのだろうけれども、この一杯の安らぎのない生活というものは考えられない。コーヒー好きの人にとってのコーヒーと同じことだが、この一杯あってこその充足感、気分の切り替え、解放感がある。

味わいをゆっくりと楽しみ、気持ちがすっきりするけれども、酔わないのがいい。だから朝から晩まで、時間帯を問わず、場所を問わずに楽しむことができる。お茶を淹れることができる設備がないような場所では、もちろんペットボトルに入った紅茶だって立派な紅茶に違いない。カップで熱い紅茶を啜るのとはかなり気分は違うけれども、やっぱり気持ちを解放してくれる。

私は紅茶が大好きだ。けれども産地やブランドへのこだわりは正直なところまったくない。色合い香りともに派手なセイロンティー、上品で風格のあるダージリンティー、地元原種の茶の木がルーツのアッサムティー等々、それぞれの個性がどれも楽しい。

はてまた、イギリス式のティーでもインド式のチャーイでも私にとってはどちらも紅茶。どんなお茶でも自分で淹れるし、淹れていただけるならばどんな紅茶でも美味しくいただく。

あればいつでも嬉しい紅茶だが、長年茶商として営んできて、紅茶エッセイストとしても知られる著者によるイギリスと紅茶の歴史の本がある。

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書名:紅茶レジェンド

著者:磯淵猛

出版社:土屋書店 (2009/01)

ISBN-10:4806910155

ISBN-13:978-4806910152

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紅茶と血を分けた兄弟である中国茶の数々、中国沿岸部から雲南までを経てミャンマーへと広がる茶の栽培地域。そのさらに先にインドのアッサム、ダージリンといった紅茶の産地へと足を運び、それぞれの地域での特色ある喫茶習慣はてまた食べ物としてのお茶を紹介。

トワイニングとリプトンという、紅茶業の二大巨頭の事業の変遷、イギリスや世界各地での喫茶習慣の普及と大衆化についての流れが語られていく。

そしてともにスコットランド出身、それぞれアッサムとスリランカで茶の栽培の先駆者として歴史に名を刻んだチャールズ・アレクサンダー・ブルースとジェイムス・テイラーの生涯についても紹介されている。後世に生きて紅茶を楽しむ私たちにとって、どちらもありがたい恩人たちだ。

茶園で働く人々によって手摘みされる茶葉、製茶場での加工の過程、その後の流通やパッケージング等々に想像を働かせつつ、現在の紅茶世界の背後にある歴史に思いを馳せると、カップの中で湯気を立てて揺れている紅茶がますます愛おしくなる。

人類の長い歴史の中で、紅茶出現後、しかも紅茶の大衆化以降に生きることを大変嬉しく思う・・・などと書いては大げさ過ぎるだろうか。

蛇足ながら、近年刊行された紅茶関係の本としては、こちらもお勧めだ。

紅茶スパイ(indo.to)

とにかく私は紅茶が大好きである。