レーワーリーの蒸気機関車整備場 (Rewari Loco Shed)

ハリヤーナー州のレーワーリーには、インド国鉄好きにはたまらない蒸気機関車整備場がある。ここにはたくさんのSLが集結しているが、博物館のように展示されているわけではなく、すべてが現役の蒸気機関車。それらの車両の整備場なのだ。もちろん入場料を払って見学することができるのだが、場内では整備士さんたちが忙しく働いている。

レーワーリー蒸気機関車整備場ゲート

「忙しく」とは言っても、傍目にはのんびりしているように見えるのだが、インドにおけるSL修理のための「最終兵器」みたいな整備場で、貴重な蒸気機関車を日々整備するとともに、他の整備場ではどうにもならないポンコツをも受け入れて、手間暇かけてレストアしていく、そんな凄腕の整備士さんたちが揃っているそうだ。

入場すると、出勤してきたばかりの蒸気機関車の運転士さんが構内を案内してくれた。現在この人は蒸気機関車専門の運転士とのことで、冬季にデリー・アルワル間で運行される小ぶりで緑色のメーターゲージ機関車、フェアリー・クイーン号の走行も担当しているとのことで、他にも何かのイベント等での運行があれば、呼ばれて行くそうだ。実際に走行する際には4時間ほど前から機関車のウォーミングアップが必要とのこと。

フェアリー・クイーン号は、優美な外見とは裏腹に、気難しくて扱いにくい機関車であるとのこと。容易にオーバーヒートするし、気を抜くと瞬時に蒸気圧が下がってエンコするなどとても厄介であるとのこと。大昔の機関車なので動かすだけでもちょっとやそっとではいかない相手のようだ。

フェアリー・クイーン号
フェアリー・クイーン号

普段はあまりそういうのがないので暇かと言えばそうでもないようで、機関車の入れ替え作業はもちろんのこと、整備の途中で蒸気機関を回しての動作確認作業などもあるそうだ。

大きなブロードゲージの貨物用機関車の顔が外れた間抜けな姿を見るのは初めてだったけど、蒸気機関の構造について運転士さんから説明を聞くことができて良かった。すこぶる燃料効率の悪い、そして水も大量消費する機関車だったこともよくわかった。

どの機関車もバリバリの現役であるため、駅前などに展示されている機関車と異なり、生気に満ちている。また蒸気機関による機関車以外の車両の整備も実施されており、蒸気機関によるロードローラーというのは初めて目にした。

蒸気機関のロードローラー

整備場構内では植民地時代の貴賓用客車の展示もあった。こちらは1921年の車両でこの年に訪印したプリンス・オブ・ウェールズのインド滞在のために造られたた特別車両。後に英国国王(=インド皇帝)エドワード8世となる彼の皇太子時代だが、インドに4ヶ月滞在している。要人の長期滞在には批判も多かったようだ。

The Prince of Wales’ 1921 Trip to India Was a Royal Disaster (JSTOR DAILY)

プリンス・オブ・ウェールズ(当時)の御用車両

御用車両内
御用車両内
御用車両内(プリンス・オブ・ウェールズの寝室)

2000年以降にここで撮影された映画のリスト。最近はアクシャイ・クマールの主演映画の撮影があったとのこと。10月公開予定とか。ロコ・シェッドの壁にあったリストはこちら。

撮影された映画タイトルのリスト(ヒンディー語での表記)

入場料はわずか10Rs。嬉しいことに外国人料金の設定はない。イン鉄ファンの方にはとてもオススメ。

レーワーリー駅の周囲にも興味深いものがある。インドに限らず日本その他でも鉄道駅のこちらと向こうで雰囲気がずいぶん異なることはあるが、レーワーリーほどの極端な例はそう多くないと思う。

鉄道駅の東側は駅前スペースはほとんど無く、いきなり密度の高い商業地になっており、主要駅のひとつであるこの駅を乗り降りする人たちは24時間絶えないため、駅前ではデリーやカーンプルなどと同様に終夜営業をしている店は少なくないようだ。オートはリザーブと乗り合いベースでいつも客の取り合いだ。とにかく賑わっている。

レーワーリー駅東口

一方で西口に出ると、商店は一軒もないし、客待ちのオートもゼロ。とても静かなのだ。これには驚いた。よく見るまでもなく、建物は古ぼけているものの、鉄道病院があったり、鉄道関係者の住宅が立ち並んでいたり、立派ではない簡素な教会があったりする。ここはいわゆる「レイルウェイ・コロニー」なのであった。

レーワーリー駅西口

つまり鉄道関係用地という、きちんと管理された政府所有地が西口側に広がっているため、民間企業等が開発したり、一般の商店や住宅が建てられることもなければ、スクウォッターたちが勝手に住み着くことも出来ないわけである。

本日はずいぶん早くに整備場のゲートに到着して9時の開場を待っていたのだが、出勤してくる人たちはみんな同じ方向から歩いて来ていたので、おそらく整備士という業種で同一の宿舎に住んでいるのではないかと推測できる。

英領時代、整備場が造られた頃は当時のハイテクの粋を集めた先進的な機関。英国人のメカニックがネイティブ(当時はそう呼んでいた)に技を伝えるべく頑張っていた場所だ。

在インドの英国人にも当然、階級というものはあり、鉄道、自動車、電信電話その他のいわゆる現業部門の英国人たちは、社会の指導的立場にはなく、彼らがフィールドとする仕事場における「親方」に過ぎなかった。

そんなわけで、現在のレーワーリーのレイルウェイ・コロニーの古ぼけた庭付き戸建ての官舎には、比較的よさげな給与待遇に惹かれて渡印したものの、配属先で大きなタスクを負わされつつも、ホワイトカラーの同国の上役からはやいやいのと言われつつ、部下のインド人たちへのリーダーシップがうまく取れなかったりと、かなり追込まれて気の毒千万な英国人も多かったはずだ。

植民地時代の研究や考察などで、そうした現業部門に従事した英国人の日常生活に関するものは例外的と思われるが、何かうまくまとめられたものがあれば、是非読んでみたいと思う。

Merchantという姓

大財閥リライアンスのアンバーニー家の御曹司アナントと結婚するラディカー・マーチャントって誰?とメディアで話題になっている。

私たち日本人にとっては、彼女の家族背景よりも「マーチャント姓」だろう。

もともとインドではセーナーパティ(司令官)、セート(商人)といった職業が苗字となっているケースが割とある。(もちろんその苗字の示す仕事をしているものというわけではない。)

こうした形で英語の「Contractor」「Pilot」といったものが苗字となっているケースもあり、これらの場合は改姓した本人がそういう職業に就いていたから。国民会議派の政治家で「サチン・パイロット」という人がいるが、この人は父親の代に「パイロット姓」に変えている。インド空軍のパイロットだったのだ。

おそらくこのMerchant一家もご主人かその先代、あるいはそのひとつ前の世代が姓を改めたのだろう。

仕事がMerchantであるMerchantさん、とてもわかり易い。

Who is Radhika Merchant—the new addition to the Ambani family (livemint.com)

聖俗混在の寺院

ウドゥピでの宿泊先の隣にあるスリ・クリシュナ寺院へ。ここで面白いのはいくつもある寺院の集合体であり、その集合体の中にスーパー、カンティーンなどが入居していることだ。寺院郡の中に商店がいくつかあるのは不思議だ。境内のスペースをそうした商業施設に貸し出しているというのが新鮮に感じられる。

境内には商業施設が多い。
境内に寺院と商店街が混在している印象

かなりボロボロの寺院施設もあり、田舎の土俗的な宗教施設のようにも見える。南インドで特徴的なのは男性の場合、寺院での正装はドーティーを身につけ、上半身は裸であること。お堂のひとつからは調子外れの打鍵音が響いてくる。

こうした店の中には、ホメオパシーの薬品店もあった。ホメオパシーと親和性の高いインド人は少なくない。西洋医学信奉の私にはホメオパシーもアーユルヴェーダも理解できない。これでは治る病気も治らない。

境内には行商人も多い。こちらはランゴーリー作成キットで、「だれでもとても簡単手軽にランゴーリーを描けます」とのこと。インドの主婦とて誰もが器用なわけではないし、祝祭のときしか描かないのでちょっと苦手・・・という向きには大助かり!なのかも。小さいものは20Rs、大きいものは50Rsとのこと。それぞれいろんなパターンがある。

 

大富豪子息の結婚

世界有数の大富豪で、リライアンス財閥の総帥ムケーシュ・アンバーニーの娘が結婚するにあたり、一族の故地であるグジャラート州ジャームナガルでの式典等に内外から大勢のVIPやセレブたちが集合。

各国王族や世界第一級の実業家に映画やスポーツなどのスターたち。「国際空港ではないジャームナガル空港」に各国からチャーター便が到着しているとのこと。臨時にイミグレ、税関なども用意されたのだろう。

Booking.comでジャームナガルの宿を検索してみると、見事にすべて満室。インド国内の大実業家、超有名歌手や俳優、クリケットのスター選手以外に外国からはビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグ、Googleのスンダル・ピチャイ、ウォルト・ディズニーのCEO、トランプ前大統領娘のイヴァンカ、石油のアラムコの会長、ブータン国王等々の豪華な面々が揃うようだけど、ジャームナガルにそんな高級ホテルがいくつもあるのだろうか。

クルマで1時間半くらいかかるラージコートにも泊まったりするのだろうか。もちろん顔見せにやってきてトンボ帰りする人たちもあるのだろうけど。それでもやっぱりアンバーニー家に対する義理があって、わざわざ遠くからでもやってこないわけにはいかないはず。

Celebrities head to Jamnagar for 3-day pre-wedding festivities of Anant Ambani-Radhika Merchant; airport to handle international traffic temporarily (The Indian EXPRSSS)

テレビラジカセ

ふと思い出したので、話はコーチンに戻る。

フォートコーチンの骨董屋店頭で気になった商品。日本のナショナル製品だが、ラジカセにテレビが合体しているのが凄い。当時、「テレビラジカセ」と呼ばれていたものだ。こんな製品があったことはうっすら記憶にあるものの、身近なところにはなかった。当時いくらくらいする製品だったのだろうか。

今はスマホやPCでテレビ番組やラジオなども楽しめるが、当時は実物を器の中にそっくり作り込まなくてはならなかったので、相当な意欲作だったはず。しかも画面ときたら、時代からしてブラウン管だと思うけど、よくここまでできたな、という感じだ。まだ韓国のSAMSUNGやLGなどが         台頭する前、家電製品といえば日本がナンバー・ワンだった時代の品物だ。

そんなものが流れ流れてインドにあるなんて。この時代のインドのテレビのクオリティーは良好ではなかったため、こういう製品は、ちょっと値段のつけ難いスーパーハイテク商品だったのではないかと思う。国内のマーケットで流通していたものではもちろんなく、国外から持ち込んだものだろう。