ヴァンデー・バーラトの寝台車お披露目

鉄道大臣によりヴァンデー・バーラトの寝台車の発表がなされた。

全国各地で運行区間が追加されているヴァンデー・バーラト。インドが誇る国産の非常に快適な準高速列車だが、現時点までは全席チェアカーの昼行列車。今後夜行寝台のものも始まるのだからありがたい。

中距離の昼行列車としても、夜行の長距離列車としても、それぞれ従前からあるシャターブディー、ラージダーニーと存在意義は被るがいずれもヴァンデー・バーラトが上位の位置付けとなる。

シャターブディー・エクスプレス(Century Express)、ラージダーニー・エクスプレス(Capital Express)と、ニュートラルだがロマンチックな語感のある名前が好きだが、ヴァンデー・バーラトというこれとは毛色の違う翼賛的なネーミングは、いかにも右翼政権らしいなぁとも思う。国策として各地にサービスを展開して好評を得て、さらには寝台列車も導入してインド万歳の福音を届けようということだろうか。

それはともかく、ラージダーニーは文字通り、首都と各地の州都(国のラージダーニー、州のラージダーニー)を繋ぐ列車として全国各地で展開してきた。シャターブディーと合わせて中長期的には今後ますます増便されて運行区間も広がったヴァンデー・バーラトに置き換わるのだろうか。これらとは別にヴァンデー・メトロというサービスも今後展開していく予定。メガ級の大都市と周辺の街を高速で繋ぐというもの。

インド国鉄は、モーディー政権2期合計10年で大きく変わった。3期目の現在もその変化は休む間なく進行中だ。

Vande Bharat Sleeper Exclusive Sneak Peek: Indian Railways Unveils New Train Better Than Rajdhani! Check Top Photos, Features (THE TIMES OF INDIA)

水のボトルで思い出すこと

1リットルのミネラルウォーターのガラス瓶で思い出したのだが、1980年代のインドではウイスキーの空瓶を水筒として使う人たちがけっこういた。

バーザールではちゃちなプラスチックの水筒は売られていたのだが、今のような堅牢で見てくれも良いものはまずみかけなかった。清涼飲料の類もガラス瓶で、ペットボトルが出回るようになったのは、そのずいぶん後のことだ。

80年代後半にはビスレリ等のミネラルウォーターは売られていたが、当時の価格で確か12Rsだったと思う。1ドルが13Rsとか14RS。当時あった闇両替で16Rsだか17Rsだかといったところ。現在の1ドル83Rsとかの時代に20Rsは当時よりもはるかに安い。インドの人たちの所得も大きく上がったが、当時はペットボトル入りの水は高級品だったのだ。そんなわけで鉄道やバスに乗ると、水を入れたウイスキー瓶を持った人たちが大勢いた。

そういう人たちが皆酒飲みだったわけではないだろう。当時は空いたガラス瓶だって売られていたのだ。用途は水筒にしたり、油をいれたり、はてまた燃料を入れたり。当時は大きな街を除けば食べるところと言えば粗末なダーバーが大半。大きな街で高いと頃といえば、多くはメニューの文字すらよく読めないくらい低照度の暗い暗いレストランだった。

今から思えば、その闇がパルダーの役を果たし、種種雑多な人々がごちゃりと揃って食事をしているわけではない、家族や仲間だけの孤食を演出する意味があったのかもしれない。

カフェらしいカフェもなかった。立ってすする道端のチャーエ屋、席は用意されているけど、せせこましく忙しいチャーエ屋しかなかった。カフェがあちこちに出来るようになったのは90年代後半以降だ。

この時代はメジャーな観光地の主役は外国人だったが、それでも外国人料金という概念がなく、タージマハル入場料はわずか50パイサ。何かと外国人料金の設定が多かった中国を旅行してからインドに来ると、「なんと良識とホスピタリティに満ちた国なのか!」と誤った感心をしたものだ。

そんな昔のインドが良かったかと言えば、全くそうは思わない。当時私が社会人であったならば、休暇でインド旅行というのはあり得なかった。

なぜならば鉄道予約は駅に出向かなくてはならず、まずは「ブッキング窓口」で目的地までの乗車券を買い、続いて「リジャルウェーシャン窓口」で予約をする必要があった。

大きな駅だとそれぞれ方面別となっており、間違えるとまた最初から並び直し。行列は長く、割り込みを防ぐために人々は密着し、それでも窓口前では、とにかく自分が先に窓に手を突っ込もうと熾烈な闘いが繰り広げる、そんな感じだった。列車予約ひとつで1日が軽く終わる、みたいな具合。

それも始発駅ではなく途中駅だと、「15日先まで寝台なし」「向こう20日間は満席」などと言われて途方に暮れる、そんな大変なインドであった。今のインドのほうがいろいろ便利ではるかにありがたい。

QRコード決済

露店でもごく当たり前に電子決済が普及しているインド。ナーリヤルワーラーに、何割くらいの人がPayTmで支払うか尋ねてみると、「何割ってほどじゃあないなぁ。5%くらいかねえ。あんまりいないよ。」とのこと。

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単価も販売量もなかなか大きなマンゴー露店のお兄さんは「半分近いね。現金と違って盗難とか管理の心配もなくて助かるよ。」なのだとか。

グラス1杯2Rsのニンブー・パーニーの露店でも尋ねようとしたら肝心の売り手が外していて聞きそびれた。

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地べたで商う野菜売りも自身のQRコードを誇らしげにトマトや大根の山の上に提示していることが多い。

客層や品目によって利用頻度は様々なようだが、売り手が異口同音に言うのは、「これがないと支払いの段になって『あ、じゃあバイバイ』と踵を返してしまうお客がいる」ということ。

手数料を支払ってもメリットがあるということのようだが、ここまで普及した背景には、「インド版マイナンバーカード」と言える「アーダールカード」の普及により、銀行口座を持つ人が爆発的に増えたことがある。

デリーからレーへの直行バス

デリーからレーまで直通のヒマーチャルプラデーシュ運輸公社(州営のバス会社)によるバスが人気らしい。低地の酷暑もさることながら、他の手段よりも安く移動できることが好評らしい。

暑季のデリー・レー間のフライトは「国際線かよ?」と思うほど高くなるためだ。飛行機で往復だと今の時期は18,000Rsくらいになる。バスだと片道1,657Rsなので往復で3,314Rs。つまり5.5倍くらいの差になるため、ぐっと敷居が下がるのだ。

以前はケイロンで夜間休止(現地宿泊)していたのをやめて、そのままレーまで突っ走るらしい。道中通過するビラースプルとケイロンで運転手が交代するとのこと。

所要時間はおよそ33時間。バスに乗りっぱなしでこの時間はかなりキツそうだ。山岳地での夜行というのも何だかおっかない。行きは直行、帰りはスピティその他に立ち寄りながら旅行してみたい。

Delhi-Leh bus service turns into money spinner for HRTC (The Economic Times)

三又ソケット

三叉ソケットを買い足した。宿で利用できるコンセントが足りなかったり、接触が悪くなっていて、何かひとつ噛ませないとうまく通電しないコンセントがあったりするため、とても重宝する。

感心するのは、近年は3つ4つに分岐させるだけではなく、平型タップにも対応する形状になっていることが少なくないことだ。

とりわけ外国人客の多い地域では、そうした需要は少なくないのだろう。つまり2穴式でも丸型だけでなく平型にも使えるということ。もちろん私たち日本も平型だが、アメリカの家電製品に配慮したものと思われる。

安いものだし、何かと置き忘れたり、紛失しがちなグッズでもあるため、見かけたらその都度購入して補充しておきたい。