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カテゴリー: column

  • ケーディヤーハヴェリー

    ケーディヤーハヴェリー

    そうした中に、マールワーリーコミュニティの中のケーディヤーという苗字を冠したハヴェリーがある。ファテープルでは、ハヴェリー外側にバルコニーをしつらえて(建物の外側にバルコニーを造る例は多くない)、さらに鉄の欄干(これも珍しい)に人や神の姿や顔をあしらったものを見ることが出来る。おそらくこういうスタイルが流行った時期があったのだろう。

    向かいには、ケーディヤーの名前を被せた宿泊施設があるが、このハヴェリーと同じ一族の所有。宗教関係の基金等が運営するダラムシャーラー(巡礼宿)同様に、豊かでない人たちの訪問を可能にする簡易宿泊施設だ。所有者一族は、すでに幾世代もムンバイーで暮らしているとのことだが、先祖の出自シェカワティーとの縁は切れずに続いているようだ。

    シェカワティーでは、マールワーリーのさまざまなコミュニティによる運営のこうした施設をいくつも見かける。多くは「ダラムシャーラー」という名前が付いていることが多いが、文字通りの「巡礼宿」というわけではなく、仕事上の用務、親戚の結婚式への参列、あるいは観光など、様々な目的で人々が利用している。

    かつてハヴェリーの主たちは、世間のために井戸を整備したり、寺院を寄進したりなどにより社会貢献を進めたが、今なおそういう働きを残している例ということになるだろうか。

    バルコニーと鉄の欄干が興味深い。

    昔の建物に「ケーディヤー・アティティグリハ」と書いている。通常はアティティグリハ(ゲストハウス」という名称ではなく、「ダラムシャーラー」と称しているものが多い。
  • 行けども行けどもハヴェリー

    行けども行けどもハヴェリー

    商業地にあるハヴェリーは、間貸しに出しているところが多いが、そうしたエリアから離れると、空き家となっているハヴェリーは少なくない。ちょっと覗いてみて生活感がないものは、たいていそうだ。例えば干してある洗濯物の有無、バイクや自転車などが置いてあるかなどで一目瞭然である。

    こうした管理人に頼むと、たいてい快く中を見せてくれる。もちろん彼らにとって、見せてもらう側が帰り際に渡す心付けが、良い小遣い稼ぎになるからであるが。とりわけ近年のようにインド人観光客がたくさん訪れるようになってからは、昔のように「見せてもらえますか?」と尋ねると、不審そうな面持ちでギョロリと眺められることはまずないだろう。外からやってくる人たちにとって、こうした屋敷が興味の対象であることが広く知られるようになったからだ。

    もちろんそれは人が居住していないハヴェリーの場合で、それ以外は運良く入れてもらえても、門をくぐったところにある「最初のチョーク(中庭)」までで、通常はそこから先に行くことはできないはず。

    ハヴェリーを観るのを目的に訪れると、実に当たり外れが大きいシェカワティーだが、そうした中で、ファテープルは強くお勧めしたい町のひとつ。まだ屋敷町がきちんと残っており、コンディションも良好であるものが多いからだ。ひとつひとつのハヴェリーの佇まいはもちろんのこと、こうした建物が軒を連ねている「行けども、行けどもハヴェリー」という眺めは圧巻である。

    町中にある寺院も素敵だ。いかにもシェカワティーらしい派手さが素晴らしい。

    ハヴェリーがいくつも連なる景色は圧巻

    こちらは寺院
    寺院内部
    寺院内部
    寺院内部
    寺院
    寺院内部
    寺院内部
    寺院内部
  • Le Prince Haveli

    Le Prince Haveli

    せっかくファテープルを通りかかったので、Le Prince Haveliという、インドらしからぬ名前のハヴェリーも訪問した。以前も見学したことがあるのだが、おそらくシェカワティーに数多いこうした屋敷の中で、最良のコンディションのものといえば、間違いなくここだろう。

    シェカワティーのハヴェリーに惚れ込んだフランス人女性アーティストが買い取り、地元の信頼出来る寿司と組んで基金を作り、それをもってオリジナルの装飾技法にこだわって修復を重ねたもの。建物の裏手に回ってみても完璧に伝統技法と伝統染料での補修がなされており、なぁなぁになりがちな男性とは違う、女性ならではのこだわり、完璧さ、執念(ではなく情熱と言うべきか?)とイッキに突き進む行動力をヒシヒシと感じる。

    残念ながら今回も前回もフランス人からオーナーさんは不在だったが、前回訪問時に彼女の息子さん(写真家で30代前半くらいか?)から話を聞いたことがある。

    その修復作業についてのいきさつや経過などをまとめたら、大変素晴らしいドキュメンタリーになりそうだが、特にそういうつもりはないようだ。とにかく大好きなハヴェリーを持つ、それをオリジナルな状態に復元するということに注力した結果がこの屋敷、半砂漠のシェカワティーに鮮やかに咲く大輪の花のようなHaveli Le Princeである。

  • ハヌマーン・プラサード・ネーヴティヤー・ハヴェリー

    ハヌマーン・プラサード・ネーヴティヤー・ハヴェリー

    次に訪れたのはファテープル。

    こちらはハヌマーン・プラサード・ネーヴティヤー・ハヴェリー。外に面したバルコニーに鉄の欄干を持つという珍しい形だが、その欄干に人の顔が刻まれている。ファテープルでは、こういう鉄の欄干、そしてそこに人の顔あるいは神の姿をあしらうといったものがしばしば見られる。

    ちょうど管理人がどこかから帰ってきたところで、見学してみたがとても良かった。保存状態は良好。出来ることならば、この屋敷をひと月くらい借りて生活してみたいものだ。

    屋上の構造物。この屋敷の中では時代が最も下ってから造られた部分らしく、洋風の意匠を志向した形跡が認められる。
  • マンダーワー

    マンダーワー

    以前、じっくりと見学したことがある。
    シェーカーワティー地方へ 2 〈Hotel Mandawa Haveli〉(indo.to)
    シェーカーワティー地方へ 3  〈映画をこよなく愛する人々〉
    シェーカーワティー地方へ 4  〈タークルの屋敷〉
    そのため、今回は昼食のためのみにマンダーワーで小休止。

    タークルの屋敷、転じてホテル

    タークルの屋敷で現在ホテルになっているものがあるが、数日後にシェカワティー地域の町、アルスィーサルで宿泊する予定のところは、ここと経営母体が同じ。同じグループのホテルがジャイプルにもある。有力なタークルの一族が所有する会社によるホテルグループである。せっかくの機会なので観光・・・といっても、2年半前に来ているので、特に限られた時間で見るというほどのことはなく、まだ昼も食べていないため、前回ここに来たときに利用したホテルのレストランで昼食。
    ホテルのレストランで食事

    ここマンダーワーでは、ハヴェリーの転用の面白い例があった。屋敷がまるごと、銀行の支店となっている。
    ステート・バンク・ンブ・インディアの支店が屋敷を借り切っている。








  • 珍しいムスリムのフレスコ画ハヴェリー

    珍しいムスリムのフレスコ画ハヴェリー

    シェカワティのフレスコ画のハヴェリーは、ヒンドゥー教徒のマールワーリー商人コミュニティ独自のもの(及び一部のジャイナ教徒)というセオリーがあるのだが、ジュンジュヌーには稀な例外が存在している。

    ジュンジュヌーのイスラーム地区にあるムスリムのフレスコ画ハヴェリーだ。場所がどのあたりかよくわからなかったので、ムスリム地区にあるDargah of Kamaruddin Shahを目標に移動してみる。ダルガー自体にも、シェカワティらしいフレスコ画があしらわれており、なかなか見応えがある。

    このダルガー参拝後、通りがかりのムスリム男性に道筋を質問すると、そのハヴェリーの界隈の住人であるとのこと。ヌール・マスジッドというモスクの隣にあるとのことが判った。

    訪れてみると、ここに暮らす家族はこれを建てた人物の子孫で、その中の一人から話を聞くことが出来た。このハヴェリーを建てたご先祖は、ムスリムの商業コミュニティの人ではなく、このあたりの地主だったそうだ。神々や人物の絵の無いハヴェリーは、かなり印象が違って見える。

    彼は、フレスコ画のあるムスリムのハヴェリーは他にほとんど例のない貴重なものだと言うものの、このハヴェリーはあと10年もすれば取り壊す予定であるとのこと。維持に手間も費用がかかるため、フレスコ画を修復したりする意志もないそうだ。もう一軒、こうした屋敷を所有していたが、そうした経済的な理由からだいぶ前に取り壊してしまったそうだ。

    貴重な文化遺産とはいえ、私有財産なので、持っている人自身の都合もあるわけだ。
    そんな事情もあるため、最近は博物館や宿泊施設として用いる目的で修復の手が入るハヴェリーも増えているが、その他はやはり存続が危ぶまれることには変わらない。

    残念ながらあまり保存の状態は良くないのだが、取り壊す前に訪問できたのは幸いである。

  • モーディー・ハヴェリー

    モーディー・ハヴェリー

    ラーニー・サティー寺院をあとにして、モーハンラール・イーシュワルダース・モーディー・ハヴェリー(通称モーディー・ハヴェリー)へ。

    ここはダイヤモンド等の宝石類を扱うことによって大きな財を成したモーディー一族の屋敷である。最近、銀行を巻き込んだ金融スキャンダルで逮捕された同じくダイヤモンドを扱ってきたビジネスマン、ニーラヴ・モーディーは、この血筋かと思っていたが、関係はないらしい。

    このハヴェリーは、ロンリープラネットのガイドブックにも紹介されているため、記帳用の帳簿が用意されており、管理人が100Rsなどと吹っ掛けてくる。通常は10~20Rs程度で良いようだが、最後に30Rs渡してそこを後にした。がめつい男だったが、がなかなか根は良い人のようで、尋ねるといろいろ詳しく説明してくれる。

    シェカワティ地方の中心地の繁華街に面していることから、訪問客がとても多いため、そこそこの収入を上げていることが伺える。ゆえにきちんとメンテナンスもされているのだろう。

    こうした古い屋敷の管理人としては非常に珍しいことに、彼専用のAC付でバスルームも完備した居室が用意されているのには驚かされた。

  • ラーニー・サティー寺院

    ラーニー・サティー寺院

    ムクンドガルを後にして、ジュンジュヌーに向かう。ここで最初に訪れたのはラーニー・サティー寺院。サティー寺院としてはインド最大。
    未亡人が亡くなった夫に殉じて火葬の燃え盛る日の中に見を投げるサティーの因習に繋がる寺院である。

    比較的最近では、1987年にシェカワティ地方のスィーカル地区でサティーを実行した例があり、痛ましい事件として大きなニュースになったようだ。

    Roop Kanwar’s sati greeted with shock across India, Deorala became a place of worship (India Today)

    寺院内のカンティーンの食事は、メニュー毎に価格は決まっているが、寄進とプラサードという建前になっている。

  • ムクンドガル

    ムクンドガル

    ドゥンドロドから少し北に進んだところにあるのがムクンドガル。
    ほぼ向かい合う2軒、ジャガンナート・ラーイ・ガネーリーワーラー・ハヴェリーとシヴ・ダット・ラーイ・ガネーリーワーラー・ハヴェリーを同じ管理人が世話していた。どちらも現在は人が住んでいない。
    どちらも大変面白い意匠であるとともに、保存状態も良好。じっくり楽しめた。

    シェカワティ地方で特徴的なミナレット付きの井戸
  • ドゥンドロドのゴーエンカーの屋敷

    ドゥンドロドのゴーエンカーの屋敷

    ドゥンドロドのゴーエンカー一族のハヴェリーでは「入場券」が用意されていた。外部の人に見せているハヴェリーでも、実はこういうチケットを用意するところは珍しい。

    チケット制になっているのは、ホテルに転用されたタークルの城の隣にあるため、訪問客が多かったがゆえなのかもしれない。城が常時ホテルとして運用されていたのは90年代後半から10年間ほどであったらしい。現在の当主はサファリの営業に凝っていて、ホテルは冬場のみの営業となっているようだ。

    フォート外観
    フォートの内部

    クラシックなサファリ用車両
    こちらは現役のサファリ用車両

    ナワルガルにある博物館として運用されているハヴェリーを除けば、通常は管理人が外からの訪問者に対して、個人的に門を開けるのであって、現地には不在のオーナーが預かり知るところではないからだ。知っていても見て見ぬふりをしてやっているのだろう。訪問者の多いハヴェリーになると、休眠資産なのに、余計なことで税務署に目をつけられると面倒ということもあるかもしれない。こうしたチケットを発行しているからには、売上の中から歩合で管理人に与えているのだろう。

    隣はおなじくゴーエンカーが建てた寺院。シェカワティ地方にゴーエンカー姓の人は沢山いるが、このドゥンドロドのゴーエンカーの一族は、カルカッタに移住してRPG Gropを形成するに至った。創業者ラーム・プラサード・ゴーエンカーの父、ケーシャヴ・プラサード・ゴエンカーも手広く商売で稼いだビジネスマンとして知られているが、そのまた父であり、ラーム・プラサードの祖父、銀行家としても知られたバドリーダース・ゴーエンカーは、まさにこのドゥンドロドの出身である。

    ゴーエンカーの屋敷

    チケット販売して公開しているだけあって、往時の生活感を見せる工夫がいろいろとなされている。

    ハヴェリー屋上からの眺め
  • スィーカル

    スィーカル

    人口24万人弱とシェカワティの中ではかなり大きな町だ。経済活動も盛んなようだが、当然の帰結として、古いタウンシップがかなりの部分が失われており、シェカワティのいわゆる「屋敷町」がすでに体裁を成していない。

    新しく建て直した建築物の中に、ところどころハヴェリーが点在しているという感じだ。きちんと保存活動がなされる前に経済活動が盛んになるとこうなってしまう。その意味で、ファテープル、ラームガルなどのように時間がそのまま凍結したような町は貴重であるという思いを新たにした。

    古いものがきちんと保存されているわけではないので、これからシェカワティ訪問を考えている人は、ここをスキップしてしまってよいだろう。

    こうした保存状態良好な屋敷も存在するものの、スィーカルにおいてその数は実に少ない。
    フレスコ画が描かれていた過去をしのばせる一角
    景気は良い町らしく、ジャイナ教寺院は見事だった。
    シェカワティ地域では、独創的なデザインのオートリクシャーが見られる。多くは細い路地を通りながら「ミニバス的」な乗り合いとして利用されている。
  • シェカワティ地域にある聖地、ローハールガル。

    シェカワティ地域にある聖地、ローハールガル。

    ゴリャーナー(Golyana)でバスを降りて、ここから先はシェアジープを乗り継ぎロールガルへ。

    背後が禿山であることを除けば、あたかもヒマラヤの山中にあるかのようなたたずまい。ちょっと涼しげな眺めではあるものの、ラージャスターンの丘陵地にあるため気温は高い。沐浴はしていないが、湧き水は冷たくて心地よいのか、それとも熱せられた大地から出てくる水は、まるで温泉状態なのかは確認していない。

    「CCTVで監視されています」という表示。田舎聖地にあっても、そういう時代のようだ。

    しかしながら、雨季乾季を問わずこんこんと湧き出て、霊験あらたかとされる泉、スーリヤクンドを囲むガート、それをさらにぐるりと取り囲む寺院の雰囲気は良好。周囲は門前町になっており、ダラムサラ(巡礼宿)などもいくつかあるようだ。

    たしかこのあたりはアラーワリー山脈の支脈ではなかっただろうか。北デリーのリッジあたりからハリヤーナー州を通ってラージャスターンを縦に抜ける山脈。一番高い頂はヒルステーションとして知られるマウント・アーブー。

    このあたりの山々(連なる丘陵と言うべきか?)は、かつて深い森であった時代もあるという。近代以降の森林伐採が大きな理由のようなので、そのあたりまでは、今とは異なる風景が広がっていたようだ。

    誰もが自由に利用できる「飲料水」
    ローハルガルからゴリャーナーに戻る道すがらにあるチェータン・ダース・キー・バオリーという階段井戸。