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カテゴリー: column

  • 鉄路の深夜

    夜10時過ぎにデリーのサライロヒラー駅を出発の急行列車。

    乗り込んでしばらくは、世間話に興じる人たち、デリー滞在時にお世話になった親戚筋と子供たちも交えてビデオチャットしている家族連れなどで大変騒々しかったが、いつしか彼らも寝静まり、夜汽車は粛々と進んでいく。

    寝台で、背中にレールのガタゴト感じて寝る夜行列車は心地良く、いつしか私も眠りに落ちて行くのだが、隣のオヤジの高イビキに「えーい、うるさい!」と目が覚めてしまうのだが、周囲を見渡すと、意外にも静粛な車内。

    そうか、イビキの主は自分であったか!と気が付く、インド汽車旅深夜過ぎ。

  • 列車待ち

    列車待ち

    サライロヒラー駅前の狭い広場のすぐ向こうにある「南インド料理」の看板を掲げた店で簡単な夕食を摂る。北インドの大きな街で、本場の料理を食べさせる店として営業している南インド料理店を除き、それ以外の店で出す「南インド料理」というのは、たいてい美味しくないものだ。食後のコーヒーもまた残念なものであった。こういう店がやっていけるのは、やはり始発・終着駅の目の前というロケーションあってのことだろう。

    なんと「厚焼きドーサ」であった。

    サライロヒラー駅は主要幹線から外れたローカル線、もともとはメーターゲージの路線専用駅だったので、往来の頻度が少なく、主にビカネール、ビカネールとジャイプルの間に広がるエリアといった田舎へ向かう列車となるため、首都の鉄道駅らしからぬローカル感に満ちている。

    サライロヒラー駅
    プラットフォーム上にある「シヴァ寺院」
    乗り込む列車が入線してきた。

    それはさておき、スマホカメラで良いことのひとつに、ちゃんとしたカメラだったら憚られるようなシーンでもなんとか撮ることができる場合が少なくないことがある。最近のスマホ上位機種のカメラ機能・画質の向上は目覚ましく、ちょっとしたコンデジと同等といっても良いレベルにあるモデルも少なくない。当然、暗所にも強いため使い勝手も良い。

    インドでは鉄道施設、橋梁など公には撮影が禁じられているところは多い。そうした場所で、おおっぴらにカメラを構えてファキンダーを覗いて「さあ、撮るぞ!」とやっていると、駅員に注意されたり、鉄道に配置されているポリスに捕まったりすることもあるのだが、そのあたりのハードルがやはりスマホだとずいぶん下がる。もちろんシャッター音を消すソフトは入れておくべきだろう。

    いずれにしても撮影禁止の場所で、咎められたら面倒なことになるのは間違いないので、あまりお勧めできる話ではないのだが。

  • AL – JAWAHAR

    AL – JAWAHAR

    ジャマーマスジッドの近くのエリアにあるムガル料理の名店、AL – JAWAHARへ。
    ひとりで行ったので多く食べることはできないが、マトンシチュー、タンドゥーリーローティー、シークケバーブを注文。
    さすが人気店だけあって、食事時を外れた時間帯でもお客の出入りは多い。
    極上で奥行き深い味わいを堪能し、大変満足した本日の午後である。こういう食事、つまりムグラーイーを味わうに、本場デリーに来なくてはいけないことを実感。やはり旧ムガル朝のお膝元にあってのものなのだろう。
    出来れば5人くらいで出かけていろいろ注文してみれば、賑やかな食卓でいろいろ味わうことができて良いことだろう。

  • 朝食と喫茶

    朝食と喫茶

    アングロインディアンな朝食は、亜大陸どこに行っても普遍的で、それこそペーシャーワルだろうが、ダッカだろうが、デリーで食べるものと大差ない。

    おまけに英領下ではなかった(とはいえ深い縁を持つこととなった)ネパールでも普通にあるし、まだ訪れたことはないがブータンでも同様だろう。加えて、英国が短期間ではあったが影響下に収めたアフガニスタンでもごく普通にブリティッシュな朝食はあるのだろう。少なくとも街なかでは。

    それにしても朝食アイテムばかりが、やけに広く普及して現地化するというのは面白いが、喫茶の習慣とセットで捉えるべきかもしれない。立場、地位の異なる人が会食する習慣のなかったインドで、チャーイを入れる店先で様々な人々が集い、議論が生まれた。

    英領末期のカルカッタでは、当時まだ珍しかったカフェで、紅茶カップを片手に人々が社会を語り、それはインド独立への大きなうねりを後押しするとともに、そうしたインテリ層の中からは後に貧農たちと手を携えて闘おうという左翼革命思想も台頭し、その流れのひとつがナクサライト(マオイスト)勢力となった。

    喫茶の習慣は、階層間の対話と議論の場を提供し、インドを大きく変えた・・・と言っても大げさではないだろう。

  • REVOLUTIONARIES

    REVOLUTIONARIES

    露店の店構えに革命が起きているように思う。この清潔さ、この洒落たたたずまい。
    お兄さんたち、オジサンたち、見た目はまったくサエないけど、露店業界のゲバラなのかもしれない。
    近くには、「サルダールジー」という露店を出している業者のオフィスまであった。少なくとも、従来の露店とは、ちょっと形態が違うと言えるかもしれない。

    その名も「サルダールジー(スィク教徒の愛称)」という露店
    隣の別業者による露店。衛生にとても気を使っているように見える。
    これまた別の露店だが、ちょっとオシャレな感じ。
    露店「サルダールジー」の「本部」はこのオフィスであった。
  • 小便禁止

    小便禁止

    デリーメトロの駅は近代的な造りだが、やはりそこはインドであるためか、かなり遊びというか余剰空間の多いものとなっている。

    そんなわけで、駅建物の外周部にちょっと奥まったスペースがあり、そこに店舗などが入るわけでもないため、立小便にはおあつらえ向きな(?)空間を提供している。実際、とてもアンモニア臭い。

    よくよく見るまでもなく、「小便禁止、罰金200Rs」などと書いてあったりするのだが、こうしたスペース、駅の建物を設計した際、やはり個人的には立小便を済ますためにデザインしたしか思えないのだが・・・。(笑)

    立小便禁止とあるが・・・。
    ちょっと奥まったところにあるので、やはり立小便にちょうどいい。
    すでにとてもアンモニア臭い空間だ。
  • Sita Ram Diwan Chand

    Sita Ram Diwan Chand

    パハールガンジの奥まったところにあるSita Ram Diwan Chand。デリー在住の方に連れて行ってもらったのだが、パハールガンジにこういう朝食の名店があるとは知らなかった。チョーレー・バトゥーレーの専門店。

    朝8時に開店。直前までシャッターは閉まっていたが、奥ではスタッフがすでに準備していたようだ。基本的に立ち食いの店だが、パハールガンジにありながらも、ずいぶん清潔でスタッフはキビギと効率良く働いている印象。持ち帰りのパッケージも販売されているため、これから鉄道で移動などという場合には、ここで調達してから乗車するといいだろう。チェーン展開しているかといえば、そうではないようで、店舗はここにしかないそうだ。

    店内で食べる
    持ち帰り用パッケージはこんな具合

    大変美味で、毎日でも通いたいおいしさだが、店内はこれから仕事に出かけるという人たち、あるいはこのあたりのオフィスにて働いているあるいは経営しているらしき人たちが多いようだ。おそらく常連さんたちなのだろう。

    Sita Ram Diwan Chand

  • マジヌーカーティーラーのチベット難民コロニー

    マジヌーカーティーラーのチベット難民コロニー

    ダリヤガンジに書籍を買いに行った後、少し足を伸ばしてマジヌーカーティーラーのチベット人マーケットへ。昼食はここで済ませることにした。

    チベット難民コロニー入口のゲート

    界隈は、1980年代後半あたりの有様からは想像も出来ないくらい変容した。インドのどこ場所についても、そんな昔と比較するのはナンセンスなのだが、この場所については、高級化、利便性の向上具合が凄まじい。

    洒落たブティック(チベット衣装を売っている)、モダンなテイストの品々を揃えてセンスの良い店内レイアウトの仏具屋、快適そうなゲストハウスやホテル、人気のレストラン(主にチベット料理)などがひしめき合っており、露店が立ち並んでいた昔と同じ場所とは思えない。

    非常に建て込んでいるうえに、高層化が進んだ(大半が違法建築のはず)ため、昼間でも果たして朝なのか夕方なのか判然としないほど陽が差し込まない。

    チベット人の中年女性が白い小石のようなものを袋に入れて売っているが、これはチベット式の乾燥式チーズだが、どこから運んできたのか、あるいは仕入れたのか尋ねてみたが、この人にはヒンディーも英語もまったく通じないため、インドにやってきて日が浅いチベット人なのかもしれない。

    チベット式乾燥チーズ

    ダラムサラをはじめとする在留チベット難民が多いところでは、「最近インドにやってきた」という人に出会うことは珍しくはない。そういう人でも、何かしら仕事や居場所があるのは、やはりチベット人居住区ならではといえる。

    昼食は、チベット料理の店でトゥクパとシャプタ(薄切り肉のソテーみたいなもの)を注文した。水牛のものが品切れとのことで、チキンものとなる。

    チキンシャプタ

    中華料理の影響が強いチベット料理だが、中華料理ではポピュラーなのに使われない食材がある。それは魚だ。

    すべてのチベット人が魚を食さないのか、広いチベット文化圏どこでもそうなのかは知らないが、一頭殺せば何人もが食べられる四足獣や鶏と違い、小さな川魚はひとつの命が与えることのできる恩恵が小さいため、殺生がより罪深いということになるらしい。

    そうした意味から、川魚ではないが私たちの大好きなイクラやタラコのようなものは、とんでもなく罪深い殺生ということになるというようなことを聞いたことがある。

  • 不滅の映画館

    不滅の映画館

    もう何年も閉鎖されている。地価の高い首都圏中心エリアで休眠させておくとは、なんともったいないことか。しかしながら、シネプレックス化の進展により、もはや単館で頑張る映画館に将来はない。

    そのいっぽうで、「インペリアルシネマ」という名前はランドマークとして生きており、宿泊先がこの建物近くなので、市内どこかからオートリクシャーで戻る際には、このシネマの名を伝えるが、「もうその映画館ないよ」とか「閉まってるよ」などと言う野暮な運転者はいない。

    たとえ建物を取りこわしても、目印として映画館の名前は残るのではなかろうか。南デリーには、1990年代別前半に火事を起こして営業取りやめとなった「ウパパールシネマ」という映画館であった建物がある。今でも「ウパハールシネマまで」と言えば、たとえ運転手がごく若くて、映画館が閉鎖された後に生まれたような世代の人であっても「どこだね、それは?」などと言う者はいない。

    あぁ、映画館は不滅なり。

  • 水冷クーラー

    水冷クーラー

    懐かしの水冷クーラーは、まだ新品で購入することができる。
    ボックス内の壁面部には、水で湿らせるワラ状のフィルターが入っており、強力なファンで送風することによる気化熱により、冷えた空気を送り出すというもの。
    暑く乾燥している時期にはそれなりに効くとともに、心地よい潤いをもたらしてくれるため気持ちが良い。
    しかしながらモンスーンが到来して、ベタベタと多湿で蒸し暑い時期に入ると、ただの扇風機と変わらなくなってしまう。
    ファンの音は物凄く騒々しいし、やはり通常のエアコンを購入することができない層のための代用品なのである。

    水冷クーラー
    内部壁面にワラ状のフィルターが見える。
  • デリーでパールスィー料理を楽しむ

    デリーでパールスィー料理を楽しむ

    イスラーム教徒の勢力に圧迫された拝火教徒たちが、イランからインドに移住したのは10世紀(8世紀という説もある)。つまり1,000年以上経過しても、独自のアイデンティティを維持するとともに、独自の食文化も保持している。

    インド国内でわずか6万人程度というコミュニティーで、多くはムンバイーやアーメダーバードなどに集中しているのだが、さすがはインドの首都デリーだけのことはあり、ここでもパールスィー料理にありつくことはできるのだ。

    このレストラン「Rustom’s Parsi Bhonu」は、パールスィー寺院とダラムサラから成る敷地内にある。ダラムサラのカンティーンと書かれているため、簡素な場所を想像したのだが、ちゃんとした、しかも小洒落たクラシックなレストランであるのは、リッチなパールスィーらしいところかもしれない。

    パールスィー寺院
    パールスィーのダラムシャーラー。レストランはこの中のカンティーンという位置づけらしい。

    私が訪れたとき、BGMがビートルズというのも、いかにものパールスィーらしく感じられた。イスラーム化とともに先祖の故郷を追われてインドに定住したパールスィーだが、英領時代に生活スタイルが西洋化した、オリエント起源で非クリスチャンのウェスタナーと言ってもよい部分があるのがパールスィーだ。

    元クイーンの故フレディー・マーキュリーがムンバイーのパールスィーの一族に生まれ、ザンジバルで子供時代を過ごした後、英国に移住したが、そういう人物をパールスィーのコミュニティーが生んだことは、何ら不思議ではないことなのだ。

    メニューにはいろいろなものが用意されているのだが、一人で食べに行くと、何皿も注文出来るものではないので、結局ターリーにした。

    前菜のようなもの?から始まる。
    「ターリー」に含まれるどのアイテムも上品な味わい。
    デザートとして注文したラガ・ヌー・カスタードの甘美味で夢心地。

    それでも前菜?みたいなのから始まり、味わいは洋食みたいであるのは興味深い。本日出たアイテムはすべて上品な味わいであるとともに、やはりボンベイを想起させる都会的なムード。

    とりわけ面白かったのは、ターリーを食べ終わってから注文したLaga Nu Custardである。
    「パールスィーの婚礼のときによく出されるものです。メレンゲを加えてふんわりと仕上げてあります」とのことで興味を持ったが、今のイランやトルコの甘いもの屋にあってもおかしくないような菓子であった。

    イスラミックなイメージのあるローズウォーターで味を整えてあるが、パールスィー伝来の菓子がこの風味を持つとすれば、イランがイスラーム化する前からあったものということになり、本来イスラームとは無関係の味わいと香りということになるのではなかろうか?

    レストラン名:Rustom’s Parsi Bhonu
    所在地:Delhi Parsi Dharamshala, Bahadur Shah Zafar Marg, Delhi 110002, India
    電話:+91 99100 60502

  • エバーグリーンゲストハウス

    エバーグリーンゲストハウス

    先日取り上げてみた、ニューデリー駅前のパハールガンジ地区のハニーゲストハウスが満室で断られた当時の日本の若者たち(一部、中年旅行者もいたが)が目指すのはエバーグリーンゲストハウスであった。ここもなぜか知らないが、日本人バックパッカーの利用が多かった。

    ここのオバハンはけっこう曲者で、同じドミトリーのベッドでも人によって違う値段を言うとともに、固く口止めを要請する。少し安く泊まっている者が、そうでない者に口外すると、そのお客の料金の吊り上げを宣言する。

    夜遅くに到着すると、やはり値段を上げていたり、体格は立派なのに気弱なご主人を叱りつけていたりする姿も記憶に残っている。

    さすがに当時のオバハンが今も取り仕切っているとは思えないので、子供たちが切り盛りしているのだろうか。当時、ハニーゲストハウスの次くらいに安いドミトリーがあったので、あくまで経済的な理由から「次善の策」として宿泊していたので、あまりに良い印象はなかった。