木の歯磨きウケてます

 今でもインドの農村などで歯磨きに使われるニーム(नीम)やピールー(पीलू)などといった木の枝。これが日本でも静かなブームになっているそうだ。
 もちろん日本の人々がそのまま噛んだりするわけではないのだが、これらの木の成分を配合した石鹸練り歯磨き等々、なかなか好評らしい。
 かく言う私もピールー配合の歯磨き用品を試してみている。アメリカの会社だが、その名も「ピール社」の「ピールエクストラクト」と「ピールデンタルファイバー」である。前者は歯の天然漂白剤、後者は木の繊維からできた歯のホワイトニング用パウダーであるとのことで、歯ブラシにつけてみがくと確かにオガクズ(?)のような感触と匂いがある。研磨剤は含まれていないとのこと。
 数年前にタバコをやめたとき、「これで歯にこびりつくヤニとおさらば」と思ったのだが、日常よく飲んでいるコーヒーや紅茶の類による歯の染色もまたひどいことに気がついた。  
 特に前歯など、すぐにしつこい茶渋がついてしまう。そのため数ヶ月に一度は歯医者での掃除が欠かせないのだが、研磨剤をつけた器具でガリガリとこすることが果たして歯に良いのかどうか常々疑問に思っている。
 元来、この「木」にそうした漂白作用があるのかどうかよく知らないし、ホントに効くのかどうかも半信半疑なのだが、しばらく使ってみて効果のほどが明らかになればお伝えしたいと思う。

インドでこんなカメラが欲しい

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 旅先あるいは日常で、肌身離さず持ちたくなるようなコンパクトデジタルカメラが現れそうな予感がする。とかく秒進分歩とまで言われるデジタル製品の進化の早さには目を見張るものがあるが、次から次へと出てくる機種が高画素化、多機能化していくものの、これまで特に購買意欲をそそられるものはなかった。カメラもデジタルの時代だからこそ、広角の単焦点、そしてとびきり写りの良い小型カメラが出てくれば良いのにと思っていた。

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ゴアのコロニアルマンション

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 ゴアのマルガオから15キロほど東に進んだチャーンドールに行ってみた。ここではポルトガル時代に建てられたいくつかの豪邸が残っていることで知られる。その中の最も大きなものは主の名からBRAGANZA HOUSEとして知られるこの屋敷は、旧宗主国の建築スタイルで建てられている。このBRAGANZA家は大地主、ポルトガル語を母語とするゴアのエリート社会を代表する名家であるとともに、20世紀初頭に活躍した政治家でありジャーナリストでもあったLUIS DE MENEZES BRAGANZAを生んだ。
 そのエキゾチックな景観から、このあたりは映画のロケにもしばしば使用されるという。訪れたときにもちょうど撮影が行なわれているところだった。大所帯の撮影チームの中にいた「メイクアップ・アーティスト」だという男によれば、スニル・シェッティー主演で今年12月公開予定の作品とのこと。
 インドはおろか日本でも一般的に「映画撮影」の現場にどれほどの数の人々が関わるものなのか知らないが、野次馬や警備の人たちを除いても100人以上であったと思う。こんな大勢を指揮するのはさぞ大変なことだろう。雑用も含めたいろいろな人たちを仕切る専門のフィクサーがいるのだろうと想像している。「この人がいないと映画は出来上がらない」というような、一般には知られていない凄腕手配師や辣腕エージェントの存在があるのではないだろうか。
 さてこの屋敷、「パレス」と呼びたくなるほど堂々としたものである。玄関口に出てきた使用人に見学したい旨伝えると、屋敷の主の夫人だという初老の女性が出てきて案内してくれた。豪壮な屋敷の中には、世界各国、主にポルトガルやイタリアの家具類、シャンデリアや中国(マカオ)の陶器の皿などの骨董品がたくさんあり、それ自体で博物館のようだ。駕籠や武器なども展示されている。広大な屋敷の中で公開されているのは1階(日本式に言えば2階)部分だ。
 450年の歴史を持つ家とのことで、建物は幾度かの増築を繰り返してきたものだという。当主は現在17代目だとか。大きなホールや寝室も、有力なマハラジャの居室にさえ匹敵するスケールと豪華さだ。ベッドは足が長く床の高いコロニアルなものである。寝室のすぐ外にはチャペルもあった。往時は専属の神父がおり、ここで家族の日曜礼拝が行なわれのだそうだ。
 しかし今となっては、この建物は維持費もかかるため、こうして公開しているわけだ。他家から嫁入りしてきた老婦人、この家が繁栄していたころには、よもや下々の人間に家を公開したり自らガイドのようなことをして報酬を受けたりするような日が来るなどとは夢にも思わなかっただろう。彼女の日課となっているこの作業だが、ふとしたことで没落したとはいえ名家としてのプライドとそれに相対する恥じらい等々、いろいろ想うところがあるのかもしれない。

食いしん坊万歳!

 東京都内、JR沿線ある駅近くの中華料理屋。繁華街でおなじみのランチバイキング。店主が中国人なら厨房、ホールもすべて中国人。だけどお客はほとんど日本人。こういうお店は最近多い。
 良くも悪くも「味も大陸」との評判もあるが、客の入りはいつも上々。B級グルメ激戦地にあって地元っ子のハートをガッチリつかんでる。決め手はやはり「本場」と「ローカライズ」のバランスだろうか。和製中華とどこか違う風味、でも日本人好みのツボは外さない。
 向かいにどっかり座った大きな人影。「おい、ビールくれ」と店員に声かける巨体のオジさん、よくよく見ればインド人。大皿にたっぷり盛った料理を目の前に、割り箸をバキッと鳴らして豚の耳のスライスとホイコーローを片付ける。小龍包を次から次へと平らげた挙句、コッテリとした豚足にとりかかる。ムンバイ出身のヒンドゥー教徒、日本に長いこの人に食のタブーはないらしい。
 思えばそういう人をしばしば見かける。自宅近所のある店でたまに出会うインド人の家族連れ、一家四人でいろんな刺身を美味しそうに食べている。
「え?こんなのも食べるの」とちょっと不思議に思うこと自体、ステレオタイプな先入観からくる一種の偏見かもしれない。それでも「な〜んでも食べるインド人」を目にすると、ちょっとドキッとしてしまう。
 とかく「食」は信仰にもかかわる問題。日本に長く住んだからといってタブーが消滅するわけではないが、往々にして多少は妥協せざるを得なくなってくるもの。、なんでも食べるのが良いかどうかはさておくとして、ボクらの好みや嗜好がわかりそれを積極的に評価するインド人が出てきているのはやっぱり嬉しい。
 食いしん坊万歳!

家路

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 就労機会とベターな賃金を求めて物乞い、家政婦、工場作業員、教員、経理士、IT技術者等々、実に様々な人々が外へと出て行く。まさにインドは出稼ぎ大国。
 しかし同時に周辺国から同じような動機で、インドに出てくる人たちもまた多いのは興味深い。バングラデシュからの不法移民は各地で社会問題になっているし、インドのどこにいってもネパール人のチョーキダールやサービス業に従事する労働者は多い。
「みんな大きな夢ばかり見ているんだ」
ヒマなオフシーズンのゴアの宿、キッチンで働くネパール人青年が言う。
「外国に行けば、大いに稼いでいい暮らしができると思っているからね」
 結局こうしてインドに来ている彼もそのひとりということになるのだが、ここで何年間も働いて過ごしてみて「現実が見えてきた」のだという。
 国外で働く人たちの多くが、エージェントを通じて出入国や仕事の斡旋を受けているとのことだが、
「だけど実際には1 Lakhしかかからなくても2 Lakh、3 Lakhと懐に入れるような連中だからね」
と彼。近隣地域から日本にモグリで働きに来ている人たちのことでもよく耳にするようなことである。
「こうして働いて故郷に送金してみたところで、国や仕事にもよるけどあんまり貯まらなかったりもするのさ。何年も何年も離れていると、地元との縁も薄くなってくる。留守の間にいろいろ事情が変わるしね。久しぶりに帰郷すれば、まるで外国人みたいになった自分の立場に気付くというわけだ。条件の良い仕事を探そうにもままならない。だから出稼ぎに出ているんだもの。何か自分で始めようにも元手が無いとどうにもならない。運よくまとまったお金があったとしても、ノウハウがなければ往々にして失敗するものさ。リッチな人は運が良かったんじゃなくて、お金の扱いかたをよく知っているものだからね。そうじゃない人は結局使うだけ。まあ、しばらくしたらそれまでと同じように出稼ぎの旅に出るっていうのは多いみたいだなぁ」
 すでにあまり若いとはいえない彼の遠い眼差しが見つめているのは「現実」や「故郷への想い」なのか、それとも「まだ見果てぬ夢」なのだろうか。
「何かを求めて」彷徨う若者は多い。それが自分にとって一体何なのか見つからないうちに青年期を終えてしまう人たちもまた多い。
 勇気を出して外に飛び出してみることより、「家路につく」ことのほうがよっぽど難しいことだってあるのかもしれない。