ただいまメンテナンス中です…

カテゴリー: column

  • ネパールフェスティバル2009

    8月8日(土)および9日(日)に、東京の日比谷公園にてネパールフェスティバル2009が開催される。飲食店や物品販売、民族舞踊や音楽の演奏、NGOや旅行会社等のブースが並ぶ予定とのことである。
    ちょうどお盆直前の夏真っ盛りといった暑い時期ではあるが、幸いにして大きな木々の豊かな緑に囲まれた日比谷公園。会場となる同公園内の大噴水広場周囲と野外小音楽堂は木陰にも恵まれている。強い陽射しにジリジリ焦がされることなく、ビールその他飲み物を手にして涼みながら、夏の休日のゆったり流れる時間に身を任せるのも良いだろう。
    日本にネパール人ならびにネパール関係の友人・知人があれば、ここでバッタリ出会うこともあるかもしれない。主催側の意図はいざ知らず、まだそれほど込み合うイベントではないことも具合がいいのではないだろうか。ご家族やお友達と誘い合わせて出かけてみてはいかが?

  • 航空不況の中、増便続くインドとタイを結ぶ空路

    昨年は原油価格の高騰、特に後半からは世界的な不況という追い討ちもあり、燃料価格がすっかり落ち着いた今年に入ってからも、航空各社の大半の苦戦が伝えられる中、様々な地域で路線の減便や廃止といったニュースが耳に入ってくる。
    しかしインドとタイを結ぶ路線はその限りではないようだ。エアインディアがAIのコードのフライト以外にも旧インディアン・エアラインのICコードならびにエア・インディア・エクスプレスのIXコードの便、加えてタイ航空もインドの主要都市とバンコクを結んでいる。またジェットエアウェイズも、今やインドの四都市(デリー、ムンバイー、コールカーター、ワーラーナスィー)からバンコクにそれぞれ定期便を就航往復させているなど、印泰間の往来はなかなか盛んである。
    さらに8月14日からコールカーター・バンコク便を就航させるキングフィッシャー・エアラインスは、10月からはムンバイー・バンコク便の開始も予定されているという。その10月から来年3月までの間、ガヤー・バンコク間も検討中なのだとか。
    また東南アジアの航空会社としても、現在クアラルンプルから亜大陸方面ではインドのティルチラッパリとバーングラーデーシュのダッカまで、エア・アジアのフライトがあるが、同社は年末あたりからムンバイー・バンコク、デリー・バンコクのフライトを開始する予定だ。
    インド各都市とバンコクとの間のフライトが増えると、タイ以東にある日本とインドとの行き来の際の空路の選択肢も増えるわけで、私たち日本人にとっても喜ばしいことである。

  • いい仕事

    インド国鉄のウェブサイトを開けば、サイドメニューのところにある『Time Table Information』のところから、現在駅で販売されている内容の鉄道時刻表Trains At A Glanceのコンテンツがそのままダウンロードできる。
    PNRのステイタスもウェブでチェックできるし、割り当ての席数の関係からか、窓口ではまだ空席があっても、けっこう早く満席と表示される傾向があるものの、IRCTCのサイトで列車がネット予約できるのは便利だ。IRCTCのコールセンターは比較的つながりやすいし、問い合わせのメールを送れば、これまた割と迅速に対応してくれる。
    これらは、今ではごく当たり前のことになっているが、近隣国の鉄道事情を鑑みれば、インドの鉄道の利便性はネットワークの広大さと合わせて比較しようもないほど際立っている。
    駅や車内設備については言うに及ばず、濃霧や大雨の時期など、天候条件のよくない季節にはダイヤが乱れるきらいはあるし、目を覆いたくなるような大事故のニュースも珍しくないなど、器の面での進歩の速度に較べて、90年代以降の列車予約に関するソフト面でのサービス向上には著しいものがある。
    かといって、ハード面では進化していないなどと言うつもりはない。よくよく考えてみるまでもなく、ハードの部分でも相当な進化を続けていることも忘れてはいけないだろう。
    空調付きのクラスとその車両が増えたことに加えて、長距離ならびに中・近距離の特別急行、ラージダーニーとシャターブディー双方の運行ネットワークの広がり、これらの廉価版ともいえるガリーブ・ラト、首都デリーと様々な州の要所をごく少ない停車数で結ぶサンパルク・クランティといった、近年導入された新規の特別急行もある。
    比較的目立ちにくいものの、利便性向上とネットワークの効率化に多大な貢献をするものとして、メーターゲージ路線のブロードゲージ化の進展がある。これによって、先述のTrains At A Glance綴じ込みの鉄道地図を見てわかるとおり、図上で紫の線で示されたメーターゲージは、今やグジャラート、ラージャスターン、タミルナードゥの特定部分を除けば、ほとんど目立たなくなっている。
    とりわけ前者二州、つまりグジャラート、ラージャスターンといった旧藩王国が割拠していた地域では、狭いゲージの藩立鉄道路線が多く、あまり合理的とは思えないルーティングも少なくなかったようなので、これらをかなり整理してブロードゲージの幹線に統合できたのは大きな進歩ではないだろうか。
    そんなわけで、昔と違ってデリーから直接ジャイサルメールに乗り入れることができるようになっているし、かつてはメーターゲージのジャンクションだったジョードプルも幅広なゲージでより多くのエリアと繋がることになった。さらにはグジャラートのカッチ地方の最大の町ブジにさえもデリーから途中乗り換えすることなく、ブロードゲージの路線で到達することができる。
    他にも高速鉄道導入計画もあるし、私たち乗客としての目から眺めて気がつくところは他にもいろいろあるにしても、旅客輸送以外にもうひとつの大きな業務である貨物輸送の分野でも、我々の気づかないところで、いろいろな進化があるのではないかと思う。
    いい仕事をされていますなあ、インド国鉄のみなさん!

  • 世界遺産をチャーター

    Mountain Railways of Indiaとして世界遺産登録されているインドの山岳鉄道群。1999年にダージリン・ヒマラヤ鉄道が、その鉄道名そのままで登録されて以降、2005年にはニールギリの山岳鉄道が追加登録されるにあたり、『山岳鉄道群』という扱いに変更された。
    そして昨年2008年にはカルカー・シムラー鉄道が追加され、合わせて三つの路線がこの『山岳鉄道群』に含まれている・・・とくれば、インドの鉄道好きな人ならば即、マハーラーシュトラのマーテーランのトイトレインの姿が瞼に浮かぶだろうだが、もちろんマーテーラン丘陵鉄道も近々世界遺産登録入りする見込みらしい。
    世界遺産入りを果たしたシムラー行きトイトレインの路線だが、起点のカールカーから終着駅シムラーまで4.970 Rs, 逆にシムラーからカールカーまでは3.495 Rs, 往復ならば8.465 Rsで借り切ることができる。片道5時間余りの道のりだが、車窓からの景色を満喫しながら、仲間たちとワイワイ楽しむのもいいかもしれない。Shivalik Palace Tourist Coach という名の車両で、さしずめインド版お座敷列車といった風情。
    The Kalka Shimla Heritage Railway (Indian Railways)
    おそらくインド国内外のツアー・オペレーターたちからの引き合いも少なくないことと思われる。また往復のパッケージの場合、シムラーでの一泊分も付いているとのことで、チャンディーガルを含めたカールカーから近場の街のグループによる利用もけっこうあることだろう。
    なおカールカー・シムラー間で、チャータートレインを走らせることもできるとのこと。料金は約28,000 Rs。1日の定期便本数が往復4本と少ないため、こういうことも比較的やりやすいはず。映画やドラマの撮影向けといったところかもしれない。
    いずれにしても世界遺産を個人で借り切るというのはなかなかできない経験だ。機会があって人数も集まれば、試してみるのもいいのではないかと思う。

  • 天空を駆ける人たち

    ともに『世界最高所』を謳うマラソン大会がある。
    EVEREST MARATHON
    TENZING HILARY EVEREST MARATHON
    1987年から開催されている前者は、エヴェレスト・ベースキャンプ近くのゴーラク・シェープ(海抜5,184m)スタートするのに対し、2003年に開始された後者はエヴェレスト・ベースキャンプ(海抜5,364m)がレース開始地点であるため、現在はこちらが『最高所マラソン』ということになるのだろうか。どちらもゴールはシェルパの里としても、トレッキングの拠点として、シーズンには多数の観光客が集まる場所としても知られるナームチェー・バーザール(海抜3,446m)だ。
    ルートはほぼ共通しているが、前者はゴールにやや近い地点から出発するため、ゴールの手前で少し迂回して距離を稼ぐ形になっている。
    EVEREST MARATHONのルート
    TENZING HILARY EVEREST MARATHONのルート
    どちらも42.195kmの距離をカバーするフルマラソンだが、後者についてはハーフマラソンという選択も用意されている。
    それにしても、ゴール地点のナームチェー・バーザールにしてみたところで、海抜3,400mある。近くのシャンボチェ空港に飛行機で着いた場合、しばらく頭痛などの高度障害に悩まされる人は少なくないだろう。
    このくらいの標高でふと頭に片隅に浮かぶのは、ボリビアの首都ラパスにあるエスタディオ・エルナンド・シレスというサッカースタジアム。サッカーに関心のある方ならば記憶されていると思うが、昔から幾多の国際試合が行なわれてきた会場であり、地元ボリビアは世界に名だたる強豪チームを迎えても、高度という通常の地の利以上の大きなハンデを相手に与えて、ホーム試合での強さを発揮してきた。
    だが2007年のちょうど今ごろの時期、FIFAが『海抜2,500を越える高地にある競技場を国際試合会場として認めない』旨の発表をしたところ、ボリビアやエクアドルといった、それぞれ首都がそれを越える高地にある国々が猛烈な反発を示した。
    その後FIFAは高度制限に関する見解を、2,500mから3,000mに引き上げた。これによりエクアドル首都のキト(海抜2,850m)の高度はカバーされるものの、ボリビアのラパスはそれよりもはるか雲の上にある。
    その後も大統領も直々に関与しての国を挙げての抗議行動は続き、紆余曲折の末になんとか2010年に南アフリカで開催されるワールドカップ予選会場として認められたという経緯がある。
    南米の国とはいえ、代表チームレベルとしてはワールドカップ出場経験はあるものの、三流国にしか過ぎないボリビアだが、エスタディオ・エルナンド・シレスにおいては、幾多の奇跡を実現してきた。世界に冠たるサッカー王国ブラジルの代表チームを打ち負かしたり、古くは1963年のコパ・アメリカで地元ボリビアが優勝した舞台でもある。
    今年4月1日には、この会場でワールドカップ南米地区予選の対アルゼンチン戦が行なわれ、ワールドカップ本大会でブラジル同様に優勝候補筆頭クラスの予想を与えられるアルゼンチンを6-1という信じられない大差で破るという伝説を築いた。これが奇跡であるにせよ、伝説であるにせよ、その背後にあるのは『高度』という外部から来た人間にとっての大きな障壁だ。
    話は世界最高所マラソンに戻る。参加者たちは、レースの半月ほど前にネパール入りし、その直後から高度順応のプロセスに入る。TENZING HILARY EVEREST MARATHONのウェブサイトには、その日程が記されている。
    カトマンズからルクラまで飛行機で入り、その後トレッキングをしながら徐々に高度を上げて行くわけだが、この間に高山病で一時下山して再調整したり、諦めてリタイヤしたりする人が出てくる。高所に強い、弱いは平地での体力と相関関係はなく、高所行きを繰り返せば強くなるというものでもないようだ。あくまでも持って生まれた体質によるものらしいので、高山が苦手な人には如何ともしがたい。
    すでに今年のレースが5月29日に実施されたTENZING HILARY EVEREST MARATHONについては、結果が掲載されている。
    1位はPhurba Tamangという人物だが、2位を30分近く引き離して、3時間40分余りという驚異的なタイムでゴールインしている。参加者の国籍を見ると、地元ネパールと隣国インド以外では、欧州、北米、オセアニアからの出場が多いが、日本から加わった人はいないようだ。2年前の大会の結果が掲載されているEVEREST MARATHONも同様だ。
    こちらの次回のレースは今年の12月に予定されており、高度順応を含めたスケジュール費用規則申込要項等は、すでにウェブ上で公開されている。
    各地で開催される通常のマラソン大会では飽き足らない方は、応募を検討されてみてはいかがだろうか?

  • トラ保護区にトラの姿なし・・・

    トラの親子
    ここ数年来、インドのトラ保護区内で、肝心のトラが激減、はてまた絶滅・・・といったニュースはしばしば目にしていたが、ここにきて再び残念なニュースが伝えられている。
    Indian tiger park ‘has no tigers’ (BBC South Asia)
    昨年7月にトラ絶滅が明らかとなったラージャスターンのサリスカー国立公園に続き、『トラが絶滅したトラ保護区』とは、マディャ・プラデーシュ州のパンナ国立公園ならびにサンジャイ国立公園。前者は3年前には24頭、後者は1990年代後半に15頭の生存が確認されていたという。
    パンナ国立公園のほうは評判が高かったようで、2007年にはインド政府から『ツーリスト・フレンドリーな国立公園』として表彰を受けている。同公園のウェブサイトではトラの姿や足跡などがあしらわれているのが皮肉である。
    もっとも上記の記事によれば、パンナ国立公園では近隣のトラ保護区からすでに2頭のメスのトラを移住させており、今後オス、メス各2頭ずつ運び入れる予定であるとのことで、現時点でトラがまったくいなくなっているということではないようだ。パンナ国立公園に先立って主人公不在となったサリスカー国立公園も同様にランタンボール国立公園からトラを移送して再定着を図っている。
    自国の固有種のトラの保護を目的して、インド政府が1973年に立ち上げた『プロジェクト・タイガー』のもと、現在全国で40あまりのトラ保護区が展開している。先述のパンナ国立公園にしてみても、森林の保護状態についても高い評価が与えられているようで、環境は決して悪くないようだが、最大の問題はやはり密漁ということになるようだ。
    だいぶ前に他の国立公園内をチャーターしたジープで夜間に見物に回ったことがあるが、様々な夜行性動物を目にした後、暗がりから突然大きな動物が二本足歩行でヌーッと出て来て『でかいサルだぁ!』とたまげたことがある。
    よくよく見るとそれは人間で、密漁を監視する公園内のレンジャーであるとのこと。詰所を拠点に広大な敷地内を24時間体制で見回りを続けているということで、待遇もあまり良くないであろう彼らの奮闘には頭の下がる思いがした。しかし密猟者たちとの共謀といった形での汚職は少なくないとの話も他のところで聞いてはいた。
    だが密漁の横行の背景には、観賞用としての頭部や毛皮はもちろん、歯や骨なども漢方薬の材料として高値で取り引きされるという需要があるがゆえのこと。日本をはじめとする東アジアの国々もインドのトラの個体数激減に対する責任がないとは言い切れない。それがゆえに上野動物園のトラ舎入口付近にもインドにおけるトラの密猟と私たちが実は繋がりを持つものであることを訴えるポスターが貼られているのである。
    トラ保護区での個体数激減という、国立公園における現象面のみ伝えているインドおよび内外のメディアには、密漁されたトラの利用と売買の状況、姿を変え『製品』と化して各国の市場へと流れるルートについても、ニュースの受け手にわかりやすく、具体性を持って伝えてくれないものだろうか。
    トラに限ったことではないが、密漁等のために世界各地で絶滅が危惧されている種の保存は、現地当局の努力のみならずその動物ないしはそれから生じる製品が売買されるマーケットを極力縮小させる努力、つまり『トラ製品』の末端の購買層となりかねない私たち市民に対する啓蒙活動もまた大切であることは言うまでもない。

  • 現代を生きるムガルの『王女』

    コールカーターのスラムに暮らすマードゥーという33歳の文盲の女性が、政府系企業のCoal India Ltd.で小間使いの仕事を得たことにより、極貧生活から救われるという記事がメディアに取り上げられていた。
    なぜそんなことがトピックになるのかといえば、ムガル朝につながる『世が世なら・・・』彼女の家系がその理由だ。この女性は1857年の大反乱に加担したかどでビルマのラングーン(現ビルマのヤンゴン)に流刑に処せられたムガル朝最後の皇帝バハードゥル・シャー・ザファルから数えて五代目の直系に当たるという。これまで彼女は母親のスルターナーとともにとコールカーター市内でチャーイの屋台を営んでいたのだそうだ。
    これまでもメディアで幾度かムガル皇帝の末裔たちを取り上げたニュースを幾度か目にした記憶がある。政府の下級職であったり、下町の小さな部屋を家族とともに間借りしていたりと、すっかり庶民の大海の中のひと滴となっており、昔日の栄華をしのばせるものは何もなくなっている。
    この『救出劇』は、デリー在住のジャーナリストの働きかけによって実現したものであるが、150年以上も前の大反乱の旗印に担ぎ出された老皇帝の子孫の『名誉回復』の背後には、政治的な背景や意図もあるのかもしれない。なんでも西ベンガル州の石炭担当の大臣から直々に辞令が手渡されるのだというから、まあ大したものだ。
    その女性、マードゥーの就職先は、1773年にベンガル初代総督ワレン・ヘイスティングスの命により、現在の西ベンガル州のラーニーガンジに開かれた炭鉱に端を発する歴史的な企業体であり、ムガルを滅ぼしたイギリスとの因縁めいたものを感じなくもない。
    しかしながら直系の末裔といえども、ムガルの末代皇帝から数えて五代目という血のつながり以外には、先祖から輝かしい文化や伝統を受け継いできたわけでもなく、ただ『ムガルである』がゆえに救いの手が差し伸べられるというパフォーマンスに対して大いに違和感を抱かずにはいられない。
    それまで誰も知らなかったまったく無名の人物が、こうして多くのメディアに取り上げられるのは、やはりムガルであるがゆえの潜在的な話題性のためである。
    余談になるが、時代の流れの中で世襲の地位や権力を失っていった支配者層でも、後に政治家に転進したり、実業界等に活路を見出したりした名門は珍しくないものの、対抗する勢力により一気呵成で滅ぼされた王朝の子孫は、たとえ命ながらえても世間の大海原の中に姿を消していくのが常だ。
    日本での知人の中に、清朝の皇帝の末裔がいる。十数年前に日本に渡ってきたときから知っているが、中国ではごく普通のつつましい市民であったようだ。言うに及ばず文革期に彼の一族は、庶民よりはるか下の非常に厳しい環境に置かれていたと聞いている。
    ムガル朝が滅亡しようとも、清朝の歴史に終止符が打たれようとも、それぞれの子孫が生きている限り、たとえそれを記録していようがいまいが、家族史は連綿と続いていく。また偉大な王朝の末裔であるという『事実』は、その家系に連なる人々を除き、他の誰にも手に入れることができないものであることは間違いない。
    Mughal emperor’s descendent gets a job (The Times of India)

  • Thriller

    先月25日にマイケル・ジャクソンが亡くなってから、Youtubeで幾度となく彼のミュージック・クリップを眺めていた。近年はすっかり忘れてしまっていたが、そういえば昔良く聴いてたっけ・・・と。
    絶頂期のあまりの人気ぶりに、しばしば物真似を披露する芸人などもあったが、その中でもBeat Itのパロディで、アル・ヤンコヴィックによるパロディ『Eat It』などを記憶している人も少なくないはず。
    『Thriller』を検索していると、パーティーの余興だったり、ホームビデオで撮影したものであったりと様々なバージョン(?)のスリラーや『スリラーの踊り方』といったビデオがアップロードされているのを目にした。それほど彼の曲やパフォーマンスが人々に愛されていたことの証だろう。
    しかし中でも圧巻だったのがこれである。

    映画のタイトルはわからないが、コスチュームやダンスはもちろんのこと、背後に流れる音楽といい、映像のつくりといい、スリラーが一世を風靡したころにリリースされた作品中のひとコマらしい。なんだか凄い迫力でビックリ!である。

  • Namaste Bollywood #19

    Namaste Bollywood #19
    2009年もすでに半分が過ぎ去ってしまった。
    今号の特集は、『GHAJINI』『8×10 TASVEER』『Delhi 6』といった今年上半期の話題作のレビューに加えて、IIFA (International Indian Film Academy Awards)である。
    2000年から開始されたこの祭典は、これまでイングランドと南アフリカでそれぞれ2回ずつ、その他マレーシア、シンガポール、オランダ、UAE、タイで1回ずつ開かれており、今年はマカオで開催された。
    今回の号の記事中に書かれているように、その様子はマカオのAomen.tvで目にすることができる。
    ボリウッド作品の海外ロケ増加、ムンバイーの映画界への外国からの資本や製作者等の進出、周辺各国やオセアニア等も含めて、ボリウッドのロケ誘致が盛んになるなど、国際化が進展するボリウッド。今年後半以降も楽しい作品を期待したい。
    イベントの告知もある。7月11日に『オシャレボリウッド祭3』と題するイベントが東京新宿で開催されるとのこと。詳しくはNamaste Bollywoodのウェブサイトを参照願いたい。
    今年4月に亡くなったフェローズ・カーンの追悼記事、お馴染み巻末のBollywood Filmi Pedigreeにはベンガルのセーン一族が取り上げられるなど大型記事が並ぶ中、小さな囲み記事に目が止まる。
    『神に誓って』が文化上映
    7月4日にパーキスターン大使館ホールにて、2007年のパーキスターン映画の秀作『Khuda Kay Liye』が上映されるのだそうだ。
    しかし残念なことに、本日7月2日が申し込み締め切りとなっているため、敢えてここに申込先は記さない。
    ナマステ・ボリウッドの記事に書かれているとおり、昨年の福岡国際映画祭で観客賞を受賞した作品であり、興味のある方は日本国内でもこの作品を観る機会は後々あるかもしれない。
    Namaste Bollywood誌が日本全国に向けて発信するホットなボリウッド情報とともに、しばし暑さを忘れて映画の世界をドップリと楽しみたいものだ。

  • スィク教徒 インドへの回帰

    政治的混乱が続くネパールにおいて、バンドやストは日常茶飯事となっているが、望まない休業を強いられて収入が落ち込むビジネス経営者はもちろんのこと、日銭で稼ぎ家計が自転車操業の人々もとても困っていることだろう。
    そうした中、ネパールでの商売に見切りをつけて引き揚げてしまう投資家も少なくないようで、先日ネパールのメディアにこんな記事があった。
    Chronic banda displaces Sikh community (eKantipur.com)
    ビジネスチャンスを求めて、今から遡ること43年前くらいからビールガンジに定着して運輸業に従事し、当地のみならずネパール全国でこれを操業してきたスィク教徒たちが、昨今のネパールの政治状況を嫌ってインドへ回帰する流れになっているということだ。
    古来、テライ地域、インド国境に面したネパールの平原部には深いジャングルが広がり、人口密度は希薄であったとされる。しかし開墾が進むにつれてこの地域は農業に適した肥沃な大地であることに加えて、人口圧力の高い国境の反対側、つまりインドのビハールやU.P.の人々の移住・定着などもあった。
    今ではネパールの総人口のおよそ半分を抱えるようになっているテライ地域において、インドに起源を持ち、人種的、言語的、文化的に国境の向こうにより強い絆を持つマデースィーと呼ばれる人々が占める割合は高い。彼らは長年不利な立場に置かれていたが、近年は活発な政治活動を通じて政治的な立場を強めているのは各メディアで伝えられているとおり。
    初代副大統領パルマーナンド・ジャー氏はマデースィー出身で、就任の宣誓をヒンディー語で行ない大きな非難を浴びることとなったが、彼の母体政党であるマデースィー人権フォーラムは、ヒンディー語をネパールの公用語に加えるべきであると主張している。
    ネパールという国自体が、インドとの間のある意味特別な関係から人々の行き来は頻繁で、国境の反対側に雇用機会を求めたり、起業したりという人々は非常に多いが、隣国インドと接するテライ地域での人々の行き来は頻繁なようで、仕事関係はもちろんのこと、国境を越えた通婚や親族訪問なども少なくない。
    この地域に、私たち外国人が越えることのできる地点もいくつかあるが、インドとの間に時差 (ネパールのほうが15分早い)があること除き、埃っぽい田舎町や農村風景に国境の手前とこちら側での視覚的な違いはほとんど感じないだろう。
    先述の記事中には、『6年前までビールガンジにはスィク教徒の452家族が暮らしていたが、今ではわずか29家族になってしまっている』とある。明らかに隣国インドからやってきた外来の人々であることが不利に作用していることもあるかもしれない。
    だが昨今続いてきた混乱により、国の基幹産業である観光業の不振、加えて世界的な景気後退による追い討ちなどもあり、地元のビジネスマンたちにとっても明るい先行きが見えないことには変わりがないだろう。
    輸送業界からのスィク教徒の引き揚げは決して無視できるものではないようで、これがその他各産業界に与えるインパクトを憂う形で記事は結ばれている。

  • 国際線もKingfisher !

    昨年9月からバンガロール・ロンドン便を就航させているキングフィッシャー・エアラインス。
    今では、バンガロールならびにチェンナイからコロンボ、コールカーターからダーカー、そして今月25日からは、バンガロールとドバイを結ぶようになる。
    2005年にスタートした新興航空会社ながらも、インドの航空会社らしからぬ華やかなイメージ戦略とともに急速な路線拡大を続けてきた。
    エア・デカンを吸収した後、ジェット・エアウェイズに次いで国内線シェア第2位の座を不動のものとした同社は、国際線の舞台においても存在感のあるものとなりつつある。
    近々予定されているバンコク乗り入れが実現すれば、私たち日本人にとっても国際線で利用する機会の多いキャリアとなるのかもしれない。
    参考までに、現在の同社のフライトスケジュールはこちら。
    キングフィッシャー・エアラインス時刻表
    今後、特に近隣国への乗り入れを充実させていくものと思われるが、すでに就航しているロンドン便以外にも、サンフランシスコ便のような長距離便就航の計画もある。
    将来、同社のフライトが成田あるいは関西に乗り入れるほど、インドと日本の関係が密になる日が訪れるのかどうかわからないが、今後もいろいろ利用する機会が増えそうな予感がする。

  • OLYMPUS PEN E-P1発表

    幅120.5mm、奥行35mm、高さ70mm、本体重量335g。ずいぶん小さいなあ・・・と誰もが思うことだろう。7月3日に発売されることが決まったオリンパスのマイクロ一眼OLYMPUS PEN E-P1である。
    OLYMPUS PEN』とは、1959年に同社が発売した小型軽量のハーフサイズカメラ。今では見かけないが35mmのフイルムの各コマを二分割して、通常の撮影枚数の倍のコマ数を撮ることができるものだ。PENはまさにその代表的なモデルで、その後十数年に渡るハーフサイズのブームを巻き起こした。
    PEN E-P1は、そのカメラのデジタル版というわけではないが、それを彷彿させるクラシカルなデザインと小振りなボディといった外観だけでも、大いに注目を集めそうな一台だ。
    パナソニックのG1, GH1に続き、オリンパスから初めて発売されるマイクロフォーサーズ規格のカメラとなる。
    ミラーレス構造(ゆえに『一眼レフ』ではなくなる)という画期的な新機構ながらも、従来のデジタル一眼レフのコンセプトを踏襲した。つまり従来ではあり得なかったコンパクトさと軽さを実現したのがパナソニックG1ならびに姉妹機のGH1だ。いわば『手軽な一眼』といった具合だが、これに対して、コンパクトデジカメでは実現できなかった機能性と画質を、一眼的な手法で実現しようというのがパナソニックのE-P1だ。いわば『レンズ交換式大型撮像素子コンパクトデジカメ』である。そのため同じマイクロフォーサーズのカメラでも、パナソニックのモデルとはずいぶん性格が異なる。
    ボディの色は、シルバーとホワイトの2種類。ボディのみ単体での販売に加えて、M.ZUIKO DIGITAL ED14-42mm F3.5-5.6レンズを同梱した『オリンパス・ペン E-P1 レンズキット』ならびにM.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8レンズと光学ビューファインダーVF-1(M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8専用)を同梱した『オリンパス・ペン E-P1 パンケーキキット』さらにはM.ZUIKO DIGITAL ED14-42mm F3.5-5.6とM.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8のふたつのレンズと光学ビューファインダーVF-1を同梱した「オリンパス・ペン E-P1 ツインレンズキット」が発売される。
    もはや新たに発売されるデジタル一眼必須の機能となっているダストリダクションシステムに加えて最大4段分の補正効果をもつボディ内手ブレ補正機構も搭載。
    弱みといえば、まだ新しい規格であるがゆえに、レンズのバリエーションが少ないことだ。アダプタを介して従来のフォーサーズのレンズも使用可能とはいえ、機能に制限が出るものもあり、マイクロフォーサーズの持ち味のひとつである小型・軽量というメリットを削ぐことになる。
    今後ゆっくりではあるが、いくつかのレンズが順次発売となり、この規格を共有するパナソニックとオリンパス両社の製品を相互に使いまわせるという利点がある。今回、14-42mm F3.5-5.6と17mm F2.8が利用可能なラインナップに加わった。
    手放しで喜べない部分もある。前者は手ブレ補正をレンズ側で行なうのに対して、後者はボディ内というスタンスが明らかになった。今後発売されるモデルもこの路線を踏襲するであろうことを残念に思うパナソニックG1、GH1ユーザーは少なくないはず。
    オリンパスのボディを持てば、どちらのメーカーのレンズも同じように使えるが、パナソニックのボディを使う人は、オリンパスのレンズは手ブレ補正無しのレンズとして使うことになるからだ。
    話はE-P1に戻る。ボディにファインダーが搭載されていない。17mmのレンズ専用の外付ファインダーが利用可能とはいえ、基本的な撮影スタイルは今どきのコンパクトデジカメと同じく、腕を伸ばして液晶画面を見て撮るというものだ。
    そのため焦点距離の長いレンズはもちろんのこと、たとえ装着可能であっても従前のフォーサーズ規格による大型のレンズを装着しての撮影にはそぐわない。このカメラでクリケットやテニスの試合の撮影をしようとか、動物保護区で遠くからトラの姿を狙おうなどという人はいないと思うが。
    もちろんこれは欠点ではなく、そういうコンセプトで設計されているわけで、常日ごろから上着のポケットやカバンの中に放り込んでおけるお気楽カメラなのだ。
    同時に発売される17mm(35mm判換算で34mm相当)の薄いパンケーキレンズ専用で使っても充分楽しめるのではないだろうか。一眼というよりも、『大型センサー搭載でレンズも自在に交換できる高級コンパクトデジカメの真打登場か?』といったところかもしれない。
    加えてHD画質の動画撮影も可能なことから、ビデオカメラとしても活用できるため、かなり多用途に使い込めそうだ。
    用途が日常であれ、旅行先であれ、『インドでどうだろうか?この1台』ということで今回取り上げてみた。来月の発売日以降、実機に触れてみた方にぜひ感想をお聞きしたいところだ。
    OLYMPUS PEN E-P1