従来の商業作物に対して、遺伝子操作を施すことにより、病虫害や除草剤への耐性、貯蔵性の向上、栄養価の増大、含まれる有害物質の減少等といった形質を与えた遺伝子組み換え作物と呼ばれる。
また医療方面での効果を上げることも期待されており、例えばスギ花粉症のアレルゲンのエピトープを含む米を意図的に造り出し、これを食用とすれば経口免疫寛容により、花粉症の時期の症状を軽減できるであろうというものだ。
将来的には、これまで栽培が難しかった環境での育成を容易にしたり、収穫量を拡大させたりといった効果も期待されている。
しかしながら、こうした作物を食用とすることにより身体に及ぼす作用はないのか、遺伝子組み換え作物が在来種と交雑することによる環境への影響など、その安全性についてはいろいろ議論されているが、今のところまだ結論は出ておらず、中・長期的な観察も不可欠だ。
こうした技術や作物についての評価は様々だが、グローバルな観点からは、バイオ燃料需要の増大、従来の農業国の工業化等、産業構造の変化による就農人口の減少、新興国を中心とした食料の需要増等に対応するため、農業における一層の効率化は避けられない。
また日本のように、現状では食糧自給率が極端に低く、耕作地が限られている国においては、食品としての安全性、環境への影響といった部分への不安が払拭できれば、能率的で、収益率も高く安定したな新しい農業のモデルを創造できるきっかけとなるのかもしれない。今後私たちと遺伝子組み換え作物との関わりは、より深くなっていくものと考えられる。
もちろんネガティヴな側面もある。遺伝子操作という新しい技術が生み出す作物について、まだ知られていない重大な欠陥や問題点が出てくることもあるかもしれないし、グローバル企業が進めるアグリ・ビジネスによるモノカルチャー化(単一品種の栽培)がこれまで以上に進展するのではないかということも容易に想像できる。
アグリ・ビジネスの中でも、とりわけバイオテクノロジー・ビジネスの分野をほぼ独占しているアメリカの私企業に、私たちの食卓の大部分を委ねるという事態になってしまうとすれば、大きな不安を抱くのは私だけではないだろう。
インドでは、2002年に綿花栽培において、遺伝子組み換え種の導入を認可した。その背景には、綿花栽培農家の苦境があった。綿の作付け面積は世界最大だが、収穫量では世界3位に甘んじている現状を踏まえたうえで、収穫量を6割向上させることができると主張するアメリカのモンサント社による熱心な売り込みが、当初はこの新技術に懐疑的であったインド政府に門戸を開かせることになった。
それから7年ほど経った今、ついに食品の分野でも遺伝子組み換え作物が認可されるに至った。先述のアメリカのモンサント社とともに、インドのアグリビジネス企業Mahycoがかかわっている。
Biotech regulator approves commercial release of Bt brinjal (Hindustan Times)
भारत उगाएगा बीटी बैंगन (BBC Hindi)
こうした動きには、国内事情からくる要因が多分に作用しているものと思われる。総人口の6割以上が29歳以下の若年層、25歳以下で区切れば総人口の半数を占める。
一般的には、若年層が多いほど、労働力が豊富であり、個々の家計支出も例えば結婚、家財道具の準備、出産、子供の養育・教育費、住居の購入・新築といった大型のものが続くため、内需拡大に結びつきやすく、経済発展に貢献する度合いが高いとされる。
だが必ずしもこれが有利に働くとは限らず、高い人口増加率が経済の足を引っ張ってしまうというところにインドのジレンマがある。とりわけ出生率の高い社会層において、低所得、失業、貧困、教育等々の問題が深刻なのだ。
総人口の7割が農村に暮らし、しかもその大半が5,000人以下の村に住んでいるとされる。インドの農業は、灌漑が普及に成功した地域を除き、天候頼みの部分が大きいことから、特にモンスーンが不順な年には大きな影響を受けやすい。そうした折には農村人口が大挙して非熟練労働者予備軍として都市部に流出する。
今をときめくBRICsの一角を占めるインドだが、同時に世界最大の貧困層を抱える国でもある。農村部で人々に安定した収入をもたらすことが、世界第二の人口大国の食糧問題、労働問題等、諸々の難問を解決するための大きなカギとなることは言うまでもない。
また経済全体の半分を外需が支える中国とは対照的に、インド経済を引っ張るのは旺盛な内需。総体の三分の二が国内需要によるものだ。
よって都市部の需要に対する周辺部という位置づけであった圧倒的な人口を抱える農村部が富むことにより、国総体としてのの経済規模が飛躍的に拡大することが期待される。
そうした社会的な要因を背景に、遺伝子組み換え作物については、今後トマト、オクラ、米の解禁も近いとされており、インドの食卓への浸透は進むだろう。
数年後、あなたがそうとは知らずにバーザールで手に取っているその野菜も、何気なく口にしている料理の中身も、実は遺伝子操作による産物かもしれない。
ただし、遺伝子組み換え作物というものが、果たして本当に食用に適しているのか、環境に対する影響はないのか、近い将来遺伝子組み換え技術の欠陥や弊害が浮上することにならないのか、その技術が特定の国の私企業にほぼ独占されていることでどんな問題が生じてくるのか、大いに気になるところでもある。
カテゴリー: column
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遺伝子組み換え食用作物 インドで大量消費の日は近い?
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奇襲!
これはテロというよりも、まぎれもない戦争である・・・と私は思う。先週土曜日にパーキスターンのイスラマーバード郊外にある同国陸軍本部を武装集団が襲撃し、人質を取って立てこもった事件である。
Brazen attack hits Pakistan army HQ (DAWN.COM)
Skilled commandos rescue hostages (DAWN.COM)
反政府勢力のタリバーンが犯行声明を出しており、軍の側の警備の不手際も指摘されているが、テロリストたちによる軍中枢を狙った奇襲作戦の『華々しい戦果』の裏には、天地驚愕させるような大仕掛けや綿密に練り上げた陰謀があったのではなかろうか。今後次第に明らかにされるであろう、この事件の背景に関わる様々な情報に注目していきたい。
大規模なテロ事件の続発、著名政治家の暗殺、タリバーン勢力によるスワート地方の実効支配と政府軍による奪還等々に加えて、中央政府の不安定な政権運営など、気がかりなことばかりが常態化しているパーキスターンの政情だが、近年の出来事の中でも最大級の衝撃的な事件である。
いまや印パ関係以上に、パーキスターンという国自体の行方を案じずにはいられない。隣邦がどういう国になっていくのか、インドにとって外交上の問題のみならず、自国内においても相当な影響を及ぼしていくことは必至である。 -
ロンリープラネットのガイドブック電子版

実用的なガイドブックとして評判の高いロンリープラネットのガイドブックが電子版の刊行に意欲的に取り組んでいる。
iPhone City Guides
持ち歩いたり、出先でパッと参照するためのものなので、ノートパソコンやキンドルで閲覧するわけではなく、iPhone / iPod touchにインストールするアプリケーションとなっている。
サンフランシスコのガイドが無料配布されていた時期に試してみたのだが、少なくとも現時点おいて、正直なところ操作感はあまりよくない。こういうデバイス向けにヴィジュアルな構成になっており、テキストで一杯の書籍版とはかなり違った印象を受けたが、それでも画面のサイズからしてちょっと読みづらいのである。
またiPhone利用の場合に限っては、インターネット経由でGPSと連動するなど、インタラクティヴな機能を利用できる。もちろん居住国外で、海外ローミングで使用すると膨大な通信費がかかってしまうため、まずはSIMロックのかかっていないiPhoneを購入し、現地のキャリアを利用するようにしなくてはならない。
もちろんiPod touchを使用の場合は、こうした心配とは無縁であるが、iPhone同様にバッテリーの持ちは良くないため、市販の充電用リチウム電池を予備に持つなどの対策は必要かもしれない。
今のところ、発売されているのは、ロンドン、パリ、ニューヨーク、香港他の都市ガイド、アラビア語、韓国語、ドイツ語、トルコ語などのフレーズブックのみである。今のところ、インドの都市ガイド、エリアガイドは
すでに訪問国のガイドブックは購入している人も、特に関心のある都市の詳細なガイドブックが、普段持ち歩いているiPhone / iPod touchにインストールできるとなれば、荷物が増えるわけではないので、『それじゃこれも!』と気軽に購入してくれるかもしれない。なかなか良いアイデアかもしれない。観光旅行以外でも、仕事で出張に向かう人の需要もあるのではないだろうか。
こうしたiPhone / iPod touch版ガイドブックの中には、東京、京都の都市ガイドも含まれている。ガイジンの視点で日本の都市歩きをしてみるのも一興かもしれない。
シリーズ内のガイドブックごとに著者は違うものの、どれも中立的な記述で偏りや私見といったものはほとんど見られず、非常にフェアな印象を受ける。広告類を一切取らないこともそうした紙面に寄与しているものと思われるが、何よりトラベル・ジャーナリズムに徹するプロフェッショナルな姿勢には好感を覚える。残念ながら、日本において、少なくともシリーズもののガイドブックで、こうした類のものはまだ出てきていない。
iPhone / iPod touch版について、現時点では国ごとのガイドブックは出ておらず、今後もそうした予定があるのかどうかはわからない。だが、むしろこちらのほうの電子版が出てこないものか?と私は期待したい。各地の名所旧跡の紹介といった部分については、これよりも優れたガイドブックはいくつもあるのだが、収録されているプラクティカルな旅行情報の面では、質・量ともに群を抜いていることは誰も異論はないだろう。
だが、それがゆえに版を重ねるたびに重厚長大化するのが悩ましいところだ。シリーズ内で、とりわけよく出来ているタイトルは、出先で日中持ち歩くのを躊躇するほど肥大化ぶりだ。つい先月、同社の『India』の新版が出ているのだが、これは1244ページに及ぶ『大物』だ。
これをiPhone / iPod touchに放り込んで移動することができれば、どんなに助かることか。
現状では、スクリーンのサイズに由来する見づらさ、使い勝手の悪さは如何ともしがたいが、今後様々なアイデアと手法が加わり、電子版の使い勝手が格段に向上するかもしれないし、ひょっとするとiPhone / iPod touchよりもこの手の電子書籍に向いた軽薄短小デバイスが登場するかしれない。
最近、ロンリープラネットのサイト内『Shop』を検索してみて気がついたのだが、例えばインドのガイドブックをチャプターごとに
を購入できるようになっている。
India – Pick & Mix Chapters
インドのような大きな国を訪れる人々の誰もがこんな分厚いガイドブックをまるごと持ち歩く必要があるわけではないため、こうした需要は少なくないのだろう。
各地域等の旅行情報は2ドルから6ドル程度。しかしTable Contents、Getting Started、Indexといった項は無料でダウンロードできるようになっており、地域案内部分のみを購入してもちゃんとガイドブックとして機能する。なかなか良いサービスだと思う。
ロンリープラネットのガイドブックの電子版、今後の進展に期待したいところである。 -
嵐と水害
1959年に大きな被害をもたらした『伊勢湾台風並み』の大型台風が日本に接近しているのだそうだ。
「伊勢湾」並み台風18号、近畿の一部暴風域に (YOMIURI ONLINE)
台風18号あすにも近畿上陸 伊勢湾台風並み (産經関西)
伊勢湾台風並みというのはいささかオーバーな表現かもしれないが、控えめな表現でもここ10年で最大の台風ということになっているようだ。また予想されるコースが50年前の伊勢湾台風のものと重なることからも、とりわけ当時被害が甚大であった名古屋近郊南部に広がる干拓地を含む低地での高潮による被害も懸念されているようだ。
台風18号、東海あす朝直撃も 風速過去10年で最大 (中日新聞)
今後、台風の進路となることが予想されている各地で明日、学校を休校する決定が相次いでいる。相当強い風雨となることを懸念してのことである。
気象予報士の森田正光氏らによる『チーム森田の”天気で斬る”』によれば、最大瞬間風速58.9メートル(観測史上3位)で、最大風速39.1メートル(観測史上5位)とのことである。最低気圧955.9ヘクトパスカル。これは、本日未明に台風18号が約70キロまで接近した南大東島で観測された数値であるそうだ。 -
自宅でティッカー、広場でケバーブ
ティッカー、シーシュケバーブ、ナーンその他、タンドゥーリー料理は好きでも、たいていの人はそれを自分で調理したことはなく、レストランで注文したものを食べているだけだろう。もちろん私もそうである。オーブンの一種であるとはいえ、明らかに構造が違うため家庭用オーブンでは同じものを作ることはできない。
ゆえに、当然のごとく、それを売りにする店で食べるものと思っていた。だが意外なところに『ポータブル・タンドゥール』を製造しているメーカーがあった。
ポータブルタンドール (山文製陶)
日本国内にあるインド料理屋の多くで日本製のタンドゥールが使われているが、まさか手軽に移動できるタイプのものがあるとは知らなかった。上記リンク先で表示されるものの中で、『20リットルペール缶サイズ』というのがそれである。
もっとも『ポータブル』といったところで、重量は15キロあるので、そうそう気楽に持ち運びできるわけではない。『両手が抱えてクルマに乗せることができる』といった程度に考えたほうがいいだろう。価格は3万円と手ごろだ。
他に50リットル、100リットル、120リットル、200リットルと、いろいろなサイズがある。屋外イベントで用いることを想定しているようだ。
本格的なタンドゥールを製造しており、日本国内のインド料理屋さんが使う和製タンドゥールの中に、同社の製品を見かけることもあるのだろう。
インド製の小型タンドゥールを日本で輸入販売している業者もある。重量は倍以上になるが、素人の感覚ではあるが、窯としてはこのくらいの重さがあったほうがいいのかもしれない。
ポータブル・タンドゥール窯(有限会社エイシアン・クロス)
製造元はGolden Tandoorsという本格的なタンドゥール製造販売メーカーなので、大きなものから小さなものまでいろいろ取り揃えている。
自宅でタンドゥールを使って料理するかどうかはともかく、仲間たちとキャンプやバーベキューに出かけるときなど、持参すると喜ばれるのではないかと思う。 -
カシミールはどこの国?
印中関係が好転している近年、両国間でビジネスや観光等の目的での行き来が盛んになるとともに、ふたつの大国の間を結ぶフライトも増えてきている。
それでも長らく敵対してきた関係もあり、国力・軍事力ともに上回るアジア最大の国を前に、インドにおける中国に対する不信感や猜疑心はまだまだ強い。
南アジアのインド周辺国への中国の影響力の伸張、インドとの国境地域における軍の動静など、インド側の神経を逆撫でするような動きがしばしば見られる。
このほど、在デリーの中国大使館で発行される一部のヴィザについて、問題が生じているようだ。
どういうわけか、カシミールの人々に対してのみ、旅券に対してではなく別紙にてヴィザを発給しているというものだ。
India protests issue of separate Chinese visa to Kashmiris (indian express.com)
Row over China Kashmir visa move (BBC NEWS South Asia)
上記の記事中には、不幸にして、こうした形で出された査証を手にした人たちは、インド出国の際にひどく揉めたり、飛行機に乗れなかったりということが起きているとも書かれている。
中国行きの飛行機への搭乗を妨げられた人にしてみれば『中国大使館は、カシミール人にだけ、なぜこんな余計なことをするのだ』ということになるし、インド政府にとっては『カシミールをインド固有の領土と認めないというスタンスだ』ということになるのだろう。
カシミールは、パーキスターンとの間で帰属をめぐり係争している地帯とはいえ、姑息な形で『内政干渉』してくる国に対して信頼感を醸成できるとは思えない。
ましてやそれが国力・軍事力で自国よりも勝る大国だ。やはり中国という国は、常に警戒心を抱いて用心深く付き合うべき隣人、決して心を許してはいけない危険な相手であることは間違いないようだ。 -
Velo Taxi試乗

先週末に代々木公園で開催されたナマステ・インディア2009の会場脇で、Velo Taxiの試乗会が行なわれていた。1997年にドイツで運行が開始され、日本に上陸したのは2002年。最初に京都、続いて東京でも営業が始まった。
このVelo Taxi試乗は、代々木公園のイベント広場から原宿駅まで行き、そこから折り返して再びイベント広場に戻るというルート。
東京で営業しているVelo Taxiでは、インド政府観光局が広告スポンサーになっており、車体脇に『Incredible India』のロゴを掲げて走っている。そのつながりから、ナマステ・インディアの会場で試乗会をしてみないか?と声がかかることになったのだという。
東京ではVelo Taxiの車庫は有楽町にあるとのこと。人力による乗り物であることから、無闇に遠くまで行くことはないというが、それでも制度上は23区内ならばどこでも運行するとできるのだそうだ。
『でも決まった時間には有楽町に戻らなくてはなりませんから』とは運転手の男性の弁。利用者が増えて、都内に新しい営業拠点がいくつも出来れば、もっと利用しやすい交通機関になるのかもしれない。
電子式のメーターが付いており、初乗りは自動車のタクシーの半額程度。しかし速度では比較にならないため、同じ距離を行くとすればこちらのほうが割高になるようだ。
生身の人間がペダルを踏んで進む乗り物だけに、坂道だらけの土地ではキツいようだが、それでも電動アシストが付いていることから、肉体的な負担はかなり軽減されているとのこと。女性のドライバーも活躍しているそうだ。
丸みを帯びた車体からの眺めは開放的で、春・秋の気候の良い時期にはとても快適。もちろんそんな心地よい時期ばかりではなく、寒風吹きすさぶ凍てついた冬もあれば、ジリジリと身を焦がすような暑い夏もあり、ジトジトとうっとうしい梅雨もあるので、いつでもどこでも楽しいVelo Taxiというわけにはいかないところは、やはり『サイクルリクシャー』であるがゆえだろう。
こうした環境負荷の少ない交通機関がもっと普及するといい。彼らが営業するエリアがもっと拡大し、駅前や商業地など、そこらで客待ちしている姿を見かけるのがごく当たり前のこととなったら便利だろう。
この車両が広く普及することにより、利用料金がもっと安くなり、すぐそこまで、これまで歩いていた距離でも気軽に利用できるようになるといいなぁ・・・などと思ったりもするが、そうなると運転手の取り分が少なくなり、格差社会を象徴するような乗り物になってしまうのも良くない気がする。
環境に優しい乗り物という点では諸手を挙げて賛成したいのだが、体力勝負の仕事でお客の入りも季節や天気次第という不安定さもあることから、車両の普及と運転手の待遇が両立するものなのかちょっと気にかかるところである。
『エコな乗り物』という切り口から出てきた新型タクシーなれども、Velo Taxiのホームページに書かれているとおり、目指しているのは『バスや地下鉄を補完する環境にやさしい公共交通としての定着』であることから、バスストップや駅前で大勢で客待ちしているサイクルリクシャーの姿とダブるものがある。
運行スピードからしても、クルマと対等のものではなく、かなり近距離の移動のみに用途が限られるであろうことからも、やっぱりこれはサイクルリクシャーである。
タダで乗せてもらって、こんなことを書くのは気が引ける。だがVelo Taxiが日本で日常の交通機関として定着したならば、環境保全に対する意識の向上のみならず、むしろ私たち市民の経済事情や雇用環境の悪化という歓迎できない要因が、その普及に対してプラスに作用しそうなことに不安を覚えるのは私だけだろうか。

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ストライキ! Air India
9月前半、400名余りのパイロットによるストライキにより、5日間で800ものフライトがキャンセルとなったのはジェットエアウェイズだったが、今度はエアインディアの操縦士たちのストは、本日9月29日で4日目に突入。
争議の原因は前者が解雇された同僚パイロットの復職を求めるものであったのに対し、後者は人件費の大幅な削減を目的とした成果主義の導入によりボーナスが最大5割ほどカットされることに対する反発によるものである。
エアインディアでストライキを実施しているのは180名のパイロット。過去4日間で150を超えるフライトがキャンセルされているという。こうした事態を受けて、本日から向こう15日間の新規予約を停止している。
そのためエアインディアのサイトにアクセスしてみると、左側に表示される『Book Online』のメニューからその期間のどのフライトを指定してみても『Not Available』と赤い文字で表示されるようになっている。
だいぶ前から民営化が揶揄されているものの、累積赤字が巨額であることから、なかなか手を挙げる資本も見つからず、先行き不透明なエアインディアだが、こういう事態になったのは、現場で働く人々の怠慢によるものではなく、国営であるがゆえのコスト意識の低さという会社の体質、ならびに放漫な経営を続けてきたマネジメント側に責任があるのだとすれば、そのツケを飛行機を操縦する我々に肩代わりさせようなどということは断固として許せん!という主張は当然のことかもしれない。
パイロットといえども会社に雇用される身であり、労働三権を持つ労働者であることから、経営側による不当な圧力をはね返すべく闘う権利を有している。
しかし、昨年あたりから航空業界は燃油の高騰に続き、世界的な不況、新型インフルエンザの流行などといった逆風の中に喘いでいるとはいえ、各地で沢山の新興航空会社の誕生が続いてきたこともあり、恒常的に人材不足。
そのため他社による引き抜きを防ぐため、あるいはヨソの会社からパイロットを自社に移籍させるための手段として、給与が高騰していた時期がある。もとより特殊な資格が必要であることから、一般的に普通の勤め人よりも相当高い給与を得ているがゆえに、市井の人々からしてみれば『あんたらもちょっとは我慢したらどうだね!』といったところではないだろうか。
途上国のキャリアとはいえ、エアインディアの機長クラスともなれば、月給は日本円にして150万円を超える水準のようで『世界標準』と比較しても遜色ないものであるようだ。
本日までのところで150のフライトが運休。予約も向こう半月は入れることができないとなれば、いったいどれくらいの乗客が迷惑を蒙ることになるのだろうか。1932年にターター・エアラインスとして創業してから77年に及ぶエアインディアの長い歴史の中でも、特筆すべき労働争議のひとつとなるだろう。
利用客あっての交通機関であり、お客や荷物を目的地まで運び届けることが航空会社の存在意義である。エアインディアの経営陣、国営キャリアを監督する立場にある政府とともに、パイロットたちも含めて、利用者の立場にも充分配慮し、責任ある行動を心がけて欲しいものである。 -
ナマステ・インディア2009

9月26日(土)ならびに翌27日(日)に代々木公園で、ナマステ・インディア2009が開催された。
広い屋外イベント会場を借り切ってのこうした催しは近年増えており、中身はどれもかなり似ている。国の名前、ステージの演目と屋台で提供される食事が違うだけという気がする。
だがこの時期、天気にさえ恵まれれば、会場の隅っこにでもレジャーシートを敷いて陣取って、青空の下のんびり過ごすのは気持ちがいい。

2年前のこのイベントでは、スワーミー・ラームデーヴが現れるというサプライズがあった。
昨年の目玉といえば、チャダだっただろうか。今年も来場してステージで熱唱していた。会場内に自身のブースを構えており、通りかかる人々の求めに応じて気楽に写真を一緒に撮らせてくれたりなどしており、なかなか評判だったようだ。
さて今年、特に目を引いたのは・・・といえば、開会式にカラン・スィンが挨拶をしていたことではないだろうか。ヘーマント・クリシャン・スィン駐日インド大使による紹介の後、カラン・スィンがスピーチを行なっていた。

現在のJ&K州が藩王国だった時代の最後の王、ハリ・スィンの跡継ぎであった人物で、地元J&K州ならびに国政の場でも要職を歴任し、インド国内のいくつかの著名大学で総長も務めていた。また著述家としても知られている。
しかしながら日本では一般の人々の間で広く知られた顔というわけではないので、特に警備関係者が取り巻くわけでもなく、大使、大使館員ならびにイベント主催者の一員らしき人物に伴われてはいたものの、会場内を普通に歩いていた。
もっとも、彼はこのイベントのためにわざわざ来日したわけではなく、その前日にインド大使館がこのほど完成させた文化施設のオープニングの来賓としての役割など、他の用事と合わせて東京に来たようである。
それでもカラン・スィンのようなちょっと特別な人物が、こうしたイベントにわざわざ足を伸ばしてくれるのは、なかなか喜ばしいことであろう。
来年はまた全然違うタイプの著名人がやってこないだろうか?ステージのプログラムの『ボリウッドダンス』の中で、いきなりラーキー・サーワントが登場したりするようなことがあったら、嬉しくてたまらないのだが。 -
ナイジェリアのイメージ
90年代初めあたりだっただろうか、インドに滞在するナイジェリア人の姿がやけに多いことに気が付いたことがある。しかも留学生ではなく、仕事等での居住者のようでもなく、『観光客』の立場で。
外国をフラフラと物見遊山に出かけるナイジェリア人がそう多いとは思えないし、彼らは大都市間のみを行き来していたり、滞在先の都市でも市内見物に出かける様子もない。特に人のことを詮索する必要はないのだが『彼らはいったい何をしているのだろう?』と思ったりした。
デリーで、所用等あってしばらく滞在していた宿の宿泊客の大半は外国人たち。そこにナイジェリア人たちが5、6人のグループで滞在していた。フレンドリーな人たちが多く、食事どきには中庭では鶏肉のシチューや主食のウガリなど、彼らの郷土料理をにぎやかに作っていたのだが、そこを通ると声がかかってはお相判にあずかっていた。
近隣の宿にもこうした人たちが何組も宿泊しており、多くは顔見知りであるようで、相互に出入りしているように見受けられた。
数日間、そこを留守にして他の町に出かけてから戻ってくると、宿の様子がすっかり変わっていた。ナイジェリア人たちが一人もいなくなっていたのだ。近隣に滞在していた者も姿を見かけなくなっていた。私の留守中に滞在していた人たちによれば、ある『事件』があったのだという。
『朝7時過ぎくらいだったかな?警察官たちが何人も雪崩れ込んできた。ナイジェリア人たちが滞在する複数の部屋にそのまま進んでいった。ドアをノックしてナイジェリア人が出てきたところに彼らが突入して全員取り押さえた。テレビクルーも後にくっついて行ってたぞ』
『部屋の中から幾つも金属パイプが出てきて、それを警察官がテレビカメラの前で切断してみせると、白い粉が大量に出てきた』
彼らは麻薬取り引きに関わる一団であったらしく、長く内偵を続けてきた警察がようやく証拠等を充分に押さえたうえで一網打尽にしたようであった。
威圧的な印象を受けるほど長身で筋肉質の立派な体格の人たちが多いものの、外見とは裏腹に陽気で友好的な人たちだな、と思っていたが、まさかそんな犯罪集団であるとは想像もしなかっただけに心底驚いた。当日、その宿に泊まっていた人たちは、多かれ少なかれ警察から質問をいくつか受けたのだという。
豊かな石油資源、1億5千万人を越える世界第8位の人口は、地域最大級の市場でもある。アフリカ大陸で突出した大国のひとつであり、この地域の中で特に高い教育水準を誇りながらも、政情不安や政府の腐敗などといった背景もあり、高い失業率に悩まされ続けている。
その結果が高い犯罪発生率ということになるのだろう。ナイジェリア発で、世界各地で知られている。『ナイジェリアの手紙』に代表される大掛かりな国際的な詐欺事件も頻発している。
石油公社幹部だの、暗殺された政治家や政府高官の家族だの、前政権時代の権力者で今は第三国に亡命中だのと名乗る差出人からメッセージが届き、膨大な裏金を自由に動かせるようにするために、当局がマークしていないあなたの銀行口座を貸して欲しい。こちらもリスクを負うのだから、あなたから保証料をいただいたうえで、一度入金させてもらい、これを私自身の安全な口座に移し変えることにしたい。これがきっちりうまくいった暁には、成功報酬をいくらお支払いする・・・などという形で、マネーロンダリングを持ちかける詐欺話が特によく知られているところだ。
英語が広く普及していること、コンピュータ関係の教育が盛んで、アフリカのIT大国という側面もあることから『作文』の面からも、また銀行口座への不正アクセスといった『技術面』からも、豊富な人材(?)が揃っているとされる。
近ごろのインドのメディアでも、ナイジェリア人たちの関わる事件等はよく取り上げられている。
Madhya Pradesh police bust online fraud racket (The Times of India)
Nigerian, 3 others held for Net fraud (The Times of India)
Nigerian held for Kerala Net fraud (Gulf Times)
Nigerian fraud: ‘money mules’ held (The Hindu)
Nigerian arrested with one kg heroin in Delhi (India Today)
こうした記事ばかり眺めてしまうと『悪い奴が大挙してやって来ているなあ!』と感じてしまうが、インドでマジメに学んでいる人、ちゃんとした仕事をしている人は大いに迷惑していることだろう。
豊富な原油埋蔵量を背景にアフリカ有数の経済規模を持つ大国、アフリカ大陸最大の人口を抱えているものの、教育の水準は域内でも高く、政治的に安定していれば、もっと順調に発展していて然るべきであり、南アジアにおけるインド同様、経済新興国の成長の核として、また人材の宝庫としても大きな存在感を示しているべき存在である。
そんなナイジェリアだが、日本においては同国の政情不安、インドにおいては犯罪にまつわるニュースばかりであるように見受けられるのは残念である。 -
ストーンハウスロッジの記憶 3
あれからずいぶん長い年月が過ぎた。ストーンハウスロッジのことなど、すっかり忘れていたのだが、今年夏にカトマンズを訪れた際にニューロード界隈に来たので、ちょっと覗いてみようと思い、あの宿へと続く路地へ足を踏み入れた。
私の記憶が変質してしまっているのか、それともこの路地が変わったのか?道の両側の隙間なく建物が並ぶ様子は以前と同じだが、ずいぶん背の高いものに置き換わっているようだ。建物の高さもせいぜい三階建てくらい(?)であったように記憶しているが、今や五階、六階は当たり前、それ以上に大きな建物もニョキニョキ生えている。
元々、市街地の密度が高くて狭かった空がさらに狭くなり、また狭いながらも様式や高さなど統一感のあった街並みが、まったくてんでバラバラの無秩序な空間となっている。
この路地に限ったことではないが、他のカトマンズの路地同様、もともと人間が徒歩で通るために出来ている細い道を無理矢理走るバイクやクルマなども増えていて危なっかしい。
その反面、様々なモノが溢れ、非常に活気のあるエリアとなっていた。人々の暮らしぶりもかなり向上していることだろう。
ストーンハウスロッジがあった場所にたどりつくと、そこにあるのはふた周りほど大きな建物。以前ここにあった木造の建物は、こんな風に二棟が直角に寄り添う形で建っていたのだが。家電製品を扱う店や雑貨屋などが入った小ぶりな商業ビルとなっている。写真左下部分には、何故だかロッジの敷地入口にあった門柱の部分のみ、昔のたたずまいのまま残っている。当時宿泊したことのある方の中には、『ああ、そうそう・・・』と思い出す人もあるのではないかと思う。

ストーンハウスロッジ跡地からさらに小路を奥に進むと、かつてはほとんど居宅であったエリアであったのが、すっかり商業地化していた。ネワール式の古い建物もコンクリート柱とレンガ壁の今どきのものに建て変わっている。
辻ごとにあった祠もまたフェンスで囲まれるなど、キレイに整備されたものが目についたりする一方、他にもあったはずの祠がずいぶん減っているようであったり、神々の姿が人々からやや遠い存在になってきたような気もする。
『ずいぶん変わったなあ』という思いともに、昔のいろんな記憶がどんどん胸の中に蘇ってくる。半ば放心状態で立ち尽くしていると、『パパ!こんなところいてもつまんないよ。どこかに行こう!』と言う息子の声で我に帰る。
時は移ろうもの。時間の経過とともに、目に見えるもの、見えないものもどんどんカタチやありかたを変えていく。街並みも然り、自分自身の立場も然りである。安旅行者だった私は、今や子供を連れて家族旅行のオトウサンとなっているのだから。
〈完〉 -
ストーンハウスロッジの記憶 2

歩くと床全体がユラユラと振動して、階段を通して上下によく音が抜ける老朽家屋、ベニヤで細分化された部屋ということもあり、足音や話し声がどの方向から来ているのかよくわからなかったりした。
ずいぶん昔の話になるが、この宿に滞在していたとき、他の宿泊客から『帰って来る幽霊』の話を耳にした。何でも、私が宿泊したときから数年前に、この宿で亡くなった日本人客があったのだという噂だった。その人が生前に滞在していた部屋にときどき帰って来るという伝説みたいなものが流布しつつあった。
『夜1時過ぎくらいに帰って来るんだ、奴が。この宿って11時が門限で、玄関のカギを閉めてしまうから、その後に入ってくるはずないんだよ。昨日も奴は帰って来てた。宿の人は、チェックアウトした人の部屋の掃除に使用人を寄越すくらいで、よりによって遅い時間に上がることはないって言ってた。思い出すだけで気味悪いよ。重たい足取りで、トン、トン、トン、トン・・・と上がってきて、この階の端っこの部屋のドアを開けて入るんだ』
彼が言うには、隣室には他の旅行者が泊まっているため『霊が帰って来る』のはその脇の部屋に違いないのだという。
『昨日も、奴が帰ってきてから、ちょっと怖かったけど、確かめるためにドアの外に出てみたんだ。するとあのドアは、外から南京錠がかかっていた・・・』
こちらもちょっと背筋が寒くなる思いがした。私が滞在する部屋ちょうど真下に、幽霊が帰って来るなんて、気分のいい話ではない。
ひとつ下のドミトリーに宿泊していた男性も彼の言葉を裏付けた。
『昨日、ちょうどそのあたりの時間だろうな。寝ていたけれども階段を上る音がしていたこと、その後ドアがバタンと閉まる音も耳にしたよ』
『昔いた場所に帰って来るってのは、アンタ、そりゃ地縛霊だよ。タチの悪いのもあるって言うから気をつけてね』などと、したり顔で無責任なことを言う者もあった。
そんな怪談じみた話がしばし続いてから『そろそろ夕食に行こう』ということになり、数人で近所の食堂に出かける。部屋に戻ってからも、ドミトリーに顔を出して、そこに滞在している人たちと、ひとしきり話していると、いつの間にか夜は更けて午後11時。
『おやすみなさい』と、彼らのスペースを辞して自室に戻ってから、ステンレスのマグに電熱コイルを放り込んで湯を沸かして茶を淹れる。いつものとおり日記を書き、今朝方買った新聞を広げてみたり、ガイドブックを眺めたりしながら過ごす。そんなことをしているうちに、いつものことながら1時を回ってしまうのだ。
『さて、歯磨きをするか』と、お茶沸かすときに汲んで来た残りの水で口をゆすいで、無作法ながら、窓の外にペッと吐き出す。歯ブラシでシャカシャカ磨いてから、洗面台があるひとつ下の階にそうっと下りる。階段脇の水道の蛇口を静かに開いて口の中をゆすいで歯磨き完了。
癖で、階段を上るときに足の裏を叩きつけるようにして上ってしまうが、途中で『あ、この時間はみんな寝てるんだ』と、なるべく音を立てずに上がることを心がけたりするのもいつものことだ。
建て付けの悪い部屋のドアをバタンと閉めて、中から金属のカンヌキをかけると、下の階でドアが開く音。誰かが数歩進んでから、『やべぇ!』など声を上げている。彼は即座に自室に駆け戻ったようで、バタンとドアが閉まる音が聞こえてきた。どうやら『帰って来る幽霊』とは、私自身のことであったらしい。
翌日、下の階の男性は『昨日も幽霊が帰ってきた』などと吹聴していた。ドミトリーの宿泊客たちは『マジかよ!』と眉を顰めて話に聞き入っている。
私は『幽霊自身が種明かし』をして、せっかく定着しつつある『怪談話』がオジャンになってしまってはつまらないので、とりあえずあまり興味のないふりをして聞き流すことにした。
