インドでもSwine Fluとしてニュースの話題に上ることの多い新型インフルエンザ。
First batch of swine flu vaccines in India by Dec (Hindustan Times)
そういえば、先月末には、グジャラート州首相のナレーンドラ・モーディーが発症したことが伝えられていた。
Narendra Modi tests positive for swine flu (ZEE NEWS)
そのインフルエンザが我が家にもやってきた。ここ数日間、四人家族のうち三人が相次いでバタバタと罹患し、そろそろ私かも?と思っていた矢先、熱がバーンと上がり、医師の診察によれば、家の他の者たちと同じA型で、目下流行っているのは、まず間違いなく新型インフルエンザであるとのことだ。とりあえず各自タミフルないしはリレンザの処方を受けた翌日あるいは翌々日には平熱に戻った。
これが、今年4月の後半あたりからメディアで大々的に報じられてきた新しいウイルスか、と思うと、ちょっと感慨深いものがないでもなかった。半年ほど前ならば、感染経路を詳細に調べられたり、それまで接触した人々も調査の対象となったりといった具合に、周囲を巻き込んでの大わらわになるところであったのだろう。
そもそも当時の・・・といってもそんなに前のことではないのだが、メディアと行政が一体となってのあの狂乱ぶりは一体何だったのかと思う。新型ウイルスが、ヒトからヒトへ効率よく感染するようになり、世界的な流行が始まっているというパンデミック宣言がなされた時点で、すでに症状等は季節性のものと変わらないということが伝わっていたにもかかわらず、しばらくの間はあまりに過剰な対応がなされていた。
しかし今回の騒動で、肯定的に捉えることができる部分が二点ほどあるのではないかと思う。まずは、現在出現が危惧されている高病原性鳥インフルエンザが私たち人間の間で流行するようになった場合、対策として何が有効であるのかないのかを判断するシミュレーションにはなったであろうということだ。
加えて、現在流行中の新型インフルエンザについては、症状や治療方法が季節性のものと変わらないため、少なくとも日本国内では、両者につき同じ『インフルエンザ』として扱うようになっており、行政の示す指針に区別はなくなっていることも挙げられる。
・・・というのは、これまで、悪くすると死に至る病気であるインフルエンザが軽視され過ぎていた。学校や幼稚園等の場合は、クラスで一定数を超える患者が発生下場合、学級閉鎖の措置が取られてきたが、社会人の場合は職場で特にそうした対応はなされていなかった。ただのカゼの一種という意識で、熱や頭痛を我慢して職場に出てくる人もあったし、たいていの人はとりあえず熱が落ち着けば仕事に戻っていた。
実は、インフルエンザにより、日本国内だけでも年により数字は大きく異なるものの、1万数千人から3万人もの方々が亡くなっていること、基礎疾患があると、重症化しやすいということを今回の新型インフルエンザ騒ぎで初めて知った人も少なくないだろう。
本来、インフルエンザが『怖い病気』であることが再認識され、それなりのきちんとした対応がなされるようになったことは、きわめて前向きに評価できることだと思う。暦がひと巡り、ふた巡りもすると、もはや新型ではなく『Aメキシコ型』とでも呼ばれるようになるのだろう。
罹ったことのある人が大幅に増えて、今後数年間は流行の主体となるのがこの型のインフルエンザであろうという見通しがなされていることから、ワクチン等も潤沢に用意されるようになることだろう。それでも感染の拡大と重症化を防ぐために、『タミフル・リレンザ投与を開始して、解熱後2日間開けてから登校・出勤』という体制はしっかりと維持されるべきだ。
現在、世間で言うところの『新型インフルエンザ』を含めた既存のインフルエンザについて、早期治療と充分な休息により、普通は大事に至らずに済むとはいえ、罹患した人々の6割が死亡すると推定されている高病原性鳥インフルエンザが、『ついにヒトの間で流行』となった場合、果たしてどうやって私たち自身を守ることができるのか?という疑問と不安を感じることは否定できない。
カテゴリー: column
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SWINE FLU
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Namaste bollywood #21

Namaste Bollywood誌の創刊3周年記念号である。巻頭の特集記事は『ボリウッド日本浸透作戦』と題して、近年公開された作品の中から、日本でのヒットが狙えそうなものを取り上げている。
ボリウッドに限らず、その映画が製作された地域の文化的背景をある程度把握していないと、作品の意図するところがうまく伝わらない可能性がある。ユニバーサルなヒットを生むハリウッド映画にしてみてもそういう部分はあると思う。
だが、これがアメリカという良くも悪くも、これまたユニバーサルな影響力を持つ国と、南アジアの地域大国インドとでは、その文化圏外ないしは周辺地域と、まったくそれ以外の国々との間で、理解の度合いに大きな較差があるし、また興味の対象となり得る可能性自体にも相当な隔たりがあるのはいたし方ない。
海外における日本発のカルチャーの受容の大半が漢字圏ないしは東南アジア地域に集中していることとも共通しており、文化圏を越えて普遍的に浸透することは、そう容易なことではないようだ。
そんな中で、大きな話題を呼んだGHAJNI,やDELHI 6などのメガヒット作に加えて、『ミニシアター系』として、TAHAANやCHEENI KUMなど、これまで日本におけるインド映画のマーケット(・・・というのがあるとすれば)において、取り上げられることのあまりなかった小粒ながらも力のこもった作品にも焦点を当てている。
また劇場公開で大きな興行収入は見込めなくても、DVD販売やレンタル等でそれなりの利益が見込めそうなTAXI NO. 9211のような秀作もピックアップされている。
お馴染み巻末のBollywood Filmy Pedigreeで取り上げられているのはチェータン、デーヴ、ヴィジャイのアーナンド三兄弟。今のボリウッドの華やかな映画からちょっと視線を写して、ときには昔のモノクローム映画にじっと見入ってみるのもいいかもしれない。
ともあれ、近ごろでは日本国内でインド映画が上映される機会は確かに多くなってきているようだ。Namaste Bollywood誌の今後ますますの発展とともに、日本でインド映画がこれまで増して注目を集めていくことになることを期待したい。 -
線路は続くよ、どこまでも 3
ソフト面では、利便性が飛躍的な向上を見せたものの、ハード面で特筆すべきは、各地のメーターゲージ路線をブロードゲージ化する作業が着々と進んだことだろう。
これにより、鉄道ネットワークの効率化が図られた。旅客として利用する際、目的地沿線の軌道幅が異なることによる乗り換えが不要となり、主要駅を起点として直通列車が走る範囲がとても広くなっている。おそらく貨物輸送の面でも相当な有利になったに違いない。
各地の鉄道の事業主体が単一ではなかったこと、鉄道ネットワークに対する考え方が現在と異なる部分があったことや予算の関係などもあり、植民地時代に軌道幅が異なる路線が混在し、それが長く引き継がれてきたことについては、その対応に苦慮しつつも、全路線ブロードゲージ化という方向で完成しつつあるのがインドだ。
それに較べて、隣国バーングラーデーシュ国鉄は異なる手法で解決への道を探っているかのようである。今年1月に『お隣の国へ?』で書いたとおり、デュアルゲージという手法により、ブロードゲージの軌道の間にもう一本のレールを敷設し、ゲージ幅の狭い列車も走行できるようにしてあるのだ。異なるゲージ幅に対応する、なかなか面白いアプローチである。

バーングラーデーシュ国鉄本社が置かれているのは狭軌ネットワークのターミナスであるチッタゴンであることと合わせて、今後はインドとは反対に狭軌のほうに集約していくと考えるのが自然だ。
近年になってから、首都ダーカーにブロードゲージ路線が導入されているが、これは現在コールカーターからの国際旅客列車マイティリー・エクスプレスに加えて物資輸送の貨物列車が運行していることから、隣国インドの鉄道とのリンクを考慮してのことであり、同国内既存の狭軌路線を広軌化する意思はないのだろう。
インドの場合と異なり、ネットワークがあくまでインドと一体であった時代に築かれたものであるがゆえ、今の同国国土を効率よくカバーしているとはとてもいえないため、インドの国鉄と違い、国民の期待値は相対的に低いものとなる。ゆえにどちらかに統一するのではなく、あるものを可能な限り使い回すという発想こそが賢明であるのかもしれない。
いっぽう、列車の運行体制やアメニティといった部分では、それほどの進化を遂げているとは思えない。車中泊を伴い長時間走行するもの、比較的短い距離を日中走行するものなど、列車のタイプにより、1A (First class AC)、2A (AC-Two tier), FC (First Class), 3A (AC three tier), CC (AC chair car), EC (Executive class chair car), SL (Sleeper class), 2S (Seater class), G (General)と、いろいろな客車タイプがある。
クラスが上がるにつれて、料金も格段に違ってくることから、同乗する他の客を選別する機能があるといえるのは、インドという国における社会的な要請といえるだろう。
人々の可処分所得が上昇したこともあり、エアコンクラスの需要増に応える形で、空調付きの車両が増えることとなったが、クラスは上がっても1人あたりのスペースが広くなること、電気系統を含めた車内内装の質が向上することを除けば、基本構造自体は旧態依然のものであることから、やはり時代がかった印象は否めない。
他の列車よりも走行の優先度を高めて停車駅を少なくすることにより、目的地までかかる時間を短くしたラージダーニー、シャターブディー、サンパルク・クランティ、加えて最近導入されたドゥロントといった特別急行があるものの、これらの列車が連結する車両構造自体が取り立てて先進的というわけではない。
またダイヤの過密化と駅の増加により、こうした特別急行以外の急行列車は、たとえば1980年代と比べて、より時間がかかるものとなっている路線も少なくないらしい。
相変わらず大規模な事故がしばしば起きることも問題だ。今から10年も前のことになるコンピュータの『2000年問題』が取り沙汰されていた時期、確かに鉄道のチケッティングの面では一部懸念されるものがあったようだ。
しかし列車の運行についてはまったく問題ないという発表がインド国鉄からなされていたことを記憶している。その理由といえば、大部分がアナログ式に管理されているため、電子的な誤作動による事故はまずあり得ないという、あまりパッとしない理由であった。
その後、運行の手法について、どの程度の進展があったのか残念ながらよく知らないのだが、今年10月にもマトゥラーでの急行列車同士の衝突事故があったように、同じ路線にふたつの列車が走行してクラッシュという惨事、あるいは植民地時代に建設された橋梁が壊れて車両が落下といった事故が散発し、そのたびに多数の犠牲者が出る。メディア等でその原因等について盛んな糾弾がなされるものの、少し経つと同じような事故が繰り返される。
そんなことからも、列車の運行管理の部分においては、大した進展がないのではないかと疑いたくなる。これからは、鉄道輸送の根幹となる部分で、『乗客の安全』を至上命題に、骨太の進化を期待したいと思う。
蛇足ながら、乗客の立場からするとハード面でいつかは改善して欲しい部分として、乗降の際の巨大な段差もあるだろう。19世紀の鉄道を思わせるようで『趣がある』と言えなくもないが、観光列車ではなく、人々の日常の足である。停車駅で人々のスムースな出入りを阻害する要因だ。頑健な大人ならばまったく問題なくても、お年寄りや子供たちにとってはちょっとしたハードルである。身体に障害を持つ人にとっては言わずもがな。
19世紀・・・といえば、鉄道駅の中でも由緒ある建物の場合、電化される前には待合室等の天井にパンカー(ファン)を吊るした金具が残っていたりする。今は電動の扇風機が頭上でカタカタ回っているが、電化される前の往時は、吊るしたパンカーを人がハタハタと動かしていたのである。
やたらと進んでいる面とまったくそうでない面が混在するインド国鉄ではあるが、そういう凸凹が多いがゆえに、ふとしたところに長く重厚な歴史の面影を垣間見ることができる。ここに独自の味わいがあるのだ。
ひとたび車両に乗り込めば、場所によっては非常に時間がかかるとはいえ、広い亜大陸どこにでも連れて行ってくれる(もちろん鉄路が敷かれている地域に限られるが)最も便利な交通機関だ。
インドの鉄道のことをしばしば書いているが、私自身は『鉄ちゃん』ではないし、およそ鉄道や列車というものに一切の関心を持たない。しかし、情緒あふれるインド国鉄に関しては、いつも大きな魅力を感じてやまない『イン鉄ファン』なのである。 -
線路は続くよ、どこまでも 2
・・・と、文字に書くと『ああ、そうか』という程度のことでしかないかもしれないが、鉄道の予約を取ることについてかかる手間ヒマという点からすると天地の差がある。
また南アジア域内で鉄道ネットワークを持つ他国と比べてみても、インドの『先進ぶり』は際立っている。
まず鉄道駅窓口での予約がオンライン化される前といえば、まずはBookingカウンターの行列に並んで目的地までの乗車券を買う。続いてReservationカウンターの長い長い列に並び直して予約を取る必要があった。
係員が、列車別と思われる分厚い帳簿に、厳かな表情で予約した乗客の氏名等を記入するのだ。座席や寝台の料金を払うと、さきほどのBookingカウンターで渡された乗車券とは別に、車両番号と座席(寝台)番号が殴り書きされた予約券が投げて寄越される。
これとて、特に大きな駅では利用クラスや方面別になっていたため、うっかり違う列に並んでしまうと、せっかく順番が来ても『あっちのカウンターに行きなさい』と追い払われてしまい、それまで費やした時間がまったくのムダになる。
こうしたやりかたは、インドの鉄道草創期にあたる『ヴィクトリア朝時代からの伝統』と揶揄されるもので、今では博物館モノの大時代がかった作法による発券作業を目の当たりにできる、その中でチケットを買う、予約するということが実体験できるため、最初は興味深く感じられた。
しかしこれが度重なると、手間暇と時間を取られて面倒なので、なるべく事前の面倒のないバスで移動したいと思うようになった。それでも半日以上かかる移動、とりわけ車中泊を伴う場合は、やはり身体を横たえることのできる寝台がないと辛く、結局は鉄道の厄介にならざるを得なかった。
当時、どこかで乗り換える必要がある場合の次に利用する列車、往復する場合の帰りの列車の予約をその場ですることができないのもすこぶる不便であった。ボーパールやバンガロールのような大きな駅であっても、列車が当該駅始発ではなく経由地である場合は、中途から乗り込む乗客への割り当てが少ないため、ずいぶん先まで満席ということが当たり前でもあった。
結局、列車に乗り込んでから、その時点での空き状況を見て車掌が乗客たちに振り分けることになってしまうのだが、車掌がやってくるまでずいぶん長いこと待たされた。なにぶん少ない人手による手作業ということもあり、何かとスローなのは仕方がなかった。
主要駅における鉄道予約オンラインが開始された頃、チケット売り場の壁に『ANY CLASS, ANY DESTINATION, ANY QUEUE』 との貼紙を目にしたときには、いたく感動したものだ。どの列に並んでもいい、しかも一回並ぶだけで、BookingとReservationが同時に出来てしまう!とは、今では当たり前のことではあるが、当時は大きなインパクトがあった。
その後、全国的にシステムで接続される体制が整ってくると、列車の往復予約も乗り継ぎ駅から先の列車の予約もいっぺんに確保できるようになってくる。更には自宅でヒマなときにネット予約してプリントアウトしたものが、そのままEチケットとして使用できてしまうというところにまで来ている。この部分のみに限れば、インターネットで列車予約してから、駅の窓口に並ばなくてはならない日本のJRと比較した場合、インド国鉄に軍配が上がる・・・と思う。
こうした進歩も『時代が進んだのだから当たり前』ということにはなるが、19世紀末か?と思うほどの状態から、わずか20年ほどで21世紀らしいところにまで追いついたことは、大いに評価できるはずだ。しかもインド国鉄といえば、従業員数にして同国最大の国営企業。国家予算とは別立ての鉄道予算を持つ国の親方三色旗企業もなかなかやるじゃないか、と大きな拍手を送りたい。
だが、業務の近代化、自動化は、往々にして職場の人減らしにもつながる。労働組合活動の盛んなインドのこと、しかも140万人というインド最大の従業員数を誇る国営企業としての国鉄において、マネジメントと労働者の側で様々な衝突や駆け引きもあったのではないかと思う。
もともと南アジアの周辺国、パーキスターン、バーングラーデーシュ、スリランカとは比較にならない鉄道大国であるインドだが、こうしたソフト面の進化は、これらの国の鉄道に対して先進的な模範を示しているといえるだろう。 -
線路は続くよ、どこまでも 1

インド国鉄の時刻表Trains at a Glanceの最新版が出た。早速、11月1日よりウェブサイトからこの版がダウンロードできるようになっている。
例年7月に新しい版が出て、そのまま次年の6月まで有効、そして再び7月に切り替わるというサイクルであったが、今年はどうしたわけか昨年7月の版の有効期限を10月まで延びていた。
ラージダーニー急行よりも短い時間で大都市を結ぶドゥロント・エクスプレス導入も含めて、かなり大規模なダイヤ改定があったのだろう。
Trains at a Glanceにはインドを走るすべての旅客用列車が記載されているわけではない。地域版の時刻表あるいは滅多に鉄道駅で売られているのを目にすることはないし、そもそも今でも印刷されているのかどうか知らないが、全国すべての列車を網羅したRailway Bradshawを手に入れると、Trains at a Glanceには出ていないローカルな各駅停車の記載などもある。
しかし、そんなひなびた頻度の少ない便を使わずとも、バスその他の交通機関があるので、普通はTrains at a Glanceがあれば旅行するのには充分だろう。
インド国鉄のネット予約サイトIRCTCで、乗車駅と降車駅を入れば簡単にその区間を走る列車やダイヤを調べることができるが、やはり冊子にまとめられたもの、またはそれがPDF化されたものでザザッと俯瞰するほうが楽だ。
つくづく思うのだが、鉄道駅のチケット予約システムのオンライン化が20年ほど前に始まってからというもの、またたく間に全国の主要駅、続いてその下の規模の駅、そのまた下へ・・・と広がり、インターネット利用が一般化してからは自宅からネット予約等も簡単にできる。 ずいぶん便利になったものである。 -
MagazineX Business vol.1 【特集】タタのすべて

三栄書房から、ターターの格安乗用車NANOを特集したムック本が発売された。
MagazineX Business vol.1 【特集】タタのすべて (三栄書房)
まさか日本でこのクルマの特集本が出るとは予想だにしなかっただけにオドロキであるとともに、第1号として顧客に納品されたNANOの実車をもとに、その仕様についての詳細なレビューが掲載されている。
これまで自家用車の購入層でなかった人々からの需要を掘り起こそうという、ターターの世界戦略車NANOの分析、これを生んだターターという企業体についての紹介、インドのクルマ市場ならびにそこで競い合う日系をはじめとする外資系企業の動向、インド資本の自動車メーカーの主な製造車種のラインナップといった記事が並んでいる。
NANOを中心に、これが開発された背景やこの車種が投入される市場の特徴などがバランスよく取り上げられており、インドのクルマ市場がどういったものか概観できるようになっているなど、なかなか充実した好感の持てる造りになっている。
ただし『インドといえばカレーだ』と言わんばかりに、クルマとは無関係の料理に関する記事があったり、旅行記仕立ての写真入りの取材者による雑感をまとめたページなどが入っていたりするのはちょっとどうかと思った。限られた誌面なので、やはりNANOないしはインドのクルマ事情に関する記事はいくらでも書けるはずなので、本題のほうにもっと集中して欲しかった。
あと気になったのは、人名・地名などを含む固有名詞等の表記。10万を意味する数詞ラークが『ラック』となり、ヒンドゥスターン・モータースが『ヒンダスタン・モーターズ』となっている。また拝火教徒を意味するパールスィーについて、隣り合った記事で『パールシー』であったり『パーシー』であったりと揺れがある。
日本においてインドの名称に馴染みがないがゆえ、書き手によっていろんな表記をしてしまうことになる。しかし、そうした書き方が様々なメディアで繰り返されることにより、事実上、その表記に定まってしまうことだろう。
もっともその他の外国地名・人名等で、実際とあまりにかけ離れた日本語表記がなされている例は少なくないし、お隣の中国に関しても漢字で書かれた名称等を日本語式の読み方をするのが習慣となっているため、胡錦濤を『こきんとう』と読み、重慶を『じゅうけい』と読み慣わしている。ごく一部、上海を『しゃんはい』、広東を『かんとん』などと、現地の発音に近い読み方がなされものもあるのだが。
結果として、中国語での地名・人名等の読み方について、それなりの予備知識がないと、中国の歴史や政治について英文で書かれたものを手に取ってみたり、あるいは人が英語で話すのを聞く際に、一体何のことについて、誰のことについて述べられているものなのかわからないということになってしまうという、なまじ『漢字圏』に属するがゆえのパラドックスが生じたりもする。
もっとも、現地の読み方に近づけた形であるかそうでないかはさておき、外来の固有名詞や名称等の表記がある程度定まった時点で、日本語の『語彙として定着した』といえるだろう。
その意味で、マスコミ等で取り上げられる機会がとみに多くなってきたインドについて、これまであまり日本語メディアで伝えられることのなかった沢山の人名、地名等を『日本語式に命名する』という、大きなフロンティアへの門戸が開け放たれているわけである。
そうした中、日本語の環境にとって新しいインド発の人名・地名その他の名称が、私たちの語彙の中に根付くまで、様々な書き手がいろんな表記を続けていくことになる。
話はずいぶん飛んでしまった。Magazine X Businessの創刊号は丸ごとNANOおよびインドのクルマ市場ということであったが、12月17日発売予定の次号では、『中国車のすべて』という特集が予定されている。中国では、インドとは対照的に、小規模なベンチャー企業が活発に格安車、電気自動車などを開発していることが話題になっている。再び意欲的な内容を期待したい。 -
ダライ・ラマ14世訪日 3
チベットやウイグルをはじめとする、中国国内の少数民族問題はともかく、総人口の92%を占める漢民族にしてみたところで、マイノリティのそれとは次元が違うものの、思想的に『抑圧されている』ことは同様だ。
たとえば天安門事件の例などその典型だ。もう20年も前、1989年6月に起きた騒乱だが、政府に対して声高に異議を唱えた市民たちの運動は、権力による巨大な暴力により叩き潰された。通信手段が発達した現在、当時と同じような手法で人々に弾圧を加えることはできないかといえば、そうでもないことは、昨年の春先のチベット自治区、今年の新疆ウイグル自治区での出来事を見ても明らかだ。
幸い、経済成長著しい中国で、人々はより豊かな暮らしを求めて邁進しており、日々稼ぐことに忙しい。どこの国にあっても、人々の最大の関心ごとは自分たち自身のことだ。それは進学であったり、就職・起業であったり、月々の稼ぎのことであったりするだろう。結婚して子供をもうければ、息子や娘の教育のことであったりもするだろう。
これもひとえに経済という、世の中の歯車がきちんと回転し、安定した収入で自らの生活を充足することができ、さらに欲を言えば昨日よりも今日、今年よりも来年がさらにその質を高めていくことができるであろうという、明るい展望があればうれしいものだ。
そうした成長の路線に自分たち自身も加わっているという手ごたえがさえあれば、多少の問題は転がっていても、政府の手腕を評価こそしても、反旗を翻したり、あわよくば転覆を企図しようなどということはないだろう。
天安門事件からすでに20年経過した。1989年に生まれた赤ん坊が、今年20歳の誕生日を迎える。長い年月である。事件の前後あたりに生まれた子供、当時幼子であった世代が、すでに両親の元を巣立ち、国内での進学・就職、あるいは国外に留学したり、仕事を得るために出国したりするようになった。
こうした人々の多くは、いやほとんどは、天安門事件についてほとんど何も知らされていない。せいぜい『北京で何か大きな騒ぎがあったとは聞いている』といった程度だ。もちろん学校でそんなことを教えるはずもないが。家庭でも親たちの世代は『あんなことに関心持つとろくなことがない』と身をもって体感しているがために、敢えて自分の子供にそんなことを話したりすることがほとんどないのも無理はない。
子供たちが、変に政治に関心を持って、せっかくの将来をフイにしてしまうようなことになって欲しくない。ちゃんと勉強に専念して、卒業してからしっかり働けば、それなりにいい暮らしができるようになるのだから・・・。そう期待できる、あるいは確信できる社会がある。いい時代になった、に違いない。
だが敢えて自分たちの社会の抱える矛盾に人々の関心が及ぶのをことさら避ける体制、そうした事柄に関心を抱かない市民たちが、自分たちの暮らす街や地方から遠く離れた西の果てで何が起きているのか、とりたてて興味を持つこともない。ただ昔々、人民解放軍の手によって、チベットは、チベット人たちは『解放された』のだと信じている。事の本質はここにあると私は思う。
ダライ・ラマが各国への外遊を続けても、亡命政府が国際社会に対して支持を訴え続けても、その声は中国に暮らす13億の人々の耳には届かない。報道の自由はなく、私たちの感覚で言うところの『世論』が存在しない国である。
かくして時間の経過とともに、チベット本土が中国の不可分の領土の一部であることの既成事実化がさらに進む。チベット本土と亡命社会との絆も薄れるとともに、チベットへの漢族の入植が進む。やがて『西蔵自治区』人口のマジョリティを占めるのは外来の人々となる。時代が下るとともに、多数派の彼らこそがこの地域の主人公、彼らの文化こそがチベットの文化ということになりかねない。
もはや押しも押されもせぬ21世紀の大国。右肩上がりの経済力と群を抜く軍事力を背景に、近年ますます発言力を増す磐石の体制の中国を前に、亡命チベット人たちの声は消え入らんばかりに弱々しいことが不憫でならない。 -
ラージダーニー急行 マオイストが占拠

今月21日にマトゥラーで起きた列車同士の衝突事故、同じく23日にはムンバイー郊外のターネーで、走行中の列車に送水管が落下したことによる事故と、鉄道関係の惨事がニュース映像となって流れたばかりである。
今日は、夕方テレビのニュースを眺めていると、『Breaking News』のテロップとともに、今度はマオイストと見られる一団により、ブバーネシュワル発デリー行きのラージダーニー急行が長時間停められているという速報が流れてきた。
場所は西ベンガル州のミドナプル地区。ジャールカンド州境に近いところである。複数の男たち、一説には100名ほどの群集が、赤い旗を手にして列車を停止させ、乗客の人々を人質にしているとの報せに仰天した。
その時点では、彼らが本当にマオイストであるかどうかの確認は取れていないようで、この地域のマオイストのリーダーは関与を否定しているという説も流れていた。それでも犯行グループは、現在収監されているマオイスト指導者、チャトラダール・マハトーの釈放を要求しているとのことで、やはりマオイストのある派閥に属する者たちによる実力行使であると見られるとのことだ。
これを書いている今時点で、事件発生から5時間経過した。すでに車両は警察当局のコントロール下に置かれている。犯人グループたちにより、携帯電話を取り上げられた者は複数あったようだが、幸いにして負傷者等は発生していない模様。テレビカメラに映し出されたラージダーニー急行の車体には、前述のチャトラダール・マハトーの解放を要求するメッセージが赤い文字で大書きされている。
Maoists stop Bhubaneswar Rajdhani Exp, driver missing (ZEE NEWS)
Rajdhani blockade over, ‘pro-Naxal’ group takes claim (India Today)
マオイスト、あるいはインドの武闘派極左勢力発祥の地である西ベンガル北部のナクサルバリにちなんで、ナクサルあるいはナクサライトと呼ばれる赤い地下組織は、西ベンガル以外でも、チャッティースガル、オリッサ、ジャールカンド、ビハール、アーンドラ・プラデーシュ、マハーラーシュトラなどで盛んに活動しており、事実上の『解放区』となっている地域さえある。
部族や寒村の貧困層といった、開発や近年の経済成長の恩恵とは縁遠い人々を主な基盤としており、そうした地域のアクセスの悪さや行政組織の不備等が、彼らの活動を利している部分もある。
そうした発展から取り残された地域の警察組織の脆弱さ、個々の警察官たちが治安要員としての資質や経験に乏しく、実戦の中で切磋琢磨してきたマオイストの戦闘員たちとまともに対峙することができないという行政側の当事者能力の欠如も指摘されているところだ。
近年、とみにマオイストたちの活動の拡大が顕著であることから、国内の治安に対する大きな脅威であるとして、中央政府が対決姿勢を鮮明にしているところだ。しかし中央の政治家たちがいくら声を荒げてみたところで、都市部を離れて人口が希薄、ひいては警備もほとんど存在しない公道や鉄路の上で散発する事件に対して、当局はあまりに無力であるように見える。
マオイスト、ナクサルと一口でいっても、その中には様々な志向の集団が内在していることだろうが、ネパールで内戦を続けた末に、合法的な政党と化し、一度は政権を担うまで至り、今も同国政治の行方を担う一大勢力である『マオイスト』が、彼ら自身の頭の片隅にはあるだろう。
果たして中央ならびに各州の政府が、地域社会と力を合わせてこうした暴力組織を駆逐する方向に進むことができるのか、あるいは今後ますます犠牲者を出すとともに自らの勢力を拡大していくのか、気がかりなところである。 -
ダライ・ラマ14世訪日 2
残念なことではあるが、おそらくチベットはこのままの状態でさらに時代は下り、やがてダライ・ラマがこの世を去るときがやってくる。後継者問題、誰がチベット亡命社会を率いることになるかという問題が生じる。
亡命市民たちも同様だ。在外チベット人社会、とりわけその大半が集中するインドにおいても、世代交代が進んでいく。やがて亡命者社会の中核を担う人々のほとんどが『祖国チベットでの生活』『逃避行と亡命先での定着過程』を体験していない世代となるどころか、亡命第一世代もごくごく稀な存在となる日がくる。
日本で鮮明な戦争体験を持つ世代、従軍した経験を持つ世代が次々に鬼籍に入るようになっている。年を追うごとに、戦争を自らの体験として記憶する世代が姿を消している。すると、反戦・平和思想がかけがえのないものである、憲法第九条は、不戦の誓いとして私たちが世界に誇るべきものであるといった『常識』に異を唱える声とともに、先の戦争を再評価しようという動きが次第に広がりつつある。
チベットにおいては祖国、日本においては太平洋戦争と、前者においては祖国、後者においては戦争に対する、どちらも実体験を持たず、見聞による知識のみの人々が、それらのテーマについて、今後どういう扱いをしていくのだろうか。おそらくこれらを実際に体験した世代とはずいぶん異なる考え方をするのではないかと思われる。
もちろん時代が下ってからも、チベットからインド方面への亡命者の流れは細々と続いているとはいえ、数十年に渡って定住しているコミュニティのイニシャチブを新参者の少数派が握るということは、よほどのことがない限りあり得ないことだろう。
かくして刻々と年月は経過していき、中国・台湾がそうであるように、韓国・北朝鮮もまたそうであるように、もともと同国人のはずであっても異なる体制下に暮らすことが長年固定化されると、お互いに『同胞・・・でも限りなく外国人』という存在になってくる。
仮に、中国政府が奇跡的に態度の軟化を見せて、ダライ・ラマが中国に対して求め続けている『高度な自治』が実現されたとしても、これまで経過して長い長い時間という大きなハードルは越えがたいものがある。
このままの状態のまま、あと一世代分くらいの時が経てば、在インドのチベット亡命社会は、事実上『例外的に無国籍のインドの少数民族』となってしまうのではないだろうか。いつかは祖国に帰還することを望んでいても、緊急避難的にテント生活でもしているのならともかく、すでに長年に渡って居住国に確固たる生活の基盤を築き、複数世代定着してきた後に、地縁・血縁も希薄になった父祖の故郷に戻ってうまくいくとは思えない。
仮に思い切って『帰国』してみたところで、これまで生活してきた場所とはまったく勝手の違う環境で苦労するだろうし、『文化の違い』から地元の人々との摩擦も必ず起きるだろう。
いつか確実に、亡命社会のありかたそのものを考え直すべきときが確実にやってくるはずだ。それはコミュニティ全体のことでもあり、それを構成する個々人の問題でもあるのだが、同時に難民として彼らを受け入れているインドもまた、彼らの立場について真摯に再考しなければならないことになるだろう。
チベットの立場に関して、ひとつの大きな困難な障害は、広大な国土と膨大な人口を抱える占領国、中国国内に声が届かないことだ。そもそも言論の自由のない国なので、私たちの考えるような世論は存在しえない。報道の自由もなく、厳しい検閲と言論統制がまかりとおっていることだ。
中国の人々に、チベット問題について認識を深めてもらい、中国内の世論の動きによって、この問題が解決・・・とまではいかなくとも、自らが改善の方向へと動き出すことがあれば良いのだが、残念なことにそういうシステムにはなっていない。 -
ダライ・ラマ14世訪日 1
来週、ダライ・ラマ14世の来日が予定されている。1990年代おわりから、ほぼ毎年日本に来るようになっているが、今回もまた各地で法話・講演が行なわれる。
現在来日中の世界ウイグル会議議長のラビヤ・カーディル氏がダライ・ラマとの会談を希望しているとされる。
日本政府に対する中国側の圧力もあり、ダライ・ラマ14世の訪日は政治目的ではないことになっているものの、チベットとウイグルという長年北京が手を焼いてきた『反体制派の巨頭』が顔を合わせるかもしれないことから、中国はかなり神経を尖らせていることだろう。
北京の横槍に屈して日本政府がこうした動きに対して干渉したり、あるいは先のオリンピックの聖火リレーのときのように、在日中国大使館が動員した人々が示威活動のようなことを行なったり、モメごとを起こしたりといったことがないよう望みたい。
ところで、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のサイトを眺めていると、チベット亡命政府によるインターネットTVを視聴できるようになっていることに気がついた。
おなじく亡命政府により、中国語で書かれたチベット問題啓蒙サイトもあるが、前者と合わせて中国国内からは、まずアクセスできないことだろう。
1989年にダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞してから、それまで比較的静かだった彼の居住地にしてチベット亡命政府が置かれているダラムサラが、それ以前と比べて飛躍的に世界の耳目を集めるようになり、世界中から訪れるメディアや人々の数がケタ違いに増えた。
同時に、インターネットの普及により、ダラムサラその他のチベット亡命社会から、広く世界に発信できるようになったことで、チベット問題に少しでも関心のある人に対して、たとえどこに住んでいる人であろうとアピールできるようにもなっている。
各国の人々の間で、チベットに関する知識が広がり、問題に関する認識も深まることは、国際社会から中国当局への外圧につながっていることは疑いの余地はないだろう。しかしながら中国には、それを跳ね返す政治力と国際社会における強い発言力がある。
そのためダライ・ラマのノーベル平和賞受賞時にまで遡っても、当時に比べて現在のチベット情勢が改善されたという認識はどこにもないだろう。時代が下るとともに、物質的には豊かになり、生活水準は向上しているとしても、チベットの置かれた立場、チベット人たちに対する処遇は変わることがない。 -
ペンタックスK-xでティランガー(三色旗)風カメラを
もともとカメラといえば、精密かつ質実剛健な印象を与える黒色あるいは銀色が当たり前であった。それが近ごろでは、黒あるいはシルバー以外の色をしたカメラが増えてきた。それはオリンパスのE-P1白ボディであったり、パナソニックのGF1の白や赤のモデルであったりするが、これまでになかったカラフルなものが出てきている。
コンパクトカメラ市場が飽和状態となり、カメラ販売の主戦場が一眼レフへとシフトするとともに、プロカメラマンを含めた仕事で写真を撮る人、写真を趣味とするアマチュアの愛好家以外で、これまでターゲットになっていなかった若い女性やファミリー・ユースといった層も巻き込んでの商戦となっている。
そのため低価格化を進めるとともに、『デカいカメラ』『扱いが面倒』といった先入観を取り除き、より親しみやすいものとしたエントリーモデルが次々登場している昨今だ。
結果として、街中でデジタル一眼レフを手にする人の姿がずいぶん増えた。これまでこの手のカメラを首からかけて歩くことのなかったタイプの人々が、あちこちでシャッターを切っている。
『今まで使っていたデジカメとは写りがずいぶん違うなあ』『携帯電話の写真とは比べものにならないね』などと感じつつ、撮るということが実の楽しいものであることに少しずつ気がついているのではないだろうか。趣味の写真に対する垣根がかなり低いものとなってきたことは間違いない。
ただしカメラそのものに対する親しみやすさといった部分では、単に小型軽量であるとか、扱いやすいとかのみではなく、持ち歩くアイテムとしてお洒落で常時携行したくなるような外見、他の人があまり持っていないデザインという希少性などが求められることになるのだろう。その現れのひとつが、冒頭のカラフルなボディということになる。
キヤノン、ニコンという二大巨頭のマーケットと重なるやりかたをしていては勝ち目がないと、その部分に着目しているのがマイクロフォーサーズ機を販売するオリンパスでありとパナソニックだ。今年夏に相次いで発売された前者のE-P1、後者のGF1などはその典型といえる。特に女性層を取り込もうと狙っているのは、ウェブサイトやパンフレット等の広報マテリアルから見て取れるとおりだ。
特に一眼レフの分野では、他社製品で既存のレンズ資産を持つ人を新規に囲い込むのはとても困難だ。マイクロフォーサーズ規格を共有しているオリンパスとパナソニックを除き、基本的にどこのカメラのボディも他メーカーのレンズとの互換性はない。
そのため手持ちのカメラとは異なるメーカーのボディを購入するということは、それに加えて今後必要とするすべてのレンズ群をまるごと買い取ることをも意味する。それがゆえに、他社の既存ユーザーを引き寄せるのは至難の業であり、これまで一眼レフユーザーではなかった層からの需要を掘り起こすという路線を目指すしかない。
だがここにきて、今月16日に発売されたペンタックスのK-xの圧倒的なカラーバリエーションには脱帽である。店頭販売されるモデルは、ボディの色が白・赤・黒の3通り用意されているが、カタログあるいはウェブサイト上で、ボディが20色、グリップは5色準備されている。つまり100通りパターンの中から好みの組み合わせを選択して注文することができるのだ。ストラップも白・赤・黒と3色ある。
ボディとグリップの配色は以下のとおり、ストラップは白を選んで、インド国旗を思わせる『ティランガー仕様』にしてみてはどうだろう。
おぉ、これはカッコいい!!

もともとペンタックスのデジタル一眼は、他社製品にくらべてボディ、レンズともにコンパクトに出来ている。他社、たとえばキヤノン、ニコンの両社の類似した機能のモデルと比較しても、かなり小ぶりに仕上がっているようだ。
K-xもAPS-Cサイズのセンサー搭載で有効1000万画素以上のデジタル一眼レフカメラの現行モデルの中では世界最小であることを謳っている。
近ごろはエントリー機であっても相当高性能だ。もはやどのクラスでも標準装備となったダスト対策機能、最大4段分の効果があるとされる手ブレ補正機能がボディ内に組み込まれている。またこのクラスで1/6000秒の高速シャッター、連続撮影4.7コマ/秒というスペックになっており、スポーツ等の撮影にも充分対応できる。感度もISO6400相当まで上げることができるのは室内で舞踊等を撮影する際に重宝しそうだ。
もとよりサイクルの早いデジタルの世界だ。1年経つか経たないうちに次モデルが出てくると、上のクラスの機種のひとつ前の世代同等の性能が備わることは珍しくない。それに比べると、光学性能が主体のレンズのほうは、飛躍的な進化はあり得ない。
本人の感性と表現力が同程度ならば、作品に差がつくのはレンズの良し悪しだ。もし機材にお金をかけるならば、ボディよりもレンズのほうに投資すべきだと私は考えている。
このところライブビュー撮影対応、加えてHD動画撮影機能搭載のデジタル一眼が増えているが、このK-xもその両方の機能を搭載している。
加えてバッテリーは市販の単3型電池が利用できることは、とかく電池の消耗が早く、多くの場合、メーカーごとの独自のものしか利用できないデジタルカメラの中では特筆すべき利点だ。出先や旅行先でバッテリー切れや紛失等の際に、カメラが無用の長物と成り果てることはないだろう。
用意されているデジタルフィルター機能の中で、あまり使うことはないかもしれないが、トイカメラ風の効果、ミニチュア風の効果を与えて撮影できるのも面白い。
ペンタックスはレンズ群のバリエーション数はキヤノン、ニコンに匹敵するものの、APS-Cセンサーのカメラ使用で、35mm換算で広角域に相当するレンズがあまりないのは少々気になるものの、シグマ、タムロンといったレンズメーカーからペンタックスマウントのレンズがいくつも出ているので、あまり気にしなくてもいいはず。
価格はどんなものかといえば、参考までに本日、2009年10月17日現在、kakaku.comに出ている最安値は、ボディと18-55mmレンズのセットで62,690円。通常の量販店でも多くの場合7万円を切っていることと思う。もちろん好きなカラーの組み合わせでオーダーすると費用がもっとかかるが、ひところよりもずいぶん求めやすい価格になったものだ。
私は普段キヤノンおよびパナソニックの一眼を使っており、他社のカメラを購入するとマウントの異なるレンズをいくつも買い揃えなくてはならない。もとよりそんなお金はないので、間違ってもK-xに手を出すことはないだろう。コンパクトさやカラーバリエーションの豊富さといったオリジナリティ等を客観的な視点から眺めて、また個人的にはティランガー仕様(?)が可能なこともあり、『インドでどうだろう、この一台?』として挙げてみることにする。 -
一糸まとわぬ姿のセキュリティ・チェック
『搭乗の際には短パンとTシャツだけ着用ということになるんじゃないのか?』
知人とのそんな会話をふと思い出した。
2001年9月の同時多発テロ以降、どこの空港もセキュリティ・チェックが非常に厳格になった。その後も靴の中に隠した爆発物による爆破テロ未遂その他が続いたこともあり、液体物の持ち込みは100ミリリットル以内の容器複数個が、容量1リットル以内のジッパー式のビニール袋の中に納まる範囲のみ可能となった。
フライトによっては、空港の免税店で購入した酒類も持ち込むことができなかったり、目的地に着くまで乗り換えがある場合、そこから先の便へと持参することができなかったり。
私が利用したわけではないが、手荷物一切が禁止となり、透明なビニールの中に旅券や図書類のみ放り込んで搭乗するフライトもあった。当時、メディアでも大きく取り上げられていたので記憶している方も多いだろう。
安全第一とはいえ、セキュリティ関係のこうした事柄があまりに厳しくなってくると、乗客自身困ることだってある。
さりとて身の安全のための代償なので、粛々と従うしかないが、こんな世情を憂うしかないのか、それともほかに何か良い手立てはないのか?と思ったりもする。もちろん面倒に思うのは乗客だけではなく、空港当局関係者をはじめとするセキュリティ担当者たちも同様だろう。これにかかる手間ヒマ、人件費だって相当なものであるはず。
そうした中、『確実に安全というならば、手ぶらで裸で搭乗させるしかないんじゃないのか?』などと話しているうち、『まあ、最低限の服装ってとこなのかな。下着姿でというわけにもいかないだろうし』ということで、冒頭の話になったわけである。
ところが世の中はそんな冗談みたいな方向に進みつつあるようだ。イギリスのマンチェスター空港で、X線を使った装置で乗客を裸体に透視してチェックするというシステムがテスト運用されているとのことだ。
‘Naked’ scanner in airport trial 1 (BBC NEWS South Asia)
‘Naked’ scanner in airport trial 2 (BBC NEWS South Asia)
『ついに行き着くところまで来たのか・・・』という思いはするが、安全面という点のみにおいては、なかなかいいアイデアではないかとは思う。ただし倫理的にこうしたことが許されるのかという部分で、大きな疑問符が付く。文化的、宗教的に受容できないとする人も少なくないだろう。
加えて、当然のことながら、こうした映像がどこかに流出しないのかということを危惧する人も少なくないだろう。厳重に管理されているはずの重要な個人データが漏れるということは、どこの国でも決してあり得ないことではない。
もちろんこれが各地の空港で本格的に導入されたとしても、テロリストたちにとってはまだまだ攻撃を仕掛けるチャンスはいくらでも転がっているようだ。搭乗する飛行機に危険物が持ち込まれることはなくなっても、セキュリティ・チェックの場所までは誰に咎められることもなく、危険物とされるものを手荷物に隠して運ぼうと思えば容易にできてしまうような空港は少なくない。
航空機内でのテロが困難になったぶん、空港機能を停止させてやろうと、そうしたエリアが爆破テロという凶行の標的となることはないのだろうか。もちろん、こんなことを疑えばキリがないのではあるが。
