
昔、カトマンズのニューロードにあるネパール航空事務所の反対側の路地を少し進んだところに、ストーンハウスロッジという格安の宿があった。
宿泊客はほとんど日本人ばかりで、インド亜大陸各地をめぐるとか、アジア横断してアフリカに向かうなどといった長期旅行者が多かった。インターネットもなかった頃なので、こういうところでいわゆる『情報ノート』が貴重なインフォメーションのリソースでもあった。かつて、私もこの宿に幾度か宿泊したことがある。
古いネワール式の木造の建物で、最下階の狭い入口のところに受付があり、細くて急な階段を上ってすぐの階には家主の家族が暮らしており、そこより上の複数の階に宿泊客を泊めていた。 各階ともに、もともと狭いフロアーを無理やりベニヤで仕切って、やけに幅の狭いベッドが置かれているが、これで部屋の中は一杯。確かひとつだけ四つのベッドが入った『ドミトリー』があったと記憶している。
当時からタメル地区はかなり繁栄しており、すでに旧王宮近くのジョッチェン地区に宿を取る旅行者は少なくなっていた。どちらからも離れたストーンハウスロッジになぜ日本人旅行者が集まるようになったのかは不明である。シーズンは常に満杯、雨季のオフシーズンでも部屋が空いていないということは珍しくなかったようだ。
いつ購入されたのかわからないボロボロの古いベッドの上に敷かれているシーツは、これまたいつ洗ったのか知れず、身体を横たえていると、南京虫の執拗な攻撃に悩まされるようなところなのだが、何故かとても繁盛していた。
ひどく狭くて汚いかわり、宿泊費がそれ相応以上に低料金であった。『お金はあまりないけど、とにかくあちこち訪れてみたい』という安旅行者には重宝される宿であった。ただ安いだけならば他にいくつもあっただろうと思うが、安宿が集中するゾーンからは離れているものの、ニューロード裏という便利なロケーションも良かったのかもしれない。
いつだったか、すぐ隣にレンガ積みの真新しい建物が出来上がった。ストーンハウスロッジよりも料金は高くとも、ずっと設備が良くて、新築であるがゆえにピカピカで快適な部屋が用意されていた。ストーンハウスロッジの利用客が『こっちのほうがいいや』と移動してもいいような気がしたが、そうはならなかったようだ。
こちらはまったく流行らず、数年で廃業してしまった。流行る宿というものには、理論的に説明がつかない『旅行者とうまく合う波長』のようなものがあるような気がする。人と人との相性のようなものかもしれない。別に宿の人の愛想がいいとかいうわけでもない。その場所が持つ『気』のようなもの(?)とも言えるだろうか。
古い長屋のような建物であるがゆえに、隣接する棟とぴったりくっついた建て込んだ地域であるがゆえに、家屋での人々の暮らしぶりが、特にそれを覗こうとしなくとも、ごく間近に感じられる楽しさはあった。人々の会話や赤ん坊の泣き声など、様々な生活音がジャンジャン聞こえてくるし、どこかの世帯で作っている料理の匂いも漂ってきて、下町に暮らしている気分になったりもした。
もともと人口密度の高い空間なので、人通りは多かった。何せニューロードの真裏である。それでも野菜売りが沢山出て賑やかな朝の時間帯、様々な用事で人々が行き交う昼間の時間帯を過ぎて夕方の帰宅時間を過ぎれば、ガランとしていたものである。
用事等でタメルに徒歩で出かけて、帰りが午後7時過ぎると人通りがとても少なくなり、午後8時を回るとほとんど誰もいない路地をトボトボ歩くことになった。出会うのは野犬ばかり、灯もまばらでほとんど暗闇のようなもので、懐中電灯を照らして宿まで歩いたものである。
ダサインやディワーリーの時期にも滞在したことがあるが、路地という路地では、無数の小さな素焼きの器の中に火が灯されて、幻想的な眺めが出現していた。辻ごとにある小さな寺や祠に詣でる人々が行列していて、窓から見下ろしているだけでもワクワクしたものだ。
先に書いたとおり、もともと狭いフロアーが、薄いベニヤで極小の部屋として細分化されていたものの、プライバシーはまったくないようなものであった。視覚的には遮られていても、壁の向こうから屁の音、着替える音などがそのまま聞こえるのである。相手が起きているのか寝ているのかもはっきりわかる。厚さ数ミリの非常に薄い壁を背にして寝ていると、そこを境に数センチからせいぜい30センチくらいのところに隣人が存在しているのだから。
不思議と閉塞感はあまり感じなかった。隣の人がかなり親しくなった人だったりすると、壁越しに会話が弾み、まるで同室に滞在しているかのようであった。
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ストーンハウスロッジの記憶 1
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チープなパフォーマンス
しばらく前に、インドのメディアで大臣や高級官僚等による海外を出張の頻度や旅費関係の支出等についてまとめた記事をいくつか目にした記憶がある。
『小さな政府』を志向し、国や自治体の支出を削減しよう、民間でできることはなるべく民間で行なうなどといった風潮は、国や地域を問わず、世界共通の風潮となっている。
個人的には、そういう視点も必要かとは思うものの、人々の働きかたの多様化を尊重するというおためごかしのために、働く人々の立場、つまり正社員であったり、期限付きの非常勤であったり、はてまた外部からの派遣であったりなどと、雇用関係等が様々な人たちが同じ職場で働く、あるいは同じ仕事をするのに賃金か大きく違ってくるといったことが当たり前になっていることについては決して肯定的に受け止めることはできない。
また、働く人々の立場が寸断された形になっているがゆえに、『労働者』として力を合わせて経営側と渡り合うことが難しくなっていること、さらには世界的な不況という背景も加わり、一般的に今の労使関係が大幅に雇用者側に有利になってしまっていることは大きな問題だと思う。
冒頭に書いたとおり、インドでも公金の使い方について、いろいろな方面で議論がなされているようだ。政治家や高級官僚が移動する際の旅費や公用車云々についても、様々な話がある。
コングレス首脳は、そうした動きを逆手に取って、自らの『クリーンさ』をアピールしようと図っているように見える。
一昨日、コングレス総裁のソーニアー・ガーンディーは、デリーから飛行機のエコノミークラスでムンバイー入りしたと伝えられた。
Sonia Gandhi flies economy class (ZEENEWS.COM)
息子のラーフルは、昨日シャターブディー急行でデリーからルディヤナーに向かったとのことだ。
Rahul travels by Shatabdi (ZEENEWS.COM)
確かに本人分の運賃は安く上がるのかもしれないが、こんな大物たちが公用でミドルクラスの人々と同じ乗り物を利用するなどということは、警備にかかる手間ヒマに労力、周囲の混乱その他の影響等を含めた『社会的コスト』を考えると、あまり現実的ではないように思う。
今の時代、無辜の市民が非情なテロリストの仕掛けたテロの犠牲になるということは珍しいことではなくなっている。有力な政治家が、エコノミーな交通機関を利用することにより、かえって市民が多大な不利益を蒙るようでは本末転倒だ。
昨日のZEE NEWSでは、ラーフルが乗車したシャターブディー急行の車内の映像も流れていたが、車両内の乗客全員がコングレスの動員による『仕込み』なのではないかと疑いたくなった。あるいはインド国鉄が、身元が絶対に確かな人々だけをその車両に配置したのではないか?とも。
民主主義の制度の下で、各選挙区から選ばれた代議士たちには、人々の代表としての責任と義務があるわけで、それをまっとうするために様々な便宜が図られているわけで、『支配層の特権』ではなく、本来ならばちゃんと合理性のあるものであるはずなのだ。問題は、それが理念に適った用い方をされているかどうかということ。
こうした現象は、政治不信の裏返しということもできるが、『無駄撲滅』といわんばかりに、必要なはずであるからこそ講じられている便宜を放棄して、関係各署その他に無理な負担を強いての『清廉さのアピール』は、チープなパフォーマンスにしか見えない。
同じような類のことは日本でもしばしば行なわれているので、インドのことばかり非難するつもりはない。ただ思うのは、どうも政治家のアピールというものは信用できないなぁ・・・といったところだろうか。有権者としては、ひたすら『選球眼』を磨いていくしかない。 -
スワンナプーム空港近くのHotel Novotel
日本からインドその他の南アジアの国に向かう場合、バンコクで乗り換えというケースは多いだろう。バンコクはホテルが供給過多であることもあり、他国の大都会に比べてリーズナブルな宿泊料で泊まることのできる宿の質はかなり高い。
朝やたらと早い時間帯にチェックインでも、繁華街等で客待ちしているタクシーは多く、空港への足に困ることも皆無。しかも高速道路のネットワークが素晴らしく、夜明け前の早い時間帯ならば、スクムヴィット通りの繁華街からわずか15分(!)で空港までブッ飛ばす、若くて向こう見ずなスピード狂運転手も少なくない。
ジェットコースター以上のスリリングなドライブは嫌なので、まずは車内を覗き込んで、温厚そうな風貌の年配ドライバーを選んで利用してみたりもする。
ただし、前日バンコクに入る時間帯が夕方以降だったり、早起きに自信がなかったり、おまけに子連れであったりすると、宿のみのためにわざわざ市内まで出かけて、また空港にトンボ帰りするのは面倒なので空港のすぐ近くに宿泊したい。
今は国内線専用となっているドンムアン空港近くには、高いものからエコノミーなものまで、比較的選択肢があったのだが、現在の首都の玄関口、スワンナプーム国際空港付近はまだまだ開発はこれからという状況だ。
目下、空港目の前に泊まるとすれば、Hotel Novotel Bangkok Suvarnabhumi Airportしかない。宿泊料金は部屋によっていろいろあるが、ツインの部屋が一泊5000〜5500バーツ(1TB=2.7JPY)くらいだ。
空港施設の一部であるかのようなロケーションだけに、多くの宿泊客の出入りの時間帯が市内のホテルとはかなり違うようで、客室の時間貸しの料金設定もある。
市内のホテルならば、千数百バーツでもその金額以上に良い部屋がいくつも見つかるし、バンコクの旅行代理店を通せば、中・高級ホテルのリーズナブルな宿泊プランが見つかることを思えば、かなり割高ではあるが、とりあえず空港すぐ隣というロケーションが欲しかったので利用してみた。
空港から通路で直に繋がっているものと思っていたが、これはまだ完成していないとのこと。完成すればホテル玄関から空港まで300メートルの徒歩圏となるそうだ。到着ロビーを出たところに専用カウンターがあり、係員がホテルのクルマまで案内してくれる。
空港を出ると大きく迂回し、数分でホテル玄関口に到着。壁面がガラス張りのなかなか洒落たエントランスだ。レセプションもちょっとスタイリッシュすぎて、どこでチェックインできるのか少々迷ったくらいだ。

ごく最近建てられた新しいホテルだけに、どこを見渡しても実にカッコいい。真新しくてピカピカの客室内は快適。バスルームのガラス窓からベッドルームの大画面のテレビを見ながらゆっくりと湯に浸かることができる。スピーカーがここにもしつらえてあるので、もちろん番組の音声を耳にしながら。

風呂から上がってベッドに横になると、小鳥のさえずりも聞こえてくる。そういう環境音がしつらえてあるのかと思ったら、窓の外の大きな木の枝に沢山の鳥たちが止まっており、彼らの『肉声』であった。

余談ながら、今年の年末あたりにはスワンナプーム空港が、首都の高速鉄道網とリンクされるようになる。もともと今年8月に開通することが予定されていたものだが、鉄道の労働組合との交渉等の絡みで、運営会社の設立が難航していたようだ。
以下、路線図である。
Bangkok Rail Transit Network
キングフィッシャー航空、エアアジアなど、インドの都市とバンコクを結ぶ路線へに新規参入する航空会社が増えていることと合わせて、バンコクが日本・インド間の中継地としてますます利用しやすくなることは喜ばしい。
今に、空港から目と鼻の先にいくつかエコノミーなホテルがポツポツ出てくるようになることを期待したい。 -
偽物iPhone 『Hi-Phone』日本上陸
2年前にiPod touchの初代モデルが発売となった際、タッチパネルで操作する新しい感覚、WiFi環境があればインターネットに接続できる便利さと合わせて、これまでのPMPになかった斬新さに惹かれた人は多い。
好きな曲をダウンロード購入できたり、Podcastでニュース等を聴いたり、ウェブ閲覧やメールのチェックができるのはもちろんのこと、カレンダー機能が充実していてシステム手帳が不要になるし、様々なアプリを追加して様々な機能を与えることできるため、パソコンの小さな端末のようでもある。各々の必要に応じてカスタマイズできるのが最大の魅力なのだろう。
これに続いて各国の他のメーカーも似たような操作方法の機器を発売しているものの、発売元がアップルであるという知名度のみならず、変幻自在な利便性において肩を並べる製品は今のところないようだ。
そのiPod touchもiPhoneが発売になってからは、どうも影が薄くなっているようだ。前述のようにいろいろ使いまわせる道具に電話も付いて、WiFiのないところでも快適にネット接続ができる。本体価格がちょっと高くても、通信料がこれまで使っていた携帯電話よりもかなり高くついても、その利便性に充分な合理性を感じる人は少なくないことは想像に難くない。
そんなiPhoneだが、インドを始めとする多くの途上国においては、普及の度合いはあまり高くないようだ。インドのお隣り中国では、従前から海外で入手したiPhoneが国内で販売されたりなどはしていたようだが、正規に発売されることが発表されたのは今年8月のことだ。中国聯通という携帯電話事業者との契約のもとで販売されることになるのだという。
ところが中国本土で正式に発売となる以前から、中国製のiPhoneのそっくりさん製品が出回っているという話をよく耳にした。見た目が非常に良く似た多機能なスマートフォンであるとのこと。iPhone以外にも、ノキアその他の有力企コピー製品をせっせと生産している中国のCECTという会社の製品だ。
米国のamazon.comで取り扱いがあるのは知っていたが、『そんなものもあるのか』と特に気にかけていなかったが、思わぬところで実物を目にする機会があった。それは東京都内である。
JR線のある駅の近くで、表通りに面した店先に、平行輸入品らしきSIMフリーのひとつ前の世代のiPod touch 3Gが並んでいる。日本において携帯電話はキャリア固定で販売されており、iPhone利用者といえば即ちソフトバンク利用者ということになる。
『ソフトバンクユーザーでなくても使えるのかな?』『国外でもSIMカード差し替えれば使えて便利かも?』と思ったが、かなりいい値段である。8 GBのモデルは5万円台、16 GBのものは6万円台。不良品であったり、何かで故障したとしても、少なくともアップルの日本法人は応じてくれないのではなかろうか?
その横に置かれた別のiPhoneは、1万5千円台ないしは1万6千円台とやけに安い。いったいどこが違うのだろうか?と目を凝らしてみると、なんとこれが噂の『Hi-Phone』であった。

大きさといい、形状といい、まさにコピーである。製品が収まる黒色の箱までそっくりだ。タッチパネルに並ぶアイコンもiPhoneにそっくり。パっと見どころか、本物にじっくり触れてみたことがなければ、手に取ってみても『これがiPhoneです』と言われれば、『ああそうですか』と納得してしまいそうだ。
本物にはない機能も付加されている。価格が低いほうはテレビチューナー内蔵、安いほうにはこれが付いていないという。SIMカードを2枚挿入できるようになっており、ふたつの携帯番号を1台で使い分けることができるとのこと。一回り小さなミニバージョンのHi-Phoneもあるなど、なかなか『気が利いている』ようだ。
ただ、これらは日本国内で使うことは想定していないとのこと。なぜならばGSM専用機であるからだ。ゆえに日本に上陸したものの、国内でこれを使っている人の姿を見かけることはないはずである。国外に持ち出しての使用を前提として販売されていることになる。
iPod touchは6千円から7千円、iPod classicやiPod nano等は4千円という価格が付いている。『何でこんなに安いのか!?』と、こちらもよくよく見ると、iPod製品とカタチは同じだが、どこにもiPodとは書かれていない。
日本でこうしたこうしたモノが売られているとすれば、いろんな多業種の店や事務所が入った雑居ビルの一角や、秋葉原のITやオーディオ等関係の小さな店が並ぶエリアで、ゴチャゴチャと積んであるのではないかと思っていたが、多くの人々が行き来する表通りに面した1階にある小ぎれいな店先で、『これでもか!』と沢山陳列してあるとは想像もしなかった。
ただし日本語での表示は皆無で、店員はすべて外国人。客層も大半が外国人のようだ。界隈には日本語の表示無しの美容院、不動産屋、食堂なども多く、それぞれ出身国の同胞たちをお客に営業している多国籍なエリアだ。
Hi-Phoneを、ただのコピーと笑い飛ばすのは簡単だ。しかし、あらゆる分野でこうした製品が次から次へと出てくるのにはワケがあるはず。持ち前の機敏さや柔軟さに加えて旺盛な企業化精神を持つ人々の国、中国の恐るべき工業力の一端を見せ付けられる思いがする。
中国が、ここに住む人々の高い資質と上昇意欲を背景に、このまま急成長を続けていくならば、いつしか彼らにしかできない高い付加価値を持つ製品やサービスを次々に生み出すようになるのではないかという思いがする。日本のクルマ産業にしてもカメラ工業にしても、最初は当時の先進国の製品の物真似から始まったことを忘れてはならない。
Hi Phone vs iPhone vs N95 8GB video review (YouTube) -
スリランカフェスティバル 2009

9月12日(土)に東京都渋谷区の代々木公園でスリランカフェスティバル2009が開催された。
例年同様、東京やその近郊にあるスリランカ料理レストラン、食料品店、紅茶輸入会社、衣類等を扱う業者などが会場に出店している。またステージではスリランカおよび日本の各種演目が披露されていた。
本日はあいにく朝から雨で、時折降りが激しくなるなど、天気の条件が悪かったため、人出は少なく閑散としていた。
しかしながら、この催しのために毎年来日しており、このイベント最大の目玉でもあるチャンナウプリ舞踊団の華麗なダンスには、決して多いとはいえない観衆から惜しみない拍手が送られていた。
会期は明日9月13日(日)まで。天候に恵まれることを願いたい。



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ダウリー問題 こんな例も・・・
『ダウリーと闘い続けて: インドの女性と結婚持参金』『インドの女性問題とジェンダー: サティー(寡婦殉死)・ダウリー問題・女児問題』といった邦訳本が出ていることもあり、インドの結婚の際のダウリー問題については日本でも知られるようになっている。
法律では禁止されているとはいえ、結婚持参金(現金ならびに物品等)根強い慣習であるどころか、これまでそういう習慣のなかったコミュニティや階層にも広まっており、雑誌等にその実態等についての特集が掲載されることもある。
インドのメディアでもときどきダウリーにまつわるトラブルや犯罪等の事件が取り上げられるし、2003年に大きな話題となったニシャー・シャルマーさんのニュースを記憶している人も多いだろう。婚約者側からの度重なる不当な要求とハラスメント、加えて結婚式直前に更なる要求が彼女の父親に対して突きつけられたことから、堪忍袋の緒が切れて警察に通報。彼女自身、『この人と結婚したら最後、人生が台無しになる』と悟ったのだろう。
花婿となるはずであった相手は逮捕されて収監、彼の家族も捜査を受けるところとなった。メディアはセンセーショナルにこの出来事を取り上げ、デリーに暮らす普通のお嬢さんであったニシャーは一転、時の人となった。この件については様々な続報があったが、彼女の勇敢さを讃える声が多かった。その後、彼女は無事に理解ある男性と結ばれている。
Dowry demand lands groom in jail (BBC South Asia)
だがこの慣習は一方的に悪と決め付けられるものでもなく、両親からの生前分与という意味合いもあり、それなりの合理性があるようだ。これについてはインドの民法上の規定の関係等との絡みもあるので、ここでは省くことにする。
男性上位の社会で、嫁ぎ先の家に対して、花嫁の実家が与える現金や物品であるため、概ねに前者の立場のほうが強いことが多いだろう。花婿側について、家柄はもちろんのこと、本人の学歴・資格、職業、年収水準等といった条件が高くなるほど、『実入り』が多くなるのはもちろんのことだ。
新郎新婦が結婚した後は、両家は姻族としてよい関係を築いて付き合っていかなくてはならない。社会的な地位を問わず、ちゃんと良識のある人たちは、相手からあまりに無闇な金額を踏んだくろうということはないはず。当然のことながら周囲の目も気になるし、良からぬ噂を立てられたくもないだろう。
何よりも、自分の大切な子供が結婚するのだから、幸せになってくれるのを願うのは親として当然のこと。相手からよほど理不尽なことをされたり、深刻なトラブルでもないかぎり、息子の嫁をいじめたり、その実家を窮地に陥れたりということはないだろう・・・と思う。
だが、あまりに大勢の人々が暮らすこの世の中、ごく少数の人たちの間ではこうしたことがまかり通り、ダウリー絡みのハラスメント、ときにはそこから発展して起きた殺人などが後を断たないだけに、社会の怒りを呼び起こす。
だがこれまでダウリー関係の問題は、夫ならびにその家族が加害者で、妻とその実家が被害者という図式で捉えていたが、必ずしもそういうわけでもないらしい。
インディア・トゥデイの9月2日号で、シムラーで開かれたSave Indian Family Foundationの集会について取り上げられていた。これは妻によるハラスメントに悩む夫たちから成る団体で、『4万人の被害者』の声を代弁しているとのことだ。 同様の活動をしているProtect Indian Family Foundationという団体もある。
ダウリーを巡る嫌がらせや暴力などの被害に遭った女性たちの訴えの大半が正しいものであっても、中には夫とその実家の人たちを陥れるために仕組まれた嘘で固められた罠も少なからず含まれているのだという。
インド刑法には、女性を家庭内暴力等から守るための定めあるが、かなり性的にバイアスがかかっているというのが、こうした団体の主張だ。
とりわけ、条項498 Aが問題であるのことである。
…………………………………………………….
498A. Husband or relative of husband of a woman subjecting her to cruelty. Whoever, being the husband or the relative of the husband of a woman, subjects such woman to cruelty shall be punished with imprisonment for a term which may
extend to three years and shall also be liable to fine.
Explanation- For the purpose of this section, “cruelty” means-
(a) any wilful conduct which is of such a nature as is likely to drive the woman to commit suicide or to cause grave injury or danger to life, limb or health (whether mental or physical) of the woman; or
(b) harassment of the woman where such harassment is with a view to coercing her or any person related to her to meet any unlawful demand for any property or valuable security or is on account of failure by her or any person related to her to meet such demand.]
…………………………………………………….
あくまでも夫が加害者で妻が被害者という前提の法律であることから、性差別的であるという主張だ。
この法律を意図的に悪用する女性は少なくないとのことだ。つまり条項498 Aに違反しているとの虚偽の訴えにより警察に検挙させるというのである。それによって夫はもちろんのこと、夫の実家の父母兄弟姉妹までもが警察に逮捕されて留置される。
嫁入りした女性の人権は法律による保護が講じられているのに、不運にして謀略を巡らす女性を迎え入れてしまった夫側の家を守る手立てがない、ということに対する問題提起だ。
検挙された多くのケースの場合、まともな捜査もなされないままに立件、起訴されるとともに、裁きの場でも夫側が一方的に悪であるという暗黙の了解があることから、著しく不利な立場に置かれるという。これにより失職したり、自殺に追い込まれたり例も少なくなく、こうした行ないは『司法的テロリズム』であるとしている。
ダウリーにまつわる問題については、広く世間で言われているようなステレオタイプな事例以外にも、まったくその逆を行くような出来事も起きているようである。だがこうした訴えに対して反発するフェミニスト活動家も少ないないかもしれないのだが。
結婚はゴールではなく出発点に過ぎない。結婚すること自体よりも、長い結婚生活を継続していくことのほうがはるかに大変なことだ。最も密なつながりを持つ家庭という中にあっても、それはひとつ小さな社会のようなものでもある。
元々他人同士であった男女が一緒に暮らしていく中、いろいろなことが起きるものだ。そこに両者の実家の利害等も絡めば、そう易々と解決できるものではなくなってしまう場合もある。家庭という社会の中の最も小さな単位の『政治問題』とも表現できるかもしれない。 -
未だ見ぬ『怖い新型インフルエンザ』
日本では学校の新学期が始まり、新型インフルエンザによる学級閉鎖等のニュースがメディアに登場しない日はない。自らはかかっていなくても、身の回りに罹患したことのある人があるという方は少なくないだろう。
早いうちに罹ってしまって、免疫とやらを獲得するのもいいかもしれないが、我が家の下の子供はまだ1歳。私が罹患するということは、自動的に家族も感染・発病してしまうということで、特に乳幼児は新型・季節性を問わずインフルエンザ脳症のリスクが高く、何としても新型に対するワクチンを接種させるまでは、少なくともこの新しい病気をもらってこないことを願っている。
この病気があまりに一般化してしまい、発生件数をカウントすることに意味がなくなってしまったこと、加えて症状や治療方法等が他のA型の場合と変わらないことから、医療機関で簡易検査を行なってA型であることが判明しても、特に新型か季節性までを確定することは通常行なわなくなっているようだ。この時期インフルエンザにかかるということは、非常に高い確率で新型であるということもあるだろう。
新型インフルエンザ – Googleニュース
新型インフルエンザの出現と流行に関しては、他の多くの地域よりも遅れたインドでもSwine Fluとして、やはり同国のメディアにはよく取り上げられている。患者数もかなり増えてきている。
Swine Flu – Google news
本日時点までで、これまでバンガロールだけで36名が死亡しているとのことだ。その他各地で相当数の方々が亡くなっており、類型の死亡者数は9月5日時点で125名を越えている。適切な医療へのアクセス、生活水準等の問題から、特に社会的に弱い立場の人々の犠牲が多いのではないかと思われる。
貧困層の乳幼児や老人、元気なはずの世代でも日銭を稼いで何とか大家族を養っており、体調が思わしくないからといって休めないような人々の間で感染が広まれば、それなりの割合で重症化することは容易に想像がつき胸が痛む。
新型ということで、このタイプのインフルエンザの出現以降、これまで罹患したことのある人を除き、誰も免疫を持っていないため、今後どのように流行していくのか注目される。
新型の毒性は季節性と同程度とはいえ、私たちがこれまで冬になるとよく罹ってきた通常のインフルエンザにしても、持病のある人は重症化しやすく、乳幼児や高齢者もリスクが高く、健康な大人でもこじらせると厄介なことになったりする危険な病気であった。日本だけでも毎年インフルエンザに罹患したことにより、あるいは合併症などを起こして亡くなる方々は1万人以上であるとされる。
現在言われているところの『新型インフルエンザ』のみが怖いのではなく、これまで私たちが慣れ親しんだ?季節性のものも含めたインフルエンザという病気全般が、これと同じ程度に危険なものであることを認識させてくれる機会になったと言えるかもしれない。
数年前から『遠くない将来、新しいタイプのインフルエンザが出現する』という前提のもとで、WHOならびに各国政府が新型インフルエンザに対する行動計画の策定を進めてきた。その進捗状況には国・地域差があったものの、先進国を中心に概ね本格的な体勢が整ってきたところで、今回の新型インフルエンザ出現となった。
世界各地で蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、関係当局はその対応に忙殺され、メディアは煽り立てて、騒動に拍車をかけてきた。まさに『予想されたパンデミックの最中』に私たちはある・・・ということになる。
だが『ちょっと待ってくれ』と言いたいのは私だけではないだろう。確かに新型インフルエンザが出現した。だがこれはここ数年来危惧されていた高病原性のH5N1型トリインフルエンザではなかった。現在までのところ、トリからヒトへと散発的な感染が観察されていることからWHOの言うところの『フェーズ3』にある。
遠からず、トリインフルエンザが、これに感染したヒトからヒトへと効率よく感染が広まっていく状態が現れることが予想されており、しかもこれまでトリから感染したヒトの死亡率が約6割という。世界的に大きな災厄を及ぼすことが予想されているインフルエンザである。
今回、意外な『伏兵』の登場により、私たちが本当に気をつけなくてはならない真の敵に対する注意が散漫になってしまっているように感じられてならない。目下、流行している『新型』対応のワクチン生産その他に対して持てる力の大半を注ぎ込んでしまい、いつ出現してやろうか・・・と機会をうかがっている『本命』に相対する余力は残っているのだろうか?と少々心配になったりする。
もちろん、このたびの毒性の低いインフルエンザの流行は、やがて来るであろう『危険な新型』に対する予行演習にはなるだろう。これまで想定してきた対策のうち、何が有効で何がそうでないのか。新たにどういう対策を打ち出すべきなのか、いろいろ検証できることと思う。
私たちが肝に銘じておくべきことは、目下『とうとう怖いインフルエンザがやってきた』のではなく、近い将来『本当に怖いインフルエンザがやってくる』ということである。 -
Namaste Bollywood #20

アムリター・ラーオが表紙のNamaste Bollywood第20号。今回の巻頭を飾る記事は、『男性プレイバックシンガルの誘惑』だ。実力派揃い・・・というよりも、ケタ外れの超人的な歌唱力を持つシンガーで溢れる映画音楽界を代表する、クマール・サーヌー、ウディット・ナラヤン、シャンカル・マハーデーウァン、スクヴィンダル・スィンその他キラ星のように輝く歌手たちの特集。
彼らの姿はスクリーンに出てこないが、作品にピリリとスパイスの効いた味わい以上の大きなインパクトを与えてくれるのが彼らの存在。映画自体はイマイチだったりしても、心に残る素晴らしい曲は数知れず。
街角で、どこからともなく流れてくる、昔よく耳にした曲、よく口ずさんだメロディーを耳にして、それがヒットしていた頃のことが脳裏にフラッシュバック、思わずホロリとしてしまったり、足を止めて聴き入ってしまったりということもあるだろう。流行歌というものには、人それぞれの『あの頃の記憶』をしっかりと頭の片隅に刻み込む作用があるようだ。
普段はすっかり忘れていた、曲のイントロの部分を、あるいはサビの部分を耳にするだけで、それに親しんでいた当時の悲喜こもごも、いろんな出来事が鮮やかに蘇ってくるのだ。
話は誌面に戻る。アジアフォーカス福岡国際映画祭で『Welcome to Sajjanpur』が上映されるのだそうだ。これまでも『Maine Gandhi ko Nahin Mara』や『Khuda Ke Liye』といった、華やかさや派手さはないが、じっくりと練られた秀作をいくつも取り上げている。各国の作品を取り上げる映画祭という、枠の限られた場における確かな選球眼に敬意を表したい。
他にも嬉しいニュースがある。ボリウッド日本版DVDが、ワーナーやメディアファクトリーなどから続々とリリースされるのだそうだ。版元からの正式に許諾を得て日本語字幕が入った作品を販売するティラキタのボリウッド作品のラインナップと合わせて、日本でもボリウッド作品やプレイバックシンガーたちの歌声にに触れる機会が増えそうである。
今に街中のカラオケボックスにも、韓国語や中国語の歌に混じって、ヒンディーの歌のタイトルもチョコッと顔を出す日が来るのだろうか? -
PANASONIC DMC-GF1

パナソニックから新しいデジタル一眼が発表された。ルミックスのDMC-GF1は、今年7月に発売されたオリンパスのP1と同様の路線の極小一眼デジタルカメラだ。
P1同様、こちらも内蔵ファインターを排したコンパクトなスタイル。ボディのカラーも黒、赤、白と三色の中から選ぶことができる。マイクロフォーサーズ規格第一号機G1、これにハイビジョンのビデオカメラ機能をプラスしたGH1も平行して販売されるため、これらの後継機という位置付けではないようだ。


GF1は、ボディにファインダーを装備していないと、焦点距離の長い望遠レンズを用いての撮影にはちょっと・・・と思う向きもあるかもしれないが、オプションで専用のライ部ビューファインダーが用意されている。レンズを通り、イメージセンサーで捉えた画像を確認できるとのことなので、特に違和感なく使えることだろう。
ボディ重量が285gと驚くほど軽量。ちなみにG1, GH1はともに385g。外寸も一回り小振りになった。『従来の一眼的なカタチ』を放棄したデザインとなったこともあり、特に高さと厚みが縮小されており、ミラーボックスを排したマイクロフォーサーズ規格ならではのメリットが大いに生かされている。
GH1同様に、ビデオ撮影機能が付いているが、GH1がAVCHDを採用しているのに対して、こちらはコンパクトデジカメに搭載されているAVCHD Liteとなっている。
しかしながらビデオにそれほどこだわるわけでなければ、パナソニックのマイクロフォーサーズ3機とも同クラス(入門機)であることから、価格帯もそう大きく変わるわけではないことからも、わざわざ同社の従来機を選ぶ理由は見当たらない。敢えて一台選ぶならば、G1、GH1を先行して発売し、すでに3台目のリリースとなるGF1が最善の選択となるだろう。
マイクロフォーサーズ規格のカメラは、パナソニックから3機種、オリンパスから1機種の合計4機種となっている。しかしながらどれも先述のとおりエントリータイプのモデルである。レンズ群のバリエーションの広がりとともに、中級クラスのモデルの登場が待ち望まれるところだ。
今のところ、マイクロフォーサーズのデジタル一眼の広告は、どれも女性ユーザーを強く意識したものとなっている。市場を独占している状態のキヤノン、ニコンの二大巨頭と直接衝突することを巧みに避けたマーケティングを展開している。だが今後そうしたメーカー製品のユーザーたちも、多くはメーカーの異なる複数のカメラを所有していることから、マイクロフォーサーズの軽量・コンパクトさに惹かれて食指を伸ばすといったことが期待できるだろう。
加えてフランジバックが短いことから、マウントアダプターを手に入れれば、ライカRマウント、ニコンFマウントその他、銀塩時代の古いレンズを装着できるため、マニアックなユーザーも多く、あながち初心者用カメラとは言い難いものがあることも付け加えなくてはならない。要するにCMやパンフレットから受ける軽いイメージとは裏腹の実力と潜在力を秘めているのだ。
GF1と同時に発売される予定のレンズもまた大いに気になる。20mmでF1.7の単焦点の厚みが25.5mmしかないパンケーキレンズだ。ボディと合わせて『インドでどうだろう、この一台?』ということで、旅先でも日常でも常に携帯して重宝しそうなコンビの登場である。

大きくゴツいデジタル一眼ブームも一服といった状態の中、どこにでも気軽に持ち歩ける高級コンパクトデジカメの復権かと思われた時期もあったが、やはりセンサーの小ささや被写界深度の関係等から、前者に肉薄するモデルはなかなか出てこなかった。
しかしマイクロフォーサーズは、デジタル一眼からの小型化という逆のアプローチにより、一眼画質の小型カメラという新しいジャンルを築こうとしている。今後ますます魅力的なモデルが世に出てくることだろう。とても楽しみである。 -
Google翻訳
昨日、アーンドラプラデーシュ州首相、Y. S. ラージシェーカル・レッディー氏を乗せたヘリコプターが行方不明になっているとの報道があった。軍その他のヘリコプターを出動させて捜索にあたっているとのことだが、悪天候のため進展が思わしくないとのことであった。
同日午後、インドの民放ニュースは、豪雨のため視界がゼロ状態で、ジャングル奥深いところに不時着することになったのかもしれないと伝えられていた。氏は、ある式典に出席するため10時45分にチトゥール地区に到着する予定であったが、離陸した後に9時35分から連絡が取れなくなっているのだという。
ナッラマーラー森林地域を中心とするエリアで捜索が続いている模様だが、ラーヤルスィーマー地区内のこの地域は、極左組織ナクサルの活動が盛んな地域でもあるとのことだ。
このニュースをいくつかブラウズしていると、デーニク・ジャーグランからニュース提供を受けているYAHOO ! INDIAの記事にたどり着いた。
आंध्र के सीएम हेलीकाप्टर समेत लापता ( जागरण YAHOO ! INDIA )
この記事を読んでいると、インターネット・エクスプローラーの画面枠にこんな表示が出ているのに気がついた。
『これはヒンディー語のページです。Googleツールバーを使用して翻訳しますか?』
私のパソコンでこんなものが出ているのに気がついたのは初めてだが、以前インストールしたGoogleツールバーは知らないうちにどんどんアップデートされているらしい。
試しに『翻訳』タブをクリックすると、まもなくその訳文とやらが出てきた。
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アーンドラCMは、行方不明のヘリコプターを含む
ハイデラバード。アーンドラプラデーシュ州首席大臣RajasekharaレディバイスBegumpet空港からは18日午前9四半期の時間にヘリコプターが行方不明の後に今のところ見つかっていない。自分たちの懸念をKariytについての成長です。
ツインエンジンのヘリコプター政府は、チットゥール地区で35分のフライトを失った時にいる船2人のパイロットVesli昇順また、幹事長大臣sのサブラマニアムや最高セキュリティ責任者を持つ校長に連絡Bjkr 9。
検索操作に従事されている4つの空軍のヘリコプターを含む少なくとも3つのヘリコプターが、これまで欠落しているヘリとの接触を確立するために失敗しました。ている状態の秘書室長P.ラマカントレディこれは、自分たちのヘリコプターどこで窮地を脱する未知の場所、現地に向かったとみられる。
彼は、今のところ任意の連絡先を確立していないと述べた。これは、強風や悪天候のために彼のヘリコプターがされている可能性がある未知の場所、ここで出てくることは困難ですで下車した。我々の前に夕日をされても、時間と大雨が限られている。
鉛のヘリコプター2つの最終的な
議会5月で、ロークサバーと議会選挙が59歳の主任大臣Rajasekharaレディの完勝で、イベントに出席するためチットゥール地区だった。 11の時の彼のヘリコプターが朝の4分の1チットゥールに上陸した。
CMのが悪い天気、セクンデラーバードのために返さ空軍司令Hakimpetから2つのヘリコプターヘリコプターを追跡する。 3と空軍司令ネロールバンガロールから、民間のヘリコプターを中心Nllmala森林面積はコーミングがビジーです。ナクサライトRayalseemaエリアのこの地域はGDに考えられている。防衛省自衛隊の航空機は、この作業ではドライバなしにインストールされています。
Rosayaチットゥール、Mahaboobnagarとクルヌール地区Rprkashm不足しているヘリコプターのがあれば詳細を表示され、すぐに届け出なければならない公共訴えている。警察、森林局は、キャンペーン全体のセクターの協力。
彼は、首相官邸、ユニオンホーム部と国防部がされている間の状態議会大統領ソニアガンジーの事務所は常に接触している慎重にしている。家庭や省航空局のデリーでは不足しているヘリコプターからの接触はされていないと述べた。内務大臣チダンバラム個人的には状況を監視している。航空局長官メートルMadhavanはニューデリーナンビアーでは、ヘリコプターの任意のアドレスを持っていなかったと述べた。内務省の検索操作で協力しています。
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なんだか凄まじい翻訳である。
分進秒歩といわれるデジタルの世界、私が初めてパソコンに触れたのはウィンドウズ95が世の中に広まってからだが、それから十数年のうちにハード面でもソフト面でも、当時とまったく比較にならないほど進化していることをひしひしと感じずにはいられない。
もはや仕事にも生活にも欠かせないものとなっているし、『人間との勝負』でも、将棋やチェスといったゲームにおいて、名人と互角に渡り合うほど強くなっているというではないか。それでもまだコトバというものは、コンピュータの手に負えないほど奥の深いものらしい。
仔細にチェックすれば、自動翻訳にどういうクセがあるのか、どこに弱点があるのかといった改善すべき点が見えてくるように思う。またイタリア語・スペイン語のように、ごく近い間柄にある言語か、相互の繋がりが薄いものとでは翻訳の出来具合がかなり違ってくるのではないかと思われる。
もちろん、先に挙げたラテン系言語同士ほど近似した関係にある言語ではなくても、商業的に需要が高く、開発側も資金やエネルギーを注入しやすいもの、例えば日本語・中国語、日本語・韓国語の自動翻訳は、完成度がかなり高いものとなっていることだろう。
言語間の翻訳はともかく、ウィンドウズに標準装備されている日本語入力システム、マイクロソフトIMEの漢字変換機能はいつまで経ってもなかなか改善させていないようでイライラすることがよくある。それがゆえにわざわざジャストシステム社が『日本語入力ならば我が社の製品のほうが断然優れていますよ』と同社の入力システムATOKを勧めたりすることができるし、これを用いたタイピングのスムースさに感激した消費者が購入したりするわけである。
アーンドラプラデーシュ州首相のヘリコプター失踪事件から始まり、そんなこんなで取り留めのない話になってしまったが、私たち人間が用いる生身の言葉には、進化著しいITの力をもってしても、ちょっとやそっとではカバーしきれない深遠なるものがあることに、畏敬の念を抱いてしまう。もちろんこれとて、あと向こう10年ほどの間にずいぶん事情が変わってしまうのかもしれないが。 -
世界へ広がるキングフィッシャー
航空不況の中、意欲的に国際線進出を進めるキングフィッシャー・エアラインス。6月に『国際線もキングフィッシャー!』で取り上げたとおり、すでにバンガロール・ロンドン、チェンナイ・コロンボ、コールカーター・ダーカー、コールカーター・バンコク、バンガロール・ドバイといった路線を展開している。
9月15日からはムンバイー・香港、翌日16日からはムンバイー・シンガポール間をいずれも毎日往復するようになる。これらに加えて近いうちにムンバイーからバンコク、コロンボ、ドバイへ、デリーからもロンドン、ドバイ、バンコクへの乗り入れが計画されている。
それらだけではない。将来的には国外への発着が予定されているインドの都市はアムリトサル、コーチン、ハイデラーバード、トリバンドラムなどがあり、就航先も長距離のルートでは、アメリカのニューヨーク、サンフランシスコ、カナダのトロント、ヴァンクーヴァー、欧州ではジュネーヴ、マドリード、アムステルダム、オーストラリアのシドニー、南アフリカのヨハネスブルグへの乗り入れを視野に入れているという。
中・近距離においては、中国の北京、広州、上海、湾岸諸国ではドーハ、シェルジャー、マスカット、バハレーン、マレーシアのクアラルンプルなどが候補地に挙がっているとともに、SAARC加盟の近隣国でもネパール、モルジヴ、パーキスターンへの乗り入れが検討されている。
上記のプランが、いつごろまでにどの程度実現するのかはまだよくわからないが、昨年9月にバンガロール・ロンドン便で国際線デビューを果たした同航空会社が、今年9月中旬までに海外に7都市(ロンドン、コロンボ、ダーカー、ドバイ、バンコク、シンガポール、香港)の就航先を持つに至るという勢いには驚かされる。
世界的な不況の中、多くの航空会社がリストラに励んでおり、減便や就航先の縮小といったニュースに事欠かない昨今、キングフィッシャーの拡大攻勢には『本当に大丈夫なのか?』という気がしなくもないが、こうした情勢をよそに国際的にも知られたキャリアへと成長していくのだろうか。今後も同社の進展には注目していきたい。 -
インド検定
インド検定というものが始まるのだそうだ。
検定という名前が付いていても、本格的な資格を得られるものではなく、インドに関するクイズの類のようだ。インド株で運用する投資信託を日本で扱う会社が開設し、インド・ビジネス・センターに運営を委託したものである。
その『検定』は、初級、中級、上級と三段階に分かれている。初級以外は現在まだ準備中である。
体験版も用意されており、こちらは特に会員登録することもなく無料でトライアルできる。
まだ正式にスタートしていないようなので何ともいえないが、あちこちで××検定という文字を見かける検定ブームの昨今、ついにインドを題材にしたものが登場したということになるのだろう。
だがこれをきっかけに、インドの歴史、文化、社会、政治等各方面に関心を持つ人が増えてくるならば、とても喜ばしいことである。
