残念なことではあるが、おそらくチベットはこのままの状態でさらに時代は下り、やがてダライ・ラマがこの世を去るときがやってくる。後継者問題、誰がチベット亡命社会を率いることになるかという問題が生じる。
亡命市民たちも同様だ。在外チベット人社会、とりわけその大半が集中するインドにおいても、世代交代が進んでいく。やがて亡命者社会の中核を担う人々のほとんどが『祖国チベットでの生活』『逃避行と亡命先での定着過程』を体験していない世代となるどころか、亡命第一世代もごくごく稀な存在となる日がくる。
日本で鮮明な戦争体験を持つ世代、従軍した経験を持つ世代が次々に鬼籍に入るようになっている。年を追うごとに、戦争を自らの体験として記憶する世代が姿を消している。すると、反戦・平和思想がかけがえのないものである、憲法第九条は、不戦の誓いとして私たちが世界に誇るべきものであるといった『常識』に異を唱える声とともに、先の戦争を再評価しようという動きが次第に広がりつつある。
チベットにおいては祖国、日本においては太平洋戦争と、前者においては祖国、後者においては戦争に対する、どちらも実体験を持たず、見聞による知識のみの人々が、それらのテーマについて、今後どういう扱いをしていくのだろうか。おそらくこれらを実際に体験した世代とはずいぶん異なる考え方をするのではないかと思われる。
もちろん時代が下ってからも、チベットからインド方面への亡命者の流れは細々と続いているとはいえ、数十年に渡って定住しているコミュニティのイニシャチブを新参者の少数派が握るということは、よほどのことがない限りあり得ないことだろう。
かくして刻々と年月は経過していき、中国・台湾がそうであるように、韓国・北朝鮮もまたそうであるように、もともと同国人のはずであっても異なる体制下に暮らすことが長年固定化されると、お互いに『同胞・・・でも限りなく外国人』という存在になってくる。
仮に、中国政府が奇跡的に態度の軟化を見せて、ダライ・ラマが中国に対して求め続けている『高度な自治』が実現されたとしても、これまで経過して長い長い時間という大きなハードルは越えがたいものがある。
このままの状態のまま、あと一世代分くらいの時が経てば、在インドのチベット亡命社会は、事実上『例外的に無国籍のインドの少数民族』となってしまうのではないだろうか。いつかは祖国に帰還することを望んでいても、緊急避難的にテント生活でもしているのならともかく、すでに長年に渡って居住国に確固たる生活の基盤を築き、複数世代定着してきた後に、地縁・血縁も希薄になった父祖の故郷に戻ってうまくいくとは思えない。
仮に思い切って『帰国』してみたところで、これまで生活してきた場所とはまったく勝手の違う環境で苦労するだろうし、『文化の違い』から地元の人々との摩擦も必ず起きるだろう。
いつか確実に、亡命社会のありかたそのものを考え直すべきときが確実にやってくるはずだ。それはコミュニティ全体のことでもあり、それを構成する個々人の問題でもあるのだが、同時に難民として彼らを受け入れているインドもまた、彼らの立場について真摯に再考しなければならないことになるだろう。
チベットの立場に関して、ひとつの大きな困難な障害は、広大な国土と膨大な人口を抱える占領国、中国国内に声が届かないことだ。そもそも言論の自由のない国なので、私たちの考えるような世論は存在しえない。報道の自由もなく、厳しい検閲と言論統制がまかりとおっていることだ。
中国の人々に、チベット問題について認識を深めてもらい、中国内の世論の動きによって、この問題が解決・・・とまではいかなくとも、自らが改善の方向へと動き出すことがあれば良いのだが、残念なことにそういうシステムにはなっていない。