現代を生きるムガルの『王女』

コールカーターのスラムに暮らすマードゥーという33歳の文盲の女性が、政府系企業のCoal India Ltd.で小間使いの仕事を得たことにより、極貧生活から救われるという記事がメディアに取り上げられていた。
なぜそんなことがトピックになるのかといえば、ムガル朝につながる『世が世なら・・・』彼女の家系がその理由だ。この女性は1857年の大反乱に加担したかどでビルマのラングーン(現ビルマのヤンゴン)に流刑に処せられたムガル朝最後の皇帝バハードゥル・シャー・ザファルから数えて五代目の直系に当たるという。これまで彼女は母親のスルターナーとともにとコールカーター市内でチャーイの屋台を営んでいたのだそうだ。
これまでもメディアで幾度かムガル皇帝の末裔たちを取り上げたニュースを幾度か目にした記憶がある。政府の下級職であったり、下町の小さな部屋を家族とともに間借りしていたりと、すっかり庶民の大海の中のひと滴となっており、昔日の栄華をしのばせるものは何もなくなっている。
この『救出劇』は、デリー在住のジャーナリストの働きかけによって実現したものであるが、150年以上も前の大反乱の旗印に担ぎ出された老皇帝の子孫の『名誉回復』の背後には、政治的な背景や意図もあるのかもしれない。なんでも西ベンガル州の石炭担当の大臣から直々に辞令が手渡されるのだというから、まあ大したものだ。
その女性、マードゥーの就職先は、1773年にベンガル初代総督ワレン・ヘイスティングスの命により、現在の西ベンガル州のラーニーガンジに開かれた炭鉱に端を発する歴史的な企業体であり、ムガルを滅ぼしたイギリスとの因縁めいたものを感じなくもない。
しかしながら直系の末裔といえども、ムガルの末代皇帝から数えて五代目という血のつながり以外には、先祖から輝かしい文化や伝統を受け継いできたわけでもなく、ただ『ムガルである』がゆえに救いの手が差し伸べられるというパフォーマンスに対して大いに違和感を抱かずにはいられない。
それまで誰も知らなかったまったく無名の人物が、こうして多くのメディアに取り上げられるのは、やはりムガルであるがゆえの潜在的な話題性のためである。
余談になるが、時代の流れの中で世襲の地位や権力を失っていった支配者層でも、後に政治家に転進したり、実業界等に活路を見出したりした名門は珍しくないものの、対抗する勢力により一気呵成で滅ぼされた王朝の子孫は、たとえ命ながらえても世間の大海原の中に姿を消していくのが常だ。
日本での知人の中に、清朝の皇帝の末裔がいる。十数年前に日本に渡ってきたときから知っているが、中国ではごく普通のつつましい市民であったようだ。言うに及ばず文革期に彼の一族は、庶民よりはるか下の非常に厳しい環境に置かれていたと聞いている。
ムガル朝が滅亡しようとも、清朝の歴史に終止符が打たれようとも、それぞれの子孫が生きている限り、たとえそれを記録していようがいまいが、家族史は連綿と続いていく。また偉大な王朝の末裔であるという『事実』は、その家系に連なる人々を除き、他の誰にも手に入れることができないものであることは間違いない。
Mughal emperor’s descendent gets a job (The Times of India)

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