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カテゴリー: cinema

  • Big B 70歳の誕生日

    Big B 70歳の誕生日

    アミターブ・バッチャン

    本日10月11日は、Big Bことアミターブ・バッチャンの70歳の誕生日。

    Big stars at Big B’s birthday bash (NDTV)

    70 के हुए बिग बी, दी शानदार पार्टी (NDTV)

    誕生パーティーには、今をときめくボリウッドのスターその他の映画関係者、政治家、財界人など、様々な顔ぶれが集まる様子が映像で流れていた。

    こちらは70歳の誕生日を迎えたBig Bのインタビュー映像。

    I worked for Rs. 50: Big B, now 70, on his career (NDTV)

    永遠のヒーロー、Big B自身も近年はずいぶん老けたなぁとは思うが、それでも彼が放つオーラは衰えることがない。さすがは稀代のスーパースター、アミターブ・バッチャンだ。

  • インド系イベントが続く10月

    近年、ある日を境に突然季節が改まることが多くなったように思う。9月23日には東京をはじめとする関東地方で朝から雨が降っていたが、気温がかなり下がっていた。

    外出すると、前日までの盛夏と同じ装いから一転して、セーターや薄手のコートをまとって外出する人たちの姿が目に付いた。翌日9月24日は前日とは打って変わり、すっきりと晴れ渡った青空とひんやりした空気。誰もが「秋が来た!」と実感したことだろう。

    今後しばらくは、心地よい気候がしばらく続くことになるが、そんな中でインド関係のイベントがいくつか予定されている。

    ディワリ・イン・ヨコハマ 【10月13日(土)・14日(日) 横浜・山下公園】

    インディアフィエスタ2012【10月20日(土) 東京都中央区・築地本願寺】

    東京ディワリフェスタ西葛西【10月27日(土) 東京都江戸川区・新田6号公園】

    屋外イベントをのんびりと心身ともにリラックスして楽しむことができるのはこのあたりまでで、以降は屋外でじっと留まるにはそれなりの気合いと防寒の備えが必要になってくる。

    アウトドアでの催しではないが、インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパンにも大いに注目したい。近年公開された秀作が一気に上映されるため、東京・大阪で今どきのボリウッドのトレンドを感じるには良い機会だろう。10月6日(土)から12日(金)まで。東京の会場はオーディトリウム渋谷、大阪の会場はシネ・ヌーヴォだ。上映スケジュールは東京と大阪で異なるのでご注意願いたい。

  • Namaste Bollywood #34

    Namaste Bollywood #34

    Namaste Bollywood #34

    Namaste Bollywood#34が発行された。今号ではボリウッド映画界とベンガルとの繋がりに焦点が当てられている。

    近世以降、文学、絵画、演劇といった様々な方面の芸術が豊かに花開いてきたベンガル地方由来の小説を下敷きにしたボリウッド作品はいろいろある。そうした文化的な背景もあってのことかと思うが、ベンガル出身あるいはベンガル系の血筋の演技者も多い。ベンガル出身の芸術映画、左派映画の製作者も多いことは広く知られているが、たぶん製作者以外にも映画関係で撮影や舞台装置その他の技術系の仕事に携わる人の中にもベンガル系の人々が占める割合は少なくないことだろう。

    さて、今号には日本のボリウッド映画ファンが、決して見逃すことのできない大変重要なニュースが掲載されている。10月6日(土)から12日(金)に渡って開催されるインディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン。東京の会場はオーディトリウム渋谷で、大阪の会場はシネ・ヌーヴォである。この期間中に上映される映画は合計23本。どれも選りすぐりの素晴らしい作品だ。東京と大阪とで、それぞれの作品の上映日時が異なるのでご注意願いたい。

    過去の『インド映画ブーム』により、ある程度以上の年齢の日本人観衆の間に定着してしまったインドの娯楽映画に対する「単純明快」「勧善懲悪」「唐突に挿入される歌と踊り」「ハッピーエンド」等々の紋切型かつどれもがB級、C級といった誤ったイメージを払拭(そうしたイメージを抱いて映画祭を観賞した人はこれまでと考えを180°転換させることだろう)して、個々の作品のクオリティの高さを正当に評価するきっかけになることを願っている。

  • Namaste Bollywood #33とJ-one 第3号

    Namaste Bollywood #33とJ-one 第3号

    今回で第33号となるNamaste Bollywood。特集記事『ボリウッドのBはビューティーの』と題して、ミスコン出身女優たちが取り上げられている。

    さすがに美の大国だけあり、神々しいまでに麗しい女優たちが多いボリウッドの世界だが、その中でミス・ワールド、ミス・ユニヴァースといったトップレベルのミスコンでの受冠経験を持つ女優は多い。

    だがミスコンの肩書は、映画界入りの際の看板にはなるものの、ただ美しいだけで成功できるわけではない。演技者しての高い技量、内面的からにじみ出る魅力、そしてカリスマ性といった要素に加えて、苛烈な競争の映画界で巧みに生き抜く「営業力」や「政治力(のようなもの)」を備えてこそ、スターとして輝くことができるのだ。

    嬉しいニュースも掲載されている。Ra. Oneの日本公開のお知らせだ。ボリウッド好きの人たち以外の間での関心度は今のところ無に等しいかもしれないが、公開が始まってから口コミその他で注目度が急上昇しそうな気がする。夏休みの映画の最大の目玉のひとつとなるのではないかと予想している。

    今号の「ボリウッド千夜一夜」は怪談仕立て。内容についてここで触れるわけにはいかないが、ぜひとも本誌を手に取って楽しんでいただきたい。

    社会問題をテーマにしたANTAR DWANDのDVDについても触れられている。TIRAKITAにてレンタル・サービスが行われているとのことで、こちらもぜひ利用したい。

    Namaste Bollywoodと同じくスタジオ・サードアイによるJ-one第3号もすでに発行されている。「ライフワーク企画 福島と生きる」「相馬高校放送局 今伝えたいこと」「劣化ウラン弾と内部被曝」等々、見出しを眺めただけでも中身の濃い内容が目白押しであることがうかがえるだろう。

    大飯原発の再稼働をめぐる政府のスタンスを見ていると、あたかも福島第一原発の事故後しばらく続いた「脱原発」の方向にあるかのように見えた一連の対応は、あくまでも世論を宥めるためのパフォーマンスに過ぎなかったのかと、忸怩たる思いを抱かずにはいられない。世界を震撼させる大事故であったにもかかわらず、そこから有益な教訓を得て変革を図ることなく、旧態に戻そうとするこんな政府に、この国の将来を託してよいのだろうか。

    変化を求める民心を惹きつけて政権交代を実現させた民主党だが、肝心の民意は彼らに届かない。党の迷走ぶりと合わせて、今から思えば、あれは一体何のための総選挙だったのかと思う。

  • SHOLAYが3Dで蘇る

    1975年に公開されたラメーシュ・スィッピー監督による映画SHOLAYといえば、インド映画史上最大のヒット作のひとつ。今も燦然と輝く金字塔的な存在だ。

    若き日のアミターブ・バッチャン、ダルメーンドラが出演し、この映画の制作を通して、前者とジャヤー・バッチャン、後者とヘーマー・マーリニーというビッグなカップルが二組も誕生した。

    ダルメーンドラについては、当時すでに妻子持ちであったのだが、最初の結婚を解消することなく、ヘーマー・マーリニーを娶るという離れ業?を遂げている。おそらく家庭内では大変な騒動になっていたのではないだろうか。

    ダルメーンドラと同じく俳優のサニー・デーオールとボービー・デーオールは最初の結婚で出来た息子たち。女優として活動しているイーシャー・デーオールは、彼らの異母妹にあたる。

    アミターブ・バッチャンとダルメーンドラという、当時の若きヒーローたちの存在に加えて、SHOLAYを歴史的な大作の地位にまで押し上げたのは、二人が演じる主役との対立軸に、悪役の中でも迫力に抜きんでた名優アムジャド・カーンがいたからだろう。彼が演じた役柄「ガッバル・スィン」は、名前そのものが悪漢、盗賊の代名詞のようになったほどだ。

    SHOLAYのリメークとして、近年はラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督のAAGが話題になったが、1991年にはパロディ作品でRamgarh Ke Sholayというコミカルなもの(低予算な映画だが面白かった)もあった。隣国パーキスターンでも、似たような映画が制作されていたようだし、インド国内でも、地方映画でこれに触発された作品があったのではないかと思う。

    今年8月には、本物のSHOLAYが3D化されて公開予定。封切りは、8月15日。インドの独立記念日である。老若男女、誰もがよく知っている映画ではあるが、再度大きなヒットを期待したい。

    Gabbar Singh set to return on screen, this time in 3D (India Today)

     

  • The Lady

    The Lady

    The Lady

    今年7月21日(土)から、映画The Ladyがi日本で公開される。

    母国ミャンマー(ビルマ)の民主化を目指して長い闘いを続けているアウンサンスーチー氏とその家族愛を描いた作品だ。

    英語によるインタビュー映像しか見たことがない(私はビルマ語はわからないので・・・)が、上品な物腰とウィットに富んだ受け答えには誰もが魅了される。スレンダーな外見からは想像できない闘志と粘り強さを発揮して民主化運動を率いてきたスーチー氏の努力がようやく報われようという動きになってきている今、ミャンマーが今後本当に良い方向に動いていくことを願わずにはいられない。

    建国の父、アウンサン将軍の娘であることによるカリスマと責任感はもちろんのこと、彼女自身の持つ人間的な魅力とこれまでの行動により示してきたリーダーシップと高潔さについて、誰もが称賛を惜しまない。ミャンマーの人々の間での支持とともに、遠く離れた家族との絆と信頼もまた、彼女を力強く支えてきたのだろう。

    この夏、より多くの方々と感動を分かち合いたい。

  • Namaste Bollywood #32

    Namaste Bollywood #32

    今号は、日パ国交60周年記念と銘打って、昨今のパーキスターン映画界の特集が組まれている。

    かつては地場の映画製作が不振で、年を追うごとに映画館の数も減少といった有様が伝えられていたものだが、2007年公開のKHUDA KAY LIYEで、同国の映画界の潜在力を改めて見直した人は少なくないだろう。私自身もその映画を鑑賞して、パーキスターン映画もあなどれないと実感したクチである。その他、近年は国際映画祭でも注目を浴びた作品も複数あり、昨年インドでも公開されたBOLのようなヒット作もある。

    今号の記事によると、それらに加えてこのところは前述のボリウッドの二番煎じにもなかなか秀作が多いらしい。これらを観る機会があまりないのは残念な限りである。

    パーキスターンの映画製作の中心地、ラーホールの「ロリウッド」、カラーチーの「カリウッド」、どちらもボリウッドほどのタイトルの豊富さや多彩さは期待できないにしても、このところ秀作が続々出てきているとなると、やはりこの地域の映画に関心を持つ者としては非常に気になる。

    ところで、ボリウッド映画の公開本数が非常に少ない日本ではあるが、埼玉県に「インド映画専門」で上映する映画館が出来ている。ただし、現在までのところボリウッド映画の上映は行っていないようで、公開しているのはテルグ映画のようだ。今後の進展に期待したい。

  • ネパール映画上映「बाटोमुनिको फूल」邦題「道端の花」

    ネパール映画上映「बाटोमुनिको फूल」邦題「道端の花」

    बाटोमुनिको फूल 邦題:道端の花

    2月26日(日)に、埼玉県川越市の市民会館大ホールにて、ネパール映画が上映される。

    映画タイトル:बाटोमुनिको फूल (BATOMUNIKO PHOOL) 邦題「道端の花」(2010年公開)

    地理的にも文化的にもインドの強い影響を受けてきたネパールらしく、この作品もインドの娯楽映画的なカメラワーク、演出、サウンド等々を駆使したものであり、亜大陸の映画文化圏の広さと懐の深さを感じさせるものがある。

    内容は、幼馴染の男女ふたりをめぐるラブストーリーをベースにしているが、カースト差別による苦しみ、それを長年に渡り人々に強いてきた社会、変革を訴えてきた上位カーストの「活動家」の欺瞞等々を様々な角度から描いた社会派的な作品でもある。

    ネパールは、小さな山国ながらも多民族・多文化・多言語が共存し、豊かな多様性に満ちた小宇宙のような広がりと奥行を持つ国だ。そうしたリッチな文化環境を育んできたのは、この社会を構成する沢山のコミュニティであり、それぞれの伝統が引き継がれてきたがゆえのことだろう。だが同時にそうした個々のコミュニティの確固として存在するがゆえに、差別というネガティヴな面も生み、その違いを固定化することにもつながる。

    製作者は、ダリットをはじめとする低位カーストの人々に対する差別を、異なるカーストの男女の悲恋という形で映画に表現したが、これを持って言わんとしているものは、この国の社会に対するもっと大きな訴えであるように思える。

    低カースト救済を看板にした欺瞞、カーストをベースにして社会を分断してしまう政治、あるイデオロギーのもとに低カーストの支持を集めて、そのイデオロギーの根源たる外国に対して自国を売り払おうとしているかのように見える勢力、混迷を極めて出口の見えない政争の世界・・・。

    ダリット役の青年やその家族が、風貌も暮らしぶりも、とてもそれらしくは見えないとか、ストーリーの展開にやや唐突なものがあるとか、いろいろ感じることはあるかもしれない。これもまた、独自の事情や背景があってのことと受け入れて、じっくり鑑賞したい。

    美しい映像を楽しむのもよし、悲恋のストーリーに涙するのもよし、胸の中で製作者の意図や社会的背景を思うもよし。私たちそれぞれが、個々の感性でこの作品を鑑賞したい。ネパール映画で初めて、日本語字幕スーパー付きでの公開であるとのことだ。

    チケットについてのお問い合わせは、Asia Friendship Associationまで。

    ※『インパールへ4』は後日掲載します。

     

  • Namaste Bollywood #31

    Namaste Bollywood #31

    Namaste Bollywood #31

    今年最初の号となるNamaste Bollywood#31は、日本がインド、パーキスターン、スリランカの三国と国交を樹立して60周年ということにちなんで、巻頭特集は『日梵六十年の軌跡』だ。

    戦後の日本での最初の公開となった1950年代の『AAN』から始まり、60年代、70年代、80年代・・・と、ボリウッド映画で日本にちなんだ作品、日本で公開されて評判となった作品等が取り上げられている。

    ボリウッド作品ではなく、隣国ネパールの映画が字幕付きにて、東京都内で公開されるとのありがたい情報も。ただし、これは1月28日の16時と19時からのみという極めて限定的な上映。記事のネタバレになってしまうが、時間が迫っていること、日本においては非常にレアな機会でもあることからこの場でぜひご紹介させていただきたい。下記リンク先には、上映スケジュールとともに予約方法も記されている。

    ネパールの映画「道端の花」(アップリンク・ファクトリー)

    イベント関係では、福岡アジア美術館にて開催されている(会期:1月21日~3月11日)『魅せらせて、インド。―日本のアーティスト/コレクターの眼』という企画展のことも取り上げられている。個人的には、この記事の中にグレゴリ青山氏のマンガが挿入されていたのが嬉しかった。昨年末の号で休刊となった雑誌『旅行人』に書いていらしたころからのファンなのである。

    さて、2012年にはどんなボリウッド映画が上陸してくるのか、どの作品が高い評価を得るのだろうか。日本全国各地で『Don 2』のようなヒット作が劇場公開されて、それなりの評判と興行成績を収めることができるような環境になってくれるとありがたいのだが。

    まさにそのためにも、日本国内で日本語とグラビアを用いて、ボリウッド映画の魅力と最新のトピック等を伝えるNamaste Bollywood誌が担う伝道師としての役割は大きい。

    同じく今年1月に、Namaste Bollywood誌と同じくスタジオ・サードアイによる「これからの生き方と未来を探る支援型新雑誌」J-one 2が発行されている。こちらについては、後日ご紹介することにする。

     

  • Netaji Subhas Chandra Bose: The Forgotten Hero

    Netaji Subhas Chandra Bose: The Forgotten Hero

    非常に遅ればせながら『Netaji Subhas Chandra Bose: The Forgotten Hero』をDVDで観た。公開されたらぜひ観たいと思っていたもののタイミングを逸し、その後は年月ばかり過ぎてしまっていた。ちょうど終戦記念日あたりということもあり「そういえば観てなかったな・・・」とこれを購入して、自宅で鑑賞してみることにした。

    今年12月には76歳の誕生日を迎える巨匠、シャーム・ベネガル監督が手がけた映画だ。彼の比較的最近の作品では『Well Done Abba! (2009年)』『Zubeidaa (2001年)』等があるが、昔から『Ankur (1974年)』『Nishaant (1975) 』等々で海外からも高い評価を受けてきた。個人的には『Mandi (1983年)』と『Trikal (1985年)』にとても感銘を受けた。とりわけ後者は、映画の制作国を問わず私が最も好きな映画のひとつである。

    音楽を担当しているのもA. R. レヘマーンということ、4時間近い大作であることなどから、期待するものは大きかったが、公開時はもちろんのこと、DVDが発売されるようになってからも、特に理由はないのだがこの作品に触れることなく過ごしてきた。

    細かな部分では、主役のボースがビルマ(現ミャンマー)のラングーン(現ヤンゴン)でムガル最後の皇帝、バハードゥル・シャー・ザファルのダルガーに詣でる様子(当時彼はここを訪れたことになっているがインド政府の援助によって現地にダルガーが建設されたのは比較的最近のことであり、当事は存在していない)やビルマ人の習俗がベトナム風(?)になっていること等々、妙な部分は散見されるものの、映画としてはきちんとまとまっていた。

    イギリスの圧政への抵抗とそれに対する弾圧に対し得るのは武力であると確信したボースがガーンディーと袂を分かち、The Great Escapeとして知られるカルカッタ(現コールカーター)自宅軟禁下からの脱出劇と、それに続く精力的な活動が描かれている。

    カルカッタの自宅から忽然と姿を消して、アフガニスタンのカーブルへ、そしてドイツ、さらにはソ連を目指すものの、ドイツと同国が交戦に入ったことから断念した。その結果、日本、シンガポールへと移動し、マレー半島で日本に屈した英軍インド兵や現地在住インド系の人々からのボランティアを募り、INA(インド国民軍)を結成。日本軍とともにビルマ経由でインパールを目指し、さらに西進してデリーを目指そうという壮大な計画を実行に移した。

    そうした中で、INA内部での北インド系兵士に対する南インド系兵士(後者はマレー半島在住でボースの呼びかけに応じて参加した素人たちが多かった)の確執、INAを自軍の末端組織としてしか見ていない日本軍に対し、募っていくボースの不満と不信等々、要所を押さえて描いていてある。

    最後まで観てみて、ドキュメンタリー的なものとして観れば決して悪くない作品だと思った。しかし残念ながらそれ以上の印象はあまりない。今でもとりわけベンガル地方では『ネータージー』として慕われているスバーシュ・チャンドラー・ボースという人物の大きさが伝わってこないからだ。

    以前、『テロリズムの種』として取り上げてみたアーシュトーシュ・ゴーワーリカル監督の映画『Khelein Hum Jee Jaan Sey』同様に、独立の志士を取り上げた作品としては、いまひとつ不完全燃焼といった感じがする。

    ところで作品中では、彼がドイツ滞在中に秘書をしていたエミリーというオーストリア人女性と結婚して娘をもうけたことが描かれているが、そのボースの娘アニター・ボースは現在ドイツでアウグスブルグ大学経済学部教授となっている。

    彼女の写真を見ると、眼差しには父親の面影が濃く漂っているようだ。彼女には夫との間に子供が三人あり、アルン、クリシュナ、マーヤーと、インド風の名前を付けている。

    ガーンディーその他の人物や所属していた国民会議派との関係等から、ボースに対する評価については微妙な部分があるものの、インド近代史の中で燦然と輝く偉人の一人であることについては間違いない。

    晩年の彼が国外で指揮した武闘路線自体が、彼の母国の独立に対してどれほどの効果をもたらしたかについては様々な論のあるところであるが、敗走後に捕らえられた将兵たちを反逆罪で裁こうとする中での反英機運の昂揚は、イギリスによるインド支配に対する最後の一撃となったという間接的な側面を高く評価する向きもあるようだ。

    独立はともかく、INAに参加した人たち、その家族たちに対しては例えようもない直接的な影響を与えたことは間違いない。行軍や戦闘の中で、また日本軍とともに侵攻していったインパール作戦の失敗による敗走の中でおびただしい数の死者を出している。

    『安定した職場』として忠実に勤務してきた英軍が日本軍に負け、敗残兵として囚われの身になる中で、高邁な志というよりも、少しでもマシな待遇を求めてINAに参加した者、成り行きからそうせざるを得なくなった者は多かっただろうし、現地在住者の中から応召したインド系の若者たちは純粋に『自由なインド』を信じて、海の向こうの祖国からやってきた『偉い人』の後に付き従ったことだろう。

    ところで映画の主人公のネータージーが闇夜に紛れて脱出した自宅は現在、ネータージー・バワンとして公開されている。彼が寝起きした部屋が保存されているとともに、屋敷内の各部屋にはネータージーにまつわる数々の写真、ビデオ、身の回りの品々等が展示されている。多少なりとも関心があれば、カルカッタを訪れた際にはぜひ見学されることをお勧めしたい。ここでは彼にまつわる書籍やビデオ等も販売されている。これを運営するNetaji Research Bureauのウェブサイトでもそのごく一部を閲覧することはできる。

    彼の残した偉業の影には、今の私たちには見ることのできない甚大な犠牲者たちの姿がある。平和な今という時代に生まれたことに感謝するとともに、ネータージーという類まれな偉人と彼が率いたINAがインド近代史に与えた影響について静かに考えてみたい。

  • Namaste Bollywood #29

    Namaste Bollywood #29

    震災復興支援活動のため、前号から全4ページに減らしての発刊。ボリウッド映画への熱い想いはとても収まり切らず、誌面から滔々と溢れ出ているといった感じだ。

    同誌のウェブサイトでは、『Real Voice from the Bollywood』というコーナーが設けられ、銀幕のスターたちのTwitterによるつぶやきがリアルタイムにアップロードされるようになり、彼らの今の思いを垣間見ることができるようになった。

    今回の特集は『ボリウッドが教えてくれる映画愛』だ。近年の恋愛ものの映画はもちろんのこと、アイシュワリヤの妊娠でついに『おじいちゃん』になるアミターブ・バッチャンについても触れられている。

    これまで巻末を飾ってきたボリウッド映画界の親戚・縁戚関係を綴るBollywood Filmy Pedigreeはお休みだが、今回は『Disco Dancer』という本の紹介に注目。1982年に同タイトルで公開された当時記録的にヒットした映画を紹介した本で、若き日のミトゥン・チャクラボルティーが主演。

    90年代以降、大きく変化してきたインド映画の過去を、ときには振り返ってみるのもいいだろう。

  • テロリズムの種

    テロリズムの種

    このところいくつかベンガル関係ネタが続いた。そのついでにベンガルを舞台にした映画について取り上げてみることにする。

    アーシュトーシュ・ゴーワーリカル監督の映画『Khelein Hum Jee Jaan Sey』(生死の狭間で)は半年以上前に公開された作品であるが、遅ればせながらこの映画について思ったことを綴ってみたい。

    この映画は1930年にチッタゴン(現バーングラーデーシュ東部の港町)で実際に起きた武装蜂起事件を題材にしたものである。

    反英革命を夢見る活動家集団に、サッカーに興じるグラウンドが英軍のキャンプ地として収用されてしまったことに不満を抱く少年たち等が加わり訓練を施された。少年たちは資金調達にも協力している。

    彼らはわずかな武器類を手に、夜陰に紛れて軍施設、英国人クラブ、鉄道、電報局等を襲撃する計画を実行に移す。軍施設でも武器庫に押し入ったものの、弾薬類がどこに保管されているのかわからず、その晩は聖金曜日であったため、クラブから英国人たちは早々に帰宅してしまっており肩すかしを食うこととなった。

    そのため現地駐在の英国の植民地官僚や家族などを人質にして、軍施設から奪った武器弾薬類で革命を拡大させていくという目論見は大きく外れる。事件勃発直後にすぐさま反撃に出た英軍(もちろん幹部を除いて大半の指揮官や兵士は同じインド人たちである)を前に貧弱な装備のままで蜂起グループは敗走することになる。近代的で豊富な軍備を持つ軍により、メンバーは次々に殺害・拘束されていき、蜂起の首領たちは潜伏先で軍に生け捕りにされる。

    蜂起に加わった一味は、裁判にて流刑、首謀者たちは死刑を宣告される。チッタゴン中央刑務所に収容された蜂起のスルジャー・セーンと革命の同志は、ある未明に刑務所内の処刑場に連行されて絞首刑に・・・といった筋書である。

    ヒンディー語による作品であるが、舞台がベンガル地方であるため、ところどころベンガル語による会話が挿入されたり、登場人物や地名等の発音がベンガル風になっていたりして、それらしきムードを醸し出すようになっている。

    アビシェーク・バッチャン演じる主役の元高校教師の革命家スルジャー・セーンは、映画では触れられていなかったが国民会議派の活動家としての経験もある。1918年にインド国民会議派のチッタゴン地域のトップに選出されたこともあり、なかなかのやり手だったのだろう。ベンガル地方東部の田舎町を拠点にしていたとはいえ、後世から見たインドの民族運動の本流にいたことになる。

    だがその後、思想的に先鋭化していった彼は武闘路線を歩んでいくこととなる。1923年にベンガル地方の主にヒンドゥー教徒たちから成る革命武闘集団、ユガンタール党のオーガナイザーのひとりでもあり、地元チッタゴン支部で活動しており、この映画で描かれた1930年4月に発生したチッタゴン蜂起の首謀者となった。

    インドの記念切手

    ちなみにインドでスルジャー・セーンは、1978年に記念切手に描かれたことがあり、バーングラーデーシュでも彼の生誕105周年にあたる1999年に記念切手が発行されている。

    時代物の映画はけっこう好きなのだが、こうした愛国的な内容のものとなると、そこにはやはり制作者と『国家意識』のようなものが色濃く反映されることになるため、第三者の私のような者が鑑賞すると咀嚼しきれないものがある。

    舞台設定のすべてが史実に基づいているのかどうかはよくわからないのだが、年端の行かない10代の少年たちを巻き込んで、軍駐屯地を襲撃して奪った武器弾薬をもとに革命を拡大させるという、あまりに稚拙な計画といい、聖金曜日を知らないという無知さ加減といい、天下を取ることを企図していたにしては、あまりにお粗末である。

    それはともかく、絞首台に上ったスルジャー・セーンの目には、刑務所の建物に翻るインドの三色旗の幻が描かれているが、1947年に東パーキスターンとしてインドから分離独立、そして1971年にパーキスターンから独立して現在のバーングラーデーシュが成立している。つまりスルジャー・セーンと彼の仲間たちが闘ったその地に、結局インドの三色旗が翻ることはなかった。

    もちろん後の東パーキスターンとしての独立にも彼らの活動が寄与したとはいえず、反英闘争の中で儚くも志半ばにして消え去った革命の無残な失敗例である。ただし現在は外国となっている東の隣国で、かつてインド独立を夢見て闘争を展開した『同朋』たちを描き、印パ分離の不条理を訴えたものという見方はできるかもしれない。

    だがスルジャー・セーンという人物自体、英雄視されるにはちょっと疑問符の付く人物ではある。そのため武闘路線に走る性急な過激派のボスとそれに引きずり込まれていく無垢な若者たちという具合に見えてしまう。時代と思想背景は違っても、カシミール、パーキスターンその他でテロに走る若者たちが、そうした道を歩んでしまう背景にも、こうした『テロの種を蒔く』似たようなメカニズムがあることと思う。

    作品中でスルジャー・セーンは善人として描写されているため、これは制作者の意図しているものではないであろうが、この革命家の抱く大義を普遍的な英雄的行為として捉えることは難しい。

    この映画を観た結果、どうも消化不良なので、この映画の原作となった本『Do and Die: The Chittagong Uprising: 1930-34』(Manini Chatterjee著)を読んでみたいと思っている。

    蛇足ながら、作品中に少し出てくる鉄道から眺めたこの時代のチッタゴンについて少々興味深い点がある。下の鉄道路線図(1931年当時)が示すとおり、現在のインドのアッサムから海港チッタゴンをダイレクトに結ぶ旧アッサム・ベンガル鉄道会社によるメーターゲージの路線が走っており、経済・流通の関係では今のインド北東部との繋がりの深い地域であった。そのため印パ分離による経済面での不都合はアッサム・東ベンガル(現バーングラーデーシュ)双方にとって大きなものであることがうかがえる。

     

    1931年当時のベンガル地方の鉄道路線

     

     

    バーングラーデーシュ国鉄本社は首都ではなくチッタゴンに置かれており、現在の同国鉄路線図の示すとおり、国土の東側はメーターゲージで、西側は分離前にコールカーターを中心としてネットワークを広げていたブロードゲージがカバーする形になっている。

    バーングラーデーシュ国鉄路線図

    歴史的に異なる幅の軌道が混在していたインドでは、近年インド国鉄の努力により総体的にブロードゲージ化が進んできている。それとは逆にバーングラーデーシュではブロードゲージの路線にメーターゲージの車両が走行できるように『デュアルゲージ化』を進めてきた。ブロードゲージの軌道の中にもう一本レールを敷いて、メーターゲージの列車が走行できるようにしてあるのだ。

    バーングラーデーシュ側では、メーターゲージ路線の距離数のほうが多く、また資金面でも費用のかかるブロードゲージ化で統一することは困難であること、ブロードゲージのインド側から貨物列車で石材等の資材輸入等といった事情があるようだが、ゲージ幅の違いを克服するために両国でそれぞれ異なるアプローチがなされているのは面白い。