
世の中には切手やコイン収集など様ざまなコレクターがいるものだが、なんと航空会社の時刻表を収集している人たちもいて、世界各国の航空会社の古い時刻表等のイメージがアップされているウェブサイト「TimeTableImage.com」まである。
もちろん、長い歴史を持つエア・インディアの時刻表も載っている。
英領時代にスタートしたタタ・エアラインス(エア・インディアの前身)。1938年の飛行ルートは、本拠地であるボンベイを中心に西北と南に偏っている。まだ東部へのサービスは始まっておらず、カルカッタへは「就航予定」。ボンベイ―カルカッタ間(ナーグプル経由)のフライトがはじまるのは、さらに7年後の1945年である。
当時の空路は、デリー、マドラス、コロンボといった英領の大都市とともに、グワリヤル、ボーパール、ハイデラバードといった有力な藩王国、ポルトガル領のゴアなどをむすんでいる。ボンベイからアーメダバード経由でカラチに行く途中で、ほかの寄港地と比べ商業的に重要とは思えないブジ(ここも旧藩王国)にストップするのはちょっと興味深い。
独立直前の1947年6月のタイムテーブルでは、ボンベイーカラチ便の経由地からブジが抜け落ちている。ふた月後には別の国になってしまう両都市を、乗客たちはどんな想いで行き来したのだろうか。
おなじみターバンを巻いたおじさんのマスコットは、ユーモラスだけど、やたらと古臭い感じがするな…と思っていたが、1948年のエア・インディア・インターナショナル(現在のエア・インディア)の時刻表で、すでに使われているのだから、やっぱり相当年季が入っていることになる。
ここには2000年のものまで、時代を追って時刻表の表紙が掲載されているが、どれもカラフルでインドらしい図柄が使用されていて面白い。
時刻表のカバーひとつとっても、インディアン・エアラインスのほうはどうも素っ気ない。同じインドの政府系企業でもずいぶんカラーが違うものだ。
創業間もないころ、インドの空の旅の機内はどんな様子だったのだろうか。「むかし利用したことがある」という方があれば、ぜひお話をうかがいたい。
投稿者: ogata
インド代表チームがやってくる!
6月9日の夕方、埼玉スタジアムでジャナ・ガナ・マナと君が代が流れることになる。ご存知「2006 FIFAワールドカップ」のアジア一次予選グル−プ3のトップをめぐり、二勝無敗で独走する日本と、一勝一敗で三位につけているインドが対戦。試合の様子は夜7時からテレビ朝日系列で生中継される予定だ。

FIFAランキングでは、格上のシンガポール(110位)を下す頑張りを見せたインド(139位)。アジアでは韓国と並ぶ強豪・日本(25位)との実力差は計り知れないが、W杯本大会出場常連国となりつつある日本チームを相手に、インドがどれだけのプレーを見せてくれるか期待したい。
何を隠そう昔はサッカー小僧だった私。間違っても、日本の引き分けや負けといった大失態は期待しないが、往年のインドファンとしては、インドが記録的な得点差で負けるなどという悲しい試合は見たくない…複雑な心境である。
試合内容とともに気になるのはスタジアムの観客席の様子。はるばる母国の代表チームがやってきても、クリケットとは違い、インドにおいてサッカー人気は特定地域に偏っている。頼みの綱は、IT系プロフェッショナルを中心とした在日カンナダ人(カルナータカ州出身)たちだが、あいにく試合は平日の夜。忙しい彼らが会場まで足を運ぶだろうか?インド代表ゲームシャツを身にまとい、三色の国旗をはためかせて熱く応援するインド人の姿を見れるのか?
この試合の後、9月8日に今度はカルカッタでインド側が日本代表を迎え撃つことになる。インドのホームゲームで、しかもサッカーが人気の西ベンガル州都だ。どんな盛り上がりを見せてくれることだろうか。 ともあれ、6月9日と9月8日の両日、日印サッカーファンはスタジアムに集合!
●関連サイト
・THE INDIAN NATIONAL TEAM
・ステファン・コンスタンティン監督のWEBサイト
・Kahkashaan:メヘンディー掲示板
「インドも応援。アジア第1次予選」「観戦前に選手を知る。(続き)」ふたつのスレッドで話題。選手の顔と名前をチェック。
・スターとして 先駆者として―インド主将ブティア(読売新聞)
・サッカーリンク集 「さっかりん」
日本国内ではインド代表チームの情報はほんと少ないようだ。
・パキスタン・インドにおけるサッカーボールの生産と児童労働
日本のサッカボールもインド製!? ボールにまつわるちょっと暗い話。
ヴェラッパさん再選

以前、きまぐれピックアップでもふれた「最高齢のインド現役国会議員」ラーマチャンドラ・ヴェラッパさん。元々は国民会議派だったが、現在ではBJPに所属。総選挙での再選を目指して立候補していた。
その後どうしたのか気になっていたが、調べてみれば見事当選。国会議員の高齢記録をさらに伸ばすことになった。しかし、厳しい選挙戦で体力を消耗したのか、体調を崩し、現在は病院で療養中とのこと。
こんな年齢で、議員という責任ある仕事がまっとうできるのか、と心配に思う人も少なくないだろう。彼が続投できるのは選挙区の人びとからの信頼が厚いためだが、彼にかわる魅力ある人材が出てこないという背景もある。
インディア・トゥデイ誌の懸賞付世論調査の中で、こんな質問を見かけたのを思い出した。
●政治家に65歳定年を設けるべきか?
●国会または州議会の議員に選出されるのを、
五期以内に制限するべきか?
●大臣(首相を含む)を務めることのできるのを、
二期までに制限するべきか?
インドは総人口の54%が25歳以下という若者の国だが、国会議員の平均年齢は55歳以上で、中央政府閣僚ともなると平均61歳を超えるという。
社会の年齢構成に見合った政治の若返りも必要だが、言うまでもなく高齢者も社会の大切な一部である。一世紀近く生きてなお、社会の第一線で活躍しようというのだから実に頼もしいおじいさんだ。
政権が中途で解散することがなければ今回の任期は5年。5年後には、ヴェラッパさんは99歳。こんな型破りな人がいるのもまたインドらしい。
●ヴェラッパさんの近況
記事によって年齢が違うのは、「やっぱり」という感じ。
▼心配無用!ワシは元気だ (The Hindu)
▼Good day? bad day (BBC)
浄土へ渡った僧侶たち

JR紀勢本線那智駅近くにある補陀洛山寺を訪れた。このお寺は「補陀洛渡海」で知られる。行者たちは、南海の果てにあるとされる観音菩薩の住む山「補陀洛山」を目指し航海していた。この行法は穂平安時代からおよそ千年もの間つづいていたそうだ。

当時使われていた船の復元が、境内で見ることができる。四方に鳥居がついているのは、神仏混交の地・熊野らしいところだ。
船にはひと月分の食料や水を積まれたが、外に出れないように小さな船室の扉は釘付けされた。船旅に出た僧侶は、生きてこの世に戻ることはなかった。間違いなく浄土へと至る旅ではあるが、まさに捨て身の荒行である。
井上靖の小説『補陀洛渡海記』で描かれているように、誰もが信仰のもとに死をも恐れずに浄土へと旅たったというわけでもないのかもしれない。
「補陀洛」とは観音浄土を意味するサンスクリット語「ポタラカ」の音訳。かつてダライラマ法王が起居していたチベットのラサにある宮殿の名前「ポタラ」とも同意であるとか。
伝説では、補陀洛山は南インドにあるとされる。昔の人びととって地理的には遠く離れていても、観音信仰によって馴染み深い憧れの聖地となっていたのだろう。
補陀洛山寺近くの海岸から船出した僧侶たちが、心の中に描いていた浄土=インドのイメージとはどんなものだったのだろうか。