コトバそれぞれ 1 聞こえるけど見あたらない

 インドにおいて、ヒンディー語はおよそ4億人といわれる国内最大の話者人口を擁する大言語であるとともに、憲法第343条における「連邦公用語」でもある。
 だが広い国だけあって地域よってはその地位が頼りなく思われることもある。いわゆるヒンディーベルトと呼ばれる地域から外に出ると、その言葉が使用される度合いや通じる程度も地域によってさまざまであるからだ。
 全国各地から人々が集まるムンバイーやアムダーバードのようなコスモポリタン、とりわけ繁華街ではあたかも土地の言葉であるかのように使用されている。ヒンディー語圏から来た人たちが大勢住んでいることもあるだろうし、母語を異にする人々をつなぐ共通言語としての役割も大きい。これらの州の公用語であるマラーティー語にしてもグジャラート語にしても、言語的に同じ系統でヒンディー語と近い関係にあるということもあるだろう。どの社会層の人もよく話すし田舎に行っても通じる相手がいなくて困るということはまずないはずだ。
 だがビハール州からの出稼ぎが多いコルカタはさておき、西ベンガル州全般となるとちょっと事情は違ってくるようでもある。学校教育の中でヒンディー語を教えることについてどのくらい力を入れているか、そして地元の人々自身がヒンディー語を理解することを必要としているかといったことで、地域でのヒンディー語の受容度や通用度がかなり左右されることになるのだろう。

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津波後 これから復旧期とは言うものの・・・

 あの「暗黒の日曜日」からすでにひと月近く経った。災害による応急処置的な救援が必要な時期は過ぎ、これからは被災地の人々の生活の再建へと進む時期へと移っている。
 インドネシアのスマトラ島での救援活動にあたっていたシンガポール軍は、1月21日から撤退をはじめているという。理由はやはり「被災地は復旧期に入った」ことである。
 どこかで大災害が起きるたびに多くのメディアが現地に殺到し、映像や記事が社会のすみずみに届くようになる。被災地への同情を含めた人々の関心は集中するが、ニュースとして鮮度を失うようになると、いつしか話題にものぼらなくなってくる。今回の出来事に心を傷めた人々の胸の内には事件の記憶がしっかりと刻まれているにしても。
 だが被災した当事者たちとなると話は違ってくる。二次災害の危険がある間は避難所に身を寄せていても、配給される食糧でなんとかやりすごしてはいても、その後は当然個々の生活再建へと日々努めなくてはならない。
 肉親を失った人々にとってはどんなに辛い日々だろうか。あの日を境に最愛の家族と二度と会えないなんて想像できるだろうか。彼らの直面する現実とは実に残酷である。
住みかのなくなってしまった人たちも頭を抱えているに違いない。家も家財道具も一朝一夕にしてもそろえたわけではない。親から受け継いだり、これまで稼いできたお金でなんとか買い揃えてきたり、要は長い時間をかけて手にしたものである。それらを「復旧」するのは容易なことではない。
 災害は終わったかもしれないが、人々が歩む生活再建への道のりは長い。財力も体力も人それぞれだが、やはり社会的弱者にとってこの負担はあまりに大きい。 
 しかもインドでの被災者には海岸付近の質素な家屋に住むそうした人々が最も多かったのだ。またその中でもとりわけ両親を失った子供たち、それまで養ってくれていた息子たちを失った老人たちはどうすればいいのだろうか。
 
 こんな記事を目にした。
「生きるため離散 子供施設に海外出稼ぎ 被災地の漁村(朝日新聞)」アンダマン&ニコバールを除く本土でとりわけ被害のひどかったタミルナードゥ州のナガパッティナム地区、津波により一家の稼ぎ手が亡くなった、あるいは生活の糧を得る手段を失ったことにより、一家離散してしまうケースが増えているということである。
 はなはだ酷ではあるが、彼らの奮闘の先には生活の「復旧」が本当にあるのかどうかよくわからない。それでも人々は生き抜かなくてはならない。

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クラーンティ(革命)!

 かつては地域によりブロードゲージ、メーターゲージ、ナローゲージと軌道の幅が異なる路線が混在していたインド国鉄だが、着々と進められてきたゲージ幅の統一(ブロードゲージ化)が進んだことにより、ずいぶん使い勝手がよくなったと思う。昔はいちいち乗り換える必要があったルートでも、今では直通列車が走るようになってきている。たとえばデリー発ジャイサルメール行きの急行などもその一例だ。
 近年着々と進化を遂げているインド国鉄。2002年から新しい特別急行路線を導入している。それは長距離を走るサンパルク・クラーンティと短い距離をカバーするジャン・シャターブディーだ。サンパルク(接続、連絡)のクラーンティ(革命、前進)とは、なんとも大げさなネーミングだが、日本の新幹線やフランスのTGVのような超特急が導入されたわけではもちろんない。
 従来から少ない停車駅とスムースな走行で国内各地を結んできた長距離特別急行ラージダーニーや短距離のシャターブディーのルートと一部重なる部分があるのだが、これらとは少々性格が異なるようである。新しい特別急行にはエアコン無しの二等車も連結しており、鉄道による高速移動の大衆化がはかられている。
 またこの新しい特別急行の路線の一部には、以前メーターゲージ区間であった部分も含まれているようで、前述のブロードゲージ化を進めてきた恩恵のひとつともいえるだろう。

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大仏は津波を見ていた

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 スマトラ沖で発生した大地震による津波の救援や復興作業にかかわる報道が新聞等のメディアに掲載されない日はない。
 1月15日夕方7時から放送されたテレビ朝日の番組「ドスペ!」では近い将来日本の関東地方を襲う可能性が高いとされる大地震の特集が組まれていたが、その中には九十数年前に鎌倉を襲った津波に関してちょっと気になる話もあった。
 私自身よく知らなかったのだが、かつて鎌倉大仏は「大仏殿」の中に納まっていたのだそうだ。しかし関東大震災のときに発生した津波によって破壊され押し流されてしまい、その災害以来、大仏は露座のままになっているのだという。
 このとき鎌倉に押し寄せた津波について調べてみると、その高さは約3m。大島で12m、房総半島で9mを観測していたのに比較すれば、取るに足らない大きさであったかのように思えるのだが、通常の波と津波とでもたとえ高さが同じであったとしても、波のメカニズムそのもの、動きや厚さも違うため、破壊力には圧倒的な違いがあるらしい。
 例えば通常30?の波で人が倒れることはなくても、これが津波ならばこれを一気に押し流してしまう力がある、というような津波のパワーを確かめる実験も番組の中で行われていた。

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TSUNAMI 

two days prior to the tsunami, marina beach.jpg
 よく晴れた穏やかな日曜日の朝、クリスマス明けののんびりとした空気の中で、突然こんな災厄が振ってかかろうと誰が想像できただろうか。
 昨年12月26日に起きたインドネシアのスマトラ沖地震による津波は、インド洋沿岸を中心に各国に大きな被害をもたらした。このニュースに触れるまで「ツナミ」という言葉が英語の語彙に含まれていることを知らなかった。
 またヒンディー語メディアでも同様にその単語を「スナーミー」あるいは「スーナーミー」として使用していたが、まさにこの災害直後に英語経由で入ってきた新しいボキャブラリーではないかと思う。それだけに多くの人々がこの言葉は日本語であることをよく知っているようであった。
 それはともかくインドネシアやマレーシアのまるで湖かと思うような穏やかな海と各地で見られる水上家屋やマーケット、あるいはインドでも砂浜ぎりぎりにある集落などを目にするにつけて、ここの海はいつもこんなに優しいのだろうか、これが日本ならば台風が近づいて海が荒れただけで、根こそぎもっていかれてしまうだろうに・・・などと思っていたのだが。
 津波の到来でたまたま浜辺に居合わせた多くの人々が命を落としたチェンナイのマリーナビーチ。私もその2日前の同時刻にそこを散歩していたのだから、人ごととは思えない。
 津波はインドの東海岸よりもおよそ1時間遅れで西海岸にも到達したとされる。その朝私はフォートコーチンを散歩していた。名物のチャイニーズフィッシングネットを操る人々の姿をぼんやり眺めたり、朝の涼しく肌に心地よい潮風を楽しんだりしていた。
 朽ち果てたような旧い洋館が立ち並ぶ町中へと足を向けると、道路わきの水路の両側に人々が集まっている。立ち止まって私も覗き込んでみると、特に何があるわけでもなかった。
「急に水位が上がっている」
 普段流れる水量がどのくらいのものなのか見当もつかないが、もうすこしで溢れそうなくらいまできている。
「雨が降ったわけでもないのにな」
 ユダヤ教徒のシナゴーグがあるマッタンチェリー地区へ行ってみた。以前はスパイスの卸問屋ばかり立ち並んでいた通りなのだが、今では観光客相手のカフェ、骨董品やみやげ物を売るも店などがその周辺に密集している。
 その後界隈を見物して歩いていると、通りの家から出てきた初老の男に呼び止められて世間話に付き合うことになった。退職した元学校教員だという彼の口から突拍子もない話が出てきた。
「アジアのどこかで大地震があって、チェンナイでは数百人も亡くなったらしい・・・」
 私はてっきりこの男がちょっとボケているのかと思い、まともに取り合わなかった。

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