コトバそれぞれ 1 聞こえるけど見あたらない

 インドにおいて、ヒンディー語はおよそ4億人といわれる国内最大の話者人口を擁する大言語であるとともに、憲法第343条における「連邦公用語」でもある。
 だが広い国だけあって地域よってはその地位が頼りなく思われることもある。いわゆるヒンディーベルトと呼ばれる地域から外に出ると、その言葉が使用される度合いや通じる程度も地域によってさまざまであるからだ。
 全国各地から人々が集まるムンバイーやアムダーバードのようなコスモポリタン、とりわけ繁華街ではあたかも土地の言葉であるかのように使用されている。ヒンディー語圏から来た人たちが大勢住んでいることもあるだろうし、母語を異にする人々をつなぐ共通言語としての役割も大きい。これらの州の公用語であるマラーティー語にしてもグジャラート語にしても、言語的に同じ系統でヒンディー語と近い関係にあるということもあるだろう。どの社会層の人もよく話すし田舎に行っても通じる相手がいなくて困るということはまずないはずだ。
 だがビハール州からの出稼ぎが多いコルカタはさておき、西ベンガル州全般となるとちょっと事情は違ってくるようでもある。学校教育の中でヒンディー語を教えることについてどのくらい力を入れているか、そして地元の人々自身がヒンディー語を理解することを必要としているかといったことで、地域でのヒンディー語の受容度や通用度がかなり左右されることになるのだろう。


 南のドラヴィダ系の言葉を母語とする地域にあっても、アーンドラプラデーシュ州やカルナータカ州の特に都市部ではよく通じるが、やはりヒンディー語を話す人たちはある程度の学校教育を受けているかそれを頻繁に使う機会があるようだ。
 しかしこのあたりまで行くと都会であっても顕著なことがある。ヒンディー語が街中話されているのを耳にするしテレビから流れてくるものの、市中の看板や掲示物等ではごく一部の例外を除けばほとんど目に付かなくなる。つまり聴覚的には存在するものの視覚的にはほぼ不在となる。
 そしてケララ州、タミルナードゥ州ではどこからかヒンディー語をしゃべっている声が聞こえてくるとちょっぴり懐かしく思えるほど。仕事などで日常的に北インドの人たちと接するような人たちはさておき、ヒンディー語を話す人たちはかなり限定されてくるようだ。
 全国規模の異動がある中央政府のお役人たち以外に、空港で警戒にあたるポリス(?)やインド考古学局管轄下の遺跡のガードマンたちもヒンディー語圏を含む他州から南インド各地に配置される者が少なくないようだ。
 ママラプラムの遺跡の芝生の上でヒンディー語の新聞を広げていると、警備の男が肩越しに紙面を覗き込んでいる。彼はビハール出身で「ここに来てから4年経つがタミル語はほとんどできないのだよ」とポケットからタミル語の会話集のようなものを出して苦笑いしていた。
 手にとってみると、ヒンディー語話者のためのタミル語フレーズブックのようなもので、こんなものを持っているからにはタミル語はほとんどできないのだろう。彼は英語もあまりできない。
 ここでの仕事といえば、人々の出入りを眺めて物売りや物乞いが敷地内には入ろうとしたら棒を振り回して追い払うことくらいで、特にしゃべる必要はないのかもしれない。
 しかし異郷で稼ぎながら日々送るのにこれではチト辛いのではないだろうか。おせっかいながらちょっと心配になった。インドで「語学」はとても大切である。
※以下、India Constitution より抜粋
Article 343 Official language of the Union
(1) The official language of the Union shall be Hindi in Devanagari script.
The form of numerals to be used for the official purposes of the Union shall be the international form of Indian numerals.
(2) Notwithstanding anything in clause (1), for a period of fifteen years from the commencement of this Constitution, the English language shall continue to be used for all the official purposes of the Union for which it was being used immediately before such commencement:
Provided that the President may, during the said period, by order authorise the use of the Hindi language in addition to the English language and of the Devanagari form of numerals in addition to the international form of Indian numerals for any of the official purposes of the Union.
(3) Notwithstanding anything in this article, Parliament may by law provide for the use, after the said period of fifteen years, of –
(a) the English language, or
(b) the Devanagari form of numerals, for such purposes as may be specified in the law.

「コトバそれぞれ 1 聞こえるけど見あたらない」への1件のフィードバック

  1.  私は南インド在住の者ですが、私のいるところにある電話会社のガードマンも
    ヒンディー語しか喋れず、タミル語を話す人たちに囲まれて、
    困らないのかなあと思ってしまいました。
    私は時々ネパール人と間違われるので
    ヒンディー語を話せると思ったようです。
    南インドでも、駅はデーヴァナガリ文字
    表示、放送も英語、タミル語、ヒンディー語と多様です。
    これは北インドからの旅行者にとっては大切ですね。
    北インドからの移住者は、ヒンディー語を家族でいるときに話しています。
    何十年経っても自分たちの言葉は
    代々受け継がれているようです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください