ネパール国境へ

昨夜(というより今朝がた)寝たのは午前4時くらいであったが、もう7時半過ぎには起きてしまった。昨日は窮屈ながらも列車内で少し寝たこと、このホテルの外が騒々しいことなども理由だが、それ以上に本日の予定があるので、のんびりしていられないということが大きい。
昨日はほぼ絶食状態であったので、宿の並びにある食堂にて、本日の朝食、トースト、オムレツ、チャーイが、ことさらおいしく感じられる。出来立ての温かい食事はいいな、と思う。

Gorakhpur Junction駅前の食堂

朝食

宿に戻り、荷物を持ってチェックアウト。駅前から出発の国境行きのバスに乗る。ここからネパールとの国境、スナウリーは3時間ほど。

隣の席の青年は、ムンバイーに働きに出て、ホテルのエレベーターボーイをしていたそうで、久々に帰郷するのだという。こういう人たちが多くこの国境を出入りしているのだろう。同様にネパールからインドへの人身売買もここを通してなされているという黒い話もよくメディアで報じられている。

車窓左側はインドによる封鎖により留め置かれた輸送車両の長い行列

国境までまだ10数キロはありそうなところで、道路左側に長い車列が止まっている。これらはすべてインドによる封鎖により留め置かれているものだという。昨年の夏あたりに、ネパールで制定しようとしていた新憲法の内容が、マデースィーの人たちに対して不利な内容となっていることが明らかになったことにより、彼らが暮らすタライ平原部では、地元政党による抗議活動が盛んになっていた。これが現在も続いているのだが、インドもまたこうした状況に鑑み、ネパールに対して独自に制裁を加えることとなったのは昨年9月に新憲法が制定されて以降。ずいぶん長く続いている。

これにより、ネパールでの燃料や生活物資の不足などが伝えられているとともに、昨年4月と5月に起きた大地震からの復興に影を落としているというが、あまりに強大なインドという隣国との関係で悩まされるのは今に始まったことではなく、同じく国境を接する中国との関係を強化するのは無理もないことだろう。

これは、南アジアへの影響力強化とインド周辺の国々の囲い込みを着々と進めている中国にとっても好都合なことであり、ネパールに対して様々な経済援助を惜しみなく与える関係となっており、大型の案件のひとつとしてルンビニーの遺跡公園の整備が進められるとともに、運輸関係でも西蔵鉄道をネパール国境まで延伸させるプランや、さらにはカトマンズまで鉄路を伸ばしてリンクさせる計画まである。

こうした状況はインドにとって看過出来るものではない。新憲法を制定したネパール政府と、これに反対するマデースィー(北インドのビハールやUPの人たちと民族的・文化的背景が共通する人たち)の政党との間の軋轢は、インドにとって自らの影響力を行使する良い機会ということにもなる。

ネパールへは、モーティハーリーから近いビールガンジから入ることを考えていたのだが、その地域での反政府活動がまだかなり激しいようであるため、予定を変更してこちら側の国境から入ってみることにした次第。

話は戻る。留め置かれた無数のトラックやトレーラーの長い長い車列。荷主も受け取り手も非常に困っていることだろう。運転手たちに至っては、身動き取れず、さりとて日銭も入らないとあれば、一体どうやって過ごしているのだろうか。彼らが養う家族もいるわけなので、あまりに気の毒というしかない。

スナウリーに到着。ごみごみした粗末な商店が軒を連ねる中にあるインドのイミグレーションへ。出国印をもらってから、ネパール側に越える。インド人とネパール人はチェックがないので、国境両側は、事実上ひとつの街である。

だがネパール側に入ると違うのは、インドでは見かけない会社の広告があったり、デーヴァナーガリーで書かれた看板が、ヒンディーではなくネパーリーであったりすることだ。デーヴァナーガリーによる外来語の表記も異なり、例えばVに対してVではなく、BHを当てることなどがある。すると外来語について、Vの字はどう使用しているのか?ということになるが、私はネパール語のことはよく知らない。

ネパール側でヴィザ代25ドル支払う。Guidebookでは米ドルのみと書かれているのだが、タイ人のグループを率いるインド人ガイドがパスポートをまとめてイミグレーションに持参していたのだが、その会話からインドルピーでも支払いできるらしいことが判った。もっともいつもそうなのかどうかは知らない。

昨年の大地震とともに、現在進行中のタライ地域の政治問題等により、外国人観光客が非常に少ないため、国境両側のどちらの国のイミグレーションも待ち時間ゼロであった。

ネパールでは、物資不足により、インドルピーの需要が高まっているという。地元通貨では購入できない燃料等がインドルピーならば買えるという話をネパール側で耳にした。インドルピーのことをネパールでは俗にIC(Indian Currencyの略)と呼ぶようだ。前述のとおり、国境を挟んだ両側は事実上ひとつの町であり、両国の人々は出入国手続き無しで自由に往来できるため、利ザヤの大きい燃料類をインド側で購入して、ネパール側で売りさばくという商売が盛況とのこと。こうした商売に従事する人たちにとっては稼ぎ時ということになるのだろう。

取り急ぎドルからネパールルピーに両替、そしてネパールのNcellのSIMを購入。インドの場合と異なり、購入してスマホに挿入すると、即座に通話もネットも利用できるのがいい。インドの場合は、それほど迅速ではないのは、セキュリティの関係でそういう措置になっているのではないかと思う。

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