Dr. Ramnath A. Podar Haveli Museum

ここは改修して公開されるようになったハヴェリーのパイオニアで、まさにこの施設によって、シェカワティーの屋敷群が貴重な文化遺産として認知され、現在に至っていると言える。

シェカワティーのハヴェリーの中には、この土地固有の様式のものと洋館風のものがあるが、これは1階(日本式に言えば2階)が従来のスタイル、そこから上は洋風館風になっている。

その部分は1920年代以降に建て増しされたとのことで、各地にある洋館風のハヴェリーもだいたいその頃に出来たものらしい。そうした様式が流行したこと、それに応えることが出来る職人が出てきたことなどが背景にあるようだ。

上階は洋館風

このハヴェリーの所有者、ポーダルのコミュニティは、各種基金を運営しており、それらによって病院や学校などを経営しているため、シェカワティー地域のあちこちの町で、ポーダルなんとかと名付けられたそれらを目にするのだが、彼らの活動はインドの他地域はもとより、世界各地に及んでいる。

Dr. Ramnath A Podar Haveli Museum

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悲惨な修復

前回は、シェカワティーのハヴェーリーの安直な修復例について取り上げてみたが、さらに悲しい例もある。

描かれていたフレスコ画が荒れ果てて、壁を守ってきた漆喰自体も崩落が目立つようになったためだろう。建物自体の保護のために、石壁をあしらったビニール素材の壁紙で壁面を覆ってしまった例もある。

おそらくオーナーは古くから残されてきた絵には関心を持たないか、それを修復する費用の支出を賄うことが困難なのだろう。しかしながら家屋自体については末永く使っていきたいという意思の元でこのようになされているはずだ。

私有財産であること、フレスコ画の修復には多大な費用がかかるのでやむを得ないことであるし、所有者ではない私たちがとやかく言える筋合いでもないのだが。

石壁を模した壁紙で覆われてしまった例

ビニール素材の壁紙なので風雨には強いのだろうが・・・。

レストランに転用されたハヴェーリー。フレスコ画が描かれていた壁は白い漆喰で覆われてしまっている。

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ハヴェーリーの安直な修復

近年は、シェカワティーが世界遺産登録を目指す動きなどがあるように、郷土の伝統として認識されるようになってきているこの地域のハヴェーリー。各地で積極的に保存や修復に取り組む例も増えているのは好ましいことだ。

しかしながらその一方で、安直な修復も目立つようになってきており、このような例も決して少なくない。バザールで売られている神様の絵のような感じで描かれており、遠目にはキレイに見えるかもしれないが、かなり残念なことと言えるだろう。

私有財産であるハヴェーリーは文化財登録されているわけではないし、ハヴェリーが条令等で保護されているわけでもないため、どのように処するかはオーナー自身の裁量に任されているわけなので、どうにもならない部分が大きい。

遠目には色鮮やかでキレイに見えるかもしれないが・・・。

本来あるべき姿とは大きくかけ離れている。

それでもかなり費用をかけていることは間違いないのだが。

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PODAR GATE

施主の苗字がそのままゲートの名前になっていたり、所有する一族の名前で知られていたりするハヴェーリーなども多い。
写真はナワルガルのポーダル・ゲート。スマートフォンのHuawei社製品、Mate 10 Proで撮影したが、ライカとのコラボを標榜する製品だけあって、ちょっとライカっぽい写りを楽しむことができる。
今回、シェカワティでの撮影の大半はこれで撮影しており、もはやちょっとしたデジカメと同等に使えるようになっているスマホのカメラ機能の進化ぶりは大したものだ。
ほんの数年前には想像も出来なかったこと、期待もしなかったことが実現していくのが、デジタルの世界である。

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宿の近くのハヴェーリー

ハヴェーリーは間貸しに出されているところも多く、元々の所有者と縁もゆかりもない人が借りていることはよくある。そのいっぽう、今でも元々の所有者である家族や親族が寄り添うように住んでいる屋敷もあり、そうしたところのほうが保存状態も良いのではないかと仮定できるだろう。

ハヴェーリーの出入口にはこうした立派な扉がある。日常の出入りに使用されるのは大扉の中の小扉。

ナワルガルの宿泊先の向かいにあるハヴェーリーはそうしたもののひとつで、家の人から少し話を聞いたが、一族はマールワーリーで、やはりずいぶん前の世代の人が財を成して建てたという立派な屋敷。現在の所有者一族は、いったい何をしているのか尋ねてみると、「ウチはみんな公務員か教員だよ」と、ちょっと意外な答えが帰ってきた。

だが、考えてみるまでもなく、マールワーリーといっても、誰もが商売上手でギラギラしているというわけではなく、地味に給与生活している人もたくさんいるのは当然のことだ。この静かな町で雑貨類を扱う、ごくごく小さな商店で生計を立てる「貧しいマールワーリー商人」だって少なくないのだから。

私が話をした奥さんは、現在は嫁ぎ先のハイデラーバード在住とのことだが、毎年一回は子供たちと実家に帰省しているとのこと。今回はひと月滞在するのだそうだ。

その隣、つまり私の宿寄りにはもう一軒のハヴェーリーがあり、屋敷の入口の部分に歴代の当主らしき男性、その奥方らしき女性の肖像画が描きこんである。屋敷のひとつひとつに個性があって面白いシェカワティだ。

隣のハヴェーリーでは入口付近には、歴代の当主と奥さんとおぼしき人物の肖像画が描かれていた。

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