先達なき道

やはり実績ほどモノを言うものはないということなのだろう。今年5月にLTTE最高指導者を殺害することにより、1983年から長期に渡り続いた内戦の終結を高らかに宣言したスリランカがパーキスターンに教えうるものは少なくないらしい。
Sri Lanka to train Pakistani army (BBC South Asia)
スリランカは、パーキスターン軍に対する訓練を与えることを打診されているのだとか。上記の記事中には、スリランカのすでに同様のトレーニングを米国、インド、バーングラーデーシュおよびフィリピン対して実施しているとのことだ。
パーキスターンにおいて、バルーチスターンで長く反政府武装組織による活動は続いてきた。だがそれとは比較にならない大きな問題が、近年イスラーム原理主義過激派武装組織の著しい台頭だ。近年は、大規模なテロ事件をはじめとする様々な挑発や破壊行為、こうした組織による特定地域の実行支配とその拡張、本来の行政機構とりわけ警察や軍との緊張等々、気になるニュースが日々伝えられるようになっている。
彼らの存在は、不安定な同国の政治基盤をゆるがすものとなりかねない。2008年2月の総選挙後にはおそらく国政を担うことになると思われたベーナズィール・ブットー氏がその前年2007年12月の遊説後に暗殺されたことは記憶に新しい。そのわずか2ヵ月ほど前に帰国する前後から、彼女を好ましく思わない組織から幾度も脅迫を受けていたことは周知のとおりである。
またパーキスターンを本拠地とする組織による、隣国インドへの度重なるテロ事件は外交上の大きな障害になっている。これらの組織を取り締まるべき政府の当事者能力の問題もさることながら、今後パーキスターンそのものが、自国ならびにインド以外の第三国対するテロ実行犯の出撃基地となるのではないかという、さらに大きな危惧もある。 加えて、近い将来に事実上の核保有国が、こうした勢力を含む原理主義的なスタンスを取る勢力に乗っ取られたらどうするのかという悪夢さえも決して否定できるものではない。
こうした事態に至るまでに長い伏線があった。パーキスターンの歴代政権が、軍政・民政両時期を通じて対アフガニスタン工作ならびに内政の運営においても、こうした勢力を温存しつつ利用してきた過去のツケであるといえる。かつては時の政権に都合よく操られてきた勢力も今では力を充分蓄えており、政府そのものと競合するところにまで成り上がってしまった。
そうした中、パーキスターン軍が、国内の騒擾を鎮圧した先達としてのスリランカから学べるものは少なくないのかもしれない。だがスリランカにしてみても、長らく政府と対峙してきた武装組織が壊滅し、その首領も死亡したとはいえ、そもそも長く続いた武装闘争の原因としての、政府に対するタミル系の人々の反感との土壌となっている部分が解消されたわけでもなく、根本的な解決に至ったと評価することはできない。
腕力で捻じ伏せた相手がそのまま黙って服従するのか、あるいは彼らの胸の中で大きな渦を巻く怒りの奔流がふたたび堰を切って立ち上がるまで、束の間の『空白期間』に過ぎないのか、まだよくわからない。
スリランカのタミル人たちによる分離活動は、当初複数の勢力が並立する形であったものが、次第にLTTEという組織に集約されるようになった。その中でも最高指導者であった故プラバーカラン議長の存在は突出していた。そのため昨年後半からのスリランカ政府軍による大攻勢と『LTTE首都』キリノッチ陥落、北東海岸地域に背走する残党を掃討、親玉のプラバーカラン殺害による『反乱終結』という構図は明解であるように見える。
パーキスターンの不安定要因のひとつとなっているイスラーム武装組織の場合、LTTEのようにひとつの核からなるものではない。そうしたグループないしは運動が多極的であり、特定の指導者を叩いてみたところで、それが終わるものではない。これは民族の枠組みの中に限定される運動ではなく、彼らの理想、教条、行動に感化される可能性のある人たちが住んでいるところならば、どこにでも広がり得るという特徴もある。
攻撃の矛先が向くのも、居住国の政府はもとより、彼らが自分たちの運動に敵対的な立場を取る国ならばどこでも攻撃対象となり得る、極めてユニバーサルなリスクだ。アフガニスタン、パーキスターンに続き、同様の窮地に陥る国が今後出てくるかもしれない。
8月5日、米軍の空爆により、パーキスターンのタリバーン運動の指導者、ベートゥッラー・メヘスードの死亡を伝えるニュースが流れていたが、このほど彼の直近の部下であったズルフィカール・メヘスードがその地位を継いだことが確認されている。死亡した旧指導者は、まだ34歳という年齢であったが、彼を継いだズルフィカールは28歳とさらに若い。『向こう見ず』という評もある彼は、今後どんなプランを練っているのか。
彼らと対峙するパーキスターンが模範とすべき前例は存在しない。彼ら自身が事例を積み上げていくことになる。先達なき道を歩んでいかなくてはならないことから、この国の指導者たちの知恵が試されるところだ。同時に、周辺国を含めた国際社会は、パーキスターンに対して、どういう形で協力の手を差し伸べることができるのかという意味でも、まさに世界全体の英知が問われているといっても過言ではないだろう。
昨年11月に起きたムンバイーのテロ事件は、決して印パ二国間の問題であると割り切れるものではなく、次の10年には他の国々にも降りかかってくるかもしれない脅威の前触れかもしれない。パーキスターンの現状から、私たちが学ぶべきこと、試みるべきことは多いに違いない。さりとて誰が何をすれば良いのか誰にもよくわからないのが現状だ。
手本とすべき先達がなく、頼りになる道しるべさえもない危険なルートに踏み込むパーキスターンを独りで歩ませるのは、果たして賢明なことなのだろうか。

街角

カトマンズのタメルの夕暮れどき、『そろそろ食事にしようか?』と歩いていると、このあたりに多いスーパーの店先で、10歳前後くらいの男の子たちが仲間たちと額を寄せ合っている。彼らが手にしているのは、空になった牛乳のビニールパックであり、嫌な予感がした。
よくよく見ると金属チューブから何か絞り出してそこに入れて、ふくらませた袋から息を吸い込んでいる。おそらく有機溶剤の含まれた接着剤に違いない。
その日の昼間も他の街角で、堂々と同じようなことをしている子供たちの姿があった。歩道の向こうから歩いてきた二人連れの幼い子供たちが、同じようなビニール袋を手にして交互に吸い込んでいる。ちょっと歩いていて気がつくだけでもこんな具合なので、私の知らないところではもっといろいろなことが起きているのだろう。
ネパールで、子供たちをめぐる問題は他にもいろいろあるし、ここ以外の国々でも同様だ。子供たちが置かれた家庭、環境、教育、社会等々、さまざまな形でいろいろな事例があり、そうした事柄を告発するメディアがあれば、積極的に働きかけようという団体もある。
しかしながら、そうして解決の糸口を探している間にも、いろいろな問題行動を重ねて身体を壊したり、より深刻なものに手を出していったりする子供たちは大勢いる。そうした子供たちをいいように利用する大人もあれば、子供たち自身が犯罪に手を染めることもある。
こうした子供たちもやがては大人になり、何らかの形で社会の一部を構成するようになっていく。自分で将来を切り拓き、自らの居場所を見つけなくてはならない。
この子たちに将来はあるのか?と思うと暗澹たる気持ちになるし、そういうことをしながら育った子たちが、どういう大人になるのかと想像すると、これまた空恐ろしい気がする。
都市化が進み、特に商業地で、そこで商売等で出入りしたり働いたりする人たちと地域社会との縁が薄くなり、周囲の人たちが『赤の他人化』していくと、そうした子供たちを注意したりする大人も少なくなる。
子供たちもまた、他のエリアから監視の目の甘いところに行って大胆な行動をすることもあるだろう。そうした子供たちの影には良からぬ大人たちの姿もチラついているかもしれない。
子供たちを律することができなくなってくると、相手が大人ともなると言わずもがな・・・である。どこの国でもいえることだが、地域を大切にするため、私たちがしなければならないことは、周りの人々の様子に目配り・気配りをすること、地域の様子に関心を持って積極的にかかわっていくことなのだろう。
それは都市化によって生じる、地域の人々の『他人化』と相反することであり、生易しいことではないが、決して放置しておいて済むものではないと思う。もちろんこれはどこぞの国や街に限ったことではなく、およそどこに暮らしていても私たちが気に留めていなくてはいけないことだと思う。

ナガルコート 3

雨雲迫る
昨日は『閑古鳥の鳴く雨季のナガルコート』と書いたが、近年この季節はそうヒマでもないのだという。
ナガルコートを訪れる人たちは乾季にドカッと集中していたのだが、最近はこの時期にネパール人客が増えているそうだ。ちょうどインドのヒルステーションに、平地の都市部の人たちがワンサカ押し寄せるように、雨季でもけっこう暑いカトマンズの中産階級等の人々が、ナガルコートにやってくるのはわかる気がする。
先述のとおり日帰りも充分可能な距離だ。ネパールの首都ではそれなりの可処分所得を持つ中産階級が台頭していることの証ともいえるだろう。
避暑地といっても、宿泊施設その他の商業地の密度が薄く、霧の中にボンヤリ浮かび上がる松の木々の景色は、どことなくインドのヒマーチャル・プラデーシュのカサウリーを思わせるものがある。もちろん英軍の香りが色濃く残るカサウリーその他、インド各地で旧英領時代以来の伝統を持つヒルステーションには、新興避暑地には真似の出来ない伝統や雰囲気があり、これをナガルコートと比較することはできない。
だが、このナガルコートの尾根から、冬季の晴れ渡った朝に眼前に広がる雪を冠したヒマラヤのパノラマほどの見事な景色(今回の私たちは結局写真で見ただけであるが・・・)は、多くのインドのヒルステーションで望むべくもない。
夕方近くなってから、雲がだんだん厚くなってきた。西のほうでは山肌がずいぶん暗くなっており、そこでは雨が降り出しているようである。だんだん霧のような雲が近づいてきたと思ったら、激しい雨が降り出してきた。すでにテラスは雲の中に入っており、すぐ目の前や階下の様子さえも見えなくなっている。ちょうど冬のデリーの濃い霧のようである。
大雨がやってきた
すっかり暗くなってから雨は上がった。テラスに出ると、薄い上着があってもかなり寒い。しかし雨の後で空気が澄んでいるためか、山間に点々と灯がともっているのがわかる。地上に星を降り撒いたようで美しい眺めだ。
山の中の村であっても、また夜10時すぎというのに、ずいぶん夜更かしだな?と思いきや、宿の人の話しでは『農村では泥棒対策のために、電気を点けたまま寝るのが習慣になっているんだよ』とのこと。そうした灯の数を見て「こんなに家があっただろうか?と思うのだともいう。確かに、眼下にちょっとした町がいくつも点在しているかのように見える。
雨上がりのしっとりとした空気、ここのところ蒸し暑さで毛穴が開いたようになっている身体に冷たい空気がピリッと心地良い。さきほどまで部屋の中で絵を描いていた息子に、テラスから声をかけると返事がない。窓越しに覗いてみると、すでに毛布にくるまって気持ちよさそうに眠っていた。

ナガルコート 2

マオイスト系のホテル・レストラン従業員労働組合
しばらくバーザールのほうに歩いていくと、見かけた赤い共産党旗を掲げたホテル・レストラン従業員組合の簡素な事務所がある。看板に書かれた内容からしてマオイスト系の労組である。
宿泊先の宿の経営者の話だと、ナガルコートでこうした観光関連施設で働く従業員たちの中で、マオイスト系の組合に入っている人はかなり多いとのこと。彼らのハルタールは徹底しており、その期間中は宿の機能がすべて停止してしまうそうだ。
すでに宿泊していたお客にも退去してもらわらないといけないし、前もって予約していたお客もバーザールの入口前で待ち構えた組合員たちに追い返されてしまうとのこと。
宿のレストランには、たまにマオイストの活動家が数人でやってきて、無銭飲食をして帰っていくことがあるという。もともと田舎や農村地帯で始まったマオイストたちの運動だが、このあたりや首都圏でも加わる人たちは多く、現在ナガルコート在住の活動家たちもたいていはこのあたりの人間であるとのこと。
それでも内戦時代よりはずっとマシだとも言う。当時はここの警察の詰所が襲撃を受けて十数人殺傷されるという出来事があり、この宿の主の身内の方も警察官であったため、同僚たちとともにその場で殺害されたのだとか。家族に軍、警察関係者がいたり、ここのように外国人が利用するホテルを持っていたりすると、すぐ彼らに目を付けられて危険であったとのこと。
一見のんびりした山の上の避暑地であっても、今の時代のネパールのダイナミックな政治の荒波に揉まれることがしばしばあるようだ。もちろん盆地の外周部に位置し、カトマンズから日帰りもできる距離の首都周辺地域であるため、たとえ眺望が良くて特にオフシーズンには人口密度が希薄な土地。ましてや今は閑古鳥の鳴くオフシーズンであるのだが。

ナガルコート 1

乾季ならば名峰連なるパノラマ風景・・・のはず
ナガルコートに着いた。小さな集落を核に、ホテルやレストランなど大小さまざまな施設が点々と散らばっている。
尾根の斜面に建っている宿泊先ホテルでは広いテラスがあり、ここから東方面に居並ぶヒマラヤの名峰の数々、エヴェレスト、カンチェンジュンガ、ガネーシュ・ヒマール、ガウリ・シャンカルその他いくつもの名山が連なる姿を望むことができる・・・といっても、雨季で雲がかかっているため、そうした展望は望めそうにないのだが。シーズンオフということもあり、他に宿泊客はおらず貸し切り状態であった。
グラウンドフロアーにはテーブル席以外に、座敷風になっている席もあり、大きな窓からの眺めも良い。山の景色を眺めていると、雲がさまざまな形になったり、動いたりしている。普段、建て込んだ都会で生活する私は『遠くを眺める』といってもせいぜい50メートル程度でしかないので、緑あふれる環境の中での開放感はちょっと格別なものがある。
一緒に来ている小学生の息子にとっては、景色は興味の対象外であるようだが、彼の関心はまた別のところにある。低いところをブーンと飛んできた虫を、手にした新聞で払ってみると、落下した虫はクワガタ。羽の甲の部分が茶色でその他は黒である。何と呼ばれる種類なのか知らないが、このあたりではごくフツーにいるカナブン的存在らしい。それでも一緒に来ている小学生の息子にとってはとても珍しいようで、とても喜んでいる。
クワガタ
クワガタの類は夜行性だが、それでも宿周辺を散策してみると昼間であるにもかかわらず、けっこうな数のクワガタたちを見つけることができた。彼らの好物の樹液が出る木を見つけて、明け方にでも出かけてみると、相当数捕まえることができるのだろう。
カトマンズ盆地内のバクタプルからここに来たのだが、ナガルコートは標高が2100メートルくらいあるため、とても涼しく快適だ。夜になるとちょっと寒いくらいに感じるのではないかと思う。