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カテゴリー: greater india

  • シェムレアップのインドレストラン①

    シェムレアップのインドレストラン①

    本日の夕飯のために入ってみた。奥から出てきたのは、色白だが目鼻立ちの濃い感じの男性で、尋ねてみると、やはりガルワーリーであった。

    店に入ってきて料理を注文したばかりの日本人に、「あんたガルワーリーだね?」などと言われて、最初は面食らっていたが、彼と同郷だという相棒と一緒に入り、よい香りと心地よい音を立てて、手際よく作って運んできてくれた。

    彼らはここで雇われているわけではなく、どちらもインド国内及び国外でも経験を積んだ料理人とのことだが、思いきって独立することにしたのだという。

    これに先立ちバンコクで店を持っていたとか、カンボジアのプノンペンかどこかで同様の店を開いていたわけではないようだ。インドからそのまま来て、ここで開店したというのだが、どうもそのあたりがよくわからない。なぜシェムレアップを選んだのか、開店したのは2021年というまだコロナ禍が収まらない時期。カンボジアの観光業自体も停止していた頃に始めたのだという。こちらは一見の客に過ぎず、しかも会ったばかりでもあり、なかなか突っ込んだ質問をしにくいものがある。

    ここに来る前にシェムレアプのインド料理屋が他にあるのか下調べしておいたが、軽く20軒以上あるらしいことに驚いた。いずれも街の中心部にあり、ツーリストゾーンかそれに隣接するエリアにある。

    店の顧客は大半が外国人旅行者とのこと。今回バンコクからのフライトでインド人旅行者(紺色のインド旅券所持者)がずいぶん多かったが、そうした自国民旅行者の利用も多いとのこと。

    初対面であまり根掘り葉掘り聞くのも気が引けるので、ほぼ雑談に終始したが、ガルワールの人らしく、丁寧で感じはよいが、あまりオープンな感じの人ではなかった。私たち日本人もそういう感じなので、「やっぱりそうだよね」と思う。

    店を出てから、googleマップでいくつか表示されるインド料理屋がいくつかあるため、散歩がてら覗きに行ってみた。「インド料理屋」といっても、洋食中心のツーリストレストランでインドアイテムも置いてあるといった極めてフレキシブルな店もあれば、店の名前が「モーディー・ジー」というガチなグジャラートのピュアヴェジを名乗る店もあり、南インド料理屋もあるなど、なかなか興味深いものがある。

    店により様々で、インド人経営者自ら店頭に立ち、インド人スタッフが席の間を飛び回るような店もあれば、メニューでは「グジャラーティーのピュアヴェジ」をアピールしつつも、店頭で案内をしたり、注文を聞くのは現地スタッフという店もある。

    これほどインド料理レストランが多いことの背景には、インド料理が「民族料理」の範疇を越えて、ちょうど西洋にはいろいろ異なる食文化がある中でそれらを包括した「洋食(western food)」というジャンルが確立したように、「多くの異なる食文化をとりまとめてのインド料理がグローバルに定番化した」ことの証かもしれない。

    そんなことを思いながら歩いていると、間口の狭い店だが、日焼けで顔を真っ赤にした色白のパンジャービーと思われる中年男性が目に入る。すでに満腹だが、何か軽いものを食べながら話を聞けたらラッキーと思い入ろうとすると、「いやー、ごめんなさい。ラストオーダー終わって、これから閉店なんですよ」と丁重に断られたものの、しばらく立ち話に応じてくれた。陣頭指揮を取っているが、お店の経営者だそうだ。こういう話好きな人からいろいろ話を聞きたいが、小さな店ながらも繁盛している感じなので、翌日再訪してもなかなか話を聞くどころではないもしれない。

  • シエムレアップのケーキ

    シエムレアップのケーキ

    宿から近いエリアにパステル調のメルヘンチックなケーキ屋さんがあった。残念ながらカットケーキはないので賞味できず。他の店もいくつか見たが、やはりホールでしか売っていなかったのが残念。

    旅行先で「3時のおやつ」(別に時間にはこだわらない。午前中でも良い、夕飯後だって構わないのだが、ケーキを楽しみながら紅茶やコーヒーを楽しむ時間帯が好きだ。

    インドだと大手チェーンの書店に喫茶と軽食を出す店が併設されていることが多いので、よく利用している。

    そのためせっかく良さげなケーキがあるのに、楽しむことができないのは心残りなのである。

  • シェムレアップ到着

    シェムレアップ到着

    シェムレアップの空港からは宿が差し向けたオートが待機していた。ここから市内に向かうのだが、まず空港エリアから大通りに出たところで驚いてしまう。片側3車線の見事な道路だ。市内へ進むにつれて、大きな建物が増えてきて、ずいぶん昔のことを言っても仕方ないのだが、かつて木造の家屋ばかりが並んでいたころとはまったく異なる。

    宿に着いてチェックイン。知らなかったがここは日本人が経営するホテル。ブッキングコムで予約したら日本の方から連絡がきた。日本人スタッフがいるとは珍しいなと思ったら、日本の個人が所有するホテルとのこと。カンボジアで会社登記しているそうだ。

    宿の隣の食堂メニュー。カンボジアの旅行事情はよく知らないのだけれども、旅行者ゾーンとはいえ普通の食堂に見えるのに、すべてドル表示というのはすごくなぁ。

    こういうところで地元の人たちはいくらくらい払っているのか知らないけど、外国人旅行者たちにとって、日本の外食はずいぶん割安だなぁと今更ながら思う。もちろんカンボジアのほうがトータルなコストは安いのだけれども。

  • ドンムアンの朝

    ドンムアンの朝

    バンコクのドンムアン空港向かい、ワット・ドンムアンの斜向かいにあるゲストハウスを利用したが、ここからすぐ近くに早朝まだ暗いうちから賑わうマーケットがあるのが嬉しい。夜が明ける前からいろんな生鮮食品類が売られており、マーケットの中でもすぐ外でも、そこで働く人たちやお客さんたち目当ての露店や食堂がすでに商っている。

    市場の露店の肉と野菜のぶっかけご飯は美味しそうだったし、すぐ外の店の何種類かの串焼き肉も良さげだったが、心地よいガス臭に誘われて行った先には、「銘菓ドリアン」があった。これから空港に行くので切り身でないといけないため、このくらいでちょうど良い。殻を切り開いて順に取り出した果肉を分けているはずなのだが、房のひとつひとつで味わいが異なり、同じ房でも部位により、微妙に味覚が異なるのがドリアンの面白いところ。

    市場の片隅にスペースを見つけて食べる。本日の朝食はドリアン、つまり果物という名の洋菓子である。カスタードクリームと生クリームが不揃いに混ぜてあるムース、それでいて繊維感もあり、洋酒の香りとオニオンの臭みをかけあわせたハーモニー。

    ドリアンを食べてからしばらく続く、この安堵感と恍惚感。いわゆる「ナチュラル・ハイ」である。この「ハイ成分」の正体が何であるのか、今に解明される日がやってくるに違いない。

  • ドンムアンの宿

    ドンムアンの宿

    遅く到着したので、宿すぐそばのコンビニで夕飯を買って部屋で食べてからすぐ寝ることにした。明日の朝は早い。

    タイでよく感心するのだが、3種類のソケットが利用できる電源タップ。おそらくこういうのが用いられている国では、同じ電圧で異なる国からの並行輸入の家電が普及しているという背景があるのだろう。何気によく眺めてみると、このタップはPANASONIC製であった。

    窓には昔からよくある南国特有の日除けが付いている。かなり遮光効果はあるものの、これのおかげで外観が冴えなくなる。

  • コンビニ犬

    コンビニ犬

    タイといえばコンビニ犬。番犬として構えているのではなく、人々が出入りする自動ドアから流れる冷気が気持ち良いので居つく。店の中にさえ入ってこなければ追い払わないタイの人たちは優しい。犬自身もそれを理解しているので、その「結界」を越えないし、お客に吠えたりなどもしない。

    コンビニ犬はたいてい図体がでかい奴が多い。これは「一等地」なので、ケンカすれば強い犬が場所を占めるからだと思われる。

    こいつもかなり大柄だった。

  • ドンムアン空港へ

    ドンムアン空港へ

    翌日朝はドンムアン発でチェックインが早いので、スワンナプーム空港からの無料シャトルバスで移動。到着ロビー3番ドアの出たところでドンムアン発のチケットを見せると乗車できる。

    午後8時半に出発して、午後9時15分にドンムアン空港出発ロビー到着。空港に面した道路の反対側へ。宿はワット・ドンムアンの正面にある。

    狭くて簡素だが宿の人たちの感じは良い

  • トゥクトゥク、そして宿

    トゥクトゥク、そして宿

    シェムレアプにはインド型のトゥクトゥクもあればバイクを現地で改造したものもある。前者にはちょうどインドと同じカラーリングにしてあるものもあり、懐かしくなる。

    前回来たときは、小さくてオンボロで1階も2階も木だけで出来ている普通の民家ばかり建ちが並んでいた。道路は未舗装で雨が降るとぐちゃぐちゃ。そんな集落だったシェムリアップがちゃんと大きな街になっていることに大変驚く。「以前」といってもそれはとても昔のことであり、まだUNTACが総選挙実施管理と平和維持活動をしていた時期なので、大きく変わって当然ではある。

    そうした個人の家屋では、よくゲストハウスをやっていた。ちょうど現在世界各地で流行りの民泊である。もともとそのように建てられたものではなく、外国人が来るようになったため収入の手段として泊めるようになったものだった。

    往時の家屋は概ねこのようなイメージだったが、これらのように大きく立派ではなかった。

    たいてい看板などなかったので通りとハウスナンバーで呼ばれていた。そういうのが発展してホテルとなったものもあるかもしれないし、反対に参入してくるホテルに押されて廃業したりしたものも多いのだろう。

  • 中華料理屋「中華」

    中華料理屋「中華」

    暑い中を歩いていると、汚い酒場みたいなところで、デーシー・シャラーブではなく、ビールを出しているという店があった。渇きについつい引き込まれそうになるが、ここで飲んだらもう1日が終わってしまいそうなので我慢する。

    ビアバー

    さらに進んでいくと、どう見ても本当のインド華人が経営していそうな中華屋があったので入ってみる。出てきた年配男性に尋ねてみると、数年前までは華人が切り盛りしていたが外国移住のためインド人に売却したのだという。その男性を含むスタッフたちは華人時代から働いており、今年でなんと43年目なのだとか。

    中華料理屋「中華」
    店内も本格的
    メニュー

    移住先はインド華人定番のカナダとのこと。彼らの大半がカナダ行きであり、そのマジョリティーはケベック州、その中でもモントリオールとその周辺が多い。先行した移住者たちのツテや縁があるからのようだ。

    カーンプルのこの中華レストラン「中華」でチャプスィを注文。ひとりでは持て余す分量ながらも優しい繊細な味付けと野菜にコシがのこしてあるのは、さすがインド華人直伝。長崎皿うどんさながらの味わいだ。

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  • バンコクのインド人ナイトスポット

    バンコクのインド人ナイトスポット

    フライトまでの2泊はバンコクのナーナーに滞在した。ちょっと良いホテルに投宿。朝食バフェが付いているのだが、有数の繁華街にあるため、食べているのは男性客ばかりで、女性客はほとんどいない。その数少ない女性客は男性客の連れのようだが、どう見ても夫婦にも恋人同士にも見えないというケースがほとんど。隣のテーブルのふたりも、互いに言葉すらロクに通じないのであった。

    そんな界隈にはインド人観光客の増加を反映してか、インド人専用の夜遊びスポットがある。「専用」というのは、店の前の客引きがインド人客にしか呼び込みをしないからだ。

    このあたりでは大音響でアラビアのポップスも流れているため、おそらくアラビア人用のスポットもあるらしい。このあたりは商圏を同胞に定めているようで、ランダムに声をかけてくるわけではないようだ。

    通りには、いわゆるストリートガールがずらりと並んでいて、その数と年齢層の幅広さと多国籍ぶりには驚く。おそらくタイ人に見える中にはラオス、カンボジア等々周辺諸国からも来ているのだろうし、アフリカのどこかから来たと思われる街娼の姿もある。

    そんな中のひとり、黒い被り物をしたアラブ人女性は観光客ではないようで、同じところに立ってアラブ圏から来たと見える男性たちに声をかけては話し込んでいる。こちらも街娼らしい。

    インド人ナイトスポットのあたりでは、けっこう高価そうなシャルワール・カミーズを着用した女性がインド人男性二人連れと何やら話し込んでいる。

    インド雑学研究者としては、こうしたインド女性たちがどこからやってくるのか、どういうきっかけで渡泰したのか、なにかリクルートのルートがあるのか、どのような形態で活動しているのか、何年くらい続けているのか、どのくらいの人数規模があるのかなどと、社会学的な観点からの関心が頭を持ち上げる。

    商談中のふたりの横で、スマホをいじりながら彼の次に話をしてみようと終わるのを待つ。女性はインドでは耳にしないアクセント。タイ生まれのインド系の人たちの訛りなので、インド系タイ人ではないかと思われた。

    そうこうしているうちに、話がまとまってしまったようで彼女は男性二人とそこを後にしてしまい、ちょっとガッカリ。

    道路反対側に東南アジア系ではない女性たちが数人いたので移動してみると、やはりそこにもインド人と思われる人がいた。やはりインド人に特化して活動しているらしく、欧米人や私のような日本人が近づいても顔すら向けることはなかったが、こちらから「Kya haal chaal hai ? (調子どうよ?)」と声をかけてみる。

    一瞬かすかな戸惑いのような表情は見えたものの、こちらが彼女に関心を持っていることはわかったようだ。

    ラージャスターン州から来たという30代前半と思われる女性。ここでは2年になるとのこと。見た感じは観光客としてバンコク訪問のインド人客に見えなくもない。先ほどの女性のようなタイ訛りはないので、本当にインドから来たのだろう。ヒンディー語は何かと役に立つ言葉である。

    どこかの店の客引きをしているわけではなく、彼女自身がフリーランスで活動しているとのこと。昼間は他のどこかで仕事をしているわけではなく専業だと言う。(VISAはどうなるのか?)基本、夕方から毎日ここに立っているそうだ。

    そんな話をしばらく聞いた後、「これからどうですか?1,000バーツだけど、部屋代は別途300バーツ払ってね。ここの路地のすぐ裏だけど遊びませんか?」とかなんとか。

    この流れだと、インド人客であれば「料金融通利きますか?600バーツでどうでしょう?近くに泊まっているので、私の部屋でも大丈夫ですよ、ノープロブレム。さあ、行きましょう!チャロー!」と口走る人が大半ではないかと思う。

    界隈では、数はけっして多くはないものの、インド人と思われる姿はたしかにチラホラと見られるため、インド雑学的見地から興味関心はそそられる。

    しかし、こればかりはそうした当人たちのお客さんにならない限りは、本格的な調査は容易ではなさそうだし、深い話を聞きだそうとすれば、常連さんになる必要があるような気がする。

  • 英連邦

    英連邦(Commonwealth of Nations)」なんて形式的なものに過ぎないし、その中で敵対関係にある国々もある。

    それでも4年に一度、この「名目的な共同体」の中で「英連邦大会(Commonwealth Games)」が開催されているし、英連邦の国々同士で相手国に設置する在外公館も「大使館(embassy)」ではなく、「高等弁務官事務所(High Commission)」と呼ばれる。

    名目上、同じ連邦内にある自治体としての「☓☓国」「☓☓共和国」であるからだ。なんか不思議な感じ。

    中には英国と豪州のように、カナダも同様だが、名目上の国家元首として英国国王を戴く国々もあれば、英国/豪州間のように、あたかもEU加盟国同士の国々の如く、国民の相互への移動に対して査証の必要はないどころか就労も自由といった関係にある例を除けば、他はそんなことはまったくないのに。

    たとえばインドやバングラデシュから英国に渡航しようとすれば厳しい査証審査があるし、英連邦市民てまあるからといって容易に就労できるなどといった措置もない。

    昔、デリーで初めてパキスタンの査証を取得した際、出向いた先がパキスタンの「大使館」ではなく「高等弁務官事務所」を名乗っていることに、軽い目眩を感じた。「同じ『英連邦』内の国同士なのに、なぜ戦争までしたり、敵対関係にありいがみあっているのか?」と。

    そんな名目上の「Commonwealth」なる連合体なのに、それでいて定期的な行事やイベントもあるなど、旧宗主国英国を中心とするしっかりした繋がりと緩いながらも確たる所属意識もある。

    そのとき改めて「英国はすごい」と思った次第。

    High Commission for Islamic Republic of Pakistan, New Delhi

     

  • ビリヤーニーの親戚

    ビリヤーニーの親戚

    ペルシャ料理のプラオからインドで派生したビリヤーニーが美味しいデリーで、そのペルシャのプラオから派生したウズベキスタンのプラオ、つまり「いとこ」に当たるものを食べる。

    やはりマトンは美味しい。脂身の芳醇な香りが好きだ。この店の肉はちょい痩せているけど。肉質や香りは牛肉のそれとベクトルが似ていると思う。

    これを臭いという人もいるが、あくまで慣れと馴染みの問題だろう。私たちは牛肉には慣れているものの、あれだってそうとう強い匂いがするものだから。匂いと感じると美味しく食べられるのだが、臭いと感じるとそうではなくなってしまう。