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カテゴリー: economy

  • 「英語圏」のメリット

    コールカーターで、ある若い日本人男性と出会った。

    インドの隣のバーングラーデーシュに4か月滞在して、グラーミーン・バンクでインターンをしていたのだという。これを終えて、数日間コールカーターに滞在してから大学に戻るとのこと。彼は、現在MBAを取得するためにマレーシアの大学に在学中である。

    マレーシアの留学生政策についてはよく知らないのだが、同級生の半分くらいが国外から留学しに来ている人たちだという。

    今や留学生誘致は、世界的に大きな産業となっていることはご存知のとおりだが、誘致する側としては英語で学ぶ環境は有利に働くことは間違いなく、留学する側にしてみても英語で学べるがゆえに、ハードルが著しく低くなるという利点があることは言うまでもない。

    同様のことが、ターゲットとなる層となる自国語が公用語として使われている地域が広い、フランスやスペインなどにも言える。これらに対して、国外に「日本語圏」というものを持たない日本においてはこの部分が大きく異なる。

    出生率が著しく高く、世帯ごとの可処分所得も潤沢な中東の湾岸地域にある産油諸国においては、急激な人口増加に対する危機感、そして石油依存の体質から脱却すべく、自前の人材育成に乗り出している国が多く、とりわけ欧米諸国はこうした地域からの留学生誘致に力を入れている。昨年、UAEのアブダビ首長国で開かれた教育フェアにおいては、日本も官民挙げて力を注いだようだが、来場者たちは日本留学関係のエリアはほぼ素通りであったことが一部のメディアで伝えられていた。

    投資環境が良好なUAEにおいては、Dubai International Academic Cityに各国の大学が進出して現地キャンパスを開いているが、それらの大学はほぼ英語圏に限られるといってよいだろう。やはりコトバの壁というものは大きいが、こういうところにもインドは堂々と進出することができるのは、やはりこの地域との歴史的な繋がりと、英語力の証といえるかもしれない。

    日本政府は中曽根内閣時代以来、留学生誘致に力を入れているものの、現状以上に質と規模を拡大していくのは容易ではなく、「留学生30万人計画」などというものは、音頭を取っている文部科学省自身も実現不可能であると思っているのではないかと思う。仮に本気であるとすれば、正気を疑いたくなる。

    もともと日本にやってくる留学生の大半は日本の周辺国であり、経済的な繋がりも深い国々ばかりであり、その他の「圏外」からやってくる例は非常に少ない。また、日本にやってくるにしては「珍しい国」からの留学生については、日本政府が国費学生として丸抱えで招聘している例が多いことについて留意が必要である。そうした国々からは「タダで学ぶことができる」というインセンティブがなければ、恐らく日本にまでやってくることはまずないからである。

    身の丈を越えた大きな数を求めるのではなく、質を高めるほうに転換したほうが良いのではないかと思うが、ひょっとすると、少子高齢化が進む中で、外国から高学歴な移民を受け入れて、労働人口の拡充に寄与しようという目的もあるのかもしれないが、実際のところは、学齢期の人々が漸減して、冬の時代を迎えている国内の大学の生き残りのための政策なのではないだろうか。

    こればかりはどうにもならないが、もし日本が「英語圏」であったならば、様々な国々からの留学生の招致は現状よりももっと容易であったに違いない。

  • ヤンゴンのホテル代に思うこと

    ヤンゴンを訪問する際、国内線であれ国際線であれ、そこからの出発が早朝の場合、前日はいつも空港目の前にあるSeasons of Yangonというホテルを利用することにしている。

    国際線ターミナルの正面、国内線ターミナルはそのすぐ脇なので、寝坊してもまったく心配ない。歩いても目と鼻の先なのだが、頼むまでもなくクルマで送ってくれる。

    90年代前半に撤退した米資本のラマダグループのホテルであったが、その後豪州資本のホテルグループに買収されて現在に至っている。

    これについて昨年も書いたとおり、建物や施設はくたびれているものの、空港目の前というロケーションと廉価な宿泊費を考え合わせると、かなりお得感のあるホテルであった。

    「・・・であった。」と過去形なのは、25米ドル、30米ドル程度で宿泊できた数年前と違い、昨年は50米ドルにまで上がり、現在は70米ドルにまでなっているからだ。

    もちろん昨今のミャンマーブームにより、最大の商都ヤンゴンの宿代の急騰ぶりは様々なメディアでも報じられており、市内のどのホテルも2倍どころか3倍以上も吊り上がっており、これはホテルの格を問わず、安宿でも同様にずいぶん高くなってしまっている。

    そんな具合なので、以前から宿泊施設を運営しているような場所では「景気が良くなった」と実感していることだろうが、便利な立地のところはどこも地価の上昇著しく、安宿から中級程度のホテルといったリーズナブルな料金の宿を新たに建築するには、ちょっと敷居が高くなってしまっているようだ。そんな状態なのに需要はどんどん伸びているがゆえに、ますます宿泊費がうなぎのぼりに上がっていく。

    それでもやはりそこに商機があれば、積極的に参入する者が増えるのは当然のことであるため、まさに建築ブームとなっている市内では、新たに建築されるホテルの類もまた多い。

    ミャンマーブームはしばらくの間冷めることはなさそうなので、こうした供給の側が追い付いてくるようにならない限り、ホテル代の上昇は今後も続くであろうことは言うまでもない。

    ダウンタウン在住で、ちょっと目端の利く人は、このブームを見越して、旧首都のもともと価格の高かった地域の物件を手放して得た資金でまだ価格が手ごろだった郊外で、しかも良好な環境で家屋を入手したりもしていたようだ。もちろんそうした動きもまた今後も引き続き続いていくはずだ。

    ただし、そうした地価上昇とともに、そうした利ザヤ目当てで売買できる立場ならば良いが、ダウンタウンで賃貸暮らしをしている人たちにとっては、昨今の状況は「収入はそうでもないのに家賃ばかりがガンガン上がっていく」という憂慮すべきことかもしれない。

    加えて、景気が良くなれば苔むしたような建物が並ぶダウンタウン地区に再開発という話が出るのもそう遠くない将来のことではないかと思う。大規模な開発がなくても、大きな建物がまるごと次々に取り壊されて新しくなるということも続いている。

    あちこちに植民地時代の面影を色濃く残すダウンタウンのインド人地区、中国人地区といった趣のあるタウンシップも、街並みの保存という概念が広まる前に、凄まじい勢いで追憶の彼方に消え去ってしまうかもしれないし、経済的な理由でそのあたりからの人口流出と新たな流入により、地域の個性も失われてしまうのではないかと少々気になったりもするこのごろである。

  • 新年快楽!心想事成!!

    2014年の春節は1月31日である。その前日30日は大晦日ということになるので、中国、台湾、加えてその他の中国系のたちが多く暮らしている地域はそれから一週間ほど正月の華やいだ雰囲気の中で休日を過ごすことになる。

    アセアン諸国には多くの華人たちが暮らしており、地域によって潮州人が多かったり、広東人が多かったりという特色があるが、それぞれのコミュニティにおける伝統にローカル色を織り交ぜて、様々な祝祭が展開される。

    中国系の人々にとって、たとえ大陸の人であれ、在外華人であれ、そうした自分の住んでいる国の外で同じ中国系の人々、とりわけ同じ客家系であったり、福建系であったりといった同一のコミュニティに属する人々の暮らしぶりやしきたりなどを目にするのは、なかなか興味深いことなのではないかと思う。

    自国の家庭内で使っている言葉が、まったく異なる国に定住した先祖の同郷の人々に通じるということはもとより、それぞれの土地に根付いて代々暮らしているだけに、生活様式もローカライズされ、普段使っている語彙も地元の言葉等の影響を強く受けていることに気付いたりもすることだろう。

    中国から国外への移民の初期は、ほとんどが男性ばかりであったため、同じ潮州人、広東人といっても、本土の人々とはかなり異なる風貌になっていることも少なくない。それでも民族としての中国人、あるいはもっと細かなコミュニティの出自であるというアイデンティティを持つことができるのは、同族としての絆の深さと自身が背負う文化や伝統への愛着とプライドゆえのことだろう。

    私自身は中国系の血を引かない、ごく普通の日本人であるため、そのような感情を抱くことはないのは少し残念な気がしないでもない。

    さて、アセアン諸国から見て西の方角にあるインド。かつてほどの人口規模はないとはいえ、今も決して少なくない数の華人たちが暮らすコールカーター。多くは広東系あるいは客家系であるが、先祖の出身は広東省の梅県が多い。通信手段の限られた時代であったため、中国から国外への移民の場合だけでなく、インドから東南アジア方面その他への移民たちの場合でも、同郷から非常に多くの人々が渡ったというケースは多い。人づてのネットワークがそうさせたともいえるだろう。

    コールカーターの華人社会について、地元で生まれ育った華人自身(現在はカナダに移住)によって書かれた本があり、インド人の大海の中の片隅で暮らす華人たちの暮らしぶりを活写している。描かれているのは、華人社会の中での濃密な人間関係であり、周囲のインド人たちとの関わりであり、1962年に勃発した中印紛争のあおりで苦渋を舐めることになった中華系の人々の悲哀でもある。

    書名 : The Last Dragon Dance

    著者 : Kwai – Yun Li

    発行 : Penguin Books India

    ほぼ同じコンテンツで「Palm Leaf Fan」という書名でも出版されており、こちらはamazon.co.jpでKindle版を購入することができるため、インド国外から購入の場合は手軽だろう。

    書名 : Palm Leaf Fan

    フォーマット : Kindle版

    A SIN : B009LAH84G

    同じ著者による論文「Deoli Camp: An Oral History of Chinese Indians from 1962 to 1966」は、ウェブ上からPDF文書でダウンロードできるが、こちらも必読である。ラージャスターン州のデーオーリー・キャンプといえば、第二次世界大戦時にアジアの英領地域に居住していた日本人たちが収容された場所として知られている。中印紛争により「敵性国民」とされることになった華人たち(インド国籍を取得していたものも含む)もまた、居住して商売を営んでいた土地から警察に連行されて、デーオーリー・キャンプに収容された時代があった。

    この論文は、キャンプでの日々や解放されて居住地に戻ってからも続く差別や困難などについて、体験者たちにインタビューしてまとめたものである。これを読むと、ベンガル州北部のダージリン、メガーラヤ州のシローン、アッサム州の一部にも少なからず華人たちの居住地があったこともわかり、少なくとも中印関係が緊張する以前までは在印華人たちの社会にはかなりの奥行きがあったことがうかがえる。

    さて、話は華人たちの旧正月に戻る。今年のコールカーターでの華人の春節のことを取り上げた記事をみかけた。

    Chinatown in Kolkata, only one in India, to celebrate Chinese New Year amid plans for a facelift (dnaindia.com)

    ライターであり写真家でもあるランガン・ダッター氏も自身のウェブサイトで華人たちの新年を取り上げている。

    Chinese New Year, Calcutta (www.rangan-datta.info)

    短い動画だが、昨年のコールカーターでの華人たちの旧正月の模様を映したものもある。

    Chinese New Year in Kolkata India (Youtube)

    Youtubeの動画といえば、ムンバイー在住のドキュメンタリー映像作家のRafeeq Ellias氏がコールカーターの華人たちについて取り上げた作品「The Legend of Fat Mama」を観ることができる。

    こちらは旧正月の祝祭の映像ではないが、同地の華人社会をテーマにした秀作なので、ぜひ閲覧をお勧めしたい。

    ※「マジューリー島4」は後日掲載します。

  • ビルマハイウェイ

    ビルマハイウェイ

    ビルマ系米国人の歴史家、タンミンウーによる原書「WHERE CHINA MEETS INDIA」の和訳版である。著者は1961年から10年間に渡って国連事務総長を務めたウー・タン(ウ・タント)の孫にあたる。

    原書の初版は軍政期の2010年に出版されている。この年の11月に実施された総選挙を以て、「民政移管」されたことについて、あまりに軍にとって有利なシステムで選挙が実施されたことにより、「軍政による看板の架け替えに過ぎない」「欧米による経済制裁解除狙いが目的の茶番劇」と酷評された選挙であった。

    「実質は軍政の継続」と批判されつつも、経済面では「中国による野放しの専横」がまかりとおっていることへの危機感とともに、「東南アジア最後のフロンティア」としての潜在力と市場規模を持つミャンマーへの制裁解除のタイミングを待っていた先進諸国の反応は迅速で、一気に大量の投資が流入することとなり、ご存知のとおりの「ミャンマーブーム」となっている。

    そんなわけで、この本が執筆された当時からそれほど長い年月が経過していないにもかかわらず、すでにミャンマーを取り巻く環境は大きく変わってきている。それほど変化は早い。

    新興市場としての魅力、新たな「世界の工場」としての先進国からの期待と同様の思いを抱きつつも、利用価値の高い陸続きの隣国として、戦略的な意図での取り込みを図る国々もある。

    自国の内陸南部からインド洋への出口を狙う中国。中国との接近により国内北部の平定を企図するミャンマー。

    隣国ミャンマーに対する中国の進出に危機感を抱いて挽回を狙うとともに、自国北東部の振興を期待するインド。中国に傾斜し過ぎることに対するリスク回避のため、カウンターバランスとしてインドへの接近を試みるミャンマー。

    こうした各国の思惑が交錯するとともに、地元の人々もまた分断された国境の向こうとの繋がりに期待するものがある。もともと北東インドはインド世界の蚊帳の外にあるとともに、ミャンマー北西部はビルマ族自身が完全に掌握をしたことのない周辺地域であった。

    北東インドにあった王国は、アホム王国のように現在のタイ・ミャンマーにまたがって分布しているタイ系の民族によるものであったり、マニプル王国のように現在のミャンマー領に進出したりといった具合に、相互にダイナミックな往来がある地域でもあるのだが、現在は国境から両側がそれぞれ、もともとは従属していなかったインドあるいはミャンマーの国の領土として固定されてしまっているとともに、往来が希薄な地の果ての辺境という立場におかれるようになっている。

    そんな現状も、東南アジア地域への陸路による出口を求めるインド、中国とのカウンターバランスを期待するミャンマーの交流の活発化により、「地の果て」が南アジアと東南アジアという異なる世界を結ぶ物流や交易の現場として、いきなりスポットライトを浴びて表舞台に飛び出してくる可能性がある。もちろんこれまであまり知られていなかった観光地としての期待もある。

    そうした動きの中で、先進国による経済制裁の中で、これとは裏腹に強固に築き上げられたミャンマーと中国の間の深い経済の絆、ミャンマーが属するアセアンの国々による政治や投資での繋がり等と合わせれば、これら政治・経済、人やモノの流れが幾重にも交差することになるミャンマーの地勢的な利点は非常に大きい。

    やがては単なる市場やモノづくりの拠点としてではなく、東南アジア、中国、南アジアという三つの世界を繋ぐ陸の交差点として、大きな発言力を持つ大国として台頭する日がやってくるようにも思われる。

    そんな未来の大国へと成長する可能性を秘めたこの国について、様々な角度から検証しているのがこの書籍である。ぜひ一読をお勧めしたい。

    書名:ビルマハイウェイ

    著者:タンミンウー

    翻訳者:秋元由紀

    出版社:白水社

    ISBN-10: 4560083126

    ISBN-13: 978-4560083123

     

    書名:Where China Meets India

    著者:Thant Myint-U

    出版社:Faber & Faber

    ISBN-10: 0571239641

    ISBN-13: 978-0571239641

     

  • オートリクシャーの工場

    下記リンク先の動画は、バジャージ社のアウランガーバードにあるオートリクシャー工場の製造ラインであるとのことだ。

    Autorickshaw Factory (Youtube)

    大手企業の工場なので当然のことだが、工場内は整然としていて、各工程にて効率的に組立がなされている様子が映し出されている。失礼ながら、もっと荒っぽい作業が行われているものとばかり思っていた私にとっては、ちょっと意外であった。

    これは、ドキュメンタリー作品の「Rickshaaa! A Film on Three Wheels」(ソーミャディープ・ポール監督)というのがあるそうで、その作品中でのひとこまであると、上記のYoutubeンク先には書かれている。機会があれば、その作品自体を鑑賞してみたいものだ。

  • 北東インド振興は鉄道敷設から

    北東インド振興は鉄道敷設から

    掲載されたのが今年9月18日と、少々古いニュースで恐縮ながら、北東インドの未来を感じさせるこのような記事があった。

    NE to be linked to Trans-Asian Railway Network (The Assam Tribune)

    北東インドが81,000キロに及ぶTARN (Trans-Asian Railway Network)につながるのだという。具体的にはマニプル州都インパールからモレー/タムー国境(前者がインド側、後者がミャンマー側)までの118kmの鉄路を敷設する予定であるとのことだ。

    同様に、トリプラー州のジャワーハル・ナガルからコラーシブ/ダルローン国境(前者がインド側、後者がミャンマー側)に至るルートの提案もなされている。

    こうした計画や展望の成否についてはかなり流動的であることは言うまでもない。つまりミャンマーの好調な経済発展がこのまま継続するかどうか、そして両国のこの地域の政情について、とりあえず安定してきている状態が今後も続くかどうかというリスクがある。前者については、対立してきた先進諸国との関係改善により、内外から空前の投資ブームが起きていることから問題はないように思えるが、後者については不透明だ。

    鉄道ネットワーク建設により、インドとミャンマーの二国間というよりも、南アジアと東南アジアという異なる世界・経済圏を結ぶ架け橋となることが予想されるインド北東部とミャンマー西部だが、この地域で活動している両国の反政府勢力、つまり地元の民族主義活動グループにとって、こういう状況はどのように受け止められるのかといえば、一様ではないだろう。

    それぞれの勢力の思想・信条背景により、これを経済的地位向上の好機と捉えるケースもあれば、自国と隣国政府による新たな形の簒奪の陰謀であると判断するかもしれない。だがどちらにしてもあながち間違いではないだろう。これらの計画は、両国政府自身へのメリットという大所高所から見た判断があるがゆえのことであり、「辺境の地を経済的に潤すために隣国と鉄道を接続」などということがあるはずもない。しかしながらこのようなリンクが出来上がることにより、これまで後背地にあった土地が外界と物流・人流の動脈と繋がることにより、経済的に利するところは非常に大きい。

    これまでインド・ミャンマー国境では、表立って活発な人やモノの出入りはなかったがゆえに、それぞれがインド世界の東の果てとなり、ミャンマー世界の西の果てとなり、それぞれが「行き止まり」として機能していたがゆえに、その手前の地域は中央から見た「辺境」ということになっていた。

    だが、鉄道がこの地域を通じて両国をリンクすることになれば、南アジア地域と東南アジア地域の間でモノやヒトの行き来が活発になり、やがて大量輸送目的の道路建設にも繋がることだろう。このあたりの地域は、主に「通過するだけ」というケースも少なくないかもしれないが、それでもこれまでほとんど表立って存在しなかった商圏が出現することにより、ミャンマー西部やインド北東部のマイナーな地域が複数の「取引の中心」として勃興するということは当然の流れである。

    天然資源に恵まれたアッサムを除き、これといった産業もなく、観光振興に注力しようにも、反政府活動による政情・治安面での懸念、観光資源の乏しさ、アクセスの悪さなどが災いして、中央政府がたとえ北東地域の経済的自立を望んでも、なかなか実現できないジレンマがあった。

    ここにきて、ミャンマーブームは、隣国インドにとっても「自国の北東地域の振興と安定」という恩恵を与えることになりそうだ。 同様に、長年国内各地で内戦が続いてきたミャンマーにとっても、同国西部について同様の効果が期待できるものとなるだろう。

    これは、ミャンマーとの間だけに限った話ではない。インドのトリプラー州都アガルタラーから国境を越えた先のバーングラーデーシュの町アカウラーまでを繋ぐ予定がある。その距離は、わずか15kmに過ぎないが印パ分離以来、互いに分断されてしまっていた経済圏が鉄道を通じて限定的に再統合される可能性を秘めている。加えて、インドのトリプラー州南部のサブルームからバーングラーデーシュ随一の港湾都市チッタゴンを結ぶ計画もあり、インドとバーングラーデーシュが経済的により密な関係になることが大いに期待される。ミャンマーブームほどの規模ではないが、インドの東部地域の特定業界限定で、将来性を買っての「トリプラー州ブーム」が起きるのではないかとさえ思う。

    北東インドの振興と安定については、国境の先へと結ぶ鉄道敷設がカギを握っているといっても過言ではない。同時に、これまで辺境として位置しており、独自の伝統・文化を維持してきた地域が、それぞれ「インド化」「ビルマ化」されていくプロセスでもある。銃による侵略に対してはよく耐えて抵抗してきた民族や地域は枚挙にいとまがないが、札束と物欲の魅力に屈することのなかった人々の例についてはあまり聞いたことがない。

    加えて将来、インド北東部とミャンマー北西部を通じて、南アジアと東南アジアが経済的に緩やかに統合されていくことによる、文化的・社会的影響を受けるのは、その「緩衝地帯」でもあるこの境界地域である。これまでのような中央政府と地元民族の対立という図式だけでなく、相反する利害を共有する「国境のこちら側と向こう側」という図式も加わることになる。

    今後の進展に注目していきたい。

  • SIMフリーのiPhone発売

    SIMフリーのiPhone発売

    先日、日本のアップルストアでSIMフリーのiPhone (5Sならびに5C)の販売を開始した。

    これにより、日本で購入・使用しているiPhoneがジェイルブレイク等することなしに、アップルのサポートの範囲内で、SIMを差し換えて利用できるようになる。

    日本国内の新日本通信その他の格安SIMはもちろんのこと、海外のインドその他の国々で現地SIMを購入したうえで、日本国内で使っているのと基本的に同じ環境でそのまま使用できることのメリットは大きい。

    その他のスマートフォンにおいては、docomoの場合は自社で販売しているモデルについてSIM解除手数料3,150(消費税込)を支払えば、SIMフリー化してもらえる措置はあったものの決して安い出費ではない。そうして解除してみても、docomo以外のSIMを挿入するとテザリングは利用できない仕様になっていたりする制限があった。

    しかしながら先述の格安SIMはインターネットの通信速度が非常にスローであるし、かといって携帯電話各社は、基本的に通信回線契約とハンドセットの販売は抱き合わせになっているという不便がある。

    つまり新しいハンドセットを購入する際に「月々割」その他の名称で、毎月の通信料金から一定の金額を差し引くことにより、「実質ゼロ円で購入できます」などという形で消費者に対して回線契約あるいは更新時に新しい機種を購入するように「強要」しているからだ。

    もともと日本の携帯電話の通信料金はかなり割高に設定されており、そこからわざわざ本体価格を割り引いたように見せる姑息な手段ではあるものの、そうした月々の割引とやらが適用さそるのは、あくまでもハンドセットを回線契約ないしは更新と同時に購入した場合のみであり、自前のものを持ち込むと毎月の通信料金がずいぶん割高になってしまう。

    同様に契約期間満了時に、それまで使ってきたハンドセットをそのまま継続して使用するつもりであっても、その時点で購入時に与えられた月々の割引が終了してしまうため、再度ハンドセットを購入することにより、新しい契約期間内の月々の割引を適用してもらうようにしないと、これまた毎月の出費が大きくなってしまう。

    業界全体がそういう商習慣になっているため、アップルストアでSIMフリーのiPhoneが発売されたからといって、それが爆発的に売れるようになるとは思えない。従前からSIMフリー端末を海外で購入する人たちは多かったし、日本国内のユーザーに対して、香港などの現地価格とあまり変わらない価格で海外からSIMフリーのスマートフォンを手配する通信販売業者はあった。

    現状では、多くの場合、特定の機種を利用したいという場合、それがiPhoneであれ、ギャラクシーノートであれ、それらを販売している通信会社と契約しなくてはならない。こうした日本と同様の販売方法をとっている国は他にもあるとはいえ、多くは通信契約とハンドセットの購入は別々となるのが基本である。

    つまり自分が利用したい携帯電話機を購入したうえで、自分の都合に合った契約を通信会社と交わす。従来からの固定電話と同じことだ。

    インドのように、ポストペイド契約主体に頼るだけでは顧客を獲得することが困難な市場環境の国で普及している、基本料設定がなくて維持費が格安のプリペイド方式が日本にもあったならば(日本のキャリアにもプリペイドのプランはあることはあるが、あまり気軽に利用できるような内容ではない)、個人でも複数台所有することが容易になる。

    日本の携帯電話事情は、大手の携帯電話事業者自身とそれらと癒着した各メーカーの都合で動いており、ユーザーの利便性は置き去りにされている印象が強い。

    そういう意味では、中古携帯のマーケットが充実していて、中国その他の国々で製造された格安ハンドセットが普及しており、月々の基本料金なしで格安の維持費(通信料も世界最安級)で利用できるインドの携帯電話事情(中古ガラケー利用を前提とすると破格の安値)は、日本に比べてはるかに「ユーザーフレンドリー」度が高く、羨ましく思えてしまう。

  • NIKKEI ASIAN REVIEW創刊

    NIKKEI ASIAN REVIEW創刊

    今年9月からPre – Launch Issueとして出ていた週刊NIKKEI ASIAN REVIEWが、11月21日号をもってついに正式に「創刊」となった。PCで閲覧はもちろんのこと、iPad、iPhoneやAndroidで専用のアプリをインストールして読むこともできる。創刊号の目玉はミャンマー関係の記事で、やはり今のアジアではミャンマーが最も注目されるのは当然のことであるのは言うまでもない。

    ひょっとすると日本初の国際的に影響力のある週刊経済誌となるかと、少々期待したのであるが、残念ながら少なくとも今のところはそのようなレベルではない。あまりに表面をなぞったような短い記事が並んでおり、取り上げられている事象の背景の詳細な分析もないため、経済誌の見出しだけ読んでいるような気がする。これではあまりに貧弱すぎる。

    今後の発展に期待することにしたい。

  • 紅茶レジェンド

    紅茶レジェンド

    慌ただしい朝に少々時間を気にしながらも楽しむ一杯の紅茶、昼下がりに読書をしながら楽しむ紅茶、午後に友と語らいながら楽しむ一杯の紅茶、夕方になって傾く陽を眺めながら楽しむ一杯の紅茶。どれもとっても素敵な時間を与えてくれるものだ。

    紅茶というものが世の中になかったとしても、同じように時間が経過していき、同じように日々が過ぎていくのだろうけれども、この一杯の安らぎのない生活というものは考えられない。コーヒー好きの人にとってのコーヒーと同じことだが、この一杯あってこその充足感、気分の切り替え、解放感がある。

    味わいをゆっくりと楽しみ、気持ちがすっきりするけれども、酔わないのがいい。だから朝から晩まで、時間帯を問わず、場所を問わずに楽しむことができる。お茶を淹れることができる設備がないような場所では、もちろんペットボトルに入った紅茶だって立派な紅茶に違いない。カップで熱い紅茶を啜るのとはかなり気分は違うけれども、やっぱり気持ちを解放してくれる。

    私は紅茶が大好きだ。けれども産地やブランドへのこだわりは正直なところまったくない。色合い香りともに派手なセイロンティー、上品で風格のあるダージリンティー、地元原種の茶の木がルーツのアッサムティー等々、それぞれの個性がどれも楽しい。

    はてまた、イギリス式のティーでもインド式のチャーイでも私にとってはどちらも紅茶。どんなお茶でも自分で淹れるし、淹れていただけるならばどんな紅茶でも美味しくいただく。

    あればいつでも嬉しい紅茶だが、長年茶商として営んできて、紅茶エッセイストとしても知られる著者によるイギリスと紅茶の歴史の本がある。

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    書名:紅茶レジェンド

    著者:磯淵猛

    出版社:土屋書店 (2009/01)

    ISBN-10:4806910155

    ISBN-13:978-4806910152

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    紅茶と血を分けた兄弟である中国茶の数々、中国沿岸部から雲南までを経てミャンマーへと広がる茶の栽培地域。そのさらに先にインドのアッサム、ダージリンといった紅茶の産地へと足を運び、それぞれの地域での特色ある喫茶習慣はてまた食べ物としてのお茶を紹介。

    トワイニングとリプトンという、紅茶業の二大巨頭の事業の変遷、イギリスや世界各地での喫茶習慣の普及と大衆化についての流れが語られていく。

    そしてともにスコットランド出身、それぞれアッサムとスリランカで茶の栽培の先駆者として歴史に名を刻んだチャールズ・アレクサンダー・ブルースとジェイムス・テイラーの生涯についても紹介されている。後世に生きて紅茶を楽しむ私たちにとって、どちらもありがたい恩人たちだ。

    茶園で働く人々によって手摘みされる茶葉、製茶場での加工の過程、その後の流通やパッケージング等々に想像を働かせつつ、現在の紅茶世界の背後にある歴史に思いを馳せると、カップの中で湯気を立てて揺れている紅茶がますます愛おしくなる。

    人類の長い歴史の中で、紅茶出現後、しかも紅茶の大衆化以降に生きることを大変嬉しく思う・・・などと書いては大げさ過ぎるだろうか。

    蛇足ながら、近年刊行された紅茶関係の本としては、こちらもお勧めだ。

    紅茶スパイ(indo.to)

    とにかく私は紅茶が大好きである。

  • バーングラーデーシュ市場に販路を目論むユニクロ

    中国一辺倒であった生産拠点を他国への分散を図るユニクロがバーングラーデーシュでの製造に力を入れ始めるとともに、マイクロ・クレジットの成功で知られるグラーミーン銀行との提携で、現地会社グラーミーン・ユニクロを設立したのは2010年のこと。

    ユニクロのソーシャル・ビジネスという位置づけにて、地場産業から調達できる素材による現地請負業者が生産した製品を、現地の委託請負販売者が顧客に対面販売をするという形での取り組みがなされていたことは以前取り上げてみたとおり。

    Grameen UNIQLO (indo.to)

    おそらくこうした試みの中で、このビジネスがモノになるという確信を得たのであろう。ユニクロは同国で今後1年間に30店舗のオープンという目標を掲げるに至った。カジュアル衣料販売で世界第4位の同社が、ZARA、H&Mといったライバルを追い抜いて世界トップに躍り出ることを画策する同社の狙いは、これまで競合する他社が手を付けていない最貧国市場での大きなシェアの獲得である。

    11月17日(日)午後9時からNHKで「成長か、死か ~ユニクロ 40億人市場への賭け~」という番組が放送されていた。

    内容は近年の業界の勢力図とライバル各社の動向、そしてこれまでターゲットとしていなかった最貧国市場への進出と現地でのスタッフたちが格闘する日々、そして現地を代表するアパレル企業トップからユニクロへのアドバイス他といった具合だ。

    その中で、ユニクロが展開するカジュアル衣料は現地の女性たちにあまり受け入れられず、今年7月にオープンした第1号店ではあまりに女性客への売れ行きが芳しくないので、急遽地元のバーザールからシャルワール・カミーズを調達して店舗で販売するといった一幕、女性スタッフが現地の女性たちのお宅を訪問してクローゼットの中を見せてもらったら、誰もがほとんどサーリーやシャルワール・カミーズ以外の服をほとんど持っていないことに驚くなどといった場面があったが、いくら何でもこのあたりの事情については事前のリサーチで判っているはずの基本的な事柄なので、何らかの作為のあるヤラセのストーリーなのではないかと思った。

    いずれにしても、今回の路線転換により、「ソーシャル・ビジネスです」と、トーンを抑えていた同国での市場展開が、「ビジネスそのものが目的です」という本音を剥き出しにした市場獲得へのダッシュとなったことは注目に値する。最貧国市場への浸透といってもこれが意味するところの地域は世界中各地に広がっているが、バーングラーデーシュは、人口は1億6千万人に迫ろうかという巨大な規模であるにもかかわらず、国土の面積は北海道の2倍弱という地理的なコンパクトにまとまっているという魅力があり、今後同業他社や異業種の企業等の進出も期待されている中、ユニクロの進出が呼び水となり、同国のマーケットとしての魅力がこれまでよりも大きく取り沙汰されるようになるのだろう。

    こうした番組について、以前であれば「再放送されることを期待しよう」などとするしかなかったのだが、最近のNHKはウェブでのオンデマンド放送も実施しているので、興味関心のある方は視聴されることをお勧めしたい。本来は有料だが、まだアクセスしたことがなければ無料でお試し視聴もできるようになっているようだ。

    成長か、死か ~ユニクロ 40億人市場への賭け~ (NHKオンデマンド)

  • 異なる世界の狭間 ミャンマー

    3回連続でのミャンマー関係の話題で恐縮である。

    しかしながらインドの隣国であること、英領期にはインドと合邦していた時期もあること、ムガル最後の皇帝バハードゥル・シャー・ザファルの流刑地であったこと、20世紀初頭のヤンゴンは事実上「インドの街」であったことなどから、インド繋がりで関心のあるミャンマーということでご容赦願いたい。

    Travel Visionのサイトを閲覧していると、今年の7月から8月にかけての古い記事になるが以下のようなものがあった。

    ミャンマー国際航空、9月にチャーター4本、JTB九州単独で (Travel Vision)

    首都圏や大阪エリア以外でもミャンマーへの航空需要の観測気球が上げられているようだ。今年のGWには成田と関空以外からも、福岡と沖縄からミャンマー国際航空(MAI)のチャーター便が飛んでいたとは知らなかった。

    またこんな記事もある。

    全日空、ミャンマーの新興航空会社に投資、株49%取得 (Travel Vision)

    「現在は国内線のみを展開しているが今年10月には国際線の就航を予定」とあるものの、今年11月現在までのところ、国際線への進出は果たしていない。しかしながら今後は全日空とのコードシェア便等の導入がなされることがあれば、大いに利用価値のあるものとなるかもしれない。

    一度就航して、間もなく運休していた直線距離にして100km程度ながらも、タイ南部からが再就航した、こんなルートもある。

    ミャンマー、タイ、ノックエアー「モーラミャイン~メーソート」間の直行便再開(9月~)(Travel Vision)

    ミャンマーのモーラミャインとタイのメーソートの間にあるミャワディ/メーサウ国境は、今年8月末ごろから、ミャンマーとタイの他の3つの地点(タチレイ/メーサイ、ティーキー/プナユン、コタウン/ヤナウン)とともに、往来がタイ・ミャンマー以外の第三国の人々に対しても自由化(これまでは制限付きでこれらの地点を越えることができた)されることとなった。人の流れとともに、物流も盛んになることだろう。

    Four border checkpoints to be opened to all this week (The Nation)

    もとより、タイひいては東南アジア地域とインドを結ぶ動脈としての展開が期待されているミャンマーだけに、国境の東側、つまりタイ側と較べて半世紀ほど時代を遡ったようにみえる現在のミャンマーのこの地域においても、その時差をダッシュで取り戻そうとしているかのような変化が訪れることになるであろう。

    タイ側は経済活動が活発なので、いろいろな動きが伝えられてくるが、反対側の国境つまりインド側は経済面でも政治面でも後背地であるため、華やかなニュースに欠ける。しかしながら、ナガランドからミャンマーへの鉄道接続計画、北東インドの街からミャンマーの街への国際バスルート開設の構想なども聞こえてくる。

    当然のことながら、同じく国境を接している中国とミャンマーの間の行き来も非常に活発で、雲南省と隣り合わせのミャンマー北東部のラーショーなどのように、商売のため越境してくる中国人のプレゼンスが大変目立っていたり、このエリアで走り回る乗用車、トラック、バイクなども日本車ではなく、中国からの輸入車両が多かったりといった具合に、中国の存在感が大きい。

    何よりも、ミャンマーが欧米先進国等による経済制裁下にあった時代、大手を振って進出してきて広く浸透したのが中国資本であり、市場を席巻する中国製品である。

    中国と東南アジアの狭間であり、南アジアと東南アジアを繋ぐ地勢でもあり、また中国とインドをリンクする地域でもある。

    経済発展により、多民族国家の生活様式や文化の多様さは失われていく運命にあるのかもしれないが、周囲との行き来が活発になることにより、ミャンマーを取り囲む、文化・伝統が異なり、政治体制も経済も何もかもが異なる「世界」からの影響を受けて、どのように変化・発展を遂げていくのか非常に興味のあるところだ。

  • ミャンマーの空が近くなる

    今年のGWにミャンマー国際航空(MAI)がミャンマーと日本の間のチャーター便を飛ばしたことは以前お伝えしたとおり。

    MAI (Myanmar Airways International) ミャンマーから日本への直行便就航 (indo.to)

    ※2013年のGWのみ

    このときには成田からマンダレー、ヤンゴンから成田、そして関空からマンダレー、ヤンゴンから成田のフライトであったが、来年2月には茨城からマンダレー、ヤンゴンから茨城というルートで5本のチャーターフライトが運行する予定だ。

    ミャンマー国際航空、2月に茨城チャーター、計5本 (Travel Vision)

    すでに全日空が成田からヤンゴンへの直行便が毎日就航しているところだが、ミャンマー側の航空会社も定期便を飛ばすようになると直行便の選択肢が増えてありがたい。

    同様に、以下のような動きもある。これまで隣国のタイと較べて、実質の距離以上の隔たりが感じられたミャンマーの空が、少しでも近くなってくれるとありがたい。

    ミャンマーと航空当局間協議、オープンスカイ視野に (Travel Vision)

    ミャンマー、成田路線が自由化、以遠権も (Travel Vision)