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カテゴリー: column

  • アラビアのインドな休日

     毎年UAEのドゥバイ・ショッピング・フェステイバルに合わせて開催されるグローバル・ヴィレッジは今年で11回目となる。今年は実物の四分の三サイズのタージマハルが登場して注目を集めているという。

    Dubai globalvillage / photo by rdiff.com

     これはNRIの実業家が所有するドゥバイ・グランド・ホテルとインドのZEE TVが共同でプロデュースしたもので、インドから二百数十人の職人たち、ラージャスターンの石材などを送り込んで完成させたという。
     希望者には有料で施設の貸切サービスを行なっており、結婚式その他のイベントに利用するお金持ちも出てきそうだし、インド映画撮影チームがやって来てロケが行われるなんてことも今後あるのかも?
      こうしたインドの歴史的遺産のレプリカ輸出は、ひょっとすると有望な輸出産業になり得るのではないかと思う。
     なおこの催しはインドのファッション関係の産業にとっても有望なビジネスチャンス獲得の場でもあるようで、アジアン・ウェディング・ショーというイベントも合わせて開催されている。
     UAEでは総人口の7割以上が外国人とされており、政府関係者(警察や国防関係を含む)、大手から個人営業までさまざまなレベルのビジネスマン、医者やエンジニアなど様々な方面の専門家、そして非熟練労働者たちまで社会の隅々に国外からやってきた人たちの姿が多い。
     もちろん同じアラブの国々からここにビジネスチャンスや雇用を求めてやってくる人々は多いが、特にサービス部門におけるインド系の人々のプレゼンスは大きい。また就労先としてだけではなく、インドの裕福な層にとっては海外旅行先の定番でもある。
     ときにはアラビアで「インドな休日」を過ごしてみるのもいいかもしれない。
    ドゥバイにタージマハル登場! (Rediff.com)

  • 華語で読むインド

    INDO SHOHO.jpg

     東南アジア各地には、現地華人社会で広く読まれる中文新聞がある。しかし我らがインドにもおそらく南アジア唯一の華語日刊紙がある。価格は2.5Rsでわずか4ページといえば、まるでチラシみたいだが。
     その名も『印度商報』といい、コルカタで発行されている。以前は日に500部発行していたが近年は300部に減少、加えて新聞発行にかかわるスタッフの高齢化が追い討ちをかけて今では存続の危機に瀕しているという。原因は外国への移住による華人人口の減少、世代が進むにつれて漢字を読めない、あるいは中国語が出来ない人が増えてきていること、「そして祖国」への関心が薄れてきていることなどがあるとされる。
     300部のうち約半分はコルカタ市内の顧客のもとに宅配されるとのことで、普通に街角で売られているものではないようだ。その他はインドの他の街に住む華人たちに郵送している。
     内容はといえば、主に中華系の人々が住む地域発のニュースに地元インドの情報が加わるといった具合らしい。とても小さな新聞社なので、自前の取材ネットワークは持たず、もっぱら台湾の通信社配信のニュース、大陸の主要な新聞のインターネット版、加えて地元インドの英文紙などから記事を取り上げているのだそうだ。
     先述の発行部数減少の原因はむしろこの部分にあるのではないかと私は思う。昔と違い中国内外からさまざまな中文メディアが日々大量のニュースをインターネットで発信している。華語による情報を得るのに、わざわざ薄っぺらなミニコミ紙(?)を購読する必要がなくなっているのだから。

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  • 犬こそは頼れる友人

    bihar police2.gif
     ビハール州でナクサライト(毛沢東主義過激派=マオイスト)が活発な地域では、警察署あるいはパトロール中の警官たちが攻撃を受けたり、命を落としたりといったニュースがしばしば聞こえてくる。同州内の38のディストリクト中、18の地区では彼らの活動が盛んで流血事件がしばしば発生している。
     この左翼過激派たちによる奇襲を恐れて、特に日没後には屋外に置いた机などすべての備品を屋内にしまい込み、本来ならば地域の治安維持を担うべき警官たちも「身の安全のため」建物の中にじっと閉じこもるのが常になっている地域もあることも含め、このあたりの新聞等ではよく報道されているところだ。

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  • Ladies Only のタクシー登場!

     すでに「女性オートリクシャードライバー」は出現しているデリーだが、昨年12月からは女性タクシー運転手も登場し、首都の玄関口インディラ・ガーンディー空港でお客を待っている。
    ここ近年性犯罪の増加しており、昨年は外国人女性旅行者がこうした被害に遭うケースがいくつもニュースにのぼったこともあり、中央政府の観光省のイニシャティヴによるものである。だが外国人を含めた女性たちが安心して利用できるサービスとしてのみならず、観光という主要産業の中で、女性たちの就労機会や地位向上を目指すプログラムにも連動するモデル事業らしい。
     昨年12月の操業開始時に導入されたのは9台ということで台数に限りはあるものの、国際線で夜遅くデリーの空港に到着された女性の方は、これが利用できるかどうかちょっと確認してみるのもいいかもしれない。ちなみに近々ムンバイーやハイデラーバードでも同様のサービスを開始予定とのことだ。
     個人的には、私もぜひ凛々しい女性ドライバーとおしゃべりを楽しみながら夜の街をドライブしてみたいのだが、残念なことにこれは女性のみを対象にしたサービスである。
     本題から逸れるが、このニュースは下記にリンクしたカタールの英字紙「The Peninsular」のウェブサイトでも掲載されており、インドの首都に登場したLadies Onlyのタクシー事業の今後の成り行きは国際的にも注目を浴びている(?)のかもしれない。
    All-women taxi service launched in New Delhi (The Peninsular)
    India’s first women taxi service launched (MSN India)

  • お茶の風景

     西ベンガル州のシリーグリーからバスで東へ走る。この州には、ここらのような丘陵地、ダージリンあたりのような山岳地、カルカッタやその周辺のように大河の沖積平野からなる低地、国立公園のスンダルバンで知られるマングローブ地帯もあり、地形・気候ともに実にバリエーションに富む面白い土地だ。
     インドという国は、しばしば「ひとつの世界である」と表現されるが、西ベンガル州はまさにそのインド世界の縮図であるかのような気がする。さらに隣国のバングラデシュも含めてベンガル地方として眺めてみれば、その広がりの大きさは実に驚嘆すべきものがある。もちろんひとつの「世界」を感じさせる深みと広がりを持つ地域はベンガルだけではなく、他にも数々あるのがこの国の偉大なところである。

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  • 鮮度が命!2 標準化はエコノミーなホテルの宿命?

    サダル・ストリートで新築のホテルを利用する直前、私はまさにその標準化の最中にあるホテルを利用する機会があった。同じ西ベンガル州内である。

    バスで移動していたら思いのほか時間がかってしまい、終点の田舎町に着いたときはすでに日没となった。同日中にたどり着くつもりでいた目的地へは、ここで他のバスに乗り継ぐ必要がある。でも疲れていたし、バススタンド正面に新しそうなホテルが目に入った。ここで一泊して明朝早く出ることにした。日々沢山のクルマやバスなどが行き来する通りに面しているため、ややすすけた感じはするが、かなり新しい建物ではあるようだ。

    グラウンドフロアーのレセプションで、ひょろりとした体をカウンターに預けている男はここのマネージャー。突然訪れたお客のために、テレビで放映されているクリケット中継から目を離すのが惜しくて仕方ないといった様子で、試合を注視する他の従業員たちが声を上げるたびに、チラチラと未練がましく画面に視線を走らせる。

    ここは開業してから4カ月という。室内には姿見の大きな鏡、ベッドの横には大きな丸いガラステーブルが置かれており、まだそう遠い過去のことではない創業時の熱き思いがしのばれる。

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  • 鮮度が命!1 エコノミーなホテルは新しいほうがいい

    reception.jpg
     カルカッタに着いた。とりあえず宿を見つけなくてはならないので、サダル・ストリートに向かった。市内各地にいろんなホテルがあるのにわざわざここに来なくてもいいはずだが、どこか「いい宿」の正確な所在地を知っているわけではない。だからタクシーには「サダル・ストリートまで」と告げることになってしまう。
     料金の割にかなり粗末なところが多いのは、カルカッタという大都会のためか、あるいは黙っていてもさまざまな旅行者たちが集まってくるためだろうか。
    比較的コストパフォーマンスの高い宿は、たいていロンリープラネットのガイドブックお勧めであったりする。そのため正午あたりにでも着かない限り、往々にして満室なのである。私はすでに二件断られていた。
     どこかテキトーな宿がないものかな?と歩いていると、頭上に「OPENING SHORTLY !!」という垂れ幕がかかっていた。

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  • 来年冬は濃霧でもNO PROBLEM ??

     そろそろデリーは冬のさよならといった具合のようであるが、12月下旬から1月上旬にかけて冷え込む時期には、濃霧のため陸や空の交通機関が多いに乱れるため、忙しい人たちにはなかなか大変だ。
     まるで煙のように流れていくモヤ。同じところにいても、それはときに濃くなったり、薄くなったりを繰り返している。昼間はしばらく霧が晴れていても、夕方になるとどこからともなく白い霞があたりにたちこめてくる。それまでの「現実世界」が何やら幻想的な風景へと転じていくのをのんびり眺めている分にはいいのだが。

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  • 安宿街に歴史あり

     バンコクのカオサン・ロード、ジャカルタのジャラン・ジャクサなどと同様、アジアの安宿街として内外に広くその名を知られるカルカッタのサダル・ストリート。
     カルカッタ市内としては古くからある地域で、なかなか風情のある建物も多い。中小規模ながらもなかなか格式のありそうな構えの教会も目立つ。往時は猥雑なエリアではなかったのかもしれない・・・と、この通りにどこか折り目正しさを感じるのは私だけではないだろう。

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  • ハインリヒ・ハラー氏逝去

     1月7日、オーストリアのハインリヒ・ハラー氏(Heinrich Harrer)が93歳で亡くなった。相当な高齢者となっていた彼は、山登りをやめてからずいぶん長い時間が経っているのに、やはり山屋はいくつになっても「登山家」と表現されるものらしい。
     多才な彼はスキーヤー(1936年ドイツで開催の冬季オリンピック代表として選出されたものの、事情によりオーストリアのスキーチームがボイコットしたため参加できず)としても活躍しており、またゴルファーとしても鳴らした。1950年代後半には、オーストリアのアマチュアチャンピオンに輝いたほどの腕前であった。 
     スポーツ以外でも活躍分野は広く、地理学者として知られるとともに、作家としても20冊の本を著している。その中の一冊がかの有名な「Seven Years in Tibet」だ。
     1938年、彼の祖国オーストリアがドイツに併合された結果、現在パキスタン領内となっているヒマラヤの秀峰ナンガーパルヴァト遠征に「ドイツ隊員」として参加したハラーは、翌39年に第二次世界大戦が勃発すると、当時のイギリス植民地当局に「敵性外国人」として捕まってしまう。
     当時の国籍が「ドイツ」であっただけではなく、後年自身が「あれは間違いであった」と回顧しているように、彼はナチス党の親衛隊メンバーとして名を連ねてもいた。
     1944年に収容所を脱出して、同僚とともに実に21ヶ月もかけてチベット潜入に成功。彼は当時まだ少年であったダライラマに会い、家庭教師役を任されることになる。
     1950年に起きた中国によるチベットに侵攻後は母国に戻り、チベットでの体験や見聞などを「Seven Years in Tibet」としてまとめる。これは48もの言語に翻訳され、300万部を超えるベストセラーとなり、世界各国で愛読されるようになる。この本は、現在でもネパールやインドのヒマラヤ地域で、観光客向けの書店店頭に必ず並ぶ「定番」図書だ。
     97年には映画化され、ブラッド・ピット主演で南米のアンデス地帯で撮影されたが、これを映画館でご覧になった方も多いことだろう。
     このハインリヒ・ハラーという人は、雄大なヒマラヤのみならず、英領時代のインド、そして中国による占領前の独立チベットをも身をもって知る人であった。この機会に今一度、彼の本の扉を開いて彼が見聞した世界を垣間見てみるのもいいかもしれない。
    訃報:ハインリヒ・ハラーさん93歳=登山家(毎日新聞)

  • ヒマラヤの東端はインドネシア?

    Google map
     普段何気なく眺めている地図だが、衛星写真から起こした海底の地形まで表現されているものを見るといろいろ思うことがある。
     あいにく地質学の知識など持ち合わせていないのだが、「世界衛星アトラス」は、普段とちょっと違う視点を与えてくれるのが面白い。地図にもいろいろあるものだ。
    もともとオーストラリアあたりにあったとされるインド亜大陸が北上を続けてユーラシア大陸のとぶつかったため、チベットの大地が大きく持ち上げらせることになったのはご存知のとおり。その結果できあがったヒマラヤ山脈だが、いまでも亜大陸は北側へ押しているため、いまも年にごくわずかながら隆起を続けていることもよく知られている。
     東西に走るヒマラヤ山脈の東端部、インド東北地方からミャンマーにかけては大きく90度褶曲しアラカン山脈と呼ばれているが、海底の地形に目をやればこの大地の隆起は海底にも続いていることが見てとれる。つまりアンダマン・ニコバール諸島だ。
     たまたま水面下にあるのでその「山脈」の姿が見えなくないのだが、もしベンガル湾の水をそっくり取り払って(そんなことができるかどうかは別にして)しまえば、その海底山脈をたどって南下すれば、インドネシアのスマトラにつながり、さらにジャワその他東に連なる島々へとたどることができる。
     なるほど移動してきたのは亜大陸のように見えるが、実はそれを含む大きな地殻そのものがゆっくりと移動しており、動きを異にする他の地殻との摩擦で起きたズレが山脈や海底の隆起という形になって表れるのだと思う。よくよく眺めてみれば、大地や海底の褶曲や起伏の多いところは地震の多発地帯が多いような気がする。
     書籍ではなく手軽なところでは、Google Mapあたりで眺めてみるのもいいかと思う。

  • インドIT留学

    インドIT留学
     もはや自他ともに認めるIT大国となったインドだが、近ごろ日本の留学斡旋業者たちもインドへ熱いまなざしを注いでいる。
     多くは数週間から1年程度のプログラムで、留学というよりも研修いった印象を受けるが、コンピュータ・プログラム関係以外に英語も学べるし、余裕があればヨーガやアーユルヴェーダ体験も・・・といった付加価値をつけることもできる。それなのに先進国に比較して費用が格段に安いというのがウリのようだ。
     日本からインドへの留学といえば、インドそのものに関わる学問、そして特定の専門分野に集中する傾向が強かったため、一般の人々にとってあまり馴染みがなかったかもしれない。しかし従来からインド周辺国やアフリカ諸国などからは経済学、工学、医学、法学、教育学その他いわゆる「実学」を学ぶ留学先として人気が高かった。 
     もちろんここでも先進国に比べて学費が安いこと、外交政策上インド政府が国費により各国から留学生たちを毎年多数招聘していることもある。つまりインドという国に何の関心も持たなくても、「インド留学」の動機はいくらでも転がっているのだ。
     それにしても途上国でありながら広範な分野で世界レベルの優秀な大学を多数抱えていることはまさに「知の国」の証であり、英語で専門教育を受けることができるのも大きな魅力である。
     今後日本でもインドの教育分野における「実力」について広く知られるようになってくるのだろうか。すくなくとも「悠久の大地」や「不思議の国」といった言葉で語られるのではなく、インドのより現実的な部分が身近になってくるのは喜ばしいことかもしれない。


    ▼ECCインド留学プログラム
    http://www.eccweblesson.com/india/program.html
    ▼ソフトブリッジ
    http://www.j2i.jp/
    ▼毎日留学ナビ
    http://ryugaku.mycom.co.jp/ind/
    ▼グローバル・パートナーズ
    http://www.gp21.co.jp/school/programs/it_india.html
    ▼World Tech
    http://www.world-avenue.co.jp/wa_tec/ContentFrame.htm
    ▼Aptech Ltd.
    http://www.world-avenue.co.jp/wa_tec/it_APTECH.htm
    ▼留学のグローバルスタディ
    http://www.global-study.jp/IT/india_it.html