コールカーターで中華三昧 3 インド中華料理の総本山テーングラー

中華レストラン
 タクシーでテーングラー(TANGRA と書いてतेंगडाテーングラーと読む)に行く。周囲はムスリム地区になっており、ここを訪れたのは金曜の昼ごろだったので、モスクでそして路上で人々が集まり礼拝を行なっている姿があちことに見える。
 過日訪れたNEW C.I.T. RD.の華人地区もそうだったがムスリムたちと職業的に重なる部分、そして相互補完するものがあるような気がする。たとえば動物性の食材の調達、彼らの雇用する労働者などの供給元などといったことが考えられるだろうか。
 この地域では、道沿いに中華料理屋、多くは漢字の看板を掲げたものがいくつもある。店も住居も工場などでも扉や鉄格子が赤く塗ってある。玄関口には瓦のひさしが付いたものもあり、中華風の模様や漢字が入った護符が貼られている。下階は商業用になっていることが多いが、居室らしき上階の窓からはちょうちんが覗いている。一見して華人風の街である。
 華人コミュニティ内部の互助組織らしきものもいくつか目に入る。印度塔●厰商理事会(※王偏に覇という字)という商工会議所にあたるものがある。ちなみに『塔●』で『ダーパー』と読み、『テーングラー』の別称である。そして「四邑山荘」なんていう風雅な名前の施設があるが、こちらはすでに廃墟であった。


 中華レストラン街としてのテーングラーは地元カルカッタの人々もよくクルマで乗り付けるようで、人気店らしきところの構えはなかなか立派である。レストランは大きなものからダーバーのような簡素なものまでいろいろある。
 食の街としての華やかな側面とは裏腹に、本来は工業地帯として知られる質実剛健で地味な地域である。醤油その他の調味料を製造する工場もあるが、この地域を代表するのは皮なめし産業だ。あたりに散在する皮革加工の工場からは常時特有の臭気が漂っている。  
 暗い室内でほこりまみれになって働く人々姿。工場の屋根では半加工された大きな皮を広げて干す作業が続いている。また道路では頭上から何枚もの皮革をかぶるようにして運んでいる人たちが往来している。もちろんこれら下働きをしているのはインド人労働者たちである。
皮なめし工場入口
仕上がった皮革を被って運ぶ労働者 背後の建物は皮なめし工場
 さすが『革命の都』コルカタらしく、この通りにも共産党の壁書きやポスターが多い。華人経営者たちは、労働組合を相手に苦労しているのではないかと思う。
 コルカタ市内どこに行っても左翼陣営による宣伝や集会への参加を呼びかけるメッセージを目にする。多くはベンガル語で書かれているが、地域によってはウルドゥー語、ヒンディー語による同じ内容のものが張り出されている。このテーングラーでそれらの大部分がヒンディー語版であるということは、彼らが対象とする人々が誰なのか、この地区で働く労働者たちはどのあたりから来たのか想像できるような気がする。
団結ぅ!がんばろぉー!!
 このあたりは『チャイナタウン』と形容される割には、それほど華人たちの姿が目立つわけではないようだ。界隈で見かける人たちの大部分はインド人だが、その中にポツポツと華人たちを見かけるといった感じだ。中にはときどき混血かと思われる人もいるが、ネパール人かもしれないのでよくわからない。
「順利餐室」というレストランで昼食。英語ではSHUN LI RESTAURANTと書かれている。ここの太った若主人は客家人。この人は現在このテーングラーにおける華人人口は5000人ほどだという。その中の7割ほどが客家人で、コルカタの中国人コミュニティのマジョリティを占めるのだということだ。この人は移民四世で、120年ほど前に曽祖父が中国から来たのだという。
 彼は英語、ベンガーリー、ヒンディーの他、客家語とマンダリンができるという。漢字は20年ほど前に学校(華人学校)で習ったそうだ。私のノートにいくつか書いてもらったが、けっこう書けるようである。インド人の大海の中にいながら、簡体字と繁体字両方についてひととおり書けることにはちょっと感心した。カルカッタの華人社会では、中文の書籍は台湾から入ってくるとのことだ。
 皮革加工の工場同様、ここのレストランも従業員たちはインド人。中国人の人手が足りないこともあるかもしれないが、おそらくこうした形で現地と交わることも大切なのだろう。店内には先祖(写真入り)を祭る赤い祭壇がレジ背面上部にあるとともに、ガネーシュの祭壇もある。商いの神であることはもちろん、これもまた現地社会への気遣いなのだろうか。
 そういえばこのレストランの近くの路上で中華風の屋根が付いた祠があり、「CHINESE KALI TEMPLE」と書かれたものを目にした。中に祀ってあるのはどこにでもあるようなタイプのカーリー女神の像である。中国カラーをつけたうえで、地元との融合を図りたいという意思の現われであろう。
 
 メニューの主役はやはりチキン、魚そして野菜であった。中華としてはあっさりまとまりすぎている感はあるが、味は?といえばなかなか結構なものであった。さすがはインドの中華料理の総本山にして最激戦区(?)であるだけに、バリエーション豊かで本格的だ。 
 コースメニューも充実しており、何名かのグループで訪れると楽しめると思う。私は一人で訪れたのでいろいろ違った味を楽しむわけにはいかなかったのが少々心残りである。

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