今年で10回目を数える『カレーフェスティバル&バングラデシュボイシャキメラ』が、Japan Bangladesh Societyにより開催される。時間は午前11時から午後6時まで。
特にバブル以降に来日して根付いたバーングラーデーシュの人々は数多く、日本で結婚し、子供をもうけて、この国を第二の祖国とする人たちは少なくない。生活の基盤を日本に築き上げた親族の援助により、留学その他の目的で来日する『新世代』の若者たちの姿もある。
毎回大盛況で、もはや池袋の年中行事のひとつとして数えられるこのイベントだが、この楽しい催しが今後も末永く賑やかに開催されることを願おう。
カテゴリー: column
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4月19日 池袋西口公園でバーングラーデーシュのイベント開催
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吉祥寺の井の頭公園でダヂャン

4月12日(日)に、東京の吉祥寺にある井の頭公園にて、在日ビルマ人たちの『お正月イベント』であるダヂャンが開催された。
国名をビルマと呼ぶか、ミャンマーとするかについては、ちょっと迷うところではある。1988年8月8日から始まった大規模な民衆蜂起で、それまでビルマを支配していた社会主義計画党による政権の瓦解を受けて、当時国軍参謀総長の地位にあったソウ・マウン率いるクーデターにより軍事政権が発足。
1989年6月に、軍事政権が英語による国名をそれまでのBurmaからMyanmarに変更。これをうけて、日本政府も『ビルマ』改め『ミャンマー』と表記するようになり、大多数のマスコミもこれに従った。だが『妥当性のない政権』による国名変更は認められないと、各国の人権団体や一部メディア等においては、今でも英語で『Burma』あるいは日本語では『ビルマ』と表記しているところが少なくない。
しかしながら、もともとミャンマー語において自国を『Myanmar』と称していたため、英語による名称もそちらに合わせることになったからといって、何か理不尽な名前を押し付けられたということにはならない。国名以外にも地名がラングーンからヤンゴン、パガンからバガン、ペグーからバゴーに改称されるなど、1,000前後の地名変更があった。多くはやはり植民地時代に付けられた英語式のものからビルマ語式のものへの統一であったようだ。
話は英語による国名の変更に戻る。民主化運動への関わりのため、自国を出て日本やその他の国で長期に渡り生活している人々にとって、軍事政権によるこの決定は受け入れがたいことから日本語で自国を旧来の『ビルマ』としており、このイベントにおいて『ビルマ』という文字はステージや各テントその他に見られても、『ミャンマー』という国名はどこにも見当たらない。
イベントを運営する、あるいはここに参加していた人々の意思を尊重し、今日の記事中において『ビルマ』という名称を用いることとする。

前置きが長くなったが、本日の会場は公園内のテニスコート脇にある緑地である。陸上競技場としても利用できるようになっている場所だ。週末ともなると大勢の人々で賑わう井の頭池や井の頭自然文化園のあるエリアと違い、スポーツを行なう目的で来る、あるいは近所の人がジョギングや犬の散歩のために訪れるといったケースがほとんどのようだ。吉祥寺通りからかなり奥に入ったところでもあり、「たまたま通りかかったら、ちょうど何かやっていたから覗いてみた」という具合に偶然このイベントに参加したという人はほとんどなかったようだ。
そんなわけで、会場にいた人々の大多数がビルマ人、それに加えて彼らの友人あるいは他前もってこの催しのことを耳にしてやってきた日本人がチョボチョボ・・・といった様子。それでも人出は相当なもので、いろんな食べ物や飲み物を出す露店では、料理のプロらしき人も、まったく素人らしき手伝いの人も、みんな賑やかに働いていた。
大勢の人々が集まっているといっても、在日ビルマ人の社会はけっして広いものではないようで、会場で多くの友人・知人と出会い、大いに盛り上がっている姿を目にした。
在日ビルマ人の知り合いはほとんどいない私でさえも、数少ない知人のうちの一人にバッタリ出くわし、『ああ、やっぱり』と思った。
この集まりで特徴的なのは、反体制側にある人々が開催するものであるがゆえに、こういう類のイベントでよくある在日大使館による後援ないしは協賛といったものはあり得ないこと。また在日ビルマ人たちの自治組織が多く参加していることだろうか。
主催がビルマ民主化同盟であり、屋台などを出している参加団体については、日本語あるいは英語による表記があって私が確認できただけでも、在日ビルマ難民たすけあいの会、在日ビルマ人ホテル・レストラン労働組合、ビルマ女性連合、在日ビルマ連邦少数民族協議会、Punnyakari Mon National Society等があった。
日本での在留に関する相互扶助、労働問題への対応といった日本での生活にかかわるものの他に、多民族国家ビルマらしいのは、様々な民族団体が多数存在することだろう。今回もモン族その他の民族団体が来ていたが、昨年以前に飛鳥山公園で開催されていたときには参加団体はもっと多く、在日のシャン族その他各民族組織による出店がいくつもあったことを記憶している。
会場には、数は決して多くはないものの、インド系ビルマ人たちの姿もあった。東京都内で営むハラール食材屋の中には、ビルマ人ムスリムないしはインド系ビルマ人ムスリムが切り盛りする店がいくつかあるが、そうした店舗ではハラール食材ないしは南アジア食材を買い求めるインド系ビルマ人の姿を目にすることがある。
姿カタチはインドと同様でも、味付けがいかにもビルマ風に深いコクのあるサーモーサーをパクつきながら、ビルマが一時は英領インドの一部であったこともあること、主に都市部におけるインド系住民の多さなどを差し引いても、文化習俗など東南アジアの中でも地理的に最もインドに近いところに位置していることからくるインパクトの大きさなどをあれこれ思い浮かべたりしてみる。
カチン州、サガイン管区、チン州、ヤカイン州などといったインドやバーングラーデーシュと境を接する地域は、まさに東南アジアと南アジアというふたつの大きな世界の境目にあるわけでもあり、このエリアを縦断するアラカン山脈など、大きな史跡などは存在しないとはいえ、このあたりの生活文化は実に興味深いものなのではないかと思う。
ただし、この地域は往々にして外国人の訪問に制限があり、飛行機で特定の街にピンポイントで訪れることしかできなかったり、通れるルートがごく限られていたり、あるいは訪れる許可さえも取れなかったりする。
国境の反対のインド側の地域と合わせて、自由に往来して訪れることができる日が将来やってくることがあれば、これまであまりよく知らなかった新たな世界が私たちの目の前に姿を現すことになるのではないか、とさえ思うのである。
・・・と、他愛もないことを考えつつ、初夏を思わせる陽射しと爽やかな風を肌に感じつつ、ビールをごくりと飲み干す。屋外でこうしてノンビリ過ごすのが心地良い。今年もまた楽しい季節が巡ってきた。 -
4月12日 井の頭公園でダヂャン開催
昨年4月に『今年のダヂャンは熱かった』と題して取り上げた、インドのお隣りの国、ビルマからやってきた方々によるイベント『ダヂャン』が開催される。主催はビルマ民主化同盟で、ミャンマー大使館とはもちろん何の関係もない催しである。
日時は4月12日(日)の午前10時半から午後5時まで予定されている。以前は東京都北区の飛鳥山公園で行なわれていたが、今年は会場を移して吉祥寺の井の頭公園で開催される。
在日ビルマ人の様々な団体が出店等を出し、様々な食べ物や飲み物が並ぶ。今年のステージでは何が予定されているのかわからないが、おそらく歌あり踊りありのカラフルなものとなるのではないだろうか。
ビルマの人々が、日本でいえばお正月にあたる自国の水かけ祭りの時期を日本で祝おうというイベントだ。昨年のように制服姿の公安当局関係者が会場をウロウロして、あたり構わず来場者たちの写真を取りまくるような無粋な行為のないよう願いたい。
今週末、東京の桜は満開。長く寒い時期が終わり、ようやく屋外イベントを楽しめるシーズンの到来である。 -
一眼+ビデオ

3月26日(木)から29日(日)にかけて、東京ビッグサイトで開催されたフォトイメージングエキスポ2009に足を伸ばしてみた。ご存知のとおり、カメラ、レンズその他周辺機器および写真関連のメーカー等による見本市だ。いまやカメラの世界も一気にデジタル化が進んでいるので、こうした場でアナログ的な機器の展示はほとんどなくなっており、時代の流れを感じずにはいられない。
パナソニックの展示スペースでは、ルミックスDMC-GH1の実機に触れることができた。現在販売されているDMC-G1に動画記録機能を与え、加えて多少の改良を施したものである。
G1の機能や描写性能といった点においては、特に他社の同価格帯の製品を凌駕するものはなく、エントリー機ということもあり、ごくごくありきたりのカメラということになるが、マイクロフォーサーズ規格初のカメラということで、昨年秋の発売以来注目されているのは、そのコンパクトさだ。
また従来の一眼レフからミラーを取り去ったフランジバックの短さからくるボディを小型化できるとともに、従来のフォーサーズ規格よりもレンズのイメージサークルをかなり小さくすることができるため、カメラ・レンズともに相当な小型化・軽量化が可能となる部分である。
加えて、マウントアダプターを介して古いマニュアルレンズを装着することもできることから、メーカーが当初ターゲットとしていた女性ユーザーとは対極にあるカメラマニアックな人たちをも取り込むという奇妙な現象が起きている。
GH1とは、基本的に現在発売中のG1が持つ性能に多少の改良を加えて、ビデオ撮影機能を付加したものだ。これまでカメラの動画機能といえば、オマケ的なものに過ぎず、なんでもかんでもそれで記録するつもりにはなれないし、ましてやテレビに出力して鑑賞するなどということは考えられなかった。
しかしながらGH1のAVCHD動画の美しさには正直ビックリした。先述のフォトイメージングエキスポ会場では、40インチ超の大きな画面で再生されていたが、まるでビデオカメラで撮影したかのような鮮明かつ臨場感あふれる映像であった。
写真を撮るのは好きでも、ビデオには特に関心もなかった私だが、もし手持ちのカメラに専用のビデオカメラに引けを撮らない動画撮影機能が付いていたならば、ちょっと使ってみたいと思う・・・というよりも、ハマッてしまうかもしれない。
このGH1がマイクロフォーサーズ規格の第2号機ということになる。今後、G1も並行して販売されるようだ。こちらは、現在ボディのみだと5万円程度とかなり価格が落ちてきている。ビデオ機能の有無でどの程度の価格差となるのかまだわからないが、金額的によほど大きな開きがなければ、敢えてG1を選ぶ理由はないだろう。それほどGH1の優れた動画機能は魅力的だ。
G1にしてもGH1にしても、機構上の弱点としては、コントラストオートフォーカスという、端的に言えば一眼レフで使われるものではなく、通常コンパクトデジタルカメラに搭載されているオートフォーカス機構を採用しているため、他社のエントリークラスの機種と比較しても、フォーカス速度、連写速度ともに不利であるところだろうか。
それでも巷では『コントラストオートなのによくぞここまで快適に仕上がっている』との評価もあるのだが。しかしこの部分も、今後モデルチェンジを重ねるとともに改良されていくことだろう。
GH1と同時に、7-14mm/F4.0、14-140mm/F4.0-F5.8といったレンズも発売される予定。やや気になるのは、すでに発売されているG1のボディの価格に比べて、また他社のレンズの価格帯等と考え合わせると、かなり高めであることだ。 本日現在、kakaku.comに掲載されている価格を参照してみると、前者が10万円前後、後者が8万円台半ば前後といった具合だ。
いつかシグマやタムロンから、マイクロフォーサーズ規格の個性的なレンズが、よりリーズナブルな価格で発売されるようになるといいのだが。写真を撮るのは好きだが、カメラにそんなに大きな金額を注ぐことはできない。
このマイクロフォーサーズ、オリンパスからファインダー無しの非常にコンパクトにまとめたボディが2009年内には発売される予定らしい。機能面ではどういうことになるのか不明だが、パナソニックからそう遠からず発売されることになっているパンケーキタイプのレンズ20mm F1.7と合わせて、常日頃から携行するのもいいだろう。オリンパスからも同様のレンズの開発が進行中らしい。
まだまだボディ、レンズ、その他周辺機器も合わせて品揃えが貧弱なマイクロフォーサーズだが、今後商品ラインナップの充実に期待したい。マイクロフォーサーズが発表前の、つまり従前のフォーサーズ規格と違い、キヤノン、ニコンの二大巨頭との直接対決することなしに、個性的かつアイデアに富んだ面白い発展を目指しているようだ。今後も注目していきたい。 -
映画フレンドリーなPMP
以前、インド映画を屋外に持ち出そう!で取り上げてみたコウォンのA3は、とかく世代交代の早いこの手の商品の中にあって、まだまだ現役で売り場に並んでいる。
しかしこのところ、iPodをはじめとするPMP(Personal Media Player)と呼ばれる商品のバリエーションが拡大するとともに、低価格化が進んでいることが明らかに見てとれる。
現行のiPodにおいて、動画再生機能については、どちらかといえばオマケ的な位置付けとなっているのに比べて、新たにこの分野に進出してきた各メーカーによる製品は、動画再生に強いものが多く、映画を屋外に持ち出すのになかなか良い環境が揃ってきたように思う。

IriverのP20あるいはその下位機種のLplayer、前者は1万5千円前後、後者は容量にもよるが1万円前後で買えるようだ。

またCREATIVEのZEN X-FiはワイヤレスLANを搭載しており、32GBだと3万円くらい、16GBのものは2万円強と価格は高めだが、下位モデルのZENになるとかなり手頃感が出てくる。
これらのモデルは、価格面もさることながら、とりわけ動画再生に重きを置くとすれば、かなり有力な選択肢になり得るのではないかと思う。

ただしあまりに画面が小さすぎると見づらいのは言うまでもない。出先でもじっくり映画を楽しみたいという向きには、COWONの新製品A3のFlash PMP O2がいいかもしれない。
記録媒体にフラッシュメモリー(8GB, 16GB, 32GBの3種類)を採用し、画面はタッチスクリーンになっているため、同社のA3に比べて軽量かつ衝撃等に対する安心感に優れ、操作性も同社のA3に比べて大きく向上している。また画面サイズも4インチから4.3インチに拡大、重量は280gから205gへと軽量化している。
再生できる動画フォーマットは、AVI、WMV、ASF、MP4、MATROSKA(MKV)、OGM、MPG/MPEG、DAT、MTVだ。これだけ扱うことができれば、たいていの場合わざわざ変換する必要はないだろう。必要があれば、同社のマルチメディア再生・変換PCソフトJetAudio(ダウンロード無料)に含まれる機能のひとつである『video converter』を利用して変換することができる。
もちろんDVDデッキやテレビに直に接続して録画することもできるし、反対にテレビに出力して鑑賞することもできて便利だ。A3の場合は、別売りのオプションを入手することにより、ワンセグの視聴と録画も可能となる。
PMPとしてはマイナーな存在ではあるが、『音楽だけじゃなくて映画も』という方には、結論として、画面が大型で動画機能が充実しているCOWON製品を大いにオススメしたい。
これらの製品の中に日本メーカーの製品がひとつも取り上げなかったが、どうもいまひとつ『映画向き』というモデルを見つけることができないのである。東芝のギガビートのVシリーズなど、画面が大きめで悪くないかもしれないが、価格の割に容量が小さいし、対応する動画フォーマットが少なく、映画の持ち出し用としてはあまり魅力を感じないのが現状だ。
もっともこういう分野は変遷のスピードが速いので、半年あるいは1年後にはどうなっているかわからない。今後、定期的にチェックしていきたいと思う。 -
いつでもどこでもDropbox

昨年秋ごろサービスが正式に開始されたドロップボックスというウェブ上の無料のストレージサービスがある。
容量は2ギガバイト。従来のネット上のこうしたサービスの場合、いちいちパスワードを入力してログインしなければならないなど、使い勝手は良くなかった。だがこれは手持ちのパソコンに専用ソフトをインストールして、所定の手順を踏めば、使っているパソコンの『ドキュメント』の直下に『My Dropbox』というフォルダが作成され、あたかも自身の端末のローカルディスク上にあるかのような操作感が良い。
一度設定すれば、複数の異なるパソコンで同じフォルダをエクスプローラ上の同じ場所に共有することもできる。ローカルディスクの上に存在するかのような使用感でありながらも、ウェブ上に保存してあるため、他の端末からファイルにアクセスしても、ファイルに加えられた修正がちゃんと『同期されている』ということになる。
もちろん自宅外のパソコンを使用するときでもアクセス可能で、その際にはインターネットエクスプローラでDropboxのサイトにアクセスし、IDとパスワードを入力してデータを開くことができる。
多少難があるとすれば、普通の文書ならともかく、画像やPDFのようなサイズの大きなデータを保存すると、例えスピードの速いネットワークを利用していても、フォルダ上に反映されるのにかなり時間がかかることか。
だが普段アクセスするデータ類をこのフォルダに入れておけば、旅行の際でも利用するパソコンに日本語を扱う環境さえあれば、自宅で使っているパソコンに近い状態で利用できる。それがなくても、ID関係、eチケットの控え、旅行情報などをPDF化して保存しておくと、何かで役に立つこともあるかもしれない。
無料のサービスなので、突然サービスが停止・中止されないとも言い切れないこと、ちゃんとした安全対策は取られているようではあるが、ウェブ上で公開されているものである以上、セキュリティ面での懸念がないとはいえない。特に不特定多数の人が利用するネットカフェなどでは、たとえインターネットのブラウザからIDやパスワードを入力してファイルを開いても、第三者が不正にアクセスしたり、データが漏洩したりする可能性なども頭に入れておかなくてはならないだろう。
だがこれらを差し引いても、非常に便利なサービスだ。少なくとも必要になるかもしれない情報をUSBに入れて持ち歩くのと違って紛失の危険はないし、普段自宅で使用しているのと同じフォルダ構成となり、ファイルに手を加えるたびに同期されるため、ウェブメールのアカウント上に送っておいたりするよりもよっぽど効率的だ。
自宅で、出先で、はてまた旅行の際にも、いつでもどこでも活用したくなるDropboxである。 -
ガルフが近い!

アラブ首長国連邦を構成する七つの首長国のひとつ、シャールジャー首長国を本拠地として、2003年に設立された格安航空会社エア・アラビア。他の多くの国々でもそうだが、この2003年という年は、こうした新しいタイプのエコノミーな航空会社の設立ラッシュであったことを記憶している方も多いだろう。
こうしたタイプの航空会社の伸張で先行したのはもちろん北米であったが、アジアにおける格安航空会社の先駆けといえば、元々政府系で経営難にあった航空会社を辣腕経営者トニー・フェルナンデスが買取り、新しいコンセプトのエアラインに仕立て上げたマレーシアのエア・アジアであった。
その2年後にはインドで破格の安値で南部地域のフライトから次第に全国にネットワークを広げていったエア・デカン(2008年にキングフィッシャー・エアラインと経営統合、同年後半にはブランド名も統一され『エア・デカン』は消滅した)が最初のローコストなエアラインだったが、その後スパイス・ジェット、インディゴ・エアライン、加えてエアインディア・エクスプレス、ジェット・ライトといった既存の航空会社による格安航空会社の新設が相次いだ。
同時期にアジア各地ならびに欧州その他でもこうした新会社の設立が相次いでいたが、インドにおいては、90年代から続く高い経済成長率と合わせて、空の旅の大衆化が顕著に進み、インドの空港は空前の混雑となり、各地で施設拡張や新空港の建設が相次ぐこととなった。
昨年の原油価格高騰を受けて、旧来の航空会社が苦戦を強いられた以上に、安さのみが取り得であった格安航空各社も燃油代のあまりの上昇のために大打撃を受けた。しかし今年に入ってからは燃料の価格が一気に下落しているので、大手各社に対してまた強気の攻勢に出て行くのではないだろうか。
さて、話はエア・アラビアに戻る。現在では、同社のウェブサイトに示されているとおり、アラブ首長国連邦を軸に、中東および周辺地域の19か国の36都市にネットワーク(このうちカザフスターンのアスターナー、アフガーニスターンのカーブル、アルメニアのイェレヴァンへの便は運休中)を広げている。(2009年3月現在)
これによれば、インドにおける就航地はかなり多い。デリー、ムンバイー、ジャイプル、アーメダーバード、バンガロール、チェンナイ、ハイデラーバード、ゴア、ティルワナンタプラム、ナーグプル、コインバトール、コーチー、カリカットと、実に13都市におよぶ。
南アジア地域内の国々、スリランカのコロンボ、バーングラーデーシュのダッカとチッタゴン、パーキスターンのカラーチーとペーシャーワル、ネパールのカートマンドウーも含めると、実に19都市にもなり、この地域と南アジアとりわけインドとの繋がりの深さ、人々の(主にインドをはじめとする南アジア側の人たちによる)盛んな往来を如実に示しているようだ。
どの就航地からも直行できるのは、この会社の本拠地のシャールジャーだけのようだ。ゆえにその他の都市に向かうには乗り換えを伴う。しかし料金が手頃なので、インドからちょっとアラビアに出かけてみようというのはもちろん、国外からインド旅行に訪れる場合、ついでに足を伸ばしてみるのも良いかもしれない。
インドの都市からシャールジャーまで往復、あるいは異なる都市間の移動をシャールジャー経由で、例えばカリカットからシャールジャーに向かい、そこでしばらく滞在してからデリーに飛ぶとしても、時期や予約するタイミングによるが、チケットにかかる費用は片道100米ドル前後だ。
アラブ首長国連邦は、日本国籍の場合は30日以内の観光ならばヴィザは不要である。また渡航費用の面でもちょっと意外なまでに『近い』ことを感じずにはいられない。 -
もうすぐNANOがやってくる
ターター・モータースの10万ルピー車、NANOの発売が正式に発表となった。
10万ルピーといえば、インドにおいて、従来の自家用車の最安値クラスよりも3割ほど安く、バイク3台分よりは少ない費用で購入できるという価格。
原音に忠実に表すと、カタカナで『ナァェーノー』と綴ることになろうが、『ナ』の後に小さい『ァ』と同じく小さい『ェ』が並ぶ不自然な表記となるので、あえてNANOとローマ字で記すことにする。
NANOの生産につき、西ベンガル州内の工場用地をめぐる大掛かりな争議に巻き込まれたものの、救いの手を差し伸べたナレーンドラ・モーディーが州首相を努めるグジャラート州に生産本拠を移してようやく発売にこぎつけた。
これによって、共産党がチカラコブを入れて誘致したターターを蹴り出すことにより、マムター・バナルジーに率いるトリナムール・コングレスが、同州与党(共産党)の顔にドロを塗り、勝ち点を稼いだ格好となった。
しかしながら内外からの投資先としての西ベンガル州総体としては、『とかく政治や争議関係がややこしく面倒な土地』として、痛い失点を記録したといえる。 -
『旅』5月号はブータン特集

新潮社の旅行月刊誌『旅』の現在書店の店頭に並んでいる5月号で、ブータンの特集が組まれている。
表紙に書かれたキャッチフレーズにあるように『ブータンは世界でいちばん幸福な国』であるかどうかについては、そうともいえないがゆえに、ネパール系住民との軋轢や同住民が難民として流出したりしているわけだが、非常に興味深い国であることは間違いない。
首都ティンプーや地方の町などの美しい景色、人々の暮らし、寺院のたたずまいや手工芸品等の生産の様子、旅行事情、グルメスポットに宿情報など、写真を豊富に使って70ページあまりをヴィジュアルに展開している。
インドのすぐ隣にありながら、なかなか訪れる機会のないブータン。現在までのところ、同国政府の方針により、外国人はツアー参加が原則で、これまたかなり高額な費用が設定されているため、目下の私には文字通り『手も足も出ない』といった具合。
ちょうど昨年の今ごろ、ブータンでは総選挙が行なわれた。これにより、大衆からの要求もないのに、この国を支配してきた絶対君主自身により『上からの民主化』が実施され、自らの権力の大部分を放棄して民政移管し、立憲君主制に移行するという、世界でも極めて稀な手続きによる政治体制の大きな変更が実現している。
これにより、理論的には社会の様々な層からの民意を汲み上げた政治が実施されていくことになり、それまでの政治や社会のありかたに相当な変化が出てくるであろうことは想像に難くない。
『ブータン 個人旅行受け入れへ』という情報が世界を駆け巡る日もそう遠くないのかもしれない・・・と私は思う。
ブータンのツーリズムといえば、元々は政府系の事業体のみが取り扱うものであったが、80年代後半から90年代後半にかけて、『民間でできることは民間で』というグローバルな潮流は、ヒマラヤ奥深く位置するこの小国のこの分野にも及び、1991年に旅行業の民営化が実施され、現在では200社を超える大小の民間企業がこの分野のビジネスを取り仕切っているといわれる。
たとえ事実上の鎖国状態にあるにしても、世界の動きとは無縁ではいられない。これまでブータンの外交といえば、ほぼインド一辺倒であった。しかし民意を広く反映した複眼的な国家運営がなされるであろうことから、南の大国との特別な関係について、今後何らかの見直しが図ろうという動きが出てくることもあり得ない話ではないだろう。
ときどきインドから少し視点をずらして、視界の片隅に入れておきたい国である。 -
ジェイド・グーディー亡くなる
先日から危篤状態にあった、イギリスのリアリティーショーのスター、ジェイド・グーディーが亡くなった。享年27歳。ご冥福をお祈りしたい。
Reality TV star Jade Goody dies (BBC NEWS)
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彼女の命を奪った病、子宮頸ガンは、よく知られているとおり、ヒト・パピローマ・ウイルス(HPV)への感染が大きな原因であるとされる。
他のガンに比べて、若年層の患者が多いことも特徴だが、日本ではこの病についての検診の受診率が低いことも問題とされている。
現在では、HPVへの感染に対する予防ワクチンという、有効な手立てがあるが、少なくとも日本ではまだそれは普及していない。しかし今年中には承認される見込みらしい。
性交渉未経験の10代前半の女児を対象とする公費負担による接種を求める声が高いという。 -
ジェイド・グーディー
ジェイド・グーディーが危篤状態にあるとのこと。2007年にリアリティショー『ビッグブラザー』にて、シルパー・シェッティーに対して執拗に投げかけた問題発言により、人種差別だとして内外に大きな波紋を投げかけたあの人だ。
差別的な発言をしたのは彼女だけではなかったようだが、その口火を切り、同様の発言を繰り返したことに加えて、普段メディアを通じて彼女が視聴者に与えていたイメージもあったことから、袋叩きに遭うことになったようだ。
この出来事がいろいろなメディアで取り上げられるまで、私はこの人がイギリスでとても有名なタレントであることさえ知らなかった。実のところ、私はこの人がテレビに出演しているところを直に見たことはなく、YouTube他の動画投稿サイトで彼女が出ているクリップを片っ端から閲覧しただけだが、それでも彼女の強烈な個性は充分伝わってくる。
その後、ジェイドはインドへ謝罪旅行に赴き、シルパーとともにインド版ビッグブラザーのビッグボスに出演するなどして、彼女と和解しているが、もちろんインドでは彼女に対してネガティヴなイメージは根強いだろう。
もともと歯科医院で看護婦の仕事をしていた彼女は、2002年にビッグブラザーに『ちょっと可愛らしい看護婦さん』として出演する機会を得て、一気にスターダムを駆け上ることになった。
しかしながら、とりたてて外見がどうというわけではなく、なにか人を魅了するものを持ち合わせているわけでもない。私でもセレブになれそう、と思わせる『普通さ』とは裏腹の毒舌マシンガントークが多くの人々の非難を巻き起こしつつ、瞬く間に悪役としての地位を築いたようだ。
自身の名前を冠したパフュームをプロデュースしたり、フィットネスのDVDに出演したり、自伝を出版したりと、テレビ以外の場所でも活発に動いていた。
昨年夏に末期ガンであることが判明してから、様々な治療を受けてきたがすでに病巣は多臓器に広がっており、あと数週間の命らしいと各メディアに報じられていたのは今月前半のこと。
その深刻な病状について、彼女に知らされたのは先述のビッグボスに出演時。番組中のアナウンスで『出演中に電話を使うことは許されないが、事があまりに重大であるときにはそれが許可されることもある』とあったように、実に深刻な事実がイギリスの主治医から彼女に伝えられ、ジェイドはイギリスに緊急帰国した。
インドを、インド人を侮辱したと大騒ぎになったしばらく後で、インドを訪れてから受けた重篤な宣告。何か因縁じみたものを感じたのは私だけではないだろう。
以前交際のあったボーイフレンドとの間にもうけた5歳と4歳の息子の母でもあるが、現在同棲中のボーイフレンド、ジャック・トゥィードと今年2月に挙式、晴れて正式な夫婦となった。しかしこのカップルに残された時間はあまりに短かったようだ。
昨日夜から容態が急激に悪化し、すでに意識のない状態にあるという。天敵から友人へと転じたシルパーは、ムンバイーからイギリスへ向かっている。
ジェイドは、自分に与えられた定めを受け入れて、最後の瞬間までメディアの前に姿を見せ続けることを宣言し、人々の注目を一身に集めるタレントであることを天職としてまっとうしようという、非常に芯の強い女性である。
・・・だが、彼女自身はまだ27歳。二人の幼い子供たちの母親でもある。あまりに酷な運命の仕打ちだ。 -
ルピーのカタチ
パソコンのキーボードにいくつかの主要通貨名を入れて変換すると、£、$、\、€といった記号が出てくるが、現在インド政府も自国のルピーを象徴するシンボルの制定に向けて模索中とのことだ。
各国通貨はISO4217による3文字から成る略称で表記できるようになっている。最初の2文字がISO 3166-1 alpha-2による国・地域コード、最後の1文字は通貨のイニシャル。これにより、たとえばインド、パーキスターン、バーングラーデーシュの通貨が、INR, PKR, BDTと表記される。
ISO 4217 currency names and code elements
(ISO International Organization for Standardization)
各国内で自国通貨を表す独自の記号が用いられることが多いとはいえ、国外でも広く認知された通貨記号を持つ国は少ない。
インド政府の試みは、自国通貨を意味するグローバル・スタンドな記号を創造しようというものだ。果たしてINRは、どんなカタチになって私たちの前に姿を現すのだろうか?
India seeks rupee status symbol
(BBC NEWS South Asia)
