4月18日から日本でも各地でロードショー公開されることが決まっているスラムドッグ・ミリオネアのアカデミー賞8部門受賞の興奮の渦の中、おなじみNamaste Bollywoodの最新号が発行された。
今号の表紙を飾るのはディーピカーだ。2007年後半にオーム・シャーンティ・オームを観たとき、スクリーンの向こうの彼女に一目惚れしてしまった私である。飛び抜けた美貌もさることながら、まだキャリアは浅いものの確かな演技力、そして瞳の力や眼差しの表現力に豊かな将来性を感じるのは私だけではないだろう。この人は何か持って生まれたものが違う気がする・・・と。
そんな彼女が今年の日本で大きくブレイクしそうな予感がする。Namaste Bollywood #17によれば、チャーンドニーチョウク・トゥ・チャイナが、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で、スラムドッグ・ミリオネアとともに招待作品部門にて上映されるとのこと。
もちろんそれだけで日本の映画ファンの耳目を集めるはずはないのだが、なんと5月30日から東京新宿のシネマスクエアとうきゅう、舞浜のシネマイクスピアリにてロードショー公開されることが決まったそうだ。配給元はワーナーブラザーズで、日本語による公式サイトもすでに用意されている。
このところハリウッド資本がボリウッドに進出してきており、今後もその傾向はますます強まるものと思われる。果たしてこれが地元の映画産業にとって手放しで喜べるものなのかどうかについて判断するのは時期尚早と思われる。
だが少なくとも肯定的に受け止めることができるのは、米国資本による配給ルートを通じて、これまでインド映画圏外であった地域においても、ごく普通にロードショー公開される作品が増えるのではないかということだ。
『インド映画というモノは云々』と、良くも悪くも特別扱いするのではなく、『ごく普通に』という部分が肝心なのではないかと私は考えている。
観客に余計な先入観を与えることなく、また観る側もそうした雑音に惑わされることなく、ただひたすらスクリーンの上で展開していく美しい映像、楽しいストーリーを満喫すればいいだけのことだ。世の中に星の数ほどある数々の作品の中のひとつに、たまたまインドで作製された、あるいはインドを題材にして制作された映画があり、それがとびきり印象的だった・・・ということでいいのだ。
もちろんチャーンドニーチョウク・トゥ・チャイナは、日本の観客たちにとって、とても新鮮な映像として捉えられるであろうことは間違いないだろう。人によって程度の差こそあれ、私たちは香港発のカンフー映画にそれなりに親しんできて、私たちなりにカンフーに対する既成のイメージを抱いている。
だがこの作品に出てくるのは、それとはずいぶん違った味付けのインドテイストな中国の描写であり、カンフーアクションなのだから。また作品内で異なる二つのキャラクターを演じ切ったディーピカーに、インドからやってきた新たな麗しきヒロイン像として一気に注目が集まること必至と予想される。
なお彼女がボリウッド作品に初めて出演したオーム・シャーンティ・オームが、3月に開催される国際交流基金アジア映画ベストセレクションにおいて上映されるとのことだ。
2009年は日本で公開されるボリウッド作品がいろいろ続きそうな予感。追い風の中、Namaste Bollywood発の新鮮なインド映画界の情報に今後ますます期待しよう!
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※『新加坡的印度空間?』は後日掲載します。
カテゴリー: column
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Namaste Bollywood #17
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新加坡的印度空間 3

シンガポールという都市自体がそうであるように、その中にあるリトル・インディアもまたグルメな街である。昔からここに住み着いている人たちはタミル系が多いとはいえ、南インド料理以外にも、ムグライ、ベンガーリー、スリランカ等々、亜大陸のさまざまな地域の味を楽しむことができる。
そうした中には高級店もあるが、ここで働いていたり暮らしていたりする人相手の庶民的なものもまた多い。後者の場合、まるでインドの安食堂をそのまま持ってきたようなものもあれば、小ぶりなホーカーズ・センターのようになっているものもある。後者の場合、往々にして中華式メニューも同時に楽しむことができたりする。
昼食を済ませて、リトル・インディア地区内をぐるぐる巡ってみると、今や地下鉄駅がふたつもできていることに気がついた。このエリアの最寄り駅は、North East LineのLittle IndiaもしくはFarrer Parkである。

ところでこのあたりの地名にもなかなか面白いものがある。このエリアにはその名もヒンドゥー・ロードというのがあるし、ダルハウジー・レーン、クライヴ・ストリートというのもある。この地域以外でも、シンガポールの通りの名前でマウントバッテン・ロードがあるなど、インド植民地行政の立役者の名前が散見されるのは興味深い。



シンガポールでは、ここに住むさまざまな民族の宗教施設が見られるが、リトル・インディアにおいても、ヒンドゥー教関連施設も南インド由来のものや北インドからのものなどいろいろある。アーリア・サマージのお寺の上階には、D.A.V. Hindi Schoolのシンガポール本部が入っている。イスラーム教のモスクにおいても、グジャラートのスンニー派のAngullia Masjidをはじめとして、さまざまなコミュニティのものがあるようだ。
数世代に渡って定住している人々、加えて出稼ぎ人たち、はてまた観光客を含む一時滞在者等々、亜大陸の東西南北各地に起源を持つさまざまなインド系の人々が、マレー風ショップハウス形式の建物が並ぶ景色の中でごっちゃになっているという図はなかなか興味深い。 -
新加坡的印度空間 2

美味しいバクッテーの店から徒歩でリトル・インディアに戻る。途中、異国にあってちょっと懐かしい感じを覚える店舗を見つけた。今日は日曜日なので閉まっているが、『ステイト・バンク・オブ・インディア』のリトル・インディア支店とある。
手持ちのシンガポール・ドルがあまりないので、両替を兼ねて宿近くのムスタファ・センターに行ってみる。インド系ムスリムのオーナーが経営するショッピングセンターで、1200人を越えるスタッフを擁するとても大きなものだ。

ウェブサイトを見てもわかるとおり、アクセサリー、化粧品、時計、電化製品などから医薬品、衣料品、両替なども行っている。また食料品や雑貨類を取り揃えたスーパーマーケットも入っているなど、いろいろ手広く展開しているようだ。従業員のほとんどがインド系だが、お客の半分以上もまたインドを含む南アジア系の人々だろうか。地元の人たちよりも、明らかに国外から来たと思われる人のほうが多いようだ。店外に掲げられた国際通話の広告も幾つかのインド系言語で書かれている。

ひたすら商品を眺めるだけの人たちもあれば、何でこんなに?と思うほど買いまくる人もある。そうした人たちは店外に出てから待ち受けている仲間にその品々を渡し、巨大なスーツケースの中にそうした品々を詰めさせている。そして再び店内に戻っていくのだ。一体何をしているのだろうか。
店内は朝方からずいぶん混雑しているのに驚かされる。以前ここで中東への輸出仕様らしきシチズン製の金色の腕時計を見たことがある。文字盤にはアラビアで使われている数字があしらわれており、さらにダイヤ風にカットされたガラスが無数に埋め込まれているというスゴイものを見つけたことがある。
今でもそうしたものが売られているのかどうか知らないが、日常使うようなもので何か面白い掘り出しものがあればと思ったのだが、休日であるためか非常に込み合っており、身動きが取れずどうにもならず、早々に退散する。

表通りのセラングーン・ロード(黄亜細肉骨茶餐室があるラングーン・ロードとは別の道路)を歩いていると、『2個で5S$』『3個で10S$』などといった表示が目に入る。店内ところ狭しと並んでいるのは、ヒンドゥーの神像。持ち上げて底を見ると『Made in China』とある。道理で台座の部分にデタラメな『インド風』文字が刻まれていたりするものもあるわけだ。ガネーシュが描かれていながらも、横に掛けられた穴開き銭とともに、柄やデザインがどうにも中華風に見える壁掛けなども見られる。売り手は華人であった。

リトル・インディアに暮らすインド系の人々による、ちゃんとインドから輸入した神像その他を売る店は以前からいくつもあるのだが、こうした店は私の記憶にはなかった。近ごろは中国大陸の旺盛な工業力は、インドの宗教の分野にも進出しつつあるということなのだろうか。ともあれ値段の割にはけっこうしっかり造ってあるため、おみやげとして購入する人は少なくないようだ。

インドの衣類を販売する店、花輪を売る露店、ミールス屋に映画DVD屋その他いろいろインドな店舗が続く。ミターイー屋に入り、いくつか菓子を買ってその場で食す。店の奥ではインド系店主がデンと構えているものの、店先でお客の注文聞きにチョコマカ忙しそうに動くのは中華系の店員。ちょっと不思議な空間だが味は上々。

観光客の姿も多く、込み合ってはいるもののけっこう整然としている表通りに比べると、裏通りはここに暮らしてきた人々の生活空間といった感じで、簡素や食堂や細々とした日用品を扱う店が軒を連ねるとともに、友人や知人たちが一杯のチャーイを片手に語らう場もある。
このエリアを出入りするベンガル系の人々の数は相当なもののようで、ムスタファ・センター近くの一角には、ベンガル文字のみが溢れ、ベンガル語が飛び交う雑貨屋、映画・音楽ソフト屋、食堂などもあり、ミニ・ベンガルといった様相を呈している。
密度の濃い商業地なので、細い道路一本越えると様相がガラリと変わる。こちら側では米穀、野菜などといった食材を商う店ばかりでも、そのすぐ裏手にはダンスバーがあったりする。そうした通りのまた路地裏では、性風俗関係の店が隠密に営業しているが、そうした地域ではヒジュラの姿もチラホラ見かける。彼ら(彼女ら?)はどういう経緯で、シンガポールくんだりまでやっくることになったのだろうか。 -
新加坡的印度空間 1

シンガポール空港に着いた。着陸したのは午前4時半。ターミナルビルに入ってから入国管理、税関、そしてゲートを出てから両替してからタクシーに乗る。まだ5時を少し回ったところだ。なんと効率の良い空港だろうと思う。
タクシー運転手は中華系の男性。こちらは眠くて仕方ないのだが、陽気でおしゃべりな人だ。シンガポールはポイ捨てだのトイレを流さなかっただのといった細かいことにまで、やたらと罰金の規則が多い国だが、空港の手際の良さもまたそうしたペナルティによるものが大きいのだという自説をまくしたてる。
『空港内には放置された荷物カートなんかひとつもないでしょう。生活かかってるからねぇ。係員の不手際が見咎められたら、50S$も取られるんだから。たまんないねぇ』
彼に言わせると、入国管理のカウンターで理由もないのに大混雑にでもなれば、係官が処分されるだろうとのこと。
しばしば『シンガポールは人工的で面白くない』と言う人は少なくないが、新興住宅地育ちの私にとっては、育った環境と近似する部分が多いので親しみやすいのと同時に、こうした環境下で多民族が共生している様子はなかなか興味深いものがある。
経済成長著しい新興国(・・・というコトバは私自身好きではないが)ならば、10年近くの歳月を空けて空港から市内に向かうだけでも『ずいぶん変わったなあ』と感じるところだろうが、さすがは成熟した都市国家シンガポール。少なくとも車窓から見たところこれといって大きく変身したという感じではないようだ。『このハイウェイを抜けて、あのビルが見えてくると、ここのランプで降りて・・・』という頭に描いたシナリオ通りの風景が目の前に展開していく。
よく淡路島程度・・・と表現される非常にコンパクトな国土の小さな国家であるのとは裏腹に、道路は広く建物も大ぶりなものが多くて立派な感じがする。
タクシーはハイウェイを降りてから、ブギスを経由してセラングーン通りを北上する。24時間営業のインド系大型量販店、ムスタファ・センター脇の小路に入る。午前5時半過ぎだが、こんな時間でもけっこうお客が入っている。
あらかじめメールで予約してある宿泊先は、インド人街だが華人宿で、オーナーが家族で経営している。部屋に入ってしばし仮眠してから再び階下に下りてフロントで尋ねる。『このあたりで美味しいバクッテー(漢字で『肉骨茶』と書く)の店はどこにありますか?』
バクッテーとは、マレー半島の華人料理のひとつで、通常朝食のために供される豚のスペアリブのハーブ入りスープだ。多くは専門店となっており、朝早くから開店して忙しい店内で次々にお客をさばき、完売した時点で閉店というところが多い。まだ人通りが少なく閑散としている通りで、バクッテーの人気店だけは人だかりがしているという光景をよく目にするものだ。
経営者の奥さんはしばし首をかしげて答えた。
『確かあそこが人気あるみたいだけど、店の名前は何だったかしら。場所をどう説明したらいいかしらねぇ?』
この人自身はあまり外食しないそうだ。
彼女は宿の外に停まっているタクシーに何か声をかけている。
『彼がよく知っているから乗っていけば?』
日々街中を縦横に巡っている運転手は旨いものに詳しいのは、どこの国でも同じだ。
クルマに乗り込むやいなや、彼は私に質問した。
『白と黒とどっちがいい?』
白か黒かというのはスープの色のことで、ベースはあっさりしておりクリアーだが、胡椒がピリッと効いた『白』は地元シンガポールの味、醤油味でハーブを多用した濃厚な『黒』はマレー半島の味覚なのだという。私はどちらも好きだが、とにかく腹が減っているのでおいしいところならば白でも黒でも構わない。ラングーン・ロードにある黄亜細肉骨茶餐室という店の前でタクシーを降りる。日曜の朝だというのに、ここで食事する多くの人々で込んでいる。私もその中に混じって注文すると、まもなく香り高いバクッテーが運ばれてきた。赤身と脂肪がたっぷりついたスペアリブがゴタゴタと入った汁と合わせて食べるのはご飯もしくは中華式のお粥に添えられるのと同じ類の揚げパン。

朝食というよりも、むしろランチか夕食に似合いそうな濃厚な一品だが、これを食すと華人のエネルギーを分け与えてもらったような気になる。夜通しのフライトだったので少々眠いが、フレッシュな一日のスタートである。
このお店、私は初めてで全く知らなかったがかなりの有名店らしい。屋号でグーグル検索するとたくさんひっかかってくる。朝から幸せ気分にしてくれた運転手さんに感謝である。 -
こだわりのコンパクトデジカメ続々登場
デジタル一眼レフの低価格化が進んでからというもの、猫も杓子も一眼レフという状況になり、ハイエンドなコンパクトデジカメが市場からほとんど姿を消すという異変が起きたのは3、4年ほど前のことだったと記憶している。
今やブームも一服したと見るべきか、それがゆえにサブ機として機能性の高いコンパクト機の需要が喚起されたと捉えるべきなのかどうかはわからないが、1年くらい前からコンパクトデジカメの高級機がいろいろ出てきていることは喜ばしい。
2008年3月に発売されたシグマのDP1は個性が強すぎて万人受けするものではないとしても、7月にリコーから先代のGX100から完成度を高めたGX200、8月にパナソニックから出たLX3と、その時点で何かコンパクト機を購入しようと考えているならば、どちらも最良の選択となると思われる良品が続いた。リコーにしてもパナソニックしても、従来から広角に重きを置いたモデルを展開している。変な言い方かもしれないが、コンパクト機らしい使い方がちゃんとできるカメラを生産するメーカーである。
それではコンパクト機らしい使い方がなかなか出来ないものとは何かといえば、高級志向を狙っていても、やたらと倍率の高いズームを搭載している割には、広角端が35mm相当でしかないものがけっこうある。
レンズ交換のできないカメラであるがゆえに、28mmから始まるものでないとなかなか使いにくいし、あまりに倍率の高いズームレンズがこの類のモデルに必要なのか疑問だ。一体何を撮るというのだろう。特に望遠側において、解像度の点でも、またF値が極端に暗いことなどからも、あまり実用的とは思えない。
ごくごくまっとうに考えれば、24mmないしは28mmあたりから70〜80mmくらい、あるいはせいぜい100mmくらいまでの幅のズームで、広角側での歪みが少なく、比較的明るいレンズが搭載されていればいいと思うのだが、そういう素直なカメラがあまり出回っていなかった。
昨年秋ごろから最大手のキヤノン、ニコンといったメーカーも、ようやくこの路線のカメラを出してきたことは注目に値する。昨年9月にニコンからCOOLPIX P6000、同じく10月にはキヤノンからPowershot G10が発売されている。


どちらも28mmから始まるズームレンズを持ち、それまではリコーないしはパナソニックの独壇場だった広角ズームレンズ搭載高級コンパクトデジカメの領域に踏み込んできて、なかなか面白いことになってきた。
だが高級コンパクトデジカメの頂上を制するのは、発売時期未定だが今後パナソニックから出てくる予定のマイクロフォーサーズ準拠のレンズ交換式一眼デジタルカメラではないかと思う。これまでのコンパクトデジカメと違い、デジタル一眼から派生したタイプのカメラになるのだが、サイズとしては明らかにコンパクト機と重なるものであり、しかもレンズ交換式であり、拡張性という点では他と比較にならない。

すでに発売されているマイクロフォーサーズ規格のパナソニックのLUMIX G1は、あくまでも従来型の一眼レフ(G1は構造上一眼『レフ』ではないので、メーカー自身も『デジタル一眼』と称している)が軽く小さくなったものという、オーソドックスな位置づけをしているのに対して、オリンパスのほうはこれまでになかった新しいジャンルの開拓を目指しているようだ。
今年発売されるカメラの中で、その革新性から最も注目を浴びる可能性が高い。G1のほうは『女流一眼』というキャッチコピーで、女性への浸透を狙った。(だがフランジバックの短さから、マウントアダプターを介してさまざまなマニュアルレンズを装着可能なことから、昔からのカメラマニアたちにもよく売れているという)
オリンパスは自社から出る新モデルをどう売り込んでいくつもりなのかわからないが、普段から上着のポケットに放り込んで持ち歩くことができる、操作性や画質が他を大きく凌駕するコンパクトデジカメとして注目されるのではなかろうか。すると当然のごとく、最良の旅カメラとしても期待したいところである。 -
偽札はお持ちですか?

インディア・トゥデイ(英語版2月16日号P.20〜P.30、ヒンディー語版2月18日号P.16〜P.24)に、偽造通貨に関する興味深い記事が出ていた。同誌を購読されていなくても多少なりとも興味のある方は、ウェブ上のPDF版をご覧いただければと思う。登録(無料)すれば、これをそのままダウンロードすることもできる。
以前は同誌ウェブサイトで定期購読者以外に提供される情報はかなり限定されていたものだが、昨年あたりから方針が変わったのか発売中および過去の誌面のPDF版を誰でも閲覧およびダウンロードできるようになっている。
これが売り上げにどういう影響を与えるのかよくわからないが、インドで今起きていることを伝える社会の公器であるマスメディアとして、模範となる姿勢だと私は感じている。内容はもちろん、広告を含めて市販されているものと同一だ。私は紙媒体は読み終えたらすぐに処分しているが、後で何か参照したいときに便利なので、毎週PDF版を自宅PCに保存している。
売り上げといえば、取り立てて大きな事件が起きなかった今週号だが、かなり興味をそそる特集だっただけに、かなり販売部数を伸ばしたのではないかと私は推測している。ある意味、テロよりも身近で重大なテーマだけに、続報が待たれるところである。
さて、前置きが長くなってしまったが本題に入ろう。『FAKE CURRENCY』というタイトルの特集記事は、流通しているインドのお金のうち9千億ルピーあるいは通貨の15%が偽物であるというショッキングなもの。記事冒頭には偽通貨の流通ネットワークがイラストで示されている。
パーキスターンのカラーチー、ラーホール、クウェーターおよびNWFPで製造されたものが、ネーパール、バーングラーデーシュといった近隣国を通じて流れるルート、UAEのドゥバイからシンガポール、バンコクなどを経由して回流するルートがあるとのこと。また国内でこれらの流布の中心となっている地域としては、カシミール、ラージャスターン州のバールメール、グジャラートのカッチ地方、カルナータカのマンガロール、ケララ北部、チェンナイ、西ベンガルのマールダー、U.P.北部などが挙げられるのだという。
昔から偽札に関する報道はメディアに出てくることはあったが、ここにきてその規模が格段に大きくなっている(500ルピーおよび1,000ルピーの額面の紙幣において発見さる偽札の数は、最近3年間で何と10倍になっているとか)こと、造りが非常に精巧になっていること、インド経済に与えるインパクトの大きさ、テロ活動の資金源となること、またこれらに対する当局の対応が後手に回っていることなどに対して警鐘を鳴らそうというのがこの記事の趣旨のようだ。
背後には、インド出身で現在パーキスターンに潜伏しているとされる、もはや神話的存在(かなり若いころの写真しか出回っておらず、今では整形手術等でかなり違った風貌になっているらしい)となっている大マフィアのダーウード・イブラーヒムおよびバーキスターンの三軍統合情報部(ISI)の関与が指摘されるなど、非常に大掛かりなものらしい。
P.22には、本物と偽物の紙幣の見分け方が図解されている。思わず手持ちのルピー紙幣を取り出して、マジマジと点検してしまう。ただしここに書かれているのは、現行のデザインの紙幣にセキュリティ強化のためのマイナーチェンジが行われた2006年以降に発行されたものに限った話だ。お札を縦に走る銀色の線の部分の具合が他の紙幣と違ったり、裏面に印刷年がなかったりしても、それが即偽札だと早トチリする必要はない。もっとも2005年以前に発行された紙幣のついての見分け方は出ていないので、ここに示されている内容だけで真贋の見分けがつくとはいえず、あくまでも2006年以降発行された紙幣についての話だ。最近、コールカーターの地下鉄車内でも同様の掲示物を目にしたことをふと思い出した。
ただし今後偽札に対する警戒感が高まってくると、額面の大きなお札については、2005年以前に出た紙幣の受け取りが拒否されるケースが出てこないとも言えないだろう。自国通貨ではないが、外貨両替においてはそういう実例がある。
1996年に米ドルのデザインが変更され、それ以前に発行された紙幣よりも肖像部分が大きくなっている。それよりも前に出た旧型紙幣も米国ではリーガルな通貨だが、偽札が多数存在するため、米国外では国により使えないことがあることは広く知られているところだ。
新札でも50ドル、100ドルといった額面の大きなものになると、発行年やシリアルナンバー冒頭のアルファベット記号によっては、受け取りを拒否されることがあり得る。悪名高きCBナンバーなどはその典型だ。これまでに発見された精巧な偽札の存在がその原因だ。

すでに流通している偽札について、現金を扱う金融機関で厳重にチェックされているわけでもないようで、銀行の窓口やATMで普通に受け渡しがなされているようで、私たちがそうとは知らずに、パーキスターン製であるとされる偽インド紙幣を手にする機会は案外多いのかもしれない・・・というよりも、冒頭の偽札の割合が15%という数字が確かなものであるならば、相当頻繁にそれらを手にしていることになる。
さて、手持ちの高額紙幣をすべからず点検してみて、『コレは怪しいゾ!?』というお札を見つけたらどうしようか?通常、それらは額面の大きなものであることから、記念に保存しておくよりも、むしろ『変だな』と思ったらそそくさと使ってしまうことだろう。金融機関に確認に出向くなんて面倒なことはしないし、警察署に届け出ようものならばかえって無用なトラブルに巻き込まれそうで怖い。
運悪く所持金に混じっていた偽造通貨を当局に提出したら、相応の報奨金がもらえるような手立てがなされているわけではない。ゆえに『私が偽造したんじゃない。大切なお金を没収されたりしたら元も子もないではないか。アホらしい』『汗水流して稼いだんだ。れっきとした銀行のATMから引き出したお札がたまたまニセものだったとしても、なぜ私が自腹を切る必要があるのか。まったくもって馬鹿らしい』と、まずは自らの懐のことを、私を含めて多くの人々が考えるはず。かくして偽札は大手を振って世間を渡っていくことになる。
偽札対策には、大衆への啓蒙や当局並びに金融機関でのチェック強化のみならず、不幸にしてそれを手にしてしまった個々(個人ならびに企業)への補償を含めた対応もまた不可欠なのではないかと思う一小市民の私である。偽造の手間は変わらないことに加えて、その旨みからしてニセ札は高額紙幣に集中している。ゆえに財布の中にそれを見つけてしまった場合、とりわけそれが個人の私財であった場合の苦悩を政府は汲み取るべし!! ・・・とはいえ、流通している通貨の15%を補償するというのは無理な相談に違いない。どうするんだろう、この偽札対策?
ところで、あなたは偽札お持ちですか??

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世界の車窓から DVDブック No.27

昨年12月中旬に、朝日新聞出版社から『世界の車窓から DVDブック No.27』が発売となった。書店の店頭で小学校一年生の息子が「あっ、インドだって!」と手に取っている表紙にはダージリンヒマラヤ鉄道の写真。
これまで同番組で放送されたインドの映像の総集編といった具合で、「聖地とマハラジャの旅」「聖なる川の車窓」といった、ありきたりな表現がならんでいるものの、巧みなカメラワークもさることながら、美しい映像に思わず見とれてしまう。
私自身は鉄道なるものに特段の関心や興味があるわけではないのだが、インドやその周辺国に限っては汽車旅が大好き。やはりこの国の駅や沿線風景には実に絵になるなあ・・・と感心。
世界の車窓から DVDブック NO.27
定価:1470円(税込)
発売:朝日新聞出版社 -
ネットでテレビ 3
ヌールテレビというインターネット上で視聴できるプログラムがある。初めてアクセスしたときにはイスラームの宗教プログラムが放送されていたが、言葉が流麗なウルドゥー語だったので、てっきりパーキスターンの放送かと思った。
この放送局のウェブサイトを見てみると、『自社ウェブサイトからライヴ放送する唯一のアフガン放送局』とある。さらに面白いことに、発信元はアメリカのカリフォルニア州フリーモント。アフガーニスターン生まれ米国育ちの三兄弟が2007年夏に立ち上げた会社だそうだ。
発信地がカリフォルニアであることからわかるように、主にアメリカとカナダ在住の同胞向けに衛星放送するとともに、欧州や祖国アフガーニスターンでも受信可能となっている。さらに他の地域においては、自社ウェブサイトやGLWIZ.comを通じて視聴できるようになっており、基本的にはダリー語で放送しているそうだ。
ちなみにGLWIZ.comとは、ペルシャ語圏のいろいろなテレビ放送を視聴できるようになっているサイトだ。そこに出てくる様々な放送局名やロゴが出てくるので、インドやパーキスターン同様に、民間放送事業者が活発に展開するようになっていることがわかる。残念ながら、私はペルシャ語がわからないので、それらのコンテンツはまったく縁がないのだが。
ともあれブロードバンド環境が世界各地に拡大したことにより、各地で広がりつつあるネット放送。既存の視聴エリアをはるかに越えて世界中で受信される。今後の発展と充実が期待される。 -
ネットでテレビ 2
そういえば先日行なわれたワールドカップアジア三次予選、日本対バーレーンの試合はJustin TVから無料中継されていたそうだし、その録画ならば今でもLiveSports.jpで丸ごと観ることができる。(・・・といっても出来の悪い試合だったので、そのためにわざわざ時間を割く必要もないと思う)
FREEE TVはカバーする範囲が広く、インド以外にも世界中の主要国の番組を見ることができる。日本の読売やTBSも含まれているが、こちらは録画のみ。
とはいえ、電波が届かないところにいながらにして、その日に起きた主要な出来事を映像にて目にすることができることに大きな価値がある。アンテナでは拾うことのできないプログラムにアクセスできることが大きなメリットだ。 -
ネットでテレビ 1

昨年11月、ある方に無料にてインドのニュースやエンターテインメント番組を視聴できるサイトを教えていただいた。iDesiTvというのがそれだ。
似たようなサービスを提供するサイトとして、Babu Tvというものもあり、どちらもインドやパーキスターンのチャンネルにアクセスすることができる。ヒンディー語およびウルドゥー語によるプログラムが主体だが、英語のニュースチャンネルも含まれている。
国外からでもアクセスできるのもさることながら、パソコンで忙しく作業しながらでも画面端にそれを表示しておいたり、音声だけ聴いたりという利用の仕方もいいだろう。
通信の質はいまひとつだったりするが、ニュースにしても映画にしても何をやっているのかわからないということはないし、音もまずまずで聴き取れないことはないため、それなりに早い回線が確保できる環境下にあれば充分実用の域にある。
今後、通信技術の更なる進化、ブロードバンド環境の拡大などにより、従来型のテレビ受信機が役目を終える時代はそう遠くないのではないだろうか。少なくともこうした形での受信が広まれば、大画面で映画を楽しむのでなければ、パソコンで済ませてしまったほうがいいのではないかとも思う。
テレビ放送自体も、さまざまな放送局が電波に乗せるだけではなくネットに流すことも開始しているがゆえに、このようにパソコンでリアルタイムに受信することが可能になってきているし、一部の国では人気番組を好きなときにオンデマンドでアクセスできるサービスも始まっている。
こうした分野への進出に消極的なのは日本の大手テレビ局だが、ひとたび『変わるぞ』となると各社横並びに一気呵成で物事が進むのが日本なので、5年後、10年後にはずいぶん違う状況になっているかもしれない。
ともあれ、インドあるいはパーキスターンで何か大きな出来事があれば、すぐにこれらのサイトにアクセスしてみるといいだろう。事件が起きた現場のシーンやその背景についての解説等々がリアルタイムに目の前のパソコン画面に飛び込んでくるのだ。 -
お隣の国へ 6
今日も白く靄のかかった朝だ。昨夜はかなり冷え込んでいたためもあり、今日はややカゼ気味である。
ホテル内のレストランで簡単な朝食を取り、8時過ぎにリクシャーで駅に行く。国境の町ベーナーポールに行く列車が8時50分に出る。プラットフォームはずいぶん混雑しており、なんとか身をよじらせながら車内に入ることができたが、イワシの缶詰みたいな状態でかなりキツイ。
途中に大学があるので、ここまで行く学生たちが多いようだった。そのあたりはちょっとした町になっているため、仕事のために出かける人々もかなりある。彼らが大挙して降りていくと、さきほどまでの大混雑がまるで嘘のように車両の中はガラガラになる。
車内が急にくつろいだ雰囲気になる。身体的に苦痛だったさきほどまでと違い、ゆったりと座れるようになったため、人々も気持ちにゆとりが出てきたらしく、そこここでおしゃべりが始まる。こちらも右から左からいろいろ声がかかり、自然と周りの人々と話をすることになる。
ジェソールを出てから1時間ほどで国境に着いた。途中通過したのは農村や小さな町。駅から国境チェックポストまで、サイクルリクシャーで10ターカー。バーングラーデーシュから出る際に『出国税』なるものがある。イミグレーション脇のショナーリーバンクのカウンターで支払い、発行されたレシートを手にしないと出国手続きができない仕組みになっている。
インド側に出ると、風景は変わらないのに、私が理解できる言葉が突然普通に通じるようになる。ほんの数十メートル向こうではほとんどダメなのだが。
まるでテレビのチャンネルを××語番組から○○語番組に切り替えたような感じだ。
こちらに来るとベンガル語に加えてデーヴァナーガリー文字が散見されるのがなんだかうれしい。
バーングラーデーシュに来るときに利用したような国際バスが通りかかれば、宿泊先のフリースクールストリートまで直行できていいな、と思ったが、それらはもっと早い時間帯にここを通過してしまうとのことでダメだった。
シアルダー駅行きの列車は毎時間あるらしい。乗り合いオートリクシャー最寄りのバンガーオンの駅までで向かう。バーングラーデーシュ滞在中は、エアテルの圏外のため死んだのも同然だった携帯電話が息を吹き返している。
プラットフォームで待っていると、まもなく電車が入線してきた。シアルダーから来たものであり、終着駅バンガーオンで折り返すのである。ハウラーからバンデルやフーグリーなどに出ている郊外電車と同じタイプのものである。
田園風景は国境の向こうと変わらないが、それでもインド側のほうが水田などもよく整備されているような感じがする。田舎駅でもインドのほうが駅としての体裁がしっかりして規模が大きいこと、建物も立派であることなどいろいろある。駅の造りや職員たちの仕事ぶりもよりオーガナイズされているように見える。もちろんこちらのほうが相対的に豊かなのだから当たり前のことではあるが。
しかしながら、今こうしてシアルダーに向かう電車の中で揺られていても、ついさっき違う国から再びインドに戻ってきたという気がしない。州内のどこか田舎に出かけて戻ってきたような感じがするのだ。
生活してみるといろいろ違うのだろうが、少なくとも旅行する分には、そのツボというか、要領というのかが同じであるためそう思うのだろう。つまりそれほど近似した環境ということはできるだろう。もともと同じ国土であったところが分割されたのだから当然のことではある。
ともあれバーングラーデーシュもまたいろいろと興味深い国であったので、またぜひ訪れてみたいと思う。隣国なのでコールカーター・ダーカー間の飛行機が頻繁に飛んでいるということもあるが、陸路でも直通バスがあり、鉄道による接続も悪くない。けっこう広いベンガルの大地を、西ベンガル州だけ見ておしまいにするのはちょっともったいない。
事前にヴィザを取得しなくてはならないという面倒はあるものの、コールカーターまで足を伸ばしたならば、すぐ近くの『お隣の国』にもぜひ立ち寄られることをお勧めしたい。またインド北東州のアッサム、メガーラヤ、トリプラーなどに陸路で向かう場合、バーングラーデーシュを横切るとずいぶん近道になるという点もあり、亜大陸東部を見て歩く場合、決して外すことのできない地域であるとも思われる。 -
お隣の国へ 5
朝6時過ぎに出る列車に乗る。今日は駅前のホテルなのでとても楽だ。列車はすでにプラットフォームに入っていた。
先日はクルナー始発でラージシャーヒーが終着駅のコポタッカ急行を利用したが、本日は同じ列車の逆方向行きを利用する。クルナーに戻るわけではなく、それよりも手前のジェソールで下車する。本当はバーングラーデーシュにもっと滞在したかったが、コールカーターで用事があるため、明日にはインドに戻らなくてはならない。
自分の車両がどのあたりかわからなかったので、誰かに尋ねようとすると、このあいだクルナーから来たときに車両の座席まで案内してくれた車掌がいた。向こうも覚えていてくれて、今日もコンパートメントまで案内してくれる。奇しくも昨日と同じコンパートメントであり、窓の外の塗装の剥がれ具合からしてまったく同じ場所であった。
駅入口から入って一番左手の5番線から出たが、隣の4番線には真新しいモダンな灰色の列車が停まっている。これはダッカ行きとのことである。窓が開かない造りになっており、エアコン付きである。こちらもインド製なのだろうか?
今日、同じコンパートメントに乗り合わせたのは、夫婦と4歳の男の子一人の家族連れである。ジェソールのひとつ手前の駅で降りるのだそうだ。鉄道沿線はどこも田園風景が広がっている。途中途中に集落や村、あるいは町が散在している。なかなか牧歌的でのどかな風景。冬でも緑と水と太陽に恵まれて、明るい景色が広がっている。池もあちこちにある。
特に美しいのはところどころに散在しているサルソーンの畑。まるで蛍光色のような黄色の花が咲いており、見ているとまばゆくて眠くなりそうだ。この時期インド亜大陸各地でこうした光景が広がっている。私にとって最も印象的であったのは、インドとパーキスターン国境に広がるそれである。両国の対立がまるで嘘のように、美しい光景が国境両側にシームレスにつながっていて、心奪われる眺めであった。
冬は旅行しやすいバーングラーデーシュだが、雨季には池や河の水位も上がり、今とは違った景色になっているはず。それはそれで瑞々しくて美しいのだろうが、洪水により交通があちこち遮断されたり、予期しないことがいろいろあったりするのだろう。
インドの西ベンガルからこの国に入ると、まだ同じ州内にいるかのような気がしてならないのだが、同時に国境を越えたインド側とは視覚的に明らかに違う部分を感じるのもまた事実である。それはデーヴァナーガリー文字の不在であり、ヒンドゥーよりもムスリムが圧倒的に多く、インドにあるような『サフラン勢力』の人々がいないことでもある。
また地域的な広がりがないため、ベンガル地方(およびチッタゴン丘陵地帯の人々)以外の人々を見かけない。パンジャービーらしき人たち、とりわけスィク教徒の姿を目にしていない(ダーカーにはグルドワラーはあるそうだが)し、南インド系の人たちを見かけることもない。そんなことから、何となく国の地理的な規模の小ささを感じたりするのである。
ジェソールに着いたのは昼過ぎ。宿泊先は800ターカー程度(570インドルピーくらい)のホテルだが、それとはあまりに不釣合いすぎる立派なバンケットホールがあり、結婚式が盛大に行われていた。複数のカメラマンに加えて、大型のビデオを回している者もいる。ちょっと話をしてみたが、ビデオ撮影を専業でやっている『プロ』なのだそうだ。

