スンダルバンへ 5

スンダルバンの朝
朝5時半、スンダルバン・タイガー・キャンプのスタッフたちが敷地内を巡回して鳴らすハンドベルによる合図で目覚める。まだ頭の中が半分眠っている感じだ。テラスに出るとすでにチャーイとビスケットが用意されている。6時半にボートは出発。昨日よりも細いクリークを行くとのことである。トラはともかくして、水辺の小さな生き物の様子なども観察できるのかと期待したが、船は昨日のものと同じ。それなりの大きさがあるため細いクリークを往来することはできない。
 
ツアーに参加する前は、どこか島に上陸して散策することもできるのではなかろうかと思っていたが、それはできないことになっており、基本的に船に乗ったままで景色を眺めるだけである。
ウォッチタワー
いや正確には幾度から上陸している。しかしそれができるのは金網で囲んで安全が確保された、遠くまで見渡せるウォッチタワーのある部分のみである。そうしたところでは足元はレンガを砕いた砂利で舗装され、公園のように整備されているエリアだ。
マングローブが生い茂る水際に足を踏み入れてズブズブと泥の中に沈む感覚を楽しんでみたり、それらの植物の根元に隠れているカニを探してみたり、広大なガンジスデルタでは一体どんな魚がいるのかと釣り糸を垂れてみたりということができるわけではない。

もちろんトラの危険という点がひとつ、そして足元がどこまでも茂みでよく見えないこの地域には、さまざまな毒ヘビが棲んでおり危険であるということ、水の中にも海ヘビが数多く棲息しているということもあるのだろう。もちろんそれらに加えて国立公園としての規則その他いろいろあるのだろう。
細いクリークは引き潮の際には干潟となる。
しかしながらどこか一部、マングローブの森林の中を歩き回り、そこでの生き物たちのありかたを五感で知覚できるような場所がひとつくらい用意されていてもいいように思うのだ。せっかくスンダルバンに来ていながらも、あたかもそれを窓ガラス越しに眺めているような(もちろん船にそんなものは付いていないが)気分にさせられるのである。


ところで『泥』といえば、もともとベンガル平野部はどこも沖積地帯なので石材に乏しく、ゆえに昔からテラコッタ建築が発達してきたわけであるが、ガンジスデルタの末端に位置するここスンダルバンときたら石や岩といったものはまず見当たらないようだ。地面はとてもキメが細かく粘り気の多い土である。
ゆえに地味は豊かで、さまざまな種類の動植物を育んできたことになるのだが、どこまでもフラットだ。水面ギリギリの高さで広がる土地を眺めていると、モンスーンで増水する時期には、果たしてどんな景色になっているのかちょっと想像がつかない。また昨年バングラーデーシュで大きな被害を出したサイクロンのような災害の際には、どこも逃げ場がないだろう。はてまた地球温暖化による水位上昇により、かなり大きな影響が出るのだろうとも思う。
スンダルバン・タイガー・キャンプを離れて、対岸以降のトラ保護区に入っても、しばらくの間はマングローブの岸辺は金網で囲われていることに気がついた。しばらく進むとそれはなくなる。おそらく村人たちが簡単に上陸できないようにしてあるのではないかと思う。保護区内に入っても、地元の人々は皆無というわけではない。つまりエンジンの付いておらず、櫂で進む小さなボートに乗っている村人たちの姿がある。
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昨日よりも少し早いため、水鳥の姿が多い。いくつか異なった色合いのキングフィッシャーも見かけた。このあたりの水は汽水であるためクラゲもプカプカ浮かんでいた。
船の中からコールカーターに電話をかけようとしてみると、ここはすでにエアテルの電波が届いていないようだ。しかしマニュアルで探してみると、バングラリンクやグラミーンフォンといった隣国バングラーデーシュの電波を受信できるようだ。ここはインド領だが、隣国の携帯電話ネットワークがカバーするエリアがこちらにはみ出しているようだ。
その後、昨日とは違うウォッチタワーへ。初日に訪れたところ同様に、三本の筋状に森林が取り払ってある。ウォッチタワー見物のあとはエアテルの電波が入るようになり、いかにも国境地帯であることを感じる。
今日の朝のクルーズでスンダルバン見物は終わりである。結局トラを見ることはできなかった。ジャングルの風景は船の中から眺めるかウォッチタワーに登って見渡すかのふた通りしかないので、やや消化不良気味とはいえ、さすがは世界最大のマングローブの森林である。その広大さと深い緑を目の当たりにできたということは大きな収穫であった。
これまでアジア、アフリカ、南米などで、ある地点から別の地点へと移動する手段としての船には幾度となく乗ったことがある。それはエジプトからスーダンに渡るための船であったり、アルゼンチンのパタゴニアを行くフェリーであったりして、それらは一泊二日から数日間のものまでいろいろあったが、今回初めてクルーズ自体を楽しむという経験をできたことも良かった。
どの参加者も裕福そうで、身なり、持ち物、マナーも良かった。初日、出発のバスの中では、皆周囲の人々とよく話をしているとはいえ、それぞれ同じツアーに参加する人々が何者なのか探り合っている感じであったが、2日目に入ると、誰がどういう人物なのかおおよそのところはわかったようで、すっかり打ち解けた雰囲気になっている。みんなバラバラに来たのではなく、あたかも本当のひとつのグループになったかのようで、ふと映画のハネムーン・トラベルズ・プライベート・リミテッドを思い起こしたりする。
この映画は新婚カップルばかりが参加する団体ツアーの顛末がストーリーとなっているが、個性ある参加者たちの間で、道中いろいろゴタゴタが続出しつつも、互いに理解と友好を深めていく。今回のスンダルバンのグループツアーに参加して、こういう旅行にもそれなりの楽しみがあることに気がついた。
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もちろんその人なりのスタイルや価値観等の違いから、親しく会話を交わす相手とそうでもない相手があるのはもちろんのことだ。先述の15人連れの家族は、子持ちの女性でもガンガン酒を飲み踊っているくだけた人たちであるがゆえか、私たち外国人には人気の人々であったが、その他のハイソな感じの人々はかなり距離を置いている印象を受けた。
地元の人々の渡し舟
正午過ぎにスンダルバン・タイガー・キャンプを出て、コールカーターに戻るバスが出るソーナーカーリーという町まで三時間くらいのクルーズ。ここの波止場に着くと、二日前に来たときと同じバスが待っている。ツアーに参加していたおしゃべりな人々も、3日間の早起きで密なスケジュールにさすがにくたびれたのかバスが走り出すとまもなく寝てしまう人が多い。解散地のプリヤー・シネマに着くまでほぼ静まり返っていた。
ご存知のとおり、スンダルバンについての本、案内書などは多く出ている。だが近々この地域を訪れてみようとか、何かしらのご関心があれば、以下の書籍をお勧めしたい。
THE SUNDARBANS
Rathindranath De
Oxford University Press
ISBN 019562609-5
THE SUNDARBANS : A PICTORIAL FIELD GUIDE
Biswajid Roy Chowdhury
Pradeep Vyas
Rupa & Co.
ISBN 81-291-0636-1

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