スンダルバンへ 4

スンダルバンの朝日
まだ外が暗いうちから敷地内各所からチリチリチリと音がする。ここでは起床時間、食事、クルーズへの出発等々の毎に、ハンドベルを手にしたスタッフたちが通路を歩き回って参加客たちに時間を知らせることになっている。
朝6時に紅茶とビスケットが出た。そして7時にボートでクリークへと向かう。クリークといっても想像していたほど細いところを行くのではなかった。昨日ここに来るときに幾つかのごく細いクリークを目にしていたので、てっきりそういうところを進むのかと思っていたが、私が乗っている船がそういうところを無理に遡行しようとすると、いとも簡単に座礁してしまうだろう。
船の中で朝食が出た。紅茶あるいはコーヒー、そしてサンドイッチとパコーラーである。朝方かなり冷え込んでおり、手のひらの中の温もりが心地よい。
タイガーポイント
しばらく進むと『タイガーポイント』という大きな看板が見えてきた。トラが多く生息している地域らしい。私たちは岸辺に残されたトラの足跡を見つけることができた。ガイドによれば、夜明け前にここから対岸に泳いで渡るために降りてきたものだという。6時間ごとに満潮と干潮と入れ替わるが、今はまだ干潮なので、その足跡が残っている。まだ私たちが寝ているときにトラがまさにここを歩いたのだ。
撮影できた角度が悪くて判りづらいが、くぼんでいる部分がトラの足跡
ガイドによれば、スンダルバンのトラは5キロも泳ぐことができるのだそうだ。もともとそんなに泳ぐ動物ではないが、スンダルバンという湿地帯に住むため、環境に適応したものだとか。


タイガーデン
やがて通称『タイガーデン』なるトラの水のみ場とされるエリアを通過する。ここでは真水が湧いているため、トラやその他の動物たちが飲みにくるのだという。ちなみにスンダルバンの水は海水と混じった汽水である。
足跡を見ることはできたが、私を含めて多くの参加者たちはトラを目にすることができるかどうかについては悲観的だ。昨日のクロコダイルポンドのところで沢山の観光船が出入りしていたことからもわかるとおり、相当な数の船が出入りしている。今日も朝早くから私たちの船と同じ方向にいくつかの船が進んでいる。
茂みの向こうに何がいてもわからない
それに地形の関係もある。干潮時には干潟になっている部分があり、マングローブがあまり生えていない部分、つまり満潮時にはそれなりに深いところとなる部分については船から眺めることができる。そのためワニ、ワイルドボアー、鹿、キングフィッシャーおよび白い大型の水鳥を見ることはできるが、その背後に広がる深いジャングルを見通すことはできない。
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満潮時には、水際がそのままジャングルとなっているため、深い緑のすぐ背後にトラがいたとしても船から見ることはできないだろう。もっともトラのほうは私たちの船を目にしているのかもしれない。ひょっとするとマングローブの森林のすぐ数メートル背後でじっとこちらを見つめているのかもしれない。
ジャングルに上陸して徒歩で進んでいけば、トラに遭遇することもあるのかもしれないが、さすがに相手が強大な肉食獣であるため、スンダルバン見物は船の中から楽しむことになっている。
干潮時に干潟になっている部分では、無数の長い針のようなものが天を向いている。これらはマングローブの芽である。硬いのかやわらかいのかはわからない。でも見た感じは踏みつけたりすると足に刺さりそうな気がする。 以下の写真それぞれ違う種類のマングローブなのだが、同じような発芽の仕方をする。
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午前11時45分から正午までは、ドーバンキー・キャンプという地点にあるウォッチタワーに行く。ここでもジャングルがかなり長い距離に渡って放射状に取り払われている。ここでは鹿が草を食んでいた。
次にベンガル湾がここから始まるというところに行く。地形としてはまだ大きな河のようだが、一応このあたりがベンガル湾の始まりということになっているそうだ。もちろん付近には公害を発生させるような施設は何もないため、とても空気がとてもおいしい。
それでもここに流れ込む河が上流でどれほど汚染されているかということを思うと、豊かなマングローブの生態系にそれなりの影響を与えているのではないかと思う。
午後3時、スンダルバン・タイガー・キャンプに帰着。昨日同様のビュッフェ式の昼食である。チャパーティー、ダール、野菜カレー、チキンカレー、魚のフライ、果物といった具合。席の周りを見渡してみると、参加者はほぼ全員昨日昼食を取ったときと同じ席に座っている。本来生態系の一部であるはずの人間が持つ動物的な本能としての縄張意識みたいなものが作用しているのだろうか。最終日である翌日の朝食の際まで、みんな律儀にそれぞれの『シマ』をしっかりと守っていた。
3時半からは、近くの村へと散策である。ずっとスケジュールが密に詰まっている。この村への散策については、スキップする人たちがけっこういた。朝早かったから昼寝したいという人もあったが、地元ベンガル人にとっては特に珍しい景色ではないという点が大きいようだ。同行したベンガル人客たちは終わってから「何もなかったなあ」といっている。地理的に不便なところにあることに加えて、開発が制限されているためだろうか、建物の建材には都市部近くにある村、国道沿いにある集落と違い、近代的な素材がほとんど利用されておらず、美しくのどかな田園風景に加えて昔ながらの伝統的な暮らしが営まれているようで私自身やアメリカから来た参加者にはなかなか好評だったのだが。
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ただし都会育ちの子供たちはそれなりに田舎の景色を楽しんでいたようだ。小さなマーケットの中の家屋の土壁に貼られているベンガル語のポスターを見て喜んでいる中学生くらいの子供がいた。彼によるとこれはカルカッタでは見られないものだという。なぜかといえば、映画ではなく村の広場か何かで催される演劇のためのものなのだそうだ。
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電気が来ていないと聞いていた素朴な村だが、それでも今のインドを感じさせるものがある。それは携帯電話の看板である。SIMカードを販売したり、チャージしたりする店があり、エアテルの大きな看板が出ている。おそらく電源は送電線ではなく何か自前の手段がどこかに用意されているのだろう。
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村では、バス代わりにバイクでカートを引っ張る乗り物がリクシャーやバスの役目を果たしている。ときおりバタバタというエンジン音が聞こえてきて、そこには村人たちが満載されている。
日没後、午後6時からは茶とパコーラー等のスナックとスンダルバンのドキュメンタリー映画。これは7時まで。村人たちがいかにトラと隣り合わせの危険な生活を送っているか、蜂蜜採集や狩猟などのために本当は入ってはいけない保護区内に入り生計を立てているかなどが描かれている。
トラに襲われて大怪我をしたものの、命は助かった村人がどのようにして難を逃れたかを語り、蜂蜜採集その他の目的で村から遠く離れて仕事する人たちのために行われる祈祷の様子なども伝えられている。この地域の村人たちはトラに出会わないよう日々願っているのに、観光客たちはトラを見たくて来るのだから皮肉なものである。
映画のすぐ後は、施設内のオーディトリアムでバーノービービー、つまり森の女神の演劇。言葉はベンガル語なのでよくわからなかったが、なかなか質の高いものであったようだ。もっとも出演している人たちはプロの演劇家たちというわけではなく、普段は近くの村で農業に従事しているそうだ。
午後9時からの夕食後、また昨夜のベンガル人家族が賑やかに踊り始めるのではないかと同じ場所に出向いてみたが、今日は誰もいなかった。同じくそれを期待していたアメリカ人客たちが『トランプでもどう?』と誘ってくれたので参加する。彼らが始めようとしているラミーというというゲームをすることになった。
これまで馴染みのなかったラミーだが、ルールや駆け引きはそう複雑なものでもないのですぐに要領は飲み込めた。皆それぞれビールを頼み、和やかに世間話をしながら夜は更けていく。

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