トイレ 洋の東西をひとつに 1

しゃがむか?座るか?相反するスタイル
近世において都市部をはじめとして広く公衆衛生の普及がみられるようになった。しかし西洋式のトイレ文化の導入により、他のアジア諸国でもそうであったように、従来の土着のスタイル『しゃがむ』タイプの様式と外来の『座る』タイプのものが並存することとなった。
前者と後者の分布は地域差や立地によりいろいろ違うため一言でまとめるわけにはいかないが、概ね個人の住宅では『しゃがむ』もの、富裕層・中間層が出入りする場所では『座る』ものの普及が顕著で、その他不特定多数の大衆が行き来するエリアでは前者・後者ともに並存するという形が多いようだ。
トイレ文化の違いで困ること
今あるタイプのトイレが一般化した20世紀以降、一見すると平和裏に共存しているように捉えられがちなトイレだが、その実ふたつの異なる文化が激しくせめぎあう物騒な空間だ。それは21世紀に入っても変わることなく続いている。
たとえば日本の例を挙げてみよう。主に省スペースという目的から住宅等で設置されるトイレの大半が男女・大小兼用の洋式となっている昨今、私たちは『座る』ことにすっかり馴染み、和式よりも快適に感じるようになっていることは否定できない。そうした背景もあり、より高度なコンフォートを求めて便座が一定の温かさに保たれていたり、事後に自動で洗浄してくれたりする便利な製品も多い。
しかしながら一歩自宅の外に出てみるとどうだろうか。一般の公衆トイレはいざ知らず、ホテルやデパートといったきちんとメンテナンスの行き届いた空間においても、誰が使ったかもわからない便座に尻を乗せる行為を不快と感じる向きは少なくないようだ。その結果、消毒用アルコールを含んだジェル状の便座クリーナーであったり、薄いビニールや紙の使い捨て便座カバーが用意されていたりする。どちらも『しゃがむ』トイレでなら不要なものである。
しかし事後の処理をトイレットペーパーではなく、水で行なう地域においてはさらに大きな問題を利用者に突きつけることになる。それは座ることと水で洗浄することが極めて両立しにくいことだ。
右手に持った手桶から流す水を、左手を用いて洗うという行為は、尻をくるぶしの位置にまで深くしゃがみ込んだ姿勢でこそ可能なのだが、洋式トイレに座った姿勢つまり中腰の状態ではきちんと実行できず、下手すると洗った水が太腿の後ろ側を伝って流れ落ちるという大失敗にもなりかねない。加えて『しゃがむ』タイプに比較して、『座る』ものだと手元が便器脇の蛇口からも非常に遠くなるので苦痛がさらに増す。
苦痛が生み出す結果
そうした不便や苦痛を克服するために私たちはどう対処すればよいのか。誰もが思いつくことはただひとつ、便座を両足で踏みつけてしゃがむことである。かなり不安定な姿勢になるが、下半身や衣類を汚さないためにはこれしかない。私たちは洗い用の手桶を持ったまま、恐る恐る片足を便座にかけてヒョイと乗っかるのである。
すると便座は床の水やら汚物やらでまみれて、次に使用する人は決してそこに腰掛ける気にはならない。また次の人も便座を踏みつけてしゃがむ、そのまた次の人も・・・。
便座にやさしく足をかける人もいれば、ドカッと乱暴に踏みつける人もあるだろう。体重が軽い人もいればレスラーのような巨漢もいる。もともと優しく座ることを前提に設計してある楕円状のプラスチックの物体は、左右2箇所の極めて狭い部分に繰り返し圧力を与えられることでいつしか壊れる。仮に修理されても、また人々はそこに足を乗せてしゃがむことがわかっているので、設置者は敢えてこれを直すこともない。これがインドおよび周辺国でよく見かける『便座なし洋式トイレ』が発生する普遍的なメカニズムだ。
まだ便座があるうちは、ステップがそれなりにグリップして?安定したしゃがみ込み姿勢が取れた洋式トイレだが、これが失われてしまうと縁に置いた両足が非常に滑りやすく、特にゴムサンダル履きでの利用は決して勧められない。
洋の東西をひとつにする快挙
上記のような状況はインド亜大陸のみならならず、東南アジアや中東などでもかなり広く見られるものだ。しかしこれに対する根本的な解決策を打ち出したのはインドであったようだ。西洋と東洋というふたつの異なるトイレをひとつにまとめあげるアイデアを打ち出したのは。そのアイデアが商品として結実したのが、先日取り上げてみた現在『ユニバーサル』そして『アングロ・インディアン』といったネーミングで販売されている東西両用トイレなのだ。
他にもこのタイプのトイレを指す商品名は複数あるようだが、本稿においては便宜上『ユニバーサル式』と呼称することにしたい。
これが考案・発売された時代のことを私は知らないが、おそらく当時の世間は驚愕し、稀代の発明に惜しみない賞賛を与えたことだろう。『しゃがむ』トイレを地上に少し浮かせてそこに便座をつけて『座る』トイレと兼ねたトイレに対して。あるいは『座る』トイレの左右に張り出したステップを取り付けて『しゃがむ』ことも可能にしたというべきかもしれない。
さらには、通常の『座る』トイレよりも背を少し低くして乗りやすく、かつ洗い桶用の蛇口が近くなるようにしてあること、ステップをやや左右に開くことにより安定した『しゃがみ』を可能とするなど、ユーザーフレンドリーな心遣いもなされていることも見逃してはならない。
今後の課題
せっかくの大発明(?)だが、おそらく『しゃがむ』『座る』どちらのタイプよりも割高なのか、極めて実用的ながらも見た目がスマートでないことなどもあってか、普及度はいまひとつであるのがはなはだ残念だ。
利用者の評判は決して悪くはないようであるため、おそらく設置者側の都合によるものと思われる。このタイプのトイレを製造している各メーカーは、販売促進活動を通じて世界に誇るべき『ユニバーサル式』トイレに対する認知を向上すべく活発に啓蒙活動を行なって欲しい。
特に公共施設ならびに鉄道施設等については、衛生的なトイレの利用を促進する観点からも、新規設置のトイレはすべて『ユニバーサル式』とすることを原則とするなどの取り組みが望まれるところだ。
『ユニバーサル式』を賞賛する私は、インドのみならず、事後の処理を水で行なう広い地域に及ぶ各国への普及を図るべきではないかとも私は考えている。また水ではなく紙を用いる諸国においても、最近の住宅に有無を言わさず作りつけになっている『洋式トイレ』に違和感を覚える層が存在する?日本に加えて、他の国々でも『私もホントはしゃがみたい』派の存在もあるかと思われる。
インドでの需要のみでくすぶらせておくのは実に惜しい。インドで思われているよりもさらにグローバルなポテンシャルを持つ『ユニバーサル式』トイレである。

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