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カテゴリー: camera

  • SONY RX1

    SONY RX1

    SONY RX1

    高品位なコンパクトデジカメが増えている昨今、いよいよその究極とも言えるカメラが発表となった。SONYのRX1である。

    世界初の35mmフルサイズのCMOSイメージセンサー搭載のコンパクトデジタルカメラだ。レンズはF2.0で35mm単焦点。ずいぶん思い切ったものを出してきたものだ。

    世界初、35mmフルサイズCMOSイメージセンサー搭載のコンパクトデジタルスチルカメラ“サイバーショット”最上位機種を発売 (SONY)

    レンズは固定式なので交換できないし、焦点域も35mmのみという極めて趣味性の高い贅沢なカメラである。そうした意味では富士フィルムのX100に相通じるものがあるが、X100のセンサーはAPS-Cサイズ(24×16mm)であるのに対して、RX1はフルサイズ(36×24mm)であるため、イメージセンサーの面積が2.25倍も大きく、まったく別格なのである。

    ちなみにコンパクトデジカメを含めたデジタルカメラのセンサーのサイズ規格ごとの大きさの違いについては、こちらをご参照願いたい。

    撮像素子の大きさ比較 (ガバサク談義)

    もちろん価格のほうも、これまでのコンパクトカメラの水準からは考えられないほど高額である。発売前(発売予定日11月16日)の想定価格は25万円なので、現在10万円台から11万円台で販売されているX100の倍以上。

    どちらも高級機ではあるものの、レンズ交換式ではないため35mmの焦点域でしか使えないので実用性という点では、いつも仕事で常用する機材にはなりにくいだろう。しかしながら35mmという汎用性の焦点域であるがゆえに、完成度の高いものであれば趣味の道具として大きな魅力を発揮することになる。

    ハイアマチュアのユーザーが多い日本その他の先進国等では、唯一無二な魅力のフルサイズセンサーのコンパクトデジカメRX1に対する需要は高いことと思われるが、高級機でも、発売から2、3年もすると、陳腐化してしまうものだ。

    だが、その時期になってもフルサイズのセンサーのコンパクトデジカメというのは他に出てこないように思う。拡張性が無いし、レンズ固定式であるため既存のレンズ資産を利用できない。もちろんカメラ自身のレンズも流用できないため、極めて不経済なモデルであるといえる。それゆえ、ソニーのRX1は歴史的なカメラとしてその名を残すことになるかもしれない。

    だが、これが時を同じくして発表となったフルサイズ初のミラーレス機α99と立ち位置の異なるフルサイズセンサーの廉価かつ小型軽量なシリーズを構築するための布石であったら嬉しい。個人的には手の届く価格帯であったならばぜひ所有して思い切り使い倒してみたいカメラなのである。

  • 「フェリーチェ・ベアトの東洋」 東京都写真美術館にて

    19世紀を代表する偉大な写真家、フェリーチェ・ベアトーの作品群が日本に上陸する。

    アメリカのロサンゼルスにあるJ.Paul Getty Museumによるフェリーチェ・ベアトー(1832-1909)の作品の国際巡回展の一環として、日本では東京都目黒区の東京都写真美術館での公開である。

    2年ほど前に、『時代の目撃者 ベアトー』と題して、写真家ベアトーについて取り上げてみた。今の残されている幕末の江戸の風景の秀作の中には、彼の手による作品が多いことは、日本でよく知られているが、1853年に勃発したクリミア戦争、そして1857年に始まるインドのセポイの反乱を撮影したことにより、戦争写真家の先駆けでもある。

    当時の交通事情はもちろんのこと、その時代の写真機材自体が後世のものとは大きく異なるため、彼が撮影したのは戦闘行為が終了した直後であるとはいえ、戦火の爪痕生々しい北インド各地の様子や処刑される反乱兵の姿などを伝えるとともに、当時の街中の様子なども活写しており、貴重な歴史画像を私たちに残してくれている。

    ベアトーの生涯を概観する日本発の回顧展という位置付けがなされており、アジアの東西で多くの風景を撮影した彼の青年期から晩年までの軌跡をたどることができる。写真芸術としての高い価値はもちろんのことながら、歴史的な重要性も極めて高い。

    今から180年前に生まれ、103年前にこの世を去ったベアトーが後世に残してくれた風景の中にじっくりと浸ることができる稀有な機会だ。

    会期は、3月6日から5月6日までの2か月間。

    フェリーチェ・ベアトの東洋 (J・ポール・ゲティ美術館コレクション) 東京都写真美術館

    ※チェラプンジー2は後日掲載します。

  • モノクロームの遠い過去

    今年の7月に『古い写真の記憶』と題して取り上げてみたOld Indian Photosは、主に19世紀から20世紀前半にかけてのインドの古い写真が紹介されている。かなり頻繁に更新されているようで、しばらく見ない間に新たなクラシック写真が沢山掲載されている。

    過去のアップロード分が月別になっているだけではなく、年代別、地域別、関係別になっているので参照しやすい。例えばIndustryの項をクリックすると、19世紀末の大規模な工場の作業現場の写真を見ることができるし、Railwaysからは、インドの鉄道草創期から発展してゆく過程、事故の画像、駅の賑わいや乗客の人々の姿を垣間見ることができる。当時はまだインドの都市だったカラーチーダーカー、同じくインドの一地域であったビルマはもとより、ブータンネパール等の周辺国の画像もある。

    各地の藩王国の貴人たち、市中の人々、農民や部族民など、各地の様々な人々の姿が出てくるが、それらの人々の装いを眺めているだけでも興味深い。繊維産業のマスプロダクション化が進む前の時代なので、衣類に地域性が極めて高く、まさに格好そのものがそれを着ている人となりを表していたことが看て取れるだろう。着ているものが新しいとかヨレヨレとかいう話ではなく、衣服の様式やデザインといった意匠についてであることは言うまでもないだろう。

    もちろん今のインドでもそういう部分はあるのだが、多くの人々が洋服を着るようになり、『インドの衣装』そのものが大資本によりマスプロ化され、地場の町工場の製品もそれに追随しているため、地域色は限りなく薄くなっている。

    エンジンの付いた乗り物、スピーカーで電気的に増幅した大きな音が存在しなかった時代、都会の街中でもさぞ静かであったのではなかろうか。モスクから流れるアザーンの呼びかけがスピーカーを通して流れるようになったのはどの年代からだろうか。大きな通りも往来に気を配ることなく悠々と横断できたことだろう。

    写真に姿を残している人々の姿を手掛かりに、往時の街中の雑踏の様子に想像を巡らせるのもまた楽しい。

  • コシナのマイクロフォーサーズ用レンズ フォクトレンダー NOKTON 25mm F0.95

    コシナのマイクロフォーサーズ用レンズ フォクトレンダー NOKTON 25mm F0.95

    ボディとレンズのコンパクトさと軽さから、このところ一眼カメラはマイクロフォーサーズを愛用している。どこにでも常時携帯できる気軽さがいい。

    だが物足りなく思うのはレンズのバリエーションの少なさである。キャノンやニコンのAPS-Cサイズの一眼レフであれば、様々なタイプのものが用意されているし、メーカー純正以外にもシグマ、タムロンその他のサードパーティーからも個性的なレンズが沢山出ている。

    マイクロフォーサーズの場合、構造上フランジバックが短いため、マウントアダプタを介してクラシックレンズを楽しむ目的で購入するマニアも一部いるものの、主に初級者向けに販売されているという事情があるため、いたしかたない。ゆえに余計な物欲に振り回されずに済むということは言えるかもしれない。

    そんな中でも大変気になるマニュアルフォーカスの単焦点レンズがある。

    フォクトレンダー ノクトン25mm F0.95 (コシナ)

    フォクトレンダー ノクトン25mm F0.95はマイクロフォーサーズマウント用のフルマニュアルレンズ

    F.0.95という、人の眼を超えた明るさの驚異的なレンズである。開放側では被写界深度が紙のように薄いことだろう。現在市販されているレンズとしては、ライカのノクティルックスM F.0.95 / 50mm ASPHと並び最も明るい。

    こんな個性的なアイテムが、没個性なマイクロフォーサーズのレンズ群の中にあるのは面白い。このレンズを使いたいがゆえにマイクロフォーサーズ機を購入した人もいることだろう。

    このレンズについてのレビューと実写画像は以下のサイトをご参照願いたい。

    コシナ「フォクトレンダーNOKTON 25mm F0.95」(デジカメwatch)

    コシナ NOKTON 25mm F0.95 実写レポート (GANREF)

    ファインダー越しに広がる味わい深い世界をぜひ体験したみたいものだ。

  • チェルノブイリは今

    チェルノブイリは今

    今年の9月に、チェルノブイリの現状を写真と文章で綴った本が出ている。

    ゴーストタウン チェルノブイリを走る

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    ゴーストタウン チェルノブイリを走る

    http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0608-n/

    集英社新書ノンフィクション

    ISBN-10: 4087206084

    エレナ・ウラジーミロヴナ・フィラトワ 著

    池田紫 訳

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    1986年に起きた原発事故から四半世紀が経過したチェルノブイリにガイガーカウンターを持ち込んで、バイクで駆ける写真家エレナ・ウラジーミロヴナ・フィラトワがチェルノブイリの現状を伝えるウェブサイトを日本語訳した書籍だ。

    汚染地域に今も残る街や村。すでに暮らす人もなく朽ち果てていく建造物。家屋の中にはそこに暮らした家族の写真、子供たちの玩具が散乱しており、役場等にはソヴィエト時代のプロパガンダの跡が残っている。

    ソヴィエト時代、原発事故が発生する前のチェルノブイリは、中央から離れた周辺地であったが、それでも整然とした街並みや広い道路、広大な団地、病院その他公共施設、遊園地、映画館といった娯楽施設等々の写真からは、社会主義時代に築かれたそれなりに豊かであった暮らしぶりがうかがえる。

    人々の営みが消えてから久しい現地では、それとも裏腹に豊かな自然が蘇り、もう人間を恐れる必要がなくなった動物たちが闊歩している様子も記録されている。

    一見、のどかにも見える風景の中で、著者はそうした街や集落など各地で放射線量を図り、今なおその地が人間が暮らすことのできない危険極まりない汚染地であることを冷静に示している。

    これらの写真や文章は、著者自身のウェブサイトで閲覧することができる。

    elenafilatova.com

    チェルノブイリに関して、上記の書籍で取り上げられていないコンテンツとともに、スターリン時代の強制収容所跡、第二次大戦期の戦跡等に関する写真や記述等も含まれている。

    私たちにとって、チェルノブイリ原発事故といえば、今からずいぶん遠い過去に、遠く離れた土地で起きた惨事として記憶していた。事故後しばらくは、放射能が飛散した欧州の一部での乳製品や食肉などへの影響についていろいろ言われていた時期はあったものの、自分たちに対する身近な脅威という感覚はほとんどなかったように思う。まさに『対岸の火事』といったところだったのだろう。

    今年3月11日に発生した地震と津波、それによる福島第一原発の事故が起きてからは、原発そして放射能の危険が、突然我が身のこととして認識されるようになる。実は突然降って沸いた天災と片付けることのできない、それまでの日本の産業政策のツケによるものである。曲がりなりにも民主主義体制の日本にあって、私たち自らが選んだ政府が推進してきた原子力発電事業とそれに依存する私たちの日々が、いかに大きなリスクをはらむものであったかを思い知らされることとなった。

    順調な経済成長を続けているインドや中国その他の国々で、逼迫する電力需要への対応、とりわけ先行き不透明な原油価格、CO2排出量への対策等から、今後ますます原子力発電への依存度が高まることは、日本の福島第一原発事故後も変わらないようである。もちろん各国ともにそれぞれの国内事情があるのだが。

    原発事故後の日本では、食品や生活環境等様々な面で、暫定基準値を大幅に引き上げたうえで『基準値内なので安心』とする政府の元で、放射能汚染の実態が見えにくくなっている中で、今も収束にはほど遠く『現在進行形』の原発事故の危険性について、私たちは悪い意味で『慣れつつある』ように見えるのが怖い。

    事故があった原発周辺地域の『風評被害』云々という言い方をよく耳にするが、実は風評などではなく実際に無視できないリスクを抱えているということについて、国民の目を塞ぎ、耳も塞いでしまおうとしている政府のやりかたについて、被災地支援の名の元に同調してしまっていいものなのだろうか。

    これまで原子力発電を積極的に推進してきた日本の政策のツケが今になって回ってきているように、見て見ぬ振りをしていたり、『どうにもならぬ』と内心諦めてしまったりしている私たちのツケが、次の世代に押し付けられることのないように願いたい。

    同様に、これから原子力発電への依存度を高めていこうとしている国々についても、将来もっと豊かな時代を迎えようかというところで、予期せぬ事故が発生して苦しむことにならないとも言えないだろう。今の時代に原発を推進していこうと旗を振っていた人たちは、そのころすでに第一線から退いているかもしれないし、この世にいないかもしれない。一体誰が責任を取るのか。

    もっとも今回の原発事故で四苦八苦しており、原子力発電そのものを見直そうかという動きになっている日本だが、それでも他国への積極的な売り込みは続けており、すでに受注が内定しているベトナムでの事業に関するニュースも流れている。

    チェルノブイリが残した反省、福島が私たちに突き付けている教訓が生かされる日は、果たしてやってくるのだろうか。

  • Mマウント専用機を手頃な価格で  『RICOH GXR + GXR MOUNT A12』 

    Mマウント専用機を手頃な価格で 『RICOH GXR + GXR MOUNT A12』 

    ユニットを交換するという発想が面白い。まるで別のカメラになる。

    本日取り上げてみるのは、リコーが2009年12月に発売したGXR。レンズ、イメージセンサー、画像処理エンジンを一体化したユニットを丸ごと差し替える『ユニット交換式』という風変わりなものだ。ユニットごとにセンサーのサイズがAPS-Cであったり、通常のコンパクトデジカメ並みに小さなものであったりする。一眼であれば、ボディを買い替えてもレンズは引き続き利用できる資産ということになるのだが、このユニットとは現行のGXR専用である。

    なかなか良さそうだなと思いつつも、特に欲しいと思うまでには至らなかった。少なくとも今年8月に『GXR MOUNT A12』というユニットが発売されるまでは・・・。

    GXRにGXR MOUNT A12を装着した状態

    このユニットはMマウントの交換レンズに対応。Mマウントといえば、まず誰の頭にも浮かぶのはライカだが、言うまでもなくひとつの『世界標準』のマウントであるため、他にもフォクトレンダー、ツァイスといった名門どころのレンズも装着できる。またニコン、キャノンその他の日本メーカーもこのマウントのレンズを製造していた時期があった。

    GXRGXR MOUNT A12と合わせて購入したりすると、こうしたレンズが次から次へと欲しくなって大変なのではないかと思うが、こうした古いレンズ資産がふんだんに活用できるというのは魅力的だ。たぶん、これまでGXRにあまり関心を持っていなかった人たちの中で、このGXR MOUNT A12が発売されてから、突然大マジメに購入を検討している人たちが大勢いるのではないかと思う。

    刷新の速度が極端に早いデジタル製品なのに、古いアナログ時代のレンズがふんだんに活用できるユニットの開発とは、いいところに目を付けたものだと思う。

    マイクロ・フォーサーズのカメラ用にMマウントを装着するためのマウント・アダプターが販売されているが、Mマウントのレンズをそのまま装着できるモデルといえば、これまでならばライカのM9 (700,000円前後)やエプソンのR-D1xG (200,000円前後)といった敷居が高く、価格的にも手が届かない超高級機であった。

    だがGXR (25,000円前後)とGXR MOUNT A12 (59,000円前後)の組み合わせならば、ずいぶんリーズナブルに『Mマウント専用機』が手に入ることになるのが素晴らしい。発売から2年経過しようとしているGXRだが、Mマウント装着用のマウントが発売されたことにより、写真好きな人たちの間で俄然注目を集めることになった。今後もしばらく現行モデルでの販売が続くだろう。

    GXRGXR MOUNT A12という組み合わせについては、ハイエンドなコンパクトデジカメといった括りが適当かどうかということもあるが、万人ウケするものではなく、むしろカメラ自体が使い手を選ぶような具合になってしまうのだが、高級コンパクト機のありかたについて、唯一無二の大変魅力的な提案である。

    GXRが『Mマウント専用機』に変身!
  • 富士フィルム X10

    富士フィルム X10

    X100を彷彿させるフォルム

    今年の10月22日に、かなり気になるカメラが発売される。富士フィルムのX10である。3月に発売されたX100とよく似たフォルムだが、こちらは開放値明るめのF2、35mm換算で35mm相当の画角の単焦点モデルであるのに対して、X10は28mm~112mm相当の画角のズームレンズを搭載している。ズームレンズとしてはかなり明るいF2(広角側)~F2.8(望遠側)というのは魅力だ。またズームの機構自体も電動ではなく手動というのも使い勝手が良さそうに思える。

    半年ほど前にX100を購入して、描写性と使い勝手の良さにとても満足している私だが、35mm単焦点ということ自体が大きな魅力である反面、その画角がゆえに撮ることができないものもまた多いため、どこかに出かける際に基本的に荷物を極力持たないようにしている私にとっては、いろいろ思い悩むことも多いのだ。正直なところ、X100のズームレンズ版があったらなあ、とも感じていた。


    専用ケースとフードを装着した状態。実にカッコいい。

    そんなわけで、X10については『X100のズーム版か?』と期待したくなるところだが、ズームレンズ搭載にしては、X100と比較してボディが一回り小さいところからして容易に推測できるように、X100に使用されているセンサーはAPS-Cの大きさ(一部の高級機を除いた一般的なデジタル一眼レフで使われている)であるのに対して、X10は2/3インチのサイズ(コンパクトデジカメで用いられている)のものである。センサーのサイズの具体的な比較については、以下のサイトをご参照願いたい。

    撮像素子の大きさは性能と価格に直結(ガバサク談義)

    クラシカルなフォルム(好き嫌いはあることと思うが、趣味性の高いモノであることから、姿形への愛着も大切だ)、ちゃんと使えそうな光学ファインダーが搭載されていること、おそらく操作体系はX100を踏襲しているであろうことなど、かなり食指が動く気がするものの、センサーが小型であることはいかんともしがたいものがある・・・はず。

    フィルムに相当する部分のサイズがまったく違うため、小型センサーに共通して言えることだが、解像感やラティテュードに大きな開きがあるのは仕方のないことではある。それに感度を上げることによる画質の劣化も顕著なため、光量の少ない環境では使い辛くなる。

    逆にAPS-Cサイズ以上のセンサーであれば、とりわけ最近のモデルはISO1600やISO3200相当でも、充分使えるレベルになっているため、画質の劣化をあまり気にせずに感度をガンガン上げて撮ることができて楽なのだ。

    X10の場合は、他の多くのコンパクトデジカメと同様に手ブレ補正が付いているため、光の足りない環境ではこれを大いに活用して、可能な限り低い感度で撮るよう心掛けることになるだろう。

    そんなわけで、X10はX100のバリエーションのひとつではなく、まったく別のカテゴリーのカメラで、オリンパスのXZ-1あたりと競合するモデルということになる。28mm相当の単焦点モデルであるGR Digital(最近、新モデルⅣが発売された)に対して、『ズームレンズ搭載でGR的ながらもズームレンズ搭載しているモノ』として需要がかぶることと思う。

    そんなわけで、個人的にはちょっと拍子抜けではあるものの、日常的に使いやすい高品位なコンパクトデジカメを新たに購入しようという場合、非常に有力な選択肢になることは間違いない。私自身、正直なところX10は非常に欲しい。まだ実機に触れてみたことさえないものの、現状で知り得る情報だけでも、非常に魅力的なコンパクト機であることは明らかだ。日常でも旅先でも重宝するカメラ、そしてインドでどうだろう、この一台?として本日取り上げてみた。

    ところで、富士フィルムのデジタルカメラFINEPIXシリーズ中の『X』ブランドのモデル、X100、X10に続き、今後ミラーレス一眼も加わることになるようだ。同社はフォーサーズ規格の賛同企業であることから、目下フォーサーズといえばその発展型のマイクロフォーサーズが主流となっている現状、小型化に有利であることなどから、パナソニック、オリンパスに続き、マイクロフォーサーズ規格の機材を製造するメーカーとなる可能性が非常に高い。

    既存の規格に参入することになれば、ユーザーにとっては先行する2社のレンズを活用できるという利点(現状では両社ともそれほど豊富とはいえないが)がある。それ以上に魅力的かもしれないのは、マウントアダプターを介してMマウントのレンズを利用できることではないだろうか。

    マイクロフォーサーズに参入するというのは、あくまで巷で言われているだけのことで、今のところ富士フィルムが表明しているのは『ミラーレス一眼への参入』『X100よりも少し大型』ということのみだが、それこそ唯一無二で、魅力的なカメラが出てくることを期待している。

    マイクロフォーサーズ規格の『デジタル一眼』を製造しているパナソニックとオリンパスは、モデルチェンジを重ねるごとに大胆な小型化を推進しており、デジタル一眼とコンパクトデジカメの境界が曖昧になりつつあるくらいだが、富士フィルムのXシリーズから出てくることになるミラーレス一眼は、先行メーカーのモデルとは大きく異なるクラシックかつ本格派な骨太路線を歩むことになりそうだ。

    Xシリーズは、X100、X10ともに日本製だ。おそらく今後出てくるモデルもそうだろう。『MADE IN JAPAN』ならではの違いがそこにある・・・と思う。

    X100同様にX10もMADE IN JAPAN
  • PENTAX Q

    PENTAX Q

    PENTAX Q

    ミラーレスのモデルが普及してきたこともあり、デジタル一眼のカメラの小型化が進む昨今だが、今月末にはPENTAXから『PENTAXQ』という究極的に小さなデジタル一眼が発売される。

    マイクロフォーサーズ機同様、ミラーレスなので一眼レフではない『一眼』カメラである。 まさか既存の規格のデジタル一眼レフないしはデジタル一眼から乗り換える人はいないと思うが、サブ機として持ち歩くコンパクトデジカメの代わりとしてという需要は多いのではないだろうか。また主としてコンパクトデジカメのユーザーの中でハイエンド機を使用している人たちがターゲットになるはず。

    PENTAX Q (PENTAX)

    まったく新しい規格のカメラであり、実機に触れる機会もまだないため、なんともコメントすることができない。『世界最小、最軽量のデジタル一眼』を謳っている。だがデジタル一眼としてよりも、むしろ『レンズ交換式かつ多様なアクセサリ類と合わせてデジタル一眼的に使えるコンパクトデジカメ』としての魅力を感じる人のほうが多いことだろう。

    一眼的に使うために最も大切な要素である交換レンズ類については、ラインナップをこれから揃えていく方向にある。もちろんPENTAXQの売り上げが伸びていく前提での話なので、実際のところどうなるかは発売後しばらく様子を見ないとわからない。

    従来の一眼レフの場合、キヤノンにしてもニコンにしても、自社ブランドのレンズの豊富なヴァリエーションに加えて、シグマやタムロンといったサードパーティーが製造するこれらのマウント規格等に合致した数多くのレンズ群の中から、目的と予算に合わせてふさわしいものを選択できる。

    まったく新しい規格のQマウントの場合、他のレンズメーカーも製造に乗り出すことはないだろうが、PENTAXから今後様々なタイプのレンズが用意されて『こんな小さなカメラなのに一通りのシステムを組むことができる!』なんていうことになったら面白いと思う。

    コンパクトデジカメのハイエンド機に対して、PENTAX Qはそれぞれ用途や性格の異なる複数のレンズを交換して、一眼的に撮影できることウリなので、まずはそのあたりの環境の整備が普及のポイントとなる。

    『小さいのに意外に楽しいカメラ』『超コンパクトな万能機』として、日常でも旅行先でも多いに活用できる常時携帯可能なカメラとなることだろう。まだ発売前のこのカメラを『インドでどうだろう?この1台…』として取り上げてみた。

    ただしこのカメラについて『デジタル一眼』として興味を抱いているわけではない。その理由は搭載している撮像素子のサイズだ。1/2.3型というコンパクトデジカメ用のもの豆粒ほどの大きさである。画質はもちろんのこと、背景のボケ具合、ラティテュード、高感度時の画像の荒れ等々、従来のデジタル一眼に対して著しく不利であることは当然であるからだ。センサーのサイズ比較については下記のサイトをご参照願いたい。

    撮像素子の大きさは性能と価格に直結 (ガバサク談義)

    『小さくて持ち歩きにいい』と、当初気に入って使っていたマイクロフォーサーズ機でさえもAPS-Cサイズのセンサー搭載のカメラに比べるといまひとつ・・・としみじみ感じている。 だが常時携帯しているリコーのGR-DigitalⅢよりもひと回り大きい程度なので、これがくたびれてダメになるあたりで、その時点で販売されているおそらく次世代のPENTAX Qを手に入れることになるかもしれない。レンズ交換式コンパクトデジカメというまったく新しいジャンルのカメラとして。

    蛇足ながら、オモチャ的に小さなサイズにもかかわらず、ボディはしっかりとしたマグネシウム合金製というのも好感が持てる。実機に触れてみるをとても楽しみにしている。

  • 古い写真の記憶

    写真やアルバムは本人や家族にとって大切なものだ。年月を重ねるにしたがってその価値や重みを増していく。 その画像に写っている『現実』がどんどん遠いものとなっていくからだ。

    大人になってから眺めてみる子供時代の写真、今では年取った親の若いころの写真、社会に出てからずいぶん経ってから、ふと開いてみる学生時代の卒業アルバム、そこには今とは違う自分や家族や友人たちの姿がある。

    どれも懐かしい思い出に満ちている。時間の経過とともに記憶の中で特に良かった部分が、非現実的なまでに増幅して思い起こされるものだ。 そうした昔の写真は、さらに時を経てそこに写っている個人やその家族のみならず、そこに記録された時代を知る貴重な手がかりとして、万人にとって価値あるものとなってくる。

    インドの古い写真をブログ的に取り上げているOld Indian Photosというサイトがある。1850年代から1970年代にかけての写真が取り上げられている。セピア色の画像の裏に繰り広げられていた当時の日常、そこに写っている人々はすでにこの世に無く、その個々を知る人さえない忘却の彼方に去って行った過去もある。今とはずいぶん違う景色、現代とは異なる装い人々の姿から当時の世相や習俗が伝わってくる。

    想像力たくましくして、色褪せたモノクロームの写真に『記憶された』風景の背後に思いを馳せたい。撮影者の目の前にあった当時の日常生活、彩り豊かな失われた昔日をゆったりと眺めてみたい。そこには人々が歩んできた歴史があり、それは言うまでもなく今の私たちの時代に繋がっている。

  • マンフロットの卓上三脚 MP1-C & MP3-D

    マンフロットの卓上三脚 MP1-C & MP3-D

    3年ほど前に『カメラと一緒にいつでもどこでも』と題し、カメラの三脚メーカーとして知られるマンフロット社製のMODOPOCKET 797を取り上げたことがあったが、最近この路線の新型モデルのMP1-CMP3-Dという小型テーブル三脚が登場した。

    MP1-C  コンパクトデジカメ用
    MP3-D   一眼レフにも利用可能

    前者は自重30gで、MODOPOCKET 797と同じく最大耐荷重は500gでコパクトデジカメ用だが、後者については自重70g、最大耐荷重は1,500gまでとなっており、このタイプのものとしては珍しい一眼レフ用となっている。両モデルとも色は黒とグレーが用意されている。

    どちらも折り畳んだ状態では平べったく軽量であるため、カメラに付けっ放しにしておけるのがいい。通常、こうした小型テーブル三脚は脚部が貧弱であることはもちろんのこと、雲台が華奢であること、重心が高くなってしまうこともあってごくごく小さなカメラにしか使えないのだが、そのあたりはうまく考えて作ってあることに感心させられる。

    画像左側に見えるヒモ付きの金具のようなものは、カメラの三脚取り付け用の穴に取り付けるネジを回すための工具。MODOPOCKET 797の場合はポケットからコインを取り出して回していたが、こういうささやかな心遣いはちょっとうれしい。加えてMP3-Dはカメラネジ用の溝が3本あるのが目を引くが、これはカメラにより三脚用の穴の位置が違ったり、カメラそのものの形状もいろいろであることに対応したものだということで、実に汎用性が高い。

    MODOPOCKET 797の発展形であるどちらも魅力的だが、とりわけ後者、一眼レフに使えるMP3-Dについては、他に同じようなものがほとんど見当たらないため、ひとつ購入してポケットの中にでも忍ばせておけば、何かと役に立つことがありそうだ。MP1-Cの日本での販売価格は2,300円前後、MP3-Dは3,300円前後といったところだ。

  • 旅行向け三脚

    旅行向け三脚

     三脚といってもいろいろあるが、コンパクトカメラを使用している方ならば手軽に旅行先に持参しているものといえば、通常はいわゆるテーブル三脚、つまり小型の三脚なのではないかと思う。 

    こうした類もピンキリだ。見るからに華奢なものから、なかなかしっかり造ってあり、小型の一眼レフと単焦点の標準レンズ程度の重量ならば充分に使えそうなものまでいろいろある。 

    ただ置いて撮影するだけでなく、石突三か所を壁に当てて安定させてスローシャッターを切るという応用もできるし、あるとなかなか便利である。 

    だがあくまでもテーブル三脚である。高さがまったくないため、地面に置いて使うのは毛現実的ではないし、使いたいところで適当な台があって高さを稼ぐことができるとは限らない。 

    どうしてもシャッタースピードが遅くなってしまう場面、とりわけコンパクトデジカメの場合はセンサーが小さく、画面が荒れるので感度を上げたくない。かといってある程度の長さの三脚を持参するとなると、それなりの荷物になるため、わざわざ一眼レフを家に放っておいて、コンパクトデジカメ一台で、荷物に振り回されることなく身軽に出かけるというメリットが削がれてしまう。手軽なカメラを使うのにわざわざ三脚の出し入れやセッティング等をするのも面倒ではある。 

    そんなわけでテーブル三脚以外のものを旅行先に持ち歩くという考えはまったくなかったのだが、昨年12月に発売されたVelbonのCUBEという、コンパクトデジカメ専用の三脚はかなり気になっている。 

    重量は390g。やや大きめのコンパクトデジカメと同じくらいだが全高は940cm。しかも畳んだ状態は三本の脚と雲台がフラットに並ぶので小さなカバンの中でも邪魔にならない。さらには『世界最速』を謳う脚の出し入れのスピーディーさがスゴイ。 

    世界最速セッティング – ミニ三脚「CUBE」(Youtube) 

    これならば面倒などと思うことなく気軽に使う気になるだろう。3本の脚がフラットになっている状態で引き出すので杖のような形で持つこともできる。つまり一脚的な利用もできるだろう。常時カバンの中に潜ませておくと、野犬に囲まれたときの威嚇用にも使えそう(?)な気もする。 

    もちろんコンパクトかつ軽量というのがウリなので、堅牢さを期待してはいけない。あくまでもコンパクトデジカメ専用ということもあり、脚を最大限に伸ばすと頼りなくグラつく。荷重は400g以内ということになっている。 それでもリコーのGRDやシグマのDP1といった軽量カメラを使う分には申し分ないし、収納性とスピーディーさという点からも唯一無二の存在である。 

    日常的に持ち歩くのはもちろんのこと、旅行先に持参するにも非常に具合の良い三脚である。価格は5,000円以下、概ね4,500円前後といったところのようである。

  • 富士フィルムのFinePix X100

    富士フィルムのFinePix X100

    父親の世代が使っていたような、昔のカメラを見て『こんなカメラを持ち歩いてみたい』と思ったことはないだろうか。中古カメラ屋覗いてみて、素敵なカタチをしたクラシックカメラに惹かれたことはないだろうか。

    一種の憧憬を抱くことはあっても、それを購入して日常的に使うかどうかといえばまた別の話である。写真といえばデジタルが当たり前になって久しい。 今の時代、フィルムなどという面倒くさいもの、ランニングコストが高くて、現像や焼付けなど手間ヒマのかかるアナログカメラなど、そうそう手を出す気はしない。

    だがそうした昔のカメラのフォルム、操作感や質感をそのままにデジタル化したものがあったら、どんなに楽しいことだろうか、と夢想したことのある人は多いはず。

    外見がちょっと昔風、ややクラシック的であることをイメージしたカメラあるいはそのケースなどはこれまでけっこうあった。あるいはトイカメラの類でレトロ調のものもいくつか出ていた。しかし見た目が本当にクラシックカメラみたいで、それでいて性能も抜群といった、趣味と実用性を両立させたモデルは見たことがなかった。

    このたび発売される夢のようなカメラ、富士フィルムから発売されるFinePix X100は、特定の機種のボディの復刻というわけではないし、デジタルカメラとして意味を成さないフィルムの巻上げレバーのダミーが付いていることはない。アルミ削り出しのダイヤル類、マグネシウム合金ボディと高い質感で、昭和のカメラ、昔の写真機といった感じの外観がよく再現されている。もちろんレンズは非沈胴式の単焦点である。

    ダイヤルによるマニュアルな操作は、昔風でありながらも実は直感的で分かりやすいものだ。クラシックをコンセプトにしたモデル以外にもアナログ的なダイヤルを備えるような流れが出てくることもあるかもしれない。

    センサーはAPS-Cサイズ。他のコンパクトデジカメとは大きく違うアップマーケットなモデルだ。画角は35mm換算で35mmという『伝統的』なアングルである。しかし開放値はかなり明るめの2.0だ。

    クラシカルなフォルムの再現に不可欠であるとともに、ボディサイズにややゆとりがあるためだろう。光学ファインダーと電子ファインダーを切り替えて使うことができるようになっている。

    古風な外観ながらも、もちろん骨董品ではなくガンガン使い倒すためにある量産カメラだ。詳細な特徴や機能・性能については専門のサイトがいくつもあるため、ここでは敢えて取り上げてみることはないが、カメラの本質部分以外にもなかなか気の利いた味付けがなされている。たとえば、フィルムメーカーらしく、フィルムシミュレーションモードという機能が付いており、Provia, Astia, Velvia等のフィルムの特徴を再現した表現を選択することができるのは面白い。

    実質35mmという使い易い画角とはいえ、レンズ交換式ではないので、これ一台で何でも・・・というわけにはいかない。ボディのカサのみで言えば、ソニーの一眼カメラのEマウントタイプのもの、パナソニックあるいはオリンパスのマイクロフォーサーズといった小ぶりなカメラと同等といったところだ。価格と実用面に限れば、他に多くの選択肢が考えられるのだが、他に替えられない趣味性という点で、唯一無二の稀有なカメラだ。

    このカメラのマーケットは決して小さくはないだろう。APS-Cサイズの大型センサーを使用しているにもかかわらず、特殊なコンセプトのために汎用性と拡張性を大きく犠牲にしているため、他のシステムと組み合わせるという需要はないはずだ。

    同様に現在使っているカメラの代替としての可能性もほぼないだろう。クラシックなフォルムはもちろんのこと、23mm単焦点というモデルは現在販売されているコンパクトデジカメの中にないし、固定式レンズであるため一眼タイプのレンズ交換式カメラと競合するものでもない。

    そのため、このカメラを購入する人たちは、他のカメラに替えることのできない、このカメラであってこその需要を感じたうえでのことに違いない。 それでも予想される販売価格が11万円強と、極端に趣味性の高いモデルとしては価格を低めに抑えてあるように見えても、今どきのデジカメの値段の相場に照らすとかなり高価で拡張性もない。X100の需要とはそれ独自のものであり、とりあえず手元に持っているカメラやレンズ類一式で満足しているのとは別の方面の物欲をかきたてるものである。

    つまり先述のクラシックカメラに対する、世代によって違うが『愛着』であったり『憧憬』であったりするのだが、そうした潜在的な需要を喚起する稀有なモデルということができるだろう。

    機能・機能自体はデジタルなので陳腐化するのが早いことは間違いない。それでも愛着を抱いて末長く使える世界初?のデジタルカメラなのではないか?と思わせるものがある。

    FinePix X100の発売日は3月5日だ。

    ※コーラープト 3は後日掲載します。