クリシュナプラム・パレス見学

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ケーララまで来ると、インドは本当に広大だ。デリーやラクナウなどと、ケーララが同じ国内にあるのだから。パレスはトラバンコール王国時代のものだが、このようなケーララ式の建築の見られる地域とインド北部が同じ国内にあるとはにわかに信じ難い。

同時にインドを統一したイギリスの偉大さも。ムガルやマラーターなどの最盛期には、その領土や威光の及ぶ地域はとても広かったとはいえ、とても今のインド全域を統一するには遠く及ばないものであった。

英国時代なくして今のインドの版図はなかったわけで、インド地域という概念はあっても、インド国民というものすらなかった。

イギリスによる支配なくして、インド統一はなく、欧州に「欧州国」という単一国家がないように、中東地域を包括する「ムスリム国家」がないように、また東アジアに漢民族の周辺民族の日本人、韓国人、ベトナム人などを含めた「中華圏国家」がないように、インドもいくつもの国が連なるインド地域に過ぎなかったはずなのだ。

それが良かったことなのかそうでないのかはともかく、やはり英国による南アジアの支配地をそのまま引き継いだ(印パに分裂したが)のがインドであり、放っておけば決して繋がることのなかったエリアが集合しているのがインド共和国であり、ゆえに「多様性の国」と呼ばれる。

さらにインドを偉大たらしめているのは、そうした複合的要素を多く含む国々は往々にして解体へと向かう(旧ソ連、旧ユーゴなどから旧ザイールや南北統一後のイエメンの混乱などまで様々)が、インドではごく一部、カシミールや北東部で長く続いた分離活動を除き、そのようなことは起きず安定的に国家運営がなされていることだ。まさにインドこそ真の「共和国」なのである。

 

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