HAP HING CO.のチェンさん亡くなる

メトロの「セントラル駅」で下車して進行方向側のエンドから外に出ると、そこはもうチャイナタウンの東端である。すぐそばには雑居ビルの中にある「ビルマ寺院」もある。

Sun Yat Sen St.へ。Sun Yat Senとは孫逸仙こと孫中山、言うまでもなく孫文のことである。つまり「孫文路」という道路があるのは、いかにも旧中華街らしいところだ。

十数年前に初めてお会いして以来、カルカッタを訪れる際には顔を出している方のお店「HAP HING Co.」がある。(FBページは、インターネットもスマホもせず、アナログな方だったチェンさんが開いたものではなく、彼女の店に出入りしていた地元のカメラマンによるもののようだ。)

客家華人の年配女性で、父親から引き継いだ店で、長年中華食材や漢方薬などを商っているため、華人事情には当然大変詳しい。

夜明け前に店を開けると、目の前のエリアで開かれる中華朝市で魚ボールのスープなどを食べて、この方の1日は始まる。商いは午前7時には終わって店を閉めてしまうという、朝型人間のチェンさんだ。

私がコルカタ華人に大変興味を持っていることを知っているので、訪問すると、いつも「えーと、このあいだは何を話したっけ・・・。」から始まって、界隈の古いゴシップ、幼い頃の話、カルカッタから外国への移民の話、香港に仕入れ旅に行ってみた話等々、お茶を淹れていろいろ話してくれるのだ。

この方のおかげで、カルカッタの華人関係のことをいろいろ知ることができたし、訪れることもできた。あけっぴろげな人で、「チェンさん、子供の頃の話をしてよ」と言うと、旧正月の話、親戚との宴会の話をとともに彼女の父親のもうひとつの家庭との微妙な関係など、引き込まれるけど、「ちょっとそんなこと話していいの?」と思うようなことまで、いろいろ聞かせてくれた。

彼女によると、比較的稼ぎの良い華人男性がふたつ目の家庭を持つのは珍しくなかったそうだし、同じ父親による「公式」「非公式」の世帯は、当然親密ではなく距離を置いたものではあるが、まったく往来がないというわけでもなかったらしい。

「ちょっと向こうのお母さんのところにお使いに行ってきて」とか、「向こうの兄弟と遊ぶ」というのはよくあることであったようだ。

そうは言っても嫡流の世帯と傍系の世帯がイーブンな関係であるはずはなく、子供時代のCさんも複雑な視線で「傍系の家族」を眺めていたようだ。

「でもね、もうとっても昔のことだし、私もほら、こんな歳だからねー」とケタケタ笑いながら喋る賑やかな人だった。傍系の親族たちも含めてすべてカナダに移民してしまったとのことだが、年に一度旧正月に何人かはカルカッタに戻ってくるとも聞いた。

中華朝市は、もともとは華人が盛大に開いていたそうだが、今は人数は多くなく、華人の商売人の手伝いをして仕事を覚えたインド人が引き継いでいる露店もある。

その華人チェンさんだが、お店の常連客は夜明け前からの朝市に来る人たちなので、もう6時を回ってしまうと暇であるため、私に「中華レクチャー」をしてくれるのだ。いつものように今回も日本から小さな手みやげを持って訪問するつもりだった。

ところが今回はなんだか違う。店が開いていないし、看板もなくなっているのだ。

ちょっと嫌な予感がした。

店の向かいのタバコ屋に尋ねてみると、なんと昨年3月に亡くなったとのこと。ちょうど通りかかった若い華人女性にも聞いてみると、「店がしばらく閉まったままになっていて、どうしたのかと思ったら、亡くなっていたことに誰も気付かなくて・・・」とのこと。いわゆる孤独死であったそうだ。

彼女は生涯独身、兄弟を含めた身内はカナダに移民しているので、カルカッタに親戚はひとりもいないということは知っている。糖尿病の具合が良くないことは前回の訪問の際に聞いていたが、界隈の人たちの話によると、心臓発作じゃないだろうか、とこのと。かなり太っていたし、血圧が高いことも聞いてはいた。

インターネットはやっていないし、ガラケーしか持っていない人だったので、近況は知らなかった。毎年、年賀状を交換していたのと、ときおり思いついたように手紙をくれていたが、今年もらった年賀状に続いて、「中華新年に遊びに来ないかい?界隈では獅子舞とか歌ったり、出し物とかの集まりもある。いろいろ案内してあげるよ」というお誘いの手紙ももらったのだが、これがチェンさんとの最後のやりとりになってしまった。

今やもう、「えーと、このあいだは何を話したっけ?」というチェンさんの言葉を耳にすることはできなくなってしまった。

チェンさんのご冥福をお祈りする。

 

コールカーターの「魯迅路」と「中山路」4 (indo.to)

再びコールカーター中華朝市へ 2 中華食材屋のCさん

再びコールカーター中華朝市へ 3 華語新聞 (indo.to)

 

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