バスタル観光の今後

その後もいくつかのハートを回ってみた。どのハートも曜日を違えて週1回の割合で開催されているため、毎日違うハートを見学することは可能だし、品物を売りに行く人たちもそのように複数のハートに出入りしていることは多いようだ。例の青空バーの美人ママも毎週いくつかのハートをかけ持ちしていると聞いた。

ハートにやってくる独自の装いの部族の人たち。装身具は独特のものが多いが、衣類については、まとい方や着衣の色の傾向は部族独自のものがあるものの、その衣自体は大量生産されて、特に安くマーケットに出回っているポリエステル製のサーリーを使って独自のまとい方をしたり、一部加工して着たりしているようだ。

昔は部族がそれぞれの村で衣類を作っていたようですが、やはり工業化が進むと安い化繊がたくさん出回るようになるため、部族が手間暇かけて作っていたものは駆逐されてしまうのだろう。これは部族に限ったことではない。

部族以外、一般の人たちの間でも、かつてはサーリーの柄や模様で地域やカーストが判ってしまう(ラージャスターンやグジャラートなどでは特に)ものであったのが、今は地域やコミュニティーの特色を排したニュートラルな柄が大手メーカーから大量に市場に投入されているため、サーリーを見て「この人は××地域の××コミュニティーの人だ」と言うことはまずできなくなっている。

またそのサーリーにしてみたところで、今は洋装や「パンジャービー」と俗称されるシャルワール・カミーズ(元々はこれを着る習慣のなかった地域にも広く普及してしまっています)に取って変わられているので、サーリーを着た女性を見かける機会さえも、とても減っている。

そんなわけで、かつては「着るものはその人の出自を示す」と言われていたインドにおける装いだが、今はあまりそういう意味合いがかなり薄くなっている。

アーディワースィーの人たちの衣装が前述のようになっている以上、彼らが洋装やパンジャービーを着てハートに出てくる日はそう遠くないだろう。とりわけ若い人たちについては。

その一方で、今後バスタルが観光で注目されるようになってくると、敢えて伝統的な装いでハートにやってきて、お金を取って写真を取らせて収入の足しにするというようなケースも出てくるだろう。まさにそのために伝統的衣装が復活するという皮肉なことが起きるかもしれない。

すくなくとも今回私がハートをいくつか回ってみた中では、外国人はもちろんインド人観光客の姿さえ見かけない。ごく当たり前に村から出てきた先住民たちが必要な日用品を得るための場であり村の産物で現金収入を得るための機会、その他の住民にとっては定期市に来る先住民相手に収入を得るチャンス以外の何物でもなく、そこに観光の要素が入る余地さえないように見える。そういう意味では、現在までのところのバスタルのハートは大変貴重なものだ。

でもこの状況は、今後バスタルが観光化されていく中で、避けられない近未来のこととなると予想される。インドは他にも観光地がたくさんあり、バスタルは「マオイスト」の活動でイメージが良くないため、一気に観光化されることはないにしても、そういう危惧があることは間違いない。

先住民が占める人口が4割近いこと、インフラの整備が遅れているため、村々でこうした定期市(ハート)の開催が必要であることは今後も変わらないはず。そこに観光化の進展が与えるインパクトは大きなものになるだろう。竹を収穫して加工して裁断して組み上げるという大きな手間をかけて30Rsにしかならないが、伝統的衣装を若い娘さんに着せて、それで写真撮らせればそれくらいの金額が数秒で手にできるわけだが、である。
また、足にはめるニッケルの輪は、ただ付けていても何の現金収入ももたらしませんが、観光客に売れば、気前の良い人なら500ルピー、1000ルピーくれるかもしれない。

まぁ、今のところはハートで売り買いする先住民と彼らを相手にする地元の小さな行商人以外は来ていないようで、私たち外国人は、ただの闖入者に過ぎないのだが。

外国人観光客の訪問が増えてきたら、私が部族の村人であれば「今どきの娘たちは昔のアクセサリー付けたがらないからなあ。家で寝かせていても仕方がないから、ハートにやってくる外人来ていたら声かけてみようか?いくら払ってくれるかなぁ?」とか、「嫁さんのネックレス、売り払うわけにはいかないけど、似たようなのを作れば外人さん買ってくれないかなぁ?今度村の鍛冶屋に安手のやつを頼んでみよう」などと、いろいろ考えることだろう。

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