サバリマラの寺院の二面性

かつてアウトカーストの人たちの出入りが禁じられていた寺院が裁判所法による命令により、彼らに門を開いたというようなことがあった。今回のサバリマラの寺院に対する判決も歴史的な出来事だと思っていたが、これを人が、そして政治が阻もうとした事例。

寺院への出入りに関する制限といえば何年か前にプリーのジャガンナート寺院でヒンドゥー教徒ではない欧州だか米国だかの女性(たしかインド系ではあったように思う)が偽って寺院に入場したところ、寺院関係者に拘束されてオリッサ警察に突き出されて逮捕、という出来事があった。

非ヒンドゥーが入場出来ないというのは寺院が定めた私的な制限だと思うのだが、これを警察が逮捕できるというのはどういうことなのか?と思ったが、日本で言うところの住居等不法侵入みたいなのが適用されたではないかと思う。

それはさておき、サバリマラの話に戻る。女性の月経を不浄とみなし、これの年齢に当たる女性たちを入場させない偏屈で差別的な寺院というような報道がなされることは当然なのだが、物事にはしばしば二面性がある。

この寺院で行われる大祭のときには、寺院に参拝する前に近くにあるモスクに詣でることになっており、この地域でヒンドゥーとムスリムの融和と共存を体現しており、これが最近始まったものではなく、500年以上も前から続くものであるのだ。

インドのヒンズー教寺院、女性参拝阻止の集団が警察と衝突(AFP)

Before arriving at Sabarimala Temple in Kerala, devotees visit a mosque (THE ECONOMIC TIMES)

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