プノムバケン

1992年、私がこのアンコール遺跡を訪れていた時期にフランス人の女の子が地雷を踏んで亡くなっていた。急遽ご両親が駆けつけてきていてニュースになっていた。

彼女が不運にも落命してしまうことになってしまったのが、このプノムバケン。

クメール語で「中央の山」を意味するというプノムバケンだが、ここから広大なアンコール遺跡が広がるエリアを見下ろすことができる。ここから眺めるアンコールワットやアンコールトムの景観を期待して登ったと聞いていた。

今でも本来の参道は埋設された地雷の危険から立ち入り禁止となっている。道路からすぐ見えるここから登ろうとしたのではないかと私は思う。見るからに登りやすそうな、駆け上がってみたくなる斜面だ。

立ち入り禁止となっている本来の参道。

当時は今よりもはるかに埋設された地雷がたくさん残っており、「舗装路以外は歩くな」「小便、糞垂れるのに茂みに行くな」などと言われていたが、静まり返った木立の中の平和な眺めの中、どうしても小山の上からの景色を一目見たくて歩いて行ったのだろう。

危険と言われつつも、プノムバケンに登る人たちはいたようなので、「私も大丈夫だろう」という思いがあったのかもしれない。実際に登った人から「いい眺めだったよ」と話を聞いていたかもしれない。

小山の上の寺院からの景色はとても良かった。彼女はこの景色を目にした下りで亡くなってしまったのか、それとも下から登る最中で不幸にも地雷を踏んでしまったのかはわからない。

当時、彼女と同世代だった私は、そんなことを考えながらプノムバケンのてっぺんからのアンコールワットの遠景を眺めつつ、静かに手を合わせた。

眼下のジャングルの中に見えるアンコールワットの遺跡

アンコールワット

アンコールワットではモデルさんの撮影中だった。カンボジアの伝統的衣装でいろんなポーズを取っていた。広告にでも使うのだろうか。

アンコール遺跡の階段は勾配がとても急なので、本殿に上る階段は使用禁止になっており、一箇所だけ補助階段がしつらえられて、そこから上ることができるようになっていた。

前回訪れた1992年には、訪問者たちはみんなこの階段からよじ登っていたが、たぶん事故もあったのだろう。私自身も怖かったし、雨で濡れたら滑って本当に危険だろうと思った。勾配が急であることに加えて、階段のステップ幅が成人男性の足裏の半分くらいしかないのだ。

クメール王国時代の坊さんもよく滑り落ちたのかもしれないが、このような造りであることには何か具体的な理由があったのだろうか。

それにしてもこの寺院内の意匠の豊富さと美しさには心動かされる。遺跡そのものが精緻なアートギャラリーのようでもある。遺跡となってからですらこうなのだから、ここが寺院として機能していたときにはどんなに素晴らしかったことか。

また思うのは、このような遺跡となってしまうと往時のことをなかなか想像し難いのだが、マンネリで平和な日常もあっただろうし、初めてこの寺院に務めることになった僧侶の高揚感と緊張感、様々な年中行事なども行われて、人々で賑わうときもあったわけだ。

沐浴用のガートはインドそのままといった風情だ。

アンコールワットを出てから遺跡地域に点在する露店の集合体とトイレ等の施設が揃ったビジターセンターのようなところで昼食にした。

アンコール遺跡へ

ネットでアンコール遺跡の入場券を購入。代金は1日だと37ドル、3日有効だと62ドル、1週間有効なものは72ドルだ。

アンコール遺跡は沢山の寺院等の遺構から成るが、それぞれの遺跡で入場料を支払うのではなく、これが共通の入場券となっている。

宿からほど近いところで自転車を借りる。ここは旅行代理店になっていて、その一環としてバイクや自転車を貸している。1日4ドル。ほぼ新品なので気持ちが良い。

滞在中はこの自転車を借りっ放しにした。遺跡見学以外の市内散策や買い物等に大変諜報した。

自転車を借りてからアンコールへと向かう。木立の中の道路を駆けていくわけだが、これがとても気持ちが良い。サイクリングロードが用意されているが、事実上はバイク用のレーンみたいになっている。

道路を進んでいくと検問所があり、そこでアンコール遺跡入場券を所持しているかどうかの確認がなされる。

ちなみに入場券を買わなくてはならないのは外国人だけで、カンボジア人は無料で見学することができる。

印・バ関係の今後

当分の間はインドとの良い関係は期待できないバングラデシュ。前政権下でシェイク・ハスィーナーの存在はインドにとってとても好都合なものであったが、亡命を受け入れたことでこれが大きな重荷に。

またバングラデシュにおけるヒンドゥー教徒への攻撃が大きく報道されるなど、インド側にとっても国民感情的な側面からもバングラデシュに厳しく対応せずにはいられない。

先日はデリーでバングラデシュの高等弁務官がインド政府に呼び出されて同国内における治安悪化等に関する懸念について懸念を伝えられていたが、まさにこうなることへの心配があったのだろう。

 

ちなみにインドとバングラデシュが相互に置いているのは大使館ではなく高等弁務官事務所。ともに英連邦の加盟国であるためだ。そのため大使に相当するのが高等弁務官となる。

来年2月に総選挙が予定されているが、こうした騒擾はしばらく続くのだろうか。無事に国民の審判を得て、安定した政権が樹立することを願いたいが、今回の選挙には、BNP(バングラデシュ民族主義党)と並ぶ2大政党のひとつ、アワミリーグは暫定政権から政治活動を禁止されているため参加できない。

そのため同国内では新政権樹立後もいろいろ起きそうだが、親インドのアワミリーグを追い出してのBNP政権スタートとなると、インドにとって扱いにくい隣国政権となることは必至だ。

Overnight unrest in Bangladesh : Anti India protests erupt how events unfolded after Sharit Osman Hadi’s death (Time of India)