
ラテンアメリカには、地元の個性を保ちながら旧宗主国の欧州文化を色濃く残している地域があるが、ゴアは中南米の国ぐにとは全く事情が異なる。
中南米の独立のキモは、宗主国から渡ってきた植民者たちが本国の干渉を嫌い、完全な自治を勝ち取ることにあった。移民が多い国(アルゼンチン、チリ等)、土着インディヘナや混血人が多い国(ペルー、ボリヴィア等)もあるが、支配的な地位にあるのはやはりスペイン系民族だ。これらの背景には、彼らの父祖の国からもちこまれた文化の強さがある。
ポルトガル植民地初期にえた地域「Old
Conquest」はともかく、時代が下ってから獲得した「New
Conquest」ではヒンドゥーから改宗しない者も多かった。土着信仰と混ざり合いながら、カトリックが浸透した中南米インディヘナ社会とは、民族アイデンティティと旧宗主国文化のつながりの深さが違う。
植民地時代、ゴア政府で働いていた役人たちは、本人が希望さえすればモザンビークなどのポルトガル領や、本国での職を約束されたという。(もちろん、政府職員といっても上から下まで様ざま、どのあたりの層までこの恩恵を受けることができたのかまでは知らない。)
ゴア返還時、ポルトガル本国から渡ってきた人びとがどのくらい暮らしていたのだろうか。たまたま転勤で短期間滞在することになった者、事業を起こして根を下ろした者、幾世代にもわたって暮らし続けたポルトガル人家族もいたことだろう。ポルトガル化したゴア人エリート層、ゴア化したポルトガル人たち…。いつか機会があれば調べてみたい。



