スィーター・ラーム氏が所属するオート・リクシャー・スター・クラブのウェブサイトにアクセスしてみよう。今年1月に結成されたグループで、オートリクシャー運転手たちの地位と待遇の向上を究極の目的とする自助組織である。
彼らが問題としているのは、ひとことで言えば、運転手たちの劣悪な労働環境、乏しい収入、低い社会的認知などだ。それらを背景に、行政に対する発言力が弱いために、行政により現場の声が届かないところで公定の(つまりメーターの)運賃が決められ、オートリクシャーに対する様々な要求が突きつけられる現状を打破して、自らの置かれた環境と生活改善のために闘おうという、ひとつの労働運動といえる。
彼らの運動をリードするニャーヤブーミーというNGOのウェブサイトを覗いてみよう。オートリクシャー運転手たちが具体的に抱えている問題とは何かということについても、同クラブのウェブサイト中にいろいろと実例が挙げられており興味深い。
カテゴリー: society
親子の絆 法律の壁
本来ならば、昨日書いた『オートリクシャー・スター・クラブ? デリーの路上の星たち』の続きを掲載するところなのだが、昨日のテレビニュースでインドに滞在中の日本人にまつわる気になるニュースがあったため、『オートリクシャー・スター・クラブ?』は後日アップロードすることにしたい。
ZEE NEWSで、インドにおいては珍しいことに、政界人でも財界人でもない日本のある一個人について長々と取り上げられていた。生後10日あまりのマンジちゃん(ある記事にManjと書かれていたが、漢字でどう書くのかは不明。Manjiという綴り自体に間違いがあるかもしれないが)という赤ちゃんのことである。
ヤマダさんという日本人男性を父親に持つ、この女の子の赤ちゃんの帰属が、法律の壁によって宙に浮いた形になっているとのことだ。ヤマダさんはインド在住者ではないが、妻のユキさんとともに昨年後半に来印、アーメダーバードで現地女性と代理母契約を取り交わした。
ヤマダ夫妻が代理母に託した受精卵は、代理母の胎内で順調に成長。彼女は7月25日に元気な赤ちゃんを無事出産した。しかし不幸なことに、そのひと月前の6月にヤマダ夫妻は離婚していた。赤ちゃんの誕生の報告を受けた両親のうち、母親のユキさんは彼女の引き取りを拒否し、父親のヤマダさんだけが、彼の母親とともにインドに渡航することになった。
7月26日アーメダーバードで連続爆破テロが起きたことを受けて、治安上の不安からヤマダさんは仕事の関係で日本とのつながりを持つ友人が住むジャイプルへマンジちゃんとともに移動。彼女は現在ジャイプル市内の病院で世話を受けている。
ヤマダさんは、親権者たる父親として赤ちゃんを日本に連れて帰ろうとしているわけだが、彼が日本大使館から意外なことを伝えられた。赤ちゃんにはインドパスポートと出国許可書類の取得が必要だと。
オートリクシャー・スター・クラブ 1 デリーの路上の星たち
食事を終えて、友人とオートを拾おうとしていたときのことである。ちょっと派手なデコレーションのオートリクシャーがスルスルと目の前に滑り込んできたのは。行き先を告げると、運転手はメーターをスタートさせた。暑いのにずいぶんカチッとした姿をしているのが少々気になる。息苦しくないのだろうか。しばらく行ったあたりで、おもむろに私たちに何やら分厚いノートを差し出す。
何だろう?アーグラーやジャイプルといった世界的に有名な観光地では、何だかよくわからない各国のツーリストによる手書きのレコメンデーションが書かれた帳面を利用客に見せびらかそうとする運転手がいたりするが、デリーの閑静な住宅街でこんなのは初めて見た。運転手が指でトントンと指して示す先には、きちんとプリントされた一枚のリーフレットが挟まれていた。

頑張れ ブータン議会政治
初の総選挙を経て、民主化の道を歩み始めたブータンだが、国会へのノートパソコン持込禁止の措置が、ちょっとした議論を呼んでいるらしい。禁止の理由は議事進行中パソコンゲームに興じているセンセイたちがいるからなのだとか。もちろん審議等に必要な書類を山ほど持参する非効率なやりかたでいいのか、無駄な紙の使用を避けようではないかという批判も多いようだ。
どこかの国でも、大切な議事が進んでいく中で居眠りしている議員サンたちの姿が見られたり、立場を踏まえない不規則発言が物議を醸したりする例も珍しくはないことを忘れてはいけない。しかしながら、ブータン国会でそういう事例があること、またそういう事情が公になることなどから、確実に民主化の路線を進んでいることは感じ取れるのではないだろうか。
民主化、というプロセスの中で、内政事情はずいぶん異なるとはいえ、南アジアの『民主主義の先輩』諸国の政治状況に比較して、ブータンにおける民主政治が今後どういう展開・発展を見せていき、これが社会のありかたや人々の暮らしにどう反映されていくのかとても興味深いところだ。できることならば、どこか焦点を決めて定点観測していきたいような気がする。
Bhutan MPs in computer game ban (BBC NEWS South Asia)
双子の母は70歳
インドのU.P.州ムザッファルナガル在住の70歳女性、オームカーリー・パンワールさんが双子を出産したとのニュースがインド内外のメディアで話題になっている。2005年にルーマニアで66歳での出産、2006年にはスペインにて67歳で出産した例があるが、これらを上回り70代という大台に乗せての堂々世界新記録ということになる。しかしこの年齢については、やや疑問符が付いているようだ。彼女の出生についての記録がなく、自身が『インド独立時に9歳であった』ということが、70歳という年齢の根拠であるからだ。
予定日よりもひと月早く、男の子と女の子を帝王切開にて出産。容態が悪化して病院に担ぎ込まれたときは出血がひどく意識も朦朧として危険な状態にあったらしいが、母子ともにその後の経過はまずまずとのことで何よりだ。
体外受精医療の進歩と普及を受けて、近ごろのインドでは代理母出産に加えて高齢での出産も増えているとのことで、メディアでしばしばそうした例も取り上げられているのを目にする。どうしても子供が欲しいという気持ちについては一定の理解を示していても、往々にしてそうした傾向に好意的というわけではなく、母体への危険とともに倫理的にどうなのか、親として責任を果たせるのかどうかといった疑問符が付く。これには私も大いに同意するところだ。
オームカーリーさんの77歳の夫は、土地をカタに借金し、家畜を売り払って資金を工面したと記事中にある。とうの昔に成人した二人の娘と五人の孫がいるということで、曾孫であってもおかしくないような子供を出産したことになる。わざわざ体外受精で妊娠したのには、どうしても男の子が欲しかったためとのことだが、ぜひとも男の子をという伝統的価値観あるいは相続の問題など具体的かつ実質的な問題によるものなのか、具体的な背景には触れられていない。
しかし相当な高齢での出産が、リスクが大きいとはいえ技術的に可能になっている今、70歳での出産という事例よりも重要なのが、『それでも産もう』と夫婦を決心させる動機にあたる部分ではないかと思う。
医療技術の進歩に感嘆し、母は強しと畏れ入るとともに、他人事ながらもその年齢での子育て(たぶん親族内でなんとかなるんだろうが)や夫婦に残された時間と子供の成長を思い合わせると、なんだか複雑な気持ちにもなる。
念願かなっておめでたいことであるのには違いないとはいえ、いろいろと考えさせられることの多い世界最高齢出産である。もちろん他人がとやかく口出しすることではないことは言うまでもないのだが。
ともあれ、無事生まれて何よりだ。今後、双子の赤ちゃんたちとオームカーリーさん夫婦の幸せを祈ろう。
70-year-old grandma gives birth to twins? (DailyIndia.com)
Gran, 70, gives birth to twins (The Sun)
70-year-old woman becomes world’s oldest mother with birth of twins (Daily News)
70歳ママが双子産む、インドで世界記録 (日刊スポーツ)