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Benazir Bhutto
なんということだ。ついに起きてしまった。多くの人々が恐れていたことが。
過激派による警告を受け、10月18日の帰国前から身辺の危険に関する懸念を口にしていた。まさにそのとおりに帰国当日のカラーチーでのパレードで、この国でこれまでに起きた中でも最大規模のテロが発生し、ブットー自身は難を逃れたものの140人もが亡くなる大惨事となった。その際当局が供するセキュリティの不備等について、批判の声が上がっていた。このたび、まさに同様の事件が今度はラーワルピンディーでの遊説後に再発し、来年1月に予定される選挙の趨勢を握る重要人物が永遠に帰らぬ人となってしまった。

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王室廃すと・・・

このほど王室の廃止が確定したネパールだが、すでに今会計年度の王室予算配分がゼロとなっており、今年7月に宮殿で行われた国王の60歳の誕生日を祝う式典に同国閣僚や外交団の参加者はなく、集まった支持者も千人ほどでしかなかったとのことだ。
昨年半ばに政府から王室に財産の公開が求められ、これに従わない場合は当局による強制的な執行がなされるという旨の報道があった。同年10月には2001年に殺害されたビレンドラ前国王の私財が国有化されている。今年8月には七つの宮殿を含む王室財産の国有化の決定に加えて、ギャネンドラ国王夫妻とパーラス王子の銀行口座を凍結するなどの措置が取られた。
しかし王室が以前から海外に所有する資産、ギャネンドラ国王即位後に国外に逃避させた前国王の私財など、よくわかっていない部分が多いらしい。国内に所有するその他資産と合わせて、今後も『埋蔵金探し』が続くことだろう。
ギャネンドラ国王は意欲的なビジネスマンの側面を持つ。彼を含む王室のメンバーたちが自国内で、旅行業界に加えて、食品や、タバコ、紅茶、電力などで幅広く投資を行なっており、これらの分野の著名企業の大株主でもある。カトマンズ市内のアンナプルナ・ホテル、旅行代理店のゴルカ・トラベルズ、スーリヤ・タバコ会社などがこうした王室系資本ないしは強い影響下にあることは外国人にも広く知られているところだ。
国家に帰属すべき王室財産と、シャハ家としての私財をどう色分けするのだろうか。かねてより関係者の間で熾烈な駆け引き、取り引き、策略などが展開されてきたことだろう。近・現代史の中で、ロシアの二月革命でのニコライ二世、イランのモハンマド・レザ・シャーのように自国内で発生した革命により王権が剥奪された例、韓国の李朝のように外国(日本)からの侵略により消滅した例はいくつかある。
これらと時代も状況も違うので比較はできないものの、ネパールではこの王室廃止についてどのような処理が進められていくのか、王室無き後この国に住み続ける旧王族たちが実質的にどういう立場になっていくのかなど、かなり興味を引かれるところである。

ネパール 王室廃し共和制へ

ギャネンドラ国王
マオイスト勢力の圧力を受けて、ネパールの王室が廃止されることが確定した。1599年のゴルカ王国成立から数えて400年以上、同王朝を率いるプリトヴィー・ナーラーヤンが1768年にマッラ朝を倒してネパールを統一してから240年の長きに渡るシャハ王朝の歴史に幕を下ろすことになる。
90年代初めにそれまで国王による事実上の専制状態から立憲君主制へと移行したものの、議会の混乱やマオイスト勢力の伸長などにより、長く不安定な時期が続いたネパール。2006年に国名がネパール王国からネパール国へと変更された。それまで世界唯一のヒンドゥー教を国教としていたこの国が世俗国家となり、それまでの王室を讃える歌詞内容の国歌が廃止された。しばらくの空白期間を経て、今年8月に新国歌制定が宣言されることとなった。
今後共和制に移行するとともに、王の肖像をあしらった紙幣、王室を象徴する要素の強い国旗のデザイン、国旗を上部にあしらった国章についてもやがて変更されることになるのだろう。
ネパール国旗
ネパール国章
かといって、これらが人々の生活の向上に直接作用するとは思えないし、国内が確実に安定へと向かっているのかどうかはわからない。こうした象徴的な事柄や制度が改められていく背景にある本質的なものとは、近年のこの社会の様々な方面における力関係の大きな変化に他ならない。
とりわけこの国の政治権力構造で浮沈の激しいいわば『戦国時代』が続く中、かつてこの国を名実ともに支配していた王室という伝統的な政治パワーが、表舞台から公式にドロップアウトすることとなる。今後のネパールは融和と安定へと向かうのか、それとも衝突と分裂の歴史を刻んでいくことになるのだろうか。この国から当分目が離せない。
今ネパールで起きていることや現在進行中のこうした動きなどについて、近隣国のブータンも慎重に分析していることだろう。国内に退位を求める声が起きていないのに、それまで権力を握ってきた王家が自主的に民主化を進めるという世界的にも稀有な例を世界に示している同国。その背景にはいろいろあるのだろうが、隣国の情勢を踏まえての強い危機感もまたこれを決断させたひとつのきっかけとなっているのではないだろうか。
Federal Republic of Nepal, 601-member CA agreed
(Kathmandu Post) 
Nepal strikes deal with Maoists to abolish monarchy
(Hindustan Times)

たたかうヒンドゥーたち

90年代以降サフラン勢力が急伸したインドから東へ海を隔てた先にあるマレーシア。人口2600万人中の8%をインド系が占めており、多くはタミル系のヒンドゥーたちである。ここでも政治的なヒンドゥー組織が、ムスリムがマジョリティを占める『世俗的』政府に対して声を上げるようになっている。
背景には、従来からブミ・プトラ政策により不利な立場にあったマイノリティの人々が、もともと非常に寛容なイスラーム国家であったマレーシアの右傾化、つまりイスラーム保守層の台頭により一層の不満と不安を抱え込みつつあることがあるようだ。クアラルンプルを含めた各地で土地の不法占拠を理由としたヒンドゥー寺院の取り壊しが散発的に行なわれている。中にはすでに150年間も存在してきた寺院に対する撤去の予告なども含まれる。こうした動きを受けて、ヒンドゥーの人たちの間では、非イスラームのマイノリティの排除を意図するものであると疑う声があがっているのだという。
都市部での商業活動や高度な専門職に就くことにより、経済的に恵まれた層に属する人々も多い反面、インド系人口の中には、ゴムの樹液の採取作業や農地での小作といった仕事で食いつなぐ貧困層も多く、経済的にも政治的にもマジョリティであるマレー系の人々に対して立ち遅れた常態にあるという。
彼らの声を代弁する存在として大きな注目を浴びるようになったのが、30のヒンドゥー団体の連合体であるHINDRAF (Hindu Rights Action Force)だ。当局による数々の弾圧や不当な逮捕などに耐えつつ、世俗国家におけるマイノリティとしての権利擁護を訴えている。インドにおけるサフラン勢力と違い宗教色が前面に出ることはないが、ヒンドゥーであることを大切なアイデンティティとして持つインド系住民としての社会政治活動ということになる。

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お隣さんはどこに行く??

それにしても今のパーキスターンの混迷ぶりは気にかかる。その有様を眺める世間の視線もまた気になる。世の中で広く『民主主義=善』『軍事政権=悪』と認識されている。広く民意を募り、つまり公平で自由な選挙という手段によって選ばれたもの、人々の信任を得たものが最良であるという前提がある。国民の総意を結集して樹立した政府に能力の不足や不手際があればふたたび選挙によりそれを交代させることができるという、政治勢力間の競争原理が働くがゆえに、ベターなガバナンスが可能となる・・・はずなのだろう。
しかしどうした具合か、パーキスターンではその民主主義がうまく機能しないことが多い。文民政府が迷走し、あるいは腐敗の度合いを深めると、「コラーッ!』と怒鳴り込んでくる『雷オヤジ』か、または腐敗した政府に鉄槌を下すための『懲罰機関』であるかのような観さえある。これまで市民の間にもそれをある程度許容する部分があったのだろう。政界で選挙を通じて選び出された政権と軍の威光が並立してきたその背景にあるのは、民主主義というシステムの機能不全である。
しかし軍政=強硬派による兵倉国家という図式にならないのがパーキスターンである。現在大統領職にあるムシャッラフ氏は、有能な統治者であり軍籍にありながらも、政治的には穏健でリベラルな思想を持つ人物として認識されてきた。隣国インドにとっても、『テロと闘う盟友』のアメリカにとっても、パーキスターンの指導者として少なくとも今までところは『余人を持ってかえがたい』存在である。
ムシャッラフは、兼務している陸軍参謀長を11月末までに辞任して軍籍から離れ、次期は文民として大統領職に就きたいとの意向を明らかにした。また11月15日に下院が任期満了により解散し、翌16日に選挙管理内閣が発足。上院議長モハンマド・ミヤーン・スームローが暫定首相に任命されている。1月9日までに予定される総選挙は非常事態下で行われる可能性が高い。つまり集会や結社の自由などが保障されない状態での選挙となることから、公平性や透明性が期待できないとの批判を招くことだろう。
総選挙を前にして、現在同国の政治を率いるムシャッラフ、彼と組んで与党として政権を運営してきたPML、首相返り咲きを狙って帰国したブットーと彼女が率いるPPPという、三者三様の思惑が渦巻く中、先行きは不透明なままである。しかしながら米国にとっては、ムシャッラフ+PML、ムシャッラフ+ブットー率いるPPP、はてまた非常事態宣言に続いて二度にわたる自宅軟禁を受けてムシャッラフに対して激しい批判の声を上げ始めたブットーとPPPがこのままムシャッラフとの距離を広げていっての独走も、場合によってはありえるのかもしれないが、いずれが浮上しても、親米という路線は不変であろう。ムシャラフ氏の専横の度が過ぎて、米国は表面では圧力をかけつつも、本音はちょっと違うのだろう。、最終的に勝ち馬に乗ればいいのだから、目下冷静に様子見である。現在のところパーキスターンとの関係がまずまず良好な隣国インドは大きな変化を望むはずはなく、前者の組み合わせでの現状維持を期待するといったところだろう。
しかしながら万が一、この三つの勢力に批判と抵抗を続ける原理主義勢力が急伸し、強硬な反米政権が樹立されることになったどうなるのだろうか。今のところ既存の宗教系政党でそこまでの力を持つものはないので心配はないが、数年後はどんな構図になっているかわからない。原理主義過激派が暗躍する素地を作ってきたのはパーキスターンの歴代の政治による部分が大きいとはいえ、昨今こうした勢力が急速に台頭しているのも民意の表われのひとつでもある。
だがもっと現実味のある危険なシナリオもありえるかもしれない。軍の中に現在のムシャッラフのスタンスに反感を抱く勢力もあり、新たなクーデターの懸念が出ていることがそれだ。こうした懸念があってこそ、先日『ムシャッラフが自宅軟禁』というデマが流れたのではないだろうか。再度のクーデターにより、いくつもの欠陥があれどもとりあえずは前進してきた民主化のプロセスが水泡に帰してしまうだけではない。世俗的かつ穏健派であったムシャッフラに異議を唱えるのはどういう人物であるかということを思えば、かなり危険なものを感じてしまう。
それだけではない。まだ64歳で健康面での不安が伝えられることもないムシャッラフ氏だが、これまで幾度となく暗殺の危機を切り抜けてきた。果たして身近なところに敵対勢力への内通者がいるのかどうかわからないが、流動的な状況のもとで今後も同様の事件が起きても不思議はない。盤石な支持基盤を持つ大政党を背後に持たない彼が、ある日突然この世からいなくなるようなことがあったら、いったいどうなるのだろうか。混沌下で権力の継承がなされぬままに、突然ポッカリと大きな真空状態が生まれてしまうことが一番恐ろしい。
6月10日の総選挙後、北部オランダ語圏と南部フランス語圏の地域間対立をもとに新たな政権を樹立できない空白状態が150日を越えるという稀有な迷走ぶりを見せているベルギーのような国もあるが、パーキスターン政治の混迷は大規模な流血の事態を招きかねず、経済や市民生活に与えるインパクトも甚大である。パーキスターンは事実上の核保有国であることから、有事の際にパーキスターンによる核使用を懸念しなくてはならない隣国インドはもちろん、他国等への核拡散の不安もあることから、遠く離れた国々にあっても無関心ではいられない。
圧政の継続か民主主義の復権かが問われるところだが、本来尊重されるべき『民意』の中にも実にいろいろな部分がある。単に自らの保身というわけではなく無用な流血や混乱を避けるとともに、自国の将来を見据えて平和裏に軟着陸させようと、ベターな『落としどころ』を懸命に探っているのが現在のムシャッラフ氏なのではないかと推測するが、今後かたときも目が離せないパーキスターン情勢である。
〈完〉