マムターの勝利・・・でいいのか?

Mamta Banerjee
今年1月にデリーで開催された2008 Auto Expoにて鳴り物入りで登場したターター自動車の10万ルピー車NANO。インド国内のみならず世界戦略をも担う期待の新星だ。同社は今年のダシェラーに入る前あたりで、このモデルの路上でのデビューを狙っていたようだ。だがその発売どころか生産工程についても暗雲がたちこめており、光が差し込んでくる気配さえ感じられない。
ナーノーの組み立てが行なわれているのは、ターター自動車が西ベンガル州のスィングールに建てた工場。ここでの土地収用をめぐる争議が続いているのはこれまでずっとメディアで報じられていたところだが、このほどターター自動車自身が作業員たちを引き揚げ、この生産拠点を放り出してしまう可能性が大きくなってきた。
Tata stops work, Bye Bye to West Bengal ? (Hindustan Times)
Battle Ground Singur (Hindustan Times)


地域外から進出してきた金満資本が、地元農民たちによる『草の根民主主義』と対峙するという明快な構図に見えなくもないが、実際のところは西ベンガル州の万年与党の座にありつつも、指導部交代後着実に現実路線を歩んできている州政権与党である共産党に対して、同党に揺さぶりをかけようと画策する女傑マムター・バナルジー率いるトリナムール・コングレスが仕掛けた政争である。
従来、バンドを中心とした実力闘争を仕掛けるのはお手のものであるマムターと彼女の党にとって、これを機会にいまや『ブルジョワ政党に成り果てた』共産党から、彼らの重要な地盤のひとつである農民層の離反を促したいところだ。同党が地盤沈下の続く西ベンガルの失地回復を目指して推進してきた計画、つまりこの地をターター自動車の世界戦略車の生産拠点とする目論見に大きな打撃を与えるのが目的である。
散々大騒ぎした挙句に、土地収用に反対する農民たちにより良い条件を引き出して怒りの矛先を収めるだけでも、少なくともエリアでの真の実力者は誰かというイメージを世間に植え付ける効果がある。だがここまで追い詰めたならば、さらにもうひとふん張りして、ターターを退場させることになれば、共産党の調整能力に疑問符が付くどころか、政権担当能力さえ問われかねない。万年与党と国を代表する大資本を相手に、当初は予想だにしなかった歴史的な大勝利を収めることになるのだから、自然と鼻息も荒くなるだろう。
工場用地取得以来続いているこの争議について、ターターにしてみれば、仮に今回の騒ぎに何とか出口を見つけたにしても、こういう土壌では同種のトラブルが今後も続く可能性があることが懸念される。そのためターター自動車自身は西ベンガル州以外の地域で港湾施設を持つ場所への移転を検討しているとされる。
かつてインドの近代思想・政治・文化をリードしてきた前衛の都コルカタを擁する西ベンガル州だが、長年停滞が続いてきた。特に90年代以降、好調な成長を記録し続けているインド北西部・中部・南部に対してかなり見劣りするようになってきた。経済面で大きな改革と内外から大資本の誘致を進めていくことが必要であることは誰もが承知していることは、同州の共産党政権が公営企業の民営化や売却を積極的に推し進めてきたことからも見て取れる。
コルカタ市内の由緒あるグレート・イースタン・ホテルは、1970年代以降、経営が傾いて州政府に買い取られてからずっと州営ホテルであったが、これが民資に売却され、近くラグジャリーなホテルとして再出発するのも同じ流れの上にある。加えて州内各地に外資を含む様々な大型案件を誘致するなど、『共産党らしくない』政策が推進されてきた。もし将来、マムターが政権を取るようなことがあっても、結局のところ経済のテコ入れに力を入れる同様の路線を採ることに違いはないと思うのだが。
とんだ政治ゲームに付き合わされたターターはいい迷惑だろうが、それ以上に『やっぱり争議がややこしい西ベンガル』『政治リスクが大すぎる州』との印象を内外の資本が再認識することになる一連の出来事。最後にターターの退場というマムターの大勝利に終わることがあれば、西ベンガル州にさらなる長期的な停滞をもたらすことになることが予想される。今回もし『草の根民主主義』が勝利したところで、それは決して誇ることのできるものではない。地域振興や州全体の利益という視点を欠いた不毛な闘争のツケを払わされるのは、結局のところ西ベンガル州に住む人々なのだ。

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