電気が停まった

 お盆で行き交う人々の姿が普段より少ない8月14日の朝、私は地下鉄で東京の都心近くを移動中だった。7時半過ぎに到着した駅構内で電気が消えているのを不審に思ったそのとき、車内アナウンスがあった。
『停電のため停止します』
 車内がどよめく。無理もない東京で停電なんて滅多にないことだし、それが原因で電車が動かなくなるなんて。この時点でドアが開いて乗り込んでくる人たちはあっても降りる人はいなかった。車内は電気が点いているしエアコンも作動していた。待機用の電源で動かしているのだろう。
 しばらくしてから再び車内放送が入る。
『ただいま東京メトロ、東急線、小田急線、都営地下鉄などで運行を停止しています』
 続いてバスに振替輸送をするとの案内が流れると乗客たちの多くが下車して出口へと向かう。
 地上に出るとあちこちから消防車や救急車といった緊急車両のサイレンの音が響く。見渡せば警官たちが多数配置されている。いったい何が起きたのだろうか。
 たずねてみると『私たちも今駆けつけたばかりでよくわからないんですよ』と制服姿の一人が応える。
『首都圏の広域で停電しているらしい・・・』そんな会話がどこからか聞こえてくる。こんな晴れわたった好天の朝になぜ?と誰もが思うだろう。一目でそれとわかる腕章を付けた報道関係者がカメラを抱えて地下鉄構内へと降りていく姿が見えた。
 ここで誰かがふざけて『テロが起きたぞ!』とでも叫べば、そのままデマが流布してしまいそうな雰囲気があった。
 振替輸送先を行なうと案内がなされていたバスだが、停留所ではすでに数百メートルの行列。来るバスはすべてすし詰めの満員で、停車することなくそのまま通過していく。
 あ、そういえば・・・と携帯電話を取り出す。購入してからほとんど使っていないがワンゼグ放送受信機能が付いていたことを思い出した。
 ちょうど今の停電の状況を報じているところだった。旧江戸川にかかる送電線を航行中のクレーン船が傷つけたことが原因だとわかったのはもうしばらく後のこと。この時点ではメディアも停電の理由がよくわかっていなかったが、とりあえずテロが起きたわけではないようだ。  携帯電話で受信中のテレビニュースによれば、すでに電車のいくつかの路線は復旧しているという。ここの路線もそろそろ動き出すかもしれない。
 そういえば数年前にはニューヨークの大停電があった。あのときはずいぶん長いこと送電がストップしていて相当な混乱があったと聞く。その事件後、ニューヨークに『停電先進国』インドから専門家が招かれて『停電発生時や復旧後に想定されるトラブルやその対処法を含む危機管理を伝授』というニュースのように、はるか彼方に消え去っていた記憶が次第によみがえってくる。
 首都圏やそれに準じる地域でもでも小さな停電がしばしば起きて、田舎では一日の送電時間が制限されているところも珍しくないインド。高価な家電製品やPCなどを使用するところではバックアップ用の電源や自家発電機などが必須。また物事が『あるべき状態』にないこと、イレギュラーなことがしばしば起きるためもあってか、停電程度の異常事態については柔軟に対応できるのかもしれない。
 そういえば2001年にカーンプルを中心にデリー、ラージャスターン、UPなどを含む広大なエリアで重要施設や地点を除く大部分の地域で数日間に渡る大停電が起きたように、ごくまれだが広域かつ長時間にわたる停電が起きることもある。その最中、人々は不便を我慢し、不平を漏らしつつも何とかうまくやり過ごしているようであった。
 そんなとりとめもないことをボンヤリ考えながら長蛇の列の中でバスを待っていると、警察官が大声で叫びながらやってくる。『ただいま地下鉄が復旧しました』
 人々は額に浮く汗を拭いながらゾロゾロと地下鉄の入口へと吸い込まれていく。
 今日の停電はそれほど時間かけずに復旧したが、もし本当にテロのような事件や大地震のような災害により長い時間送電がなかったら、私たちはどんな対応ができたのだろうか。少なくともそうした不測の事態が発生した場合について考えさせてくれる機会になったのではないだろうか。

買ってはいけない??

Coca Cola
 90年代初頭にペプシコーラがインド市場に進出、続いてコカコーラ両社が参入(同社は1977年に撤退するまでインドで操業していたため正確には再参入)したことにより、それ以前のインドに君臨していた二大コーラCampa ColaThumbs Up(こちらはコカコーラに吸収されて同社ブランドのひとつとなっている)による支配体制があっけなく崩壊した。
 いまでは外資系の両社がインドのソフトドリンク市場の8割のシェアを占めるようになっている。外来のソフトドリンクが売り上げを大幅に伸ばしたからだけではない。コカコーラはThumbs Upだけではなく人気商品MaazaLimcaさえも傘下に収めてしまったため、地場ブランドで外資系ソフトドリンクに対抗できる商品がほぼ消滅してしまったのも一因だ。
 3年前のちょうど今ごろ、これらアメリカ系企業の製品をはじめ、地元資本のメーカーによる清涼飲料水やミネラルウォーターの中にEU基準の30〜36倍も上回る殺虫剤(農薬)成分が含まれているらしいとのニュースがメディア等によって取り上げられて問題になっていた。
 今年もつい先日(8月2日)にデリーにある非政府組織Centre for Science and Environment (CSE) が発表したレポートを受けて、インド国内で販売されるソフトドリンクの安全性について波紋が広がっている。
 CSEによれば、やはり殺虫剤(農薬)成分が3〜5種類程度検出されたとのことで、その濃度はインド政府の定めるところの基準を24倍も上回っているといい、これらの製品を長期間にわたって消費することによりガンの発生、神経や免疫システムへの悪影響、奇形児の発生などが危惧されると警告している。
 これを受けてラージャスターン、グジャラート、マディヤ・プラデーシュ、チャッティースガルの四州では学校や役所での販売を禁止することになった。続いてアーンドラ・プラデーシュでは公立病院での販売を禁止、カルナータカでは学校や病院から半径100メートル以内の地域での販売を禁止といった措置を打ち出したが、ケララ州ではコカコーラ・ペプシコーラ製品の製造と販売を全面禁止という厳しい態度に出ることになる。
 もとより両社が製造過程で意図的に有害物質を混入させているわけではなく、清涼飲料水を製造するための主原料となる水の源泉が汚染されていることが原因であるとみられている。その意味では外資・地場資本を問わずソフトドリンク製造業(加えてミネラルウォーターは言うに及ばずビール醸造なども)そのものが成り立たなくなるという声も取りざたされていたのは3年前のことである。あのときは何となく政治的に幕引きがなされてしまったが、今回の『リターンマッチ』ではどういう決着がつくのか注目したい。
 一連の騒ぎは消費者問題であるとともにさらに大きな環境問題でもある。各メーカーが高いコストと引き換えに『安全である』とされる源泉から取水して製造した飲料類だ。これらに基準を大きく上回る農薬成分が含まれているとするならば、蛇口をひねれば出てくる水道水はどうなるのだろう?
 素人考えに過ぎないが、残留農薬の浸透によりこうした水源までが汚染されてしまう土壌で生産されたインド産の野菜、米、小麦などの農作物はことさら危険ということになるのではなかろうか?という疑問を抱くのは私だけではないだろう。なんだか『外資ソフトドリンク叩き』をしている場合ではないような気がする。
Pepsi
State bans Coke, Pepsi (Kaumudi Online)
Indian state bans Pepsi and Coke (BBC South Asia)
Soft Drinks are Completely Safe (Coca-Cola India)

傷んだお札

Rs
 90年代半ば以降、インドで流通する紙幣の多くがガーンディーの肖像入り新しいタイプのものとなった。以前のものにくらべて紙質も良くなり、耐久性もずいぶん向上しているので、お札の破れについてあまり気にする必要もなくなってきた。でも紙幣たるもの、使い込むほどに痛んでくるのは当然のことだ。
 小額紙幣ならまだしも500や1000といった額面の紙幣となれば、受け取るほうも入念にチェックすることが多く、うっかり破れたお札を手にしてしまうとなかなか使うことができなかったりする。
 破れた札への許容度も地域差があるようで、1Reから5Rs程度の小額紙幣については、グジャラートの一部地域などではボロボロになったお札をビニールの小袋に密封して流通させているところもあったりする。あくまでもローカルなルールのため、他地域に持っていくと受け取ってはもらえないのだが。
 また一度『ダメになった』お札を、一目ではそうとわからないようにミクロン単位の精密さ(?)で上手に糊で貼りあわせるなどによって見事に補修した『労作』を目にすることもある。
 ところでリザーブ・バンク・オブ・インディアの『soiled, imperfect or mutilated notes』についてのRefund Rulesとやらに目を通してみると、ダメージを受けた紙幣の取り扱いについていろいろ書かれているものの、『折り目から切れ込みが入った』とか『端っこが少し裂けた』程度で紙幣の効力が停止されて使用できなくなる・・・などということは特に書かれていない。多少破れたお札を受け取らないことについて法的な根拠はあるのだろうか? 隣国のパキスタンやバングラデシュでは紙幣の破れについてさほど神経質ではないため独立以降の慣わしなのかもしれない。
 そういえばインド・ルピーならずとも、ややくたびれた米ドル札等の外国紙幣の両替を断られることもあるが、こうしたことは他の途上国でもときどきある。お札は新しくてキレイであるのに越したことはないようだ。
RBI(Note Refund) Rules

熱暑にご注意

 今日も暑い一日だった。モンスーンのためしばしば激しい雨が降り、酷暑の時期よりはるかにマシとはいえ、外を歩けばやはり暑い。
 まだ日は高いけど、部屋に戻ってクーラーを効かせてしばしうたた寝でもしようか・・・と滞在先のホテルに戻ろうとすると、入口すぐ脇でバックパックを放り出して地べたに座り込んでいる大柄な白人男性がいる。彼は炎天下で頭を両手で抱え込んだままピクリともしない。 
 ちょっと様子が変だと思い声をかけてみると、トロンとした目で意識は朦朧としているらしい。こちらの質問にはかすかにうなづいたり首を横に振ったりするが、声を発することができない。ひどい日射病らしい。状況から察するに、この町に到着してホテル探しをしているときに気分が悪くなってしまったようだ。
 この人はかなり高齢のようで、見たところ60代後半から70代前半といったところ。姿格好や荷物の様子からしてけっこう旅慣れていそうな雰囲気なので、普段は元気な「高齢バックパッカー」として世界各地に出没しているのかもしれない。南アジアでも中東でも、およそ旅行者の出入りするところでは欧州からやってくる年配の安旅行者は珍しくなく、西ヨーロッパ先進国における『旅行文化』の厚みと歴史の長さを感じさせるものがある。
 身に着けているTシャツにオランダ語のプリントがなされているからといって彼がオランダ人だと断定するのは早計だが、こういう年齢での一人旅といえば、フランス、ドイツ、スイス・・・といった今でも『旅行大国』として知られる国々、つまり所得が高くてしかも夏のヴァカンスなどの休暇が長い国の人たちの占める割合が圧倒的に高い。
 本人が口を利ける状態にないので、いったいどこの国からやってきたのかわからないのだが、ともかく危険な容態にあることは見て取れた。とりあえず宿のチョーキダールと彼を日陰に運ぶ。近くの店でミネラルウォーターを買ってきてあげたが、自分で飲むことができる状態でさえなかった。
 そうこうしているうちにホテルからフロント係の従業員が出てきて、携帯電話で彼を病院に運ぶクルマの手配をしている。ふと気が付くと私たちを大勢の野次馬が取り囲み、あたりはまさに黒山の人だかりになっている。
 年配の方々が家に閉じこもるのではなく、興味のある土地へと、世界各地で元気に一人旅を楽しむのは素晴らしいことだと思う。しかし日射病のような突発的な異変ならずとも、そのくらいの歳になれば身体の中にひとつやふたつの慢性的な不安がある人、定期的な加療が必要な不具合を抱えている人も多いだろう。 
 ぜひ体調に充分な注意を払い良い旅を続けて欲しいと思う。
 同時に日射病で倒れている人を見て日陰に連れて行く、水を与える以外にどうしたらよいのかわからなかった自分自身の知識不足(病院に搬送する前に周囲の人が確認すべきポイントがいくつかあるらしい)について反省させられたし、彼の容態を見てこの症状の恐ろしさが少し理解できた気がする。
 高齢者でなくとも、暑い時期に無理をすれば誰でも日射病・熱中症にかかる。今後私自身充分注意していきたい。

インドに生まれてホント良かった!?

dog
 昼間はゴロゴロしているかと思えば、日が傾くころには元気に動き出し、ときに独りでときに群れて町中を我が物顔に行き交う犬たち。ごくごくわずかな『飼い犬』を除けばみすぼらしい野良ばかり。あまり充分に食べている様子はないが、人々の無干渉のおかげでそれなりの繁栄を享受している。
 犬は都市型の動物といえるだろう。インド中どこに行っても人の住むところ犬あり。犬のいるところ人々の姿あり。
 さてこのところの中国南西部では、狂犬病の流行が問題になっている。すでに住民の間にも死者が出ているそうだ。そこで当局が乗り出したのが空前の規模の大がかりな『犬狩り』だ。
 当局の『犬を処分せよ!』という大号令のもと、警察犬や軍用犬を除いたあらゆる犬たち、多くは野犬ということになろうが個人がペットとして飼育している犬とて例外ではない。3日間で5万匹を超える大量の犬が殺されており、その中には狂犬病予防接種済みの4千匹が含まれているという。
 それにしてもこの狂犬病、ありとあらゆる哺乳類に感染することが知られており、犬を処分してみたところで、キャリアはコウモリ、ネコ、リス、ネズミ等々実に様々な動物に及ぶのだから、仮に犬を根絶やしにしてみたところで『これで安心』というわけではない。さしあたりは人間と直に接する機会が多く、また噛み付く危険の高い動物としては犬ということになるのだが。
 ともあれごくまれに捕獲の憂き目に遭ったり、断種させられるという不幸がおそうことはあっても、基本的には無限の自由を与えられているインドの犬たち。さほど邪魔者扱いされず、おとなしくしていれば特に干渉も受けずに(人々の食欲旺盛な胃袋の中に放り込まれることもなく!)貧しいながらも安穏と暮らしていけるという点は、同じく町中を徘徊する牛や猿といった他の動物たちにとっても同様だろう。
 そんな彼らにとって『インドに生まれてホント良かった!』のではないだろうか。
狂犬病殲滅作戦で受難の犬たち  (BBC NEWS Asia-Pacific)