人集まるところ街が生まれる

近ごろインド企業誘致に乗り出す自治体のことをよく耳にする。インド企業を呼び込もうとの掛け声とともに、セミナーの開催、視察団の派遣や受け入れなど、いろいろな事例があるようだが、これらの中で他に一歩も二歩も先んじているのはどうやら横浜市のようだ。
進出してきたインド企業に5年間の減税、助成金の支給に加えて、子弟の教育のためにインド人学校を開校させるなど、立地条件をより魅力のあるものとなるよう試みている。そういう環境下、タタ コンサルタンシーサービシズ ジャパンは同市内に日本法人を構え、同じくタタ・グループの自動車部品メーカー、タタ オートコンプシステムズの進出が伝えられたのは昨年9月のことだった。
このほど中部経済連合会が、中部国際空港にインドの航空会社、ジェット・エアウェイズとキングフィッシャー航空の乗り入れを誘致しようと画策していると報じられていた。名古屋からそのままバンガロールに飛ぶことができる日が来るのはさておき、東京・大阪以外の都市発のインド便が就航する日はそう遠くないのかもしれない。
…………………………………………………………………………
インドへエアポートセールス=中部空港への乗り入れ誘致へ−中経連 (時事通信社)
…………………………………………………………………………
大資本が日本市場に参入してくることになれば、それに続いて関連する中小の産業も日本進出を検討するだろう。日本で活動するインド人たちが増えれば、その生活を支える業種もやってくることになるのだろう。ちょうど新宿や池袋界隈で、東アジアの各国からやってきた人々が、同胞相手の美容室、不動産屋、食材屋、生活雑貨屋が店を広げているように。
これらの産業と縁がない人にも『顔がよく見える』業種もやってくるかもしれない。インドから各種サービス産業、例えばレストラングループやホテルチェーンなどといったものが上陸してくることがあれば面白い。市場としての日本に魅力と可能性があれば、インテリアや服飾関係業者も様子を探っているのではないだろうか。
日本にあっては、とかく中国と比較されることの多いインドだ。日印関係は、地理的にも文化的にも歴史的にも濃密な日中関係と肩を並べるほどのものには成り得ないとは思う。それでも少なくとも90年代よりも前には、ごく一部の地域ないしは極めて狭い特定の分野を除き、日本におけるインドのプレゼンスがほとんどゼロに等しかったことが大きなポイントだ。スタート地点があまりに低かったため、相対的に大きな伸び率を示すことは間違いない。
日本側が誘致を画策している分野も、インド自身が外国での活動で得意とする分野ともに都市型の産業であることから、彼らの存在が日本国内のいくつかの極に集中するのではないかと思う。東京の西葛西にはインド人たちの姿が目立つとはいえ、まだほとんど生活臭を感じさせないのは、ごく普通の日本の生活環境の中に、多くが一時滞在的なスタンスで点在しているに過ぎないからだろう。在日インド人たちの総体としての人口の伸び以上に、インドの人々のプレゼンスが濃厚な特定のエリアが出てきて、やがてそこを人々が『インド人街』と称する日がやってくるのだろうか?

バイオの御名において

原油高に加えてバイオ燃料ブームで、食用の穀物等の需要が逼迫して食料品価格が高騰・・・というのは、昨今の世界共通の現象のようだ。幸い日本の場合は、近ごろの円高傾向が両方の影響を緩和していることから、その影響は比較的軽いようだ。しかしインドのような途上国においては特に庶民の台所へのインパクトはかなり大きなものとなる。もともとエンゲル係数の高い世帯においてはなおさらのことだろう。
石油に代わる新たなエネルギーの開発と普及への努力は、環境問題等と合わせて今後大切な取り組みであることは間違いないとはいえ、一定ライン以下の人々の食料事情を無視してまで、とにかくバイオ、バイオと突き進んでしまうのはいかがなものかと思う。おカネの力がモノを言う、市場至上主義からくる負担を上から順繰りにツケ回していき、最後にはこれを他者に転嫁することのできない末端の人々に、その対価を空腹と引き換えに支払わせておきながら、『代替燃料です』『効率がいいです』『環境に優しいです』ときたものだ。どうやら燃料は胃袋に優先するものらしい。
下衆の勘ぐりかもしれないが、畑で燃料(の原料)を作るという発想については、そこに栽培される作物の品種についても何だか不安なものを感じる。食品のパッケージ上で『遺伝子組み換えトウモロコシは使用していません』とか『遺伝子組み換え大豆不使用』なんていう表示を見かけるが、燃料目的ならばなんでもアリだ。遺伝子組み換え作物の安全性についていろいろ議論されているところではあるが、害虫抵抗性、除草剤耐性だのといった特性を持つ品種が『バイオ畑』でどんどん栽培されるようになると、これらが受粉という自然な現象を通じて、あるいは過失や故意により周囲に拡散してしまうことがないのだろうか?
そうでなくとも、昨今の穀物等の価格高騰により、遺伝子組み換え食物が今後次々に食用として流通するようになるようだ。そんなモノを食卓に登場させてホントに大丈夫なのだろうか?たぶんボクらが今後何年間も食べ続けて『証明していく』ことになるのだろう。やはり市場はすべてに最優先するらしい。
ところでバイオ燃料、ついに自宅で(?)生産する機器が発売されるらしい。飲食店での飲み残しのアルコール飲料のように、これまで捨てていたものを再利用できるという利点はあるようだが、取り扱いや備蓄について、しっかりとした知識と細心の注意が(量が多ければしかるべき資格も)必要な燃料という危険物を気楽に自家生産するようになるとしたら、これもまた怖い。どうかこれを悪用した犯罪やテロなどといった憂鬱なニュースがニュースのヘッドラインに載ることがありませんように!
遺伝子組み換えトウモロコシ製品 食用に供給開始 日本食品化工、原料入手困難で (Fuji Sankei Business i.)
砂糖からつくるエタノール燃料の「自家用スタンド」登場 (MSNデジタルライフ)

RESIDENCE ANTILIA @ALTAMOUNT ROAD, MUMBAI

RESIDENCE ANTILIA完成予想図
昨年、そのアウトラインが明らかになり、話題になっていたリライアンス・インダストリーズを率いるムケーシュ・アンバーニーの新居。概観はかなり出来上がっているのだろうか。今年秋ごろ完成予定と伝えられていたこの物件は、ムンバイのチョウパッティー・ビーチの北側、マハーラクシュミー・レース・トラックとの間のほぼ中間点あたる極上のロケーションにて地上高173mに及ぶ堂々たる高層建築となる。
ほぼ1年前のものという古いもので恐縮だが、文末リンク先の記事にあるとおり通常ならば60階を擁する高さなのに、この建物にはわずか27階しかない。つまりそれだけ各フロアーの天井が高いことに加えて、通常では考えられない遊び心に満ちた空間がいくつも存在するためだという。完成予想図(?)から察するに、さしずめ21世紀のムンバイに出現した『バビロニアの空中庭園』といったところか。RESIDENCE ANTILIAと名付けられた『世界最大の邸宅』の位置をグーグル・アースで位置を確認しておこう。
RESIDENCE ANTILIAのロケーション
 RESIDENCE ANTILIAのロケーション拡大
どうやらちょっと古い画像のようだ。今では工事はもっと進んでいることだろう。600人のスタッフが常駐、6階分の駐車スペース、50人収容できるエンターテインメント・フロアーだのと書いてあるが、完成した暁には外観のみならず内部の様子もぜひ目にしてみたいもの。この巨大な建物の中には、ゲスト用のフロアーもあるようだ。ここに一番最初にお呼ばれされるのはどんなセレブな方々だろうか。
Mukesh Ambani’s mansion in the air (Mumbai Mirror Online)
Mumbai claims world’s largest residence (WORLD ARCHITECTURE NEWS.COM)
Mukesh Ambani’s residence Antilia June07 update (YouTube)
億万長者の住む世界一高いお宅は、ガジェットがいっぱい (msnデジタルライフ)

新時代を象徴する街 バンガロール

バンガロールは、インドの中で仕事がらみの日本語の需要ないしは潜在的な需要が最も高い街と思われる。JETROによるBJTビジネス日本語能力テストがこの国の三都市で行われる。ムンバイー、プネー、そしてバンガロールだ。今年6月および11月と受験機会が2回あるうち、ムンバイーは6月のみ、プネーは11月のみ。両方とも実施するのはバンガロールのみだ。
ご存知の方も多いかと思うが、今年1月から在バンガロール出張駐在官事務所が開設されている。デリーに次いでインド第2位の邦人人口(およそ300人と言われるが、長期出張者なども加えた実数はこれよりかなり多いだろう)を抱えており、IT関連をはじめとする外資系企業が多く進出しており、日本とのつながりも深い都市となっていることもあり、まさに時代の要請であろう。
外務省ウェブサイトによれば、出張駐在官事務所が全面的に業務を開始するのは今年9月からとのことだ。それまでは査証発給業務は引き続きチェンナイ領事館で行なうとあるとおり、同領事館のバンガロールにおける出先機関である。
だが将来的には領事館に昇格する流れになってくるのだろう。経済を中心とした日印関係の強化を牽引する核となるべき都市であるだけではなく、外に広く開かれた窓口としての役割の比重も高くなってくる。今後バンガロールから日本その他の国々への直通便の開設が相次ぐことになる。5月11日に開港予定のバンガロールの新空港は、従来の同市の空港よりも国際色豊かなものとなっていくことは言うまでもない。
もともと軍需関連、電子関連の産業が集積していたバンガロールだが、特に90年代以降のITブーム以降急成長を続けており、インド経済とりわけ南インドの躍進を象徴する存在となっている。隣接地域を含めず、市の行政区域内のみで見た人口は現在およそ530万人。ムンバイー、デリーに次いでなんとインドで3番目のコスモポリタンとなっている。かつて『四大都市』と呼ばれたコールカーター、チェンナイはバンガロールの後塵を拝するようになっている。(ただし都市圏人口となると、これらふたつの都市にまだ及ばない)
バンガロールの伸長は、インド国内地域間の経済力のバランスを大きく変えるとともに、おそらく政治面でも今後発言力を高めていくことになるはず。またファッションやサブカルチャーの発信基地としても注目されていくことになることも想像に難くない。勢いよく進化するインドを象徴するような街であるだけに今後とも目が離せない。。
在外公館リスト 在インド日本大使館・総領事館 (外務省)

仕事とともに西へ東へ

近年、経済成長めざましいインドだが、同時に海外に多数の仕事人たちを送り出す出稼ぎ大国としての側面もある。単純労働者から高度な知識や技術を必要とするエキスパートまで、日々さまざまな人々が国境のこちらとむこうを行き来する。北米では、知的な専門職に就き社会をリードする立場にあるインド人、インド系の人々などが多く、東アフリカや中東などでも、大きな商いにたずさわる人々は沢山いる。
湾岸危機発生より前の時期にイラクを訪れたことがある。昨今伝えられる状況からはまったく想像もできないようないい時代であった。当時の政権の強力なリーダーシップのもとで非常に治安もよく、政治・宗教活動が厳しく制限されていたためでもあるが、過激派の活動などもなかった。イランとの間の戦争が終結して間もなかった頃である。
名だたる産油国のひとつでもあることから、他国からの働きにきた人々を多数見かけた。特にアラビア地域の非産油国からの人たちが多いようだったが、私が陸路入国した際、いかにも出稼ぎ然としたタイやフィリピンからの労働者たちの姿も少なくなかった。
滞在中、所用で訪れたバクダード市内総合病院では、多くの看護婦も医者もインド人であったことにちょっと驚いた。もちろんその後急展開した情勢により、イラク在住の外国人たちはたいへんな思いをしたわけだが。南インド、特にケララは中東以外にも欧州や北米などにも、看護婦として働く多くの人材を供給していることは広く知られている。

続きを読む 仕事とともに西へ東へ