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カテゴリー: column

  • NHK BS放送で海外製作のドキュメンタリー続々

    本日2月4日から『シリーズ 目覚めるインド』と題して、アメリカ、香港、イギリス、デンマーク、フランスといった国々で製作されたドキュメンタリー番組が放送される。先日NHK地上波でドキュメンタリー『インドの衝撃』が放送されたのに続き、近ごろ急にインド関係番組が増えてきているようである。放送予定は以下のとおり。
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    2月4日(日)
    午後10:10〜午後11:00(50分) ノンストップ! インディアンドリーム
    午後11:10〜翌日午前0:00(50分) 密着 ボリウッドスターの日々
    2月5日(月)
    午後9:10〜午後10:00(50分) 潜入 新薬開発の舞台裏
    2月6日(火)
    午後9:10〜午後10:00(50分) 綿花地帯からの告発
    2月7日(水)
    午後9:10〜午後10:00(50分) ガンジーの“道”をたどる
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    なお2月4日(日)にはBSハイビジョンでアジア自然紀行『ヒマラヤに吠(ほ)えるオオカミ〜インド・カシミール』という番組もオンエアーされる。 

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  • Destination Pakistan 2007

    Destination Pakistan 2007
     今年、インドの隣国パーキスターンでは政府の音頭により『Destination Pakistan 2007』と銘打ち観光の推進を図っている。隣国インドに負けず劣らず多彩な文化と豊かな自然に恵まれ、非常にリッチな観光資源を持つ国である。近年何だかネガティヴなイメージが定着してしまっているようだが、これを機会にその魅力を存分にアピールしてもらいたい。
     PTDC (Pakistan Tourism Development Corporation) のウェブサイトにも『Visit Pakistan Year 2007』と謳われている。ホームページ上部を見てわかるとおり、英語以外に8ヵ国語での情報提供がなされている。だが機械的に翻訳されているだけなので、ここの日本語版を見てお判りのとおり、かなり凄いことになっている。
     サイト内で目下準備中のようだが、求人募集もなされるようだ。『Talent Hunt』直下にある『apply for a job』をクリックすると出てくる個人情報や学歴・職歴を記入するフォームの下のほうには、『PTDC is committed to equal opportunity employment regardless of race, color, ancestry, religion, sex, national origin, sexual orientation, age, citizenship, marital status, disability, or any other status』と書かれている。明らかに外国人の雇用についての案内であろう。

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  • とっても良さそう! ジッツオの旅行用三脚

    ジッツオ GT1550T
     高級ブランド『ジッツオ』の三脚なんて私には分不相応と、これまで視野にさえ入っていなかった。だが最近同社から『Traveller』という商品名で発売された自由雲台付きのカーボン製三脚は大いに気になっている。
     朝方や夕方以降、風景や静物を撮影する際等々、旅先で三脚が欲しいと思うシーンはしばしばある。そこで持参した小型ながらも剛健な造りの三脚を何か適当な台になるようなものを見つけて乗せたりしていたのだが、そうしたものが常に見つかるとは限らない。あったとしても厚い塀や建物の一部であったりして任意の場所に移動できるようなものではなかったりする。やっぱりちゃんとした大きな三脚が欲しいなあ、でも大荷物になるから持って来るのは無理だなあと諦めていた。
    細くて軽量なモノはそこらでいくらでも売られているのだが、不安定ですぐにブレてしまうような代物をわざわざ持ち運ぶ気はしない。三脚は『可能な限りガッチリと骨太で重いものを・・・』というのが常識である。すると運搬にかかる体力的な負担も大きく敢えて旅先に持っていく気がしないのは当然のことであった。

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  • NHK スペシャル『インドの衝撃』

     1月28日(日)から三夜連続でインド特集。昨日放送の『わき上がる頭脳パワー』に続き、本日29日は第二部『11億の消費パワー』が、そして最後30日には『台頭する政治大国』といった題目が与えられている。
     躍進するIT産業と優れた頭脳、第三位以下を大きく引き離しての中国に次ぐ世界で二番目の巨大な人口を背景とした圧倒的な市場規模と人々の意識の変化による消費ブーム、国際政治の舞台において大きな存在感を示す大国ぶりと内政面で抱える様々な課題などといった切口から現代インドの姿が紹介される。
     日本で放送される『インド特集』における番組制作者たちのアングルが『ロマン』『歴史』といったものからより現実的なものへとシフトしてきているものの、『近ごろインドは・・・らしい』『今どきのインド人は・・・である』といった具合に巷で言われている紋切型のイメージを追認させる形で作られているものが多いことについてはあまり変化がないように感じる。
     もちろん今の日本にとってインドに対する最大の関心ごとといえば(観光を除けば)経済とその背後にある政治ということになるのだから、まさにその需要に応えたものであるとは言えるだろう。

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  • 『買う水』の価格が変わらない

    water 
     初めてインドを訪れたのは1987年だった。歴史的な建物ではなくとも、街中は何もかもが古ぼけくすんで見えて『ずいぶんレトロな国だなあ』と感じた。当時のインドに較べて少なくとも都市部では海外から輸入された電化製品や日用品等が多く店頭に並んでいたパキスタンに足を踏み入れると『消費生活の豊かさ』を思ったりもしたものである。
     もちろんそのころのインドにだってひととおりのモノは揃っていた。だがあまり購買意欲をそそるものではなかった。見た目からして貧弱でひどく型遅れで、事実すぐ壊れるからそのたびに修理することを前提として売られているのだと思った。電化製品、時計、履物類といった様々な『壊れモノ』を修理する職人たちが街中にあふれていることが、これらの製造者と修理人たちがどこか私たちの目の届かないところで固く手を結び合っているのに違いないと疑ったものである。
     もちろん今でもいろんな修理屋さんたちは健在だが、外資や地場資本等が同じ土俵でより良い商品をとしのぎを削るようになってから、街中で見かける品物の質は向上してきたことは間違いない。人々も次第に豊かになり、これまで一台の自転車に妻子を乗せて走っていた人がバイクに乗るようになり、一家総出で一台のバイクに鈴なりになっていた人々がクルマに乗るようになった。そして昔旧式の国産車やスズキ自動車との合弁で生産を始めていたマルチに乗っていた人々はいまや大型のRV車を乗り回すようになったのだろうか。

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  • 開業後一年 宿は『標準化』していたか?

    Ashreen Guest House
     1年ほど前開業したばかりの時点で宿泊したASHREEN GUEST HOUSEに行ってみた。
    ちょうど昨年の今ごろ『鮮度が命!(1)エコノミーなホテルは新しいほうがいい』として取り上げてみたあの宿のことである。
     あのとき『ここは廊下、客室そして浴室内の床材にちゃんとした大理石が使われているし、室内のデコレーションや装備も、このクラスとしてはちょっと尋常ではない気がする。新しい事業をスタートさせたばかりのオーナーの意気込みがヒシヒシと感じられる』と書いた。事実このランクの宿としてはちょっと他には無いオーラを感じる・・・としてはあまりに大げさすぎるがとても好感の持てる宿であった。ちょうど界隈に宿泊することになり、ここが現在どうなっているのか確かめたいと思ったのだ。
     地域に以前から存在する同格の宿泊施設に比較して、開業したばかりの宿は建物や調度品などすべてが新しくスタッフたちも張り切っている。ピカピカであるといっても設備内容や立地など諸々の条件や周囲の相場もあるので、宿のレベル不相応な料金を提示するわけにはいかない。そんなわけで新規開業した宿は『格安』『お得』であると顧客の目には映るものである。
     開業時には快適だった宿が次第に劣化していく原因は、メンテナンスに対する意識の問題とそこで働いている人たちの慣れが主なものだろう。『このクラスの宿だからこの程度』というあたりに彼らの働きやサービスも落ち着いてしまう。客のほうにしてみてもエコノミーな宿に過大な期待などしないから『他と同じくらい』であれば、それで充分やっていくことができるのだ。
     わずか一年程度で一足飛びポロ宿化するなんてことは考えにくいとはいえ、実際ひどいところでは開業半年くらいでかなり荒れた印象を与えるようになることも決して珍しくない。またそのくらいの期間があればスタッフたちがすっかり職場に慣れてしまいレセプションに踏み入れるだけでグウタラと弛緩した雰囲気が伝わってきたりするものである。
     これが周囲の同格の宿とレベルを同じくする『標準化現象』である。年数を経るに従い不快度が上昇するという単純明快さはエコノミーな宿の特徴のひとつである。上のクラスのホテルでは、経営陣がメンテナンスや従業員教育の大切さを認識しているので、快適度と築年数が直接比例することはなくなってくる。

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  • 狂気が駆け抜ける!(2)

    犬の牙
     Wikipediaの狂犬病に関する記事にアクセスしてみた。狂犬病とはすべての哺乳類に感染する病気であり、発症後は躁と欝の状態を繰り返すらしい。また恐ろしいことに発病したら治療法がなく、症状が現れてから遅くとも一週間で前後でほぼ100パーセント死亡するという。なんでも2004年に発病しながらも自然治癒したという例がアメリカにあるそうだがこれはギネスブックに載ることになったというほど稀で幸運なケースであるそうだ。
     狂犬に噛まれた場合は予防注射をしていた場合は2回、そうでない場合は6回ワクチンを打つ必要があるという。また噛まれる場所により潜伏期間が違うらしい。体内に入ったウイルスが1日に数ミリから数十ミリ程度の速度で進み、神経系を介して脳神経組織に到達したときに発病するものであることから、要は咬まれる部位が脳に近いほど潜伏期間が短いということになり、二週間から数ヶ月という具合に大きな幅が出てくる。そのため脳にごく近い顔の部分を咬まれたりすると、ワクチンの接種を開始しても間に合わなくて発病というケースもあるらしい。だから『感染の可能性がある動物を抱え上げて遊んでやっている際にやられた』なんていう場合には、即座に病院に急行すべきである。
     咬まれるだけではなく、感染している動物の唾液が目や口などの粘膜に触れるだけでも感染し得るということにも注意が要るだろう。だから『犬が咬んできたけどズボンに穴が開いただけで済んだ』とか『上着だけ咬まれた』という場合であっても、その衣類の扱いには相応の注意を払ったほうがいいかもしれない。

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  • 狂気が駆け抜ける!(1)

    吠え立てる犬
     コルカタのパークストリートで、通りを行き交う人々の間を抜けて前方から物凄い勢いで犬が駆けてくる。何やら妙な唸り声も上げている。界隈で知り合ったインド人紳士と話をしながらマイダーン方面へと歩いていたのだが、これが私たちの足元をビュンと通過してびっくりした。さらに後方へと犬は一直線に駆け抜けていく。思わずふたりで顔を見合わせる。
    「うわっ!暴走車みたいな犬だな」
    「変な声出してるし」
     そこからしばらく進み、沿道のある店に差しかかり『私はここで用事がありますから』と言う紳士と別れる矢先だった。同じ犬が今度は後ろから疾走してきて再び私の足元をかすめてこの男性と衝突・・・するかに見えたその瞬間、彼の左足ふくらはぎに咬み付いた。
     懸命にその足を振り払うと犬はそのまま前方へと加速して走っていく。そしてやはり犬の進行方向にいた人が咬まれて悲鳴を上げている。
     紳士は咬まれた部位を気にしつつハンカチを取り出して拭いている。ズボンには犬の唾液がべったりと付いている。
    「医者に相談したほうが・・・」
    「どうかな?」

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  • グレート・イースタン・ホテル

    19世紀後半のグレート・イースタン・ホテル
     BBDバーグのすぐ南にグレート・イースタン・ホテルがある。くたびれた宿泊施設ではあるが、植民地時代から続く由緒あるものだ。都心部にあるため植民地時代に撮影されたモノクロ写真で目にされた方も多いはず。長い歴史に加えて巨大なコロニアル建築に囲まれた好立地、本来ならば旧帝都のヘリテージ・ホテルとして名を馳せていてもおかしくない大きなポテンシャルを秘めている。
     このホテルは菓子製造業で財を成したディヴィッド・ウィルソンという人物が1835年に開業させたものだ。当時は『オークランド・ホテル』という看板がかかり、巷ではオーナーの名前から取ってウィルソンズ・ホテルと呼ばれていたという。場所柄イギリス人をはじめとする欧州人たちを顧客とするホテルであったが、創業当時は植民地政府のトップクラスの人々もよく出入りしていたらしい。
     これが『グレート・イースタン・ホテル』と改称されたのは1865年のことだという。グラウンド・フロアーにはピシッとしたスーツ仕立屋、鞄屋、宝石屋、菓子屋、レストランやバーなどが入っていた。時代はさらに下り、1882年に発行された案内書には『一泊10〜20ルピー』という記述があるらしい。現在の貨幣価値に換算するといくらくらいに当たるのだろうか?

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  • 10 SUDDER STREET

     ごちゃごちゃとした安宿街、世界各地からバックパッカーたちがやってくるコルカタのサダルストリートだが、インド博物館やエスプラネードにも近く、界隈にはなかなか由緒ありそうな教会もチラホラ。中を細かく仕切って数多くのテナントに貸し出している建物の中には昔々はそれなりに立派なお屋敷であったのでは?と思われるものも少なくないから、かつては品のよいコロニーであったことだろう。
     近代インドを代表する詩聖ラビンドラナート・タゴールもかつてこの地域に起居していたことがあることは耳にしていたものの、それが具体的にどのあたりであったのかは知らなかった。彼の家はコルカタその他各地に屋敷等を所有しており、その中のひとつであったここサダルストリートの家で一時期を過ごしたのである。
     このたびコルカタのこの通りに到着した時間帯が遅く、少しはマシそうなホテルはどこも一杯で、やむなく空室のあったHotel Diplomatという名前だけは立派な宿に一泊することになった。元々はひとつであったらしいフロアーを左右のみならず上下にも仕切ってあり、日本人としてはごく標準的な背丈の私でさえも頭をかがめないとぶつかってしまうような低い天井、隣の部屋でタバコを吸い込む音さえもが筒抜けの薄い壁、ひと月くらい交換していないようなベッドシーツと典型的な安宿である。
     翌朝起きてもっと快適に過ごせるホテルを確保してからリュックを取りにこの宿に引き返したとき、建物の斜め前にあるヘタウマな漫画みたいな胸像を目にしてふと思った。以前からこの場所で見かけてはいたのだが・・・。
    『これって、ひょっとしてタゴール??』
     基壇に刻まれた文字を目をやると、それはまさにその大詩人の像に間違いなかった。
    『RABINDRANATH TAGORE COMPOSED HIS POEM “THE AWAKENING OF THE FOUNTAIN” WHILE LIVING IN 10 SUDDER STREET』とある。

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  • ノック・エアーがやってくる!

    なかなか立派な面構え
     バンコクの空港ターミナルで私が乗っている飛行機の真横に巨大なクチバシがあった。それはカラフルで途方もなく大きな鳥・・・のごとくペイントされたノック・エアーの飛行機である。
     インドにやや先行して空の便に格安航空会社がネットワークを広げてきたこの国で、タイ国際航空の子会社として2003年12月に設立され、2004年7月から旅客輸送を開始している。 2007年1月現在、タイ国内で11のルートでフライトを飛ばしている。
    これは『クジャク』であろう
     ピンク、赤、グリーン、青等々、ベースになるカラーリングは機体によりさまざまで、操縦席のガラス窓がまるでサングラスをかけているように見えるものもあれば、目尻(?)に睫毛が描かれているものもある。それにクジャクをあしらったデザインもあったりして実に楽しい。
     塗装がとってもカッコいい(?)のでぜひ一度搭乗してみたいのだが、いまだ果たせないでいる。もっとも面白い絵が描いてあるのは外側だけで、搭乗して目にするものは他の航空会社のものと何ら変わるところがないはずなのだが。ちなみに使用している機材は親会社であるタイ航空からリースされたものである。
    こんな素敵なプロペラ機もある
     実はこのノック・エアー、近々国際線への進出が予定されている。記念すべき初の国外へのフライトが飛ぶ先はなんとインド!らしい。もともと昨年10月に開始を予定されていたのだが、諸般の事情によりしばらく延期となっており、2007年1月にはインドのエアー・デカンと提携してバンコク・バンガロール間のフライトを就航させる・・・というニュースが流れていたのは昨年秋ごろのことであった。
     就航先のバンガロールでも、ノック・エアーのカラフルでポップな機体がしばし話題を呼ぶのだろうか。
    バンガロール便の就航が待たれる
    Nok Air
    Nok Air to fly to India in January 2007(Aviation India昨年9月の記事)

  • パフラット バンコクのインド人街 2

     STDと書かれた店があったので入ってみる。スィク教徒の初老の男が経営している。本業は旅行代理店らしい。ISDもできるかとたずねると大丈夫だというので国際電話をかけた。主人はもともとUPのカーンプル出身で学業を終えてからはデリーで商売をしていたという。しかし1984年のインディラー・ガーンディー暗殺事件以降の対スィク暴動があってからバンコクに移住することになったのだという。もともと身内がこの街にいたので、インドを後にすることについては特に躊躇するところはなかったという。『もちろんワシだけじゃない。そのころここに移ってきたスィクはけっこういたな』とのこと。バンコクに在住のインド人・インド系人口については『たぶんエーク・ラーク(10万)はおるのではないかな、正規の滞在資格やタイ国籍を持って住んでいる者たちが。それ以外にモグリで来ている連中、一時滞在の旅行者、飛行機の乗り換えで数日間泊まる人も多いからなあ。正直なところよく判らん』とのことだ。
    インド人宿
    インド人宿の注意書きはヒンディー語で書かれていた
     あたりにはインド系専用の宿がいくつもある。どれも暗くて汚いもので、インドにある安宿そのままだ。そうした中で宿の注意書きがヒンディー語で書かれているものがあったので撮影しておいた。
     大通りをはさんだ反対側もまたインド人地区である。こちら側にはスィク教徒の団体事務所やグルドワラも見える。パフラット全体がインド人地区というわけではないが、この中に相当な規模のインド人地区があるといった感じである。面白いのは彼らが特に固まって商売している地域があるかと思えば、人ひとりがやっと通ることができる細い路地の反対ではインド人の店が一軒もなかったりする。タイ人の店はインド人が集中している地区にもちょこちょこ点在している。。

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