ヘリテージな宿でまどろむ

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 ゴアのスィンケリム(Sinquerim)ビーチに行ってみた。オフシーズンなのでほとんど観光客の人影がない。店やレストランの類も扉が締め切られたままのものが多い。風が強くて木々が大きく揺れている。海もかなり荒れている。
 散歩している私のすぐそばで轟音と振動が感じられた。首をすくめたまま目をやるとそこにヤシの実が転がっている。この固くて巨大な実の直撃で、世界各地で毎年命を落とす人は少なくないそうだ。どこに不幸が転がっているかわからないものである。以前もどこかで危うくヤシの実にノックアウトされそうになったことがあったが、まだ子供も小さいのではるか彼方の「楽園」へのご招待は当分ご遠慮願いたい。
 州都パナジに近い立地もあってか、大資本のビーチリゾートが散在するこの海岸にはタージグループのホテルも二軒ある。The Taj Holiday VillageFort Aguada Beach Resort, Goaだ。
 前者は北上すればカラングートビーチに向かう道路沿いにあり、コテージ等さまざまなタイプの宿泊部屋が広い敷地内に散在している。開放感があってのんびりするには良さそうだ。しかし施設がかなり古くなっていること、どうも手入れがいまひとつで、タージグループのホテルとしてはちょっと高級感に欠けるのが気になる。
 後者は17世紀にポルトガル当局が建てた砦に面している。当時この地方の海岸守備の要であっただけにアラビア海の絶景が望める素晴らしく、最高のロケーションに建てられたモダンなホテルだ。おそらくグループ内で働く人たちにとって、前者は左遷先、後者は出世コースといったイメージがあるのではないだろうかと想像してしまう。
 いずれにしても大規模な施設だが、閑散期にはほとんど稼動していない様子を見るにつけ、とりわけシーズンとそれ以外の時期で大きな差がある地域では、観光という業種がいかにロスの多いものであるか、また季節や景気その他に左右される度合いが大きく不安定な稼業であるかということが感じられる。


 それはさておき私は前者のほうがいかにもビーチリゾートらしい雰囲気があって好きだ。後者のようなシティホテルタイプならば地域を問わずどこにでもあるからだ。
 だがやはりゴアらしい個性的な宿泊先といえばコロニアルなホテルではないかと思う のだが、意外なことに「植民地時代から続くコロニアル建築の歴史的ホテル」となると、なかなか見当たらないのだ。州都パナジで河を見下ろすロケーションのHotel Mandoviは一応ヘリテージな価値を主張しているようだが、外から建物を眺めてみても中に入って目を凝らしてみても、インドのどこの街にでもよくあるごく普通の中級ホテルにしか見えないのだ。しかも創業1952年というからまだまだ青二才である。
 かつて欧米植民地であったアジア各地に、今も経営が地元資本に引き継がれ存在しているクラシックなホテルは多いが、ポルトガル時代のゴアにはその名を広く知られた高級ホテルの類はあったのか、それらは今どうなっているのか機会があれば調べてみたい。
 だがゴアには違ったタイプの個性的な宿がある。ポルトガル風の屋敷がホテルに転用されたものだ。この日利用したMarbella Guest House、元々のオーナーは果たしてポルトガル人だったのか、地元の名士であったのかよくわからないが、南欧風の堂々とした屋敷である。
 世界各地の旧英領地域で、支配層が造った建物は在来建築の影響も多大に受けており、多くが純粋なイギリス式ではないように、ここゴアでおよそ450年に及ぶポルトガル支配のもと、熱帯仕様の印葡折衷建築が発達したのは当然の成り行きだ。これらを紹介する以下のような本も出ている。
  「Baroque Goa: The Architecture of Portuguese India 」
  (ISBN 8185016437) Jose Pereira 著
  「Palaces of Goa: Models and Types of Indo-Portuguese Civil Architecture」
  (ISBN 1900826100)  Helder Carita (著) Nicolas Sapieha (写真)
 反対にポルトガル建築の大きな影響を受けたユニークなスタイルのヒンドゥー寺院建築も多く、眺めていて実に楽しい。
 古い箪笥やテーブルなど、室内の調度品の中には骨董品としてもなかなか価値がありそうだ。面白いところでは、部屋に吊るされているライト。よく見ると1890年製のオイルランプであった。そこに無理やり電球をはめたうえでコードをつなぎ「電灯」に変身させられている。もともと同じ「照明器具」ではあるとはいえ、器用な細工をするものだ。燃料タンク部分には「PATENT 1890 ASTRAL LAMPE 30」とある。なかなか味があるではないか。
 このタイプ宿としては、パナジのPanjim Inn もまたよく知られているが、同じオーナーの経営のもとで向かいに新たにオープンしたPanjim Pousada も魅力的だ。これもまた古いポルトガル時代の屋敷を全面改修したものだ。やたら高い天井の室内、クラシカルなベッドは非常に足が長く、いかにもコロニアルな時代の欧風家具といった感じだ。  
 改修工事が行なわれていた当時の作業現場を見たことがある。建物の主要な骨組みと壁以外は徹底的に「破壊」したうえで新たに再生していた。そのため実質ほとんど新築といってもいいのだが、おそらく室内のデザインや調度品などを含めた建物内部のありかたを「時代考証」するコーディネーターもいたのかもしれない。このホテルのウェブサイトに出ている写真からはちょっと想像できないくらい素晴らしくレトロな空気が充満している。モノクロで撮影すれば前世紀初頭のゴアといった雰囲気になりそうだ。
 旅行中、往々にして「寝に帰る」だけの宿であったりするが、こんな「歴史が見える」ところに滞在すると、日の高いうちから部屋の中でゆったり読書などしているのもまたいいものだ。
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