ヌブラ渓谷へ 1

ラダック最大の町レー市内に旅行代理店は多いが、旅行者が多いこの時期には店頭にて行先ごとにシェアジープ参加者を募る貼紙がいくつも掲示されている。ジープといっても、アメリカのJeep車の車両というわけではなく、最大6名までのお客を乗せる大型の四輪駆動車だ。かなり組織化されているらしく、複数の代理店が共同で集めている。コースごとにほぼ決まっている料金を参加者数で割るため、同乗する人数によって1人あたりが支払う料金は変わってくる。
タクシーをはじめとする旅客運輸業はかなり昔からユニオン化されているということに加えて、インドの他の地域と異なり気候的な条件から訪問者が夏季に集中するがゆえに、旅行者相手の手配業務に携わる人たちのほうも、限られた期間に効率的に稼がなくてはならない。そのためこのように同業者たちがうまく協同するシステムになっているのだろう。

こちらとしても、一台まるごとチャーターして大きな金額になってしまうのは勘弁願いたいし、そうした出費を小さくするための同乗者を探す手間が省けて大変助かる。シェアジープ以外にも、トレッキングやレンタルバイクでのツーリングなど、参加者募集の貼紙をいろいろ目にする。

まずはILP(Inner Line Permit)の取得をしなくてはならないのだが、これについてもそうした代理店が行なっており、午前中にパスポートを渡して手数料込みの代金を支払えば、夕方には出来上がる。自社でシェアジープ等のツアーを申し込めばILPは無料と言う代理店もある。ILPの有効期間は1週間。

ヌブラ行きの前日はレーに滞在し、集合時間の午前8時に旅行代理店の前でクルマを待っていると、タイ人女性がやってきた。最近、インドを訪れるタイ人観光客は増えているが、とりわけラダックは彼らにアピールするものがあるようで、他にも老若男女様々なタイからの訪問客を見かけるようになっている。もちろんタイの経済が順調に成長しているということもあるし、タイには旅行好きな人たちが多いということも背景にあるのだろう。

世間は案外狭いもので、クルマに同乗するこの女性パットと話しているうちに、彼女は前日宿泊していたレーの宿で会ったタイ人女性の友人であり、バンコクの大学時代の先輩後輩の関係でもあることがわかった。彼女がラダックに来ていることはFacebookで知ったのよ」と言うから、実に便利な時代になったものである。パットは、チベットとネパールを旅行してから北インドを回っているとのこと。

間もなく四輪駆動の大型車がやってきた。昨日、クルマを申し込んでいる際、同じクルマに乗ることが判り、しばらく話をしたガビーと相棒のフランカは共にドイツ人。2人とも見上げるような長身だ。運転手を除いた同乗者は合計4名で、私以外はすべて女性である。

レーを出発して間もなく、タイ人のパットがたまたまドイツの2人の年齢を尋ねたので判ったが、姉御肌でスポーティーな感じのガビーは40代後半、やんちゃな妹分といった具合のフランカは30代後半。みんなとてもおしゃべりなので、楽しい旅行になりそうだ。最初から冗談を飛ばしまくっている陽気なパットは、日本を旅行したこともあるとのことで、私が行ったこともない土地のことも知っている。

クルマに乗っているというよりも、空中を飛行機で旋回しているような気分

レーを出てからクルマは山肌を縫うように走る道路を進み、どんどん高度を上げていく。町がどんどん遠ざかり、ラダック盆地を見渡すようになる。クルマに乗っているというよりも、旋回しながら上昇していく飛行機の窓から眺めている感覚に近いものがある。

出発から1時間ほどで、このルートで一番の高地、海抜5,620mというカルドゥン・ラに着く。クルマで通行できる峠としては世界で最も高いところであるとのこと・・・ということなっているが、実はその標高には諸説あり、実際には5,300m強程度ではないかという説もある。クルマで通行できるもっとも高所にある峠というのも誤りである可能性も残念ながら否定できない。

それでも、さすがは少なくとも5,300mを超える峠だけのことはある。この時期でも斜面には雪が沢山残っており、スキーが出来そうなくらいだ。レーに比べて気温が格段に低い。陽射しは強いが夜間には相当冷え込むことだろう。レーでは必要のなかった薄手のダウンジャケットを着込んでちょうどいい具合だ。「世界で最も高いところにあるカフェ」とやらもあった。

「世界最高所のカフェ」前で記念撮影
残雪がたっぷり!

ここにも軍施設があり兵士たちの姿がある。こんなところに配属されて、暇を持て余しているかどうかはわからないが、夏季はともかく、それ以外のシーズンは気象条件が厳しいので大変だろう。バラックやテントがいくつも見えるが、ちゃんとした建物ではないようだ。冬季にはどうやって過ごしているのだろうか。

ここから先の景色もとても良かった。どこまでも連なる山並み、流れる川沿いのみに緑がある。また、水が地形を形作ることも見てよくわかる。木々の姿がなく、剥き出しの山肌だけに、その造作が理解しやすい。大小の岩石からなる山肌もあれば、ほとんど砂地のように見える斜面もある。どこもかしこも今にも崩れ落ちそうだ。実際、あちこちで落石や崖崩れの痕跡が見受けられる。本来、地形とは時間の経過とともに変わり行くべきものなのかもしれない。

峠から少し下ったところ、つまり標高5,000m近くはあるのでは?と思われる場所にも小さな集落があった。このあたりの雪山から融けた水を集めて流れる小川を挟んだ対岸にある。集落の緑と周囲すべての月面のように乾ききった景色のコントラストに目を奪われる。アブラナの花が咲く畑が黄色く輝いているのがまぶしい。年間通して居住しているのかどうかわからないが、世界で最も高所にある村のひとつということになるのではないだろうか。

世界最高所の村のひとつ・・・なのか?

少し進んだ先で小規模な土砂崩れの修復工事が進行中であった。バイクで旅行している欧州人グループが次々に到着。レーの旅行代理店で募っているバイクツアーに参加している人たちで、誰もが同じ形式のロイヤル・エンフィールドに乗っている。総勢20数名といったところだが、費用が高めのためか、年齢層はちょっと高い。30代の人が若干名、あとは40~50代といったところだ。このグループは全員ドイツ人ないしはドイツ系の人々だった。この年代でも、こうしたちょっとワイルドな旅行を楽しむ人たちがいるというのは、さすが欧州の先進国だな、と思う。

ロイヤルエンフィールドを駆るドイツ人グループ

バイク以外のサイクリストたちの姿もある。幾人か自転車でツーリングしている欧米人の姿も見かけた。この人たちは、当然カルドゥン・ラも自転車で越えているわけだ。この山間の高地での激しい有酸素運動を行なう体力を持ち合わせているのは立派だし、ILPの有効期間は1週間であることも考え合わせると、何とタフな人たちだろうか。

〈続く〉

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