マニプルへ2 軍の突出した存在感

物々しい警備は、市内でも同じであった。

通称『Seven Sisters』と呼ばれるインド北東部七州(アッサム、アルナーチャル・プラデーシュ、トリプラー、ナガランド、マニプル、ミゾラム、メガーラヤ)では、民間人の生命と財産を守るという目的により、治安維持に関する軍による大幅な関与を認めるAFSPA (Armed Forces Special Powers Act) つまり軍事特別法が適用されている。

これにより、本来ならば警察が責任を負うべき分野において、令状無しで軍による捜索、逮捕、拘留尋問等が認められており、騒乱の被疑者と見られた市民への発砲や殺害も可能となっている。当然のことながら軍関係者による恣意的な拘束、拷問、レイプといった犯罪行為が正当化されてしまう下地があり、そうした形での統治の正統性が問われるとともに、人権上の観点からも大きな問題である。

そうした背景がある北東州では、アッサム州にしてもトリプラー州にしても、市街地や沿道で警備している軍人の姿は珍しくないのだが、マニプル州都での彼らのプレゼンスはやたらと大きなものに感じられる。人口密度が薄いインパールの街で軍車両に乗って警備している兵士たちの数が多い。兵士の多くは黒いマスクを装着して顔がよくわからないようにしていることからも、まるで戦地にいるかのような重装備の者がやたらと多いことからも、この地域の治安状況がうかがえるような気がする。

インドの他地域にも、パンジャーブ州やヒマーチャル州のように、国境地帯であったり規模の大きな軍駐屯地があったりするエリアはあるが、前述のAFSPAが適用されて、軍が市民に対してこうした権限を持っていることはない。そもそも市民の側にしてみても軍はパーキスターンなり、中国なりといった国境の向こうからの侵略に対する盾であるということを認識している。

北東州の場合は、こうした軍人たちの銃口が向けられている先は、敵対する外国ではなく、地元に住む市民たち(の中に潜む武闘派の反政府勢力)であるということが大きく異なる。前述のパンジャーブ州においても、かつてカリスターン運動が盛り上がり、流血事件が続いていた時代には同様の措置が取られていたのだが。

人々のおっとりとした様子、何か尋ねようと声をかけると、フレンドリーな笑顔で丁寧で親切な応対をしてくれる人が多いことなどから、そんな厳しい状況にあるとはにわかに信じ難いものがある。

ホテルのベランダから眺めたインパール市内。広がりはあるが密度は薄い。

とりあえずホテルに荷物を置いて繁華街に出る。通称イマー・マーケットという市場に出かける。通りを挟んで、生鮮食品、乾物、衣類、日用雑貨等々と、販売されている物ごとに売り場が区分された、三棟にわたる大規模な屋根付き商業施設だ。『イマー(母)』という言葉が示すとおり、売り手が女性だけだ。人懐こくて気のいい感じのおばちゃんたちが多い。かなり人出が多い割には、ザワついた感じがしなくて物静かなのは、このあたりの民族性なのだろうか。

売り手はどこも女性ばかり。買い手も多くは女性であった。

イマー・マーケットの建物。同じ造りのものが通りを挟んで三棟並んでいる。

この大きな建物は、一昨年11月にオープンしたもので、まだとても新しい。市街中心にあり交通至便であることに加えて、充分なスペースを確保した快適な環境であることから、行商人たちがこういう場所に自分のエリアを確保するのは、なかなか大変なことらしい。オープン間もないころの地元英字新聞ウェブサイトに、その関連の記事が出ていた。

Govt in a bind over Keithel seat allocation (The Sangai Express)

このあたりはインド東端に位置するだけに、デリーあたりに較べると日没が1時間半あるいはそれ以上早い。陽が傾いてくると、売り子たちはそそくさと店じまいを始める。お客もサーッと潮が引くように家路についている。マーケットの前からサイクルリクシャーでホテルまで帰るが、さきほどまでそれなりに賑わっていた商業地も、多くの店が扉を閉めていて人通りも少なくなっている。無数の裸電球や蛍光灯が灯る中で、活発に売り買いが繰り広げられるような具合ではないようだ。

ホテルのフロントの人が言うには「インパールには、いわゆるナイトライフというものはほとんどありません。」とのこと。「禁酒州ということになっているので、おおっぴらに飲む場所はありませんし、陽が沈んだらみんな帰宅するんですよ。」

たしかに、この街では夕方日没とともにほとんどが閉まってしまうようだ。夕方7時過ぎともなればすっかり深夜の雰囲気だ。午後9時を過ぎると、宿泊している部屋が面している大通りを走るクルマさえほとんどない。いかにも軍監視下の街といった感じがする。

ここの良き市民たちにとって、人気の少ない場所で、この地では治安維持に関して大きな権限を与えられている軍人たちにイチャモンつけられたら、このうえない恐怖を味わうことになるのだろう。生命の危険に直結する一大事だ。

<続く>

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