もうすぐNANOがやってくる

ターター・モータースの10万ルピー車、NANOの発売が正式に発表となった。
10万ルピーといえば、インドにおいて、従来の自家用車の最安値クラスよりも3割ほど安く、バイク3台分よりは少ない費用で購入できるという価格。
原音に忠実に表すと、カタカナで『ナァェーノー』と綴ることになろうが、『ナ』の後に小さい『ァ』と同じく小さい『ェ』が並ぶ不自然な表記となるので、あえてNANOとローマ字で記すことにする。
NANOの生産につき、西ベンガル州内の工場用地をめぐる大掛かりな争議に巻き込まれたものの、救いの手を差し伸べたナレーンドラ・モーディーが州首相を努めるグジャラート州に生産本拠を移してようやく発売にこぎつけた。
これによって、共産党がチカラコブを入れて誘致したターターを蹴り出すことにより、マムター・バナルジーに率いるトリナムール・コングレスが、同州与党(共産党)の顔にドロを塗り、勝ち点を稼いだ格好となった。
しかしながら内外からの投資先としての西ベンガル州総体としては、『とかく政治や争議関係がややこしく面倒な土地』として、痛い失点を記録したといえる。


追い出されたターターにしてみれば、当初は2008年内には発売にこぎつけようかというところを、あれほど大きな騒動を経ながらも、この時期に出せることになったということで、柔軟な危機対応能力と組織力の高さを内外に示したことになるだろう。
また新たな生産拠点を提供したことにより、近年とみに内外からの投資を積極的に推進しようとしているグジャラート州の注目度を上げる結果となった。
希望者が殺到する初期生産分については、4月9日から25日にかけて、300Rsの購入申込書を提出することにより、購入予約がなされることになる。納車は今年7月から始まる予定という。
4月1日からは、実車が各地のショールームに展示される予定。しばらくの間は、ウィンドウ越しに話題の新車の姿を携帯電話のカメラに収める人々の姿があちこちで見られることになろう。
なおターターは、インド国内15の金融機関と、特別にNANOの販売専用のローンのプランを提供することを大きくアピールしている。10万ルピーという破格の安値と合わせて、これまで自家用車の購買者層となっていなかった人々、おそらく家族でバイクに乗っていた人々・・・を取り込むため一気に攻勢に出ようというところだろう。
NANOの登場により、インド国内で少なくとも新たに1,400万もの人々が新たに自家用車のオーナーシップを手にすることになりそうだとのこと。
ひょっとすると、昨今の世界的な不況、これが今のインドに及ぼしている影響も、NANOの販売には有利に作用するのかもしれない。これまで例えばSUZUKIやHYUNDAI(正しくは『ヒュンダイ』ではなく『ヒョンデ』と読む)の小型車に乗っていた層からの乗り換え需要というのも多少あるかもしれない。
またセカンドカーとして、このあたりのクルマを買おうと考えていた人が、景気の後退による収入減から、最安値のNANOでもいいやと購入することもあるだろう。
目下、発売予定のNANOには3つのタイプがある。Tata Nano Standard、Tata Nano CX、
そして最上級のTata Nano LXだ。車体のカラーバリエーション、内装、空調の有無、電装系、足回りの一部などで差別化されている。
だがいずれも世界で低廉なクルマであることから、その仕様や性能については特に云々する必要はないだろう。安いけど、けっこう走る。それでいいのだ。
しかしながら、今でさえも都市部の渋滞には相当ひどいものがあるのに、国内での登録車両数を、これまでのペースを大きく越える速度で増加させるであろうNANO(および今後他社が発売する競合モデル)がインドの道路に出現した日には一体どういうことになるのか不安だ。
NANOはインド国内のみでの販売を想定したモデルではない。ターターがクルマのメーカーとして世界の舞台に羽ばたくための世界戦略車でもあることから、他の途上国でもインドで近い将来起きるであろう新たな自家用車購買層の出現と、彼らの運転する超小型車の急増、つまり『NANO現象』とでも形容されそうな状態と直面することになる。
空港の整備に先行して空の自由化が進み、突如として交通量が急増したため『エアポート』『管制』という器がパンクして、これを追いかけるように拡張・新設計画が進んだインドの航空分野のように、都市部の道路が絶望的な状況に入ってから本格的な対策を立てることになりそうだ。
それはさておき、今後ターターは北米の安全基準に合致する躯体強度を持つバージョンの開発に意欲を見せている。先進国でTATAのエンブレムがお馴染みのものとなるのはそう遠い将来のことではないかもしれない。
日本を例に挙げても細い路地が多い都会で街乗り用に重宝しそうだし、公共交通機関が期待できず、生活の足として成人ならば『一人一台』が当然となっている田舎でも、従来の軽自動車よりも安いクルマが出てくれば、それなりの需要があることは容易に想像できる。
また私としては、このNANOが自家用車としての用途以外に、どのような形で人々に利用されることになるのか大いに興味がある。バジャージのスクーターをベースにしたオートリクシャー、客席の代わりに荷台を付けたトラックなどを、将来駆逐することになるのではないだろうか。
またこれまで急坂という地形からくる制約から、サイクルリクシャーやオートリクシャーがほとんど不在であった山間部の町でも、タクシーの営業が可能となることも考えられる。
今はちょっと思いつかないが、何か新しく奇抜な用途が出てくるような気がする。今後、この新しいタイプのクルマが、気候、地形、風土が場所による大きく異なる広大なインド各地を駆け巡ることになるからだけではない。おそらく世界のあちこちで、それぞれの土地の事情に合わせて、様々な改造がなされていくことだろう。
NANOをどうやって使い倒すか、あるいはこれをベースにしたどんな乗り物が出てくるのか?人々の豊かなイマジネーションとアイデアに期待したい。
NANO

「もうすぐNANOがやってくる」への2件のフィードバック

  1. インドに一度行って以来、インドのことに興味津々の僕です。いつも、indo to を読ませてもらっています!とても為になります!
    ナノ、どれくらい小さいんでしょうか?となりに自転車とか、イスなどを置いて、比較した写真が見たいです。
    先日は、「インド人の頭ん中」(中経)という本を読みました。デリーに、駐在でなく、一人で住んでいらっしゃる女性の方が書いた本です。オガタさん、読まれましたか?めっちゃ、面白いですよ!面白いだけじゃなく、深い洞察もチラチラ出てきて、あの本はおすすめです。他のインド本とは、ちょっと違うものを感じます。
    もしかしたら、インド在住つながりで、オガタさんが著者の方を知ってるのではないかと、思ったりしてます。(冬野さんというかた、ご存知ですか?)
    それでは、また!
    記事、楽しみにしてます。

  2. 実際のところ、どうなんでしょうね。実車が各オーナーの手もとに納品され、インド各地の道路を走り始めてから、それを運転している人に感想を聞いてみたいです。
    本の著者のことは存じ上げませんが、いろんなテーマがインドのことが取り上げられるようになってきているのはうれしいことです。
    しかしながら、インドばかり突出してしまい、その周辺国に対する関心は一向に高まらないのはちょっと残念なところです。

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