部族の村とハート(3) ナングールとナンガルナール


バスタルは、ヒンディー語圏であるチャッティースガル州にあるため、部族の人たちは身内ではそれぞれの部族語で会話しているとはいえ、ハートに出てきている人たちの間で個人差は大きいものの、ヒンディー語でコミュニケーションするのに困ることはあまりない。

部族の人たちの装身具


ガイドのAさんと私はヒンディー語で話している(Aさんは流暢な英語も話す)が、彼がいてありがたいのは、ゴンディーその他の部族語への通訳という意味ではなく、地元の文化や習慣に通じているがゆえに、私ひとりで訪れていると、「フレンドリーだった」「カラフルだった」で終わってしまい、気付かなかったであろうことについて、細かくレクチャーを受けられることだ。それにより、不思議かつエキゾチックに感じられたものが、合理的かつ現実的なものとして理解できるようになることだ。

サゴヤシの樹液の発酵酒サルフィーが入っている。



ハートに来ている人たちの部族名、居住地域なども教えてもらうことにより、具体的にどういう分布をしているのか、どういう傾向を持つ人たちなのか、なんとなくイメージできるようにもなる。

例えばこういう眺めである。どこのハート(定期市)にも必ずいるこういう人たち。

普段、村では手に入らないモノをハートで買うわけなので、現金が必要となるわけだが、地べたに野菜やカゴを並べて販売する人たち以外に、穀類、野蚕の繭などを持参して、こうした仲買人に販売して現金を得るケースも多い。ちょうど私たちが日本から外国に渡航して、とりあえず到着した国の通貨を両替するのに近いイメージだろうか。ハートにおいて、穀類や野蚕の繭は相場が決まっていることから、通貨に近い性格を持つようだ。部族の人たちがハートで買う日用品として大切なものとして、工業製品以外に塩があるとのこと。村では採れないからだ。

野蚕の繭



ナングールのハートで、誰かが私のことを呼んでいる。ガイドのAさん以外は私のことを知っている人はいないはずなのだが、振り向いてみると、先日ダルバーのハートの青空バーにいた美人ママさんであった。ご主人は運転手で三児の母だが、週に幾度かハートで酒を売っているとのことだ。

マーケットはすでに始まっている時間帯だが、まだまだ品物を運び込んでいる部族の人たちは多い。縦に長く行列してハートの広場に入ってくる女性たちがいた。軍隊的に規律正しく見えるのだが、そういう訳ではなく、居住地としているジャングルの中の小道を通るときの動きがそのまま習慣となっているとのことで、確かに横に広がることなく縦一列で移動している人たちは少なくなかった。この人たちを含めて、インドらしからぬ装いと風貌の部族の人たちは多い。

工業化と大量生産された衣類の低廉化の流れの中、インド各地の衣類の民族色が薄れているのは、チャッティースガルの部族の人たちも同じ。マーケットで安く入手できるサーリーの布を自分たちのやり方で身にまとっている。こういう時代になる前には、もっと異なるいでたちであったことだろう。




本日もうひとつの訪問先のハートが開かれるナンガルナール村近くの光景。巨大な製鉄所がある。先住民たちの土地をほぼ強制的に収容して得た広大な土地に、民間企業であるターター製鉄に安く譲渡して建てさせたそうで、同義上も手続き上もかなり問題の施設なのだとか。

民間大資本による製鉄所


このナンガルナール村は、バトラー(Bhatra)族が主体の村。この若い女性もバトラー族だが、25kmくらい離れたところから重い荷物を持って山道を30kmくらい歩いて定期市(ハート)までやってきたそうだ。


バトラー族の男性はやや大柄で精悍な顔立ちの人が多く、頭の被り物がなかなかいなせだ。女性もまた豹を思わせるような強靭な感じがする人が少なくない。彼らの装いもまたインドらしくない。ノーズリングは左右両側につけるのがバトラー族の流儀とのこと。











〈続く〉

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