一見、何の変哲もない村であっても、寺や礼拝施設に相当するものが、一般のインド社会と大きくかけ離れているものであることに大変驚いた。家の壁などにはヒンドゥーの神が飾られていたり、女性が額にビンディーを付けていたりしていても、実は彼らはヒンドゥーではないのだ。
結婚観もインド社会とは異なっており、結婚という形式へのこだわりがないのもここの部族社会の特徴らしい。基本的に恋愛は自由で、インドの世間でいうところの不倫で、そのまま子供たちをもうけて家庭を持ってしまったりしても、村落社会で不利益を受けたりすることさえないらしい。
そんなわけで、村で思春期を迎えた少年少女が親に何も言わずに突然家から姿を消して、どうしているのかと思ったら、離れた村で新婚生活を送っているということは不思議でもなんでもないとのこと。
こちらはマーウリーパダル村集会所の壁の絵。パッと眺めた感じではヒンドゥー教の神々が村人たちや動物を交えて描かれているように見えるが、題材はヒンドゥー教とはまったく関係ないとのこと。
だが本来はヒンドゥーとは無関係の地場の神が、地元のヒンドゥー社会の中に取り込まれて、特定のカースト等の間で信仰されるというケースは各地で見られる。
ドゥルワー族のお寺というか祠というか。要は礼拝・祭祀施設。デーウ・グリー(DEV GUDI)と呼ばれる。こちらはお寺の本殿に相当するもの。屋根がないのは、彼らの神が天界との間が遮られるのを好まないからなのだという。
続くこちらの画像はふたつの柱の間にブランコがかけられるのだそうだ。祭のときに限られるらしいが。
そして、ここは催し事が開催される際に、村人たちが酒や料理とともに会合を持つ場所。
マフア、サルフィーなどの酒は神性を持つものとして、こうした場で提供されるそうだ。なんとなく日本の神社のお神酒が頭に浮かぶ。ビール、ウイスキーなど、バスタルの部族の伝統的な酒とは異なるアルコール類については、神性のある飲み物であるとは見なされないとのこと。これもお神酒と重ねてみると、そういう理屈はわかるような気がする。
デーヴ・グリーには、コンクリートで作られたモダンなものもある。
獅子の背後の柱にシヴァ神を象徴するトリシュール(三又の槍)のようなものが描かれているが、これはトリシュールではなく、神の頭と両手を象徴しているとのこと。ヒンドゥー教発生以前からあるものとの説、こうした部族の神のシンボルがヒンドゥー教に吸収されていったというような説もあるそうだ。
デーヴ・グリーのバリエーションでこういうのもある。法輪があるし、スワスティカが描かれており、建物後部にはシカラも建っている。どう見てもヒンドゥー寺院にしか見えないのだが、実はこれもデーヴ・グリーなのだ。本当の祭壇は、この建物の中ではなく、建物脇にあるテラコッタの人形みたいなのが置かれている簡素な基壇。つまりこれが「本堂」ということになる。
30年ほど前までは、ジャグダルプル市内にもデーヴ・グリーがいくつかあったそうだが、今もデーヴ・グリーとして機能しているものはないとのこと。要はこういう感じに寺院化が進展し、今ではすっかりヒンドゥー寺院に化けてしまっているらしい。
デーヴ・グリーそのものについては、ヒンドゥー寺院と異なり、毎日お参りするようなことはなく、年にほんの数回程度、祭りの際に礼拝施設として使われる程度なのだという。
〈続く〉