アンコール遺跡を前にして

今は遺跡となっている寺院では年中行事や人々の通過儀礼も行われ、周囲には門前町が形成されていたり、たくさんの民家からなる町が構成されていたりしたのだろう。
お寺のすぐ外の敷地では界隈の子供たちが遊び、長じてはそのお寺で出家したり、お寺の世話を引き受けたり、子供が生まれてお坊さんから名前をもらい、お布施を差し上げたりと、様々な関わりがあったはず。

お寺の石組みだけはこうして今の時代にも残っているが、そのあたりの人々の生の関わりや僧院内外の生活感というものを想像してみるのも楽しい。世界各地に「時代劇」の類はあるが、カンボジアにも「アンコール時代もの」みたいなドラマなどあるのだろうか。あればぜひとも観てみたいものだ。

初めてカンボジアを訪れたのは1992年のことだった。当時は「情報ノート」と「宿のオヤジの手作りマップ」だけが頼りで、シェムレアプ周辺でも行くことが出来なかった遺跡(情報がなかったり、地雷除去がまだであったり等々)がたくさんあったと思う。

長い年月を経た今、来てみて本当に驚いた。シェムレアプは何もかもとても便利になっているし、遺跡間を結ぶ道路はとにかく素晴らしい。30年以上もギャップがあるのだが、当時内戦がようやく終わったばかりの国だったのでこれほど変わるのは当然だろうけど、同時に戦争や政情不安というものが、いかに人々を苦しめてきたのかがちょっぴりわかったような気がした。平和になるとこれほどまで劇的に「別の国」に変身するのだ。

それを思うと、人権問題やメディアの締め付け、縁故主義にリーダーシップの世襲と、国外とりわけ先進国からは評判の悪いフンセン政権だが、それでもカンボジアの国民の多くからは支持されるのは理解できるような気がする。とにかく戦争では、多くの人命や財産も奪われた。そんな厄介な政治はもうこりごりというわけで、今の成長路線が続くことが大事なのだ、きっと。

何はともあれ今回、すっかり平和になり眺めも大きく変わったカンボジアを再訪してもて本当に良かった。

 

トイレが素晴らしくキレイなアンコール遺跡

アンコールの主要な各遺跡やパーキングなどにはとても清潔なトイレが用意されている。これはかなり驚いた。利用は無料で非常に快適だ。

アンコール遺跡群の見学料は1日券37ドル、3日券62ドル、7日券72ドルと高いが、遺跡修復や整備に利用されるのみならず、訪問者たちが利用するこうしたアメニティー関係にも還元されているわけである。

クメールの急階段

クメール建築において、特徴的なもののひとつとして「急階段」がある。とにかく傾斜角度にと大変厳しいものがある。しかもステップのひとつひとつの幅が非常に狭く、つま先しかかからない程度のものも多い。

私たちの現代社会の建築において、建物の階段の傾斜角度は30~40度と言われるのに対して、クメール建築においてはこれが70度となる。しかも長い階段途中に踊り場はなく、滑落したらと思うと本当に恐ろしくなる。とりわけ雨天の場合にはどうなるのかと思う。実際に数少なくない事故が起きてきたようだ。

そのため現在は、とりわけ高がある場合は、もともとの階段は立ち入り禁止となっており、その横あるいは上から木造等の仮設階段が取り付けられていることが多い。

本来の階段があまりに急勾配で危険なため取り付けられている仮設階段

この急階段の背景には諸説あるが、概ね以下の三つが広く受け入れられている理由のようだ。

・寺院は須弥山を象徴するものであり、階段は近づき難い神の領域に至るものであるがゆえ、階段を極端に急勾配にしてある。

・急な階段を上ること自体が俗界から天上へ至るための試練であった。

・下から見上げた際の視覚的効果。神々しさ、荘厳さを演出するものであった。

アンコール遺跡群の中にいくつもの素晴らしい寺院がたくさんあるが、これらが新築で実際に使われていた時代、どんなに荘厳なものであったかと想像すると実に楽しくなる。

インドの国歌、国民歌、愛国歌

Vande Mataramを巡るインド政界の動きを見ていると、おそらく「インド国歌」は遠からずジャナガナマナからヴァンデー・マータラムに変更されるのではないかと思う。おそらく中央政権もそのつもりで動いているのではなかろうか。

インドにおいて前者はNational Anthem(国歌)として、後者はNational Song(国民歌)として認識されている。学校で朝歌うのもスポーツの試合の前で歌うのも、映画館で上映前に流れるのも前者だ。

JANA GANA MANA (Youtube)

ジャナガナマナは政治色はない。ご存知のとおりラビンドラナート・タゴールの1911年の作品。また世界にあまたある多民族国家において、マジョリティーのものではない言葉で歌われる国歌というのはかなり珍しいだろう。ベンガル語の歌詞である。Sanskritized Bengaliと呼ばれるサンスクリット語彙を多用したもの。
しかしインド国歌として制定されるのに先んじて、独立前にチャンドラ・ボース率いるインド国民軍(INA)が「国歌」として定めている。
こちらの歌詞はヒンディー語で、「シュブ・スク・チェーン(Shubh Sukh Chain) 」として知られる。マレー半島からタイ、そしてミャンマーを経てインパールへと至る従軍の中で歌われていたのだろう。

Shubh Sukh Chain (Youtube)

1870年代にバンキム・チャンドラ・チャタルジーが創ったヴァンデー・マータラムも同じくSanskritized Bengaliで歌われる。ただこちらには宗教色があるため、敬遠するムスリムその他の人たちは少なくない。こちらが国歌になるとすると、インドの国是のはずの世俗性が大きく後退する感じだ。

Vande Mataram (Youtube)

またインドには「愛国歌」として知られる歌もある。
1904年にムハンマド・イクバルが発表したウルドゥー語のサーレー・ジャハーン・セー・アッチャーだ。

Sare Jahan Se Acchha (Youtube)

独立記念日の式典や軍関係のイベントなどでもよく演奏されるお馴染みの曲。愛国軍事ものの映画でも挿入歌として出てくる。
国歌、国民歌、愛国歌といろいろあるのがインドである。いずれも素敵な曲だ。

サナータンな寺院建築

いにしえの王都アンコールの城市内を走ると、多くの寺院跡が点在している。石材による構造物なので、積年の風雨に耐えてきたのだろう。

一方で人々が生活していた建物のほうは、王宮を含めて残されていない。それらは木造建築だったからだ。コストの関係もあるが、多湿な国なので、石造建築は生活には向かなかったはず。

木造建築といえば、前々日に見た水上家屋の場合、目安7年前後で家屋の柱を入れ替えなくてはならないという。木材が腐敗して崩壊するためとのことだ。普通に陸地に建てる家屋はさすがにそこまで短命ではないにしても、往時の人々はどんな家に住んでいたのか、王族や貴族の宮殿、屋敷はどんな具合だったのか、ちょっと興味がそそられる。

それにしても石造寺院建築の長寿命さ。インドで言うところの(ヒンドゥー教について)「サナータン・ダルム(永遠不朽の宗教)」という感じがする。もちろん石造建築といっても経年により構造自体が歪んだり、崩れたりするので、補修が必要なのだけれども。

インドから遠く離れたカンボジアのアンコール遺跡でシヴァ、ヴィシュヌ、サラスワティその他お馴染みのヒンドゥーの神格にたくさん出会えるというのは実に楽しい。

まさに時空を超える「サナータン・ダルム」である。